あの日のナポレオンを覚えているか   作:岸若まみず

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ZAZEN BOYSが新譜を作るらしいですね、やったぜ。


第10話 美城、クローネやめるってよ

2013年の鼻がムズムズし始める3月。

 

俺は美城部長の部屋に呼び出されていた。

 

 

 

「プロジェクトクローネが凍結ですか!?」

 

「ああ」

 

「そんなに売れてなかったんですか……?」

 

「別に売れていなかったわけじゃない。人事上の都合というやつだ」

 

 

 

美城部長は机からキャビンを取り出して火をつけ、ゆっくりと煙を吸い込んだ。

 

 

 

「今度執行役員に上がることになった」

 

「おめでとうございます!」

 

「ありがとう……で、だ。おとぼけは無しにしよう。なんで私が執行役員に上がるか、君もわかってるんだろう?」

 

「いや……すいません、見当もつきません」

 

「君の作ったあの着ぐるみだよ」

 

「ぴにゃこら太ですか?」

 

「美城芸能は今期、前期の売上を大きく超える結果を出した」

 

「はい」

 

「その4割は君の所の、ぴにゃこら太グッズの売上だ。10月から3月までの売上だけでだぞ」

 

「えっ?申し訳ありません、全く知りませんでした」

 

「それで私は今後ライセンス事業部で指揮を執ることになった。もちろん君たちのハイパーメディアクリエイター事業部も兼任だ。わかるか?」

 

「えっ……う、売上ありがとうって事ですか……?」

 

「違う、仕事が手一杯で、もう自分のプロジェクトなど持てんという事だ!以上、下がってよし!」

 

 

 

若干キレ気味の美城部長に追い立てられるように退出した俺は、年末ぐらいから給料が一桁増えていた理由を今知ったのだった。

 

 

 

 

 

「ぴにゃのせいでクローネが凍結かぁ☆」

 

 

 

撮影終わりのミーティングの席で、椅子の上にふんぞり返った佐藤が心配そうに声を上げた。

 

 

 

「たしかにぴにゃは凄い人気ですもんね」

 

「わかるわ、町にも普通にぴにゃのキーホルダー付けてる子がいるもの」

 

 

 

皆ちゃんと見てるもんだな、俺はぴにゃの人気なんて気にしたこともなかったよ。

 

 

 

「中の人の人気はどうなのかしら?」

 

 

 

心配そうにヘレンが聞く。

 

 

 

「下手な歌手とかより知名度はあるだろ」

 

「このメンツの中で私だけWikiにページがないのよね……ぴにゃのは個別で立ってるんだけど」

 

「あなたってそういうの気にしてたのね」

 

 

 

肩を落とすヘレンの肩に、川島さんが優しく手を置いた。

 

オンタイムじゃないヘレンは繊細なのだ。

 

 

 

「しかし、クローネがなくなったら蘭子ちゃんと飛鳥ちゃんはどうすんだろ☆」

 

「あの二人はアイドル事業部預かりになるってさ。あとこれは結果的にって話だけど、今西部長のスリースマイルプロジェクトもなくなるんだって」

 

「なんでですか!?」

 

「いや、だって3つあったプロジェクトのうち、1つは独立、1つは凍結、ならもう残りは全部まとめて美城芸能アイドル事業部って括りでいいだろって話になったんだろ」

 

 

 

結果的にだが、1年経って名前が残ったのはうちのプロジェクトだけだったって事になる。

 

でもスリースマイルの各ユニットは健在だし、クローネの二人以外のアイドル達からすれば特に何か変わったって事もないだろうな。

 

 

 

「三竦みで高め合うっていう目論見は崩れ去ったけど、結果はきちんと出ているものね。クローネだって仕事がないわけじゃなかったわけだし」

 

「しかし落ち込んでんじゃないかなぁ、あの2人……よっし、お姉さんがいっちょオススメの漫画でも差し入れてやっか☆」

 

 

 

指をパチーンと鳴らした佐藤が椅子と一緒にクルクル回っている、昭和の漫画かお前は。

 

 

 

「あんまり過激なのは駄目だぞ、あの二人まだ今月の卒業式までは小学生なんだからな」

 

「大丈夫大丈夫!はぁとが中学の頃読んでたやつだから☆真似したって、ちょっと眼帯したくなったり左手に包帯巻きたくなったりするぐらい?」

 

「中学の頃はそういう子いましたね〜。隣の席の子も『前世からの運命の戦士が……』とか言ってましたよ」

 

「さっぱりわからないわ」

 

「私も漫画はあんまり読んだことないのよね」

 

「ほどほどにな」

 

 

 

あんまり12歳の子供に変な影響を与えて、また美城執行役員に怒られたらかなわんからな。

 

 

 

「まかしとけって☆」

 

「私もウサミン星から小説か何か持ってきます〜」

 

「あっ、じゃあ次の動画で本棚作ろうか。そしたら本はアイドル事業部に置いといて、ちょこちょこ持って帰れるしな」

 

「そうやってす〜ぐネタにすんだから☆」

 

「また木切ったりするわけ?」

 

 

 

肉体労働があんまり好きじゃない川島さんが苦い顔をしているが、気にしない。

 

 

 

「ついでにあの子達の好きなぴにゃこら太の彫り物とかしようか。Utubeで彫刻のやり方勉強しとくわ」

 

「ついででやることじゃないわよ」

 

「まぁまぁまぁ、とにかく明日は8時に駐車場集合ということで。ホームセンター行きますから」

 

 

 

うぃ〜☆とかおつかれ〜とか言いながら、動画編集がある俺を残してメンバー達は三々五々帰っていった。

 

よし!俺は明日までに彫刻を極めるぞ!

 

 

 

 

 

今にも飛び出しそうな天使のぴにゃと悪魔のぴにゃの彫刻が施された本棚は『禁じられし書架』と名付けられ、アイドル事業部の壁際に設置された。

 

蘭子と飛鳥もなかなかお気に入りで、レッスンや仕事終わりにはこの本棚の本を読みながら親御さんを待っているらしい。

 

なんにせよ、子供達の元気が出たならばいい事だ。

 

 

 

しかしそうそういい事ばかりじゃなかった。

 

ライセンス事業部に行った美城執行役員は、憂さ晴らしとばかりに俺へガンガンぴにゃ関係の仕事を回してきたのだ。

 

 

 

『つぶやきサービスではアイドル達が写真を載せたあの本棚の評判がいいそうだ。広告用に図面を書き起こしておいてくれたまえ、1週間ほどで』

 

 

 

美城さん、1週間はキツいです!

 

と思ったが5分で書けた、一度彫ったことがある図面だからだろうか。

 

 

 

『ご当地ぴにゃというキーホルダーを作る企画が進んでいる、原型をやってくれたまえ。47都道府県に東京は23区分、早めに頼むぞ』

 

 

 

造形なんてやったことないんですけど!

 

と思ったがBlend○rのチュートリアルを見たら意外とスパッとできてしまった。

 

1週間ぐらいで全部作り終えたので、もう2ヶ月ほど引き延ばそうと思っていたのだが……

 

執行役員は作業が終わった2日後に『できているのだろう』と言って成果を取りに来た。

 

だんだん美城執行役員の俺使いが効率化してきている気がする。

 

 

 

『メッセージアプリのスタンプ第二弾の作画を頼むぞ』

 

 

 

それぐらいイラストレーターに頼んでくれ。

 

腹が立ったので経費で一番高い液晶ペンタブレットを買って、動画にもしてやった。

 

イラストの描き方もUtubeで調べたけど、まぁ流行ってる感じの絵柄に似せていけばいいんだろう。

 

 

 

「お絵描きしてるの?莉嘉もやるーっ!」

 

「ねぇねぇ、あの本棚にあったこのキャラ描いてよ」

 

「懐かしいわねー、美嘉ちゃんが持ってるのあたしが高校の頃の漫画よ」

 

「サイキックッ!十年前です!!」

 

「ユッコちゃん、後で話そうか……?」

 

 

 

途中で事務所のアイドルたちに乱入されて色々と邪魔されてしまったが、作業自体は2日で終わった。

 

 

 

『わが社の営業用にもぴにゃこら太が必要だ、予備の着ぐるみ2つとバリエーションも欲しい。至急だ』

 

 

 

業者だと時間が間に合わないらしい。

 

翌々日に完成したのを一着渡すと、さすがに驚いた顔をしていた。

 

でももう持ってこないで……

 

その後2週間かけてぴにゃこら太と黒ぴにゃ、ピンクぴにゃを納品した俺は、これ以上仕事を振られないようにと慌てて海外へ旅立ったのであった。

 

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

 

東京都 高校教師 (29)

 

 

 

『ヘレンは黙ってろよ☆皆さんこいつはカメラの外じゃ工業用アルコールだって飲み干しかねない酒キ(ぴにゃあ〜)イなんですからね!』

 

『ガンバリマンは工業用じゃないでしょ、頑張る女の晩酌用じゃない』

 

『稼いでんだからもっといい酒飲みなさいよって話でしょ☆』

 

『ヘレンは「私は今もバイトやってます」ってのを売りにしてるんでしょ?』

 

『世界レベルの女はバイトなんてしないわ』

 

『アルペンでバイトしてたろ☆』

 

『私はスキーじゃなくて、冬を売ってたの』

 

『はいはい』

 

『でも倹約家でいいじゃないですか〜、私も家に入れた分からお母さんに貯めてもらってますよ〜』

 

『ナナ先輩はいつまでウサミン銀行を活用するつもりなのさ……』

 

 

 

「まぁちゃん、それ消して」

 

「えー?なんで?スーバー嫌いなの?」

 

「嫌い」

 

「でもぴにゃこら太のスマホケース付けてるじゃん」

 

「それとこれとは別なの」

 

 

 

ぶーたれながらも別の動画に変えてくれた素直な姪っ子に、少しだけ胸がほっこりする。

 

学校の生徒達もこれぐらい素直だったらいいのに……

 

スーパーバードが登場して、その後追いのUtuberが巷に溢れかえってからというもの我々教員は大忙しだ。

 

これまでの非行行為に比べ、今の学生はやる事が大きい。

 

大きすぎる。

 

隣のクラスの子達が春休みに音信不通になったかと思えば、原付きを買って北海道を目指していたらしい。

 

めちゃくちゃだ。

 

もちろんお金なんかほとんどないから毎日ネットカフェ泊まりで、後半はビニールシートにくるまって公園で焚き火をしていたらしい。

 

結局ここ東京から遠く離れた宮城県で補導された。

 

隣のクラスの担任の先生は、日曜の朝から宮城まで車で迎えに行ったらしい。

 

その後はなぜか親御さんに詰められ平謝りだ。

 

恐ろしすぎる。

 

うちのクラスの生徒達もいつ何をやらかすかわからない、噂では顔を隠してゲームの実況なんかをしている子もいるらしい。

 

それで何か問題が起きたら私に責任が来るのだ。

 

青春を楽しむなら部活をやってほしい。

 

とにかくUtubeは未成年には影響が大きすぎる。

 

姪のまぁちゃんにもあまり見させないようにしなければ……

 

 

 

「そういえばけいちゃんの部屋にメッキの裸の写真あったね」

 

「ぬっ、あれはいやらしい裸じゃないのよ!寒中水泳の写真でしょ!子供は見ちゃだめ!」

 

「えー、なんでー?やらしくないんでしょ?」

 

「子供にはっ!もったい……早すぎます!ろくな大人にならないわよ!」

 

 

 

ああ、悪影響だ。

 

ユーラシアから黒い風が吹いて、男が生まれにくくなってからもう100年近い。

 

子供でも大人でも、女は男の筋肉には抗えない。

 

11歳のまぁちゃんがもう雌の顔をしてる。

 

あの雑誌は予約即完売で超プレミアがついてる本なのだ、まぁちゃんの目に届く所に置いておいてはいけないものだ。

 

悪影響だ。

 

あんな屈託のない笑顔で自慢気に筋肉を晒す見目麗しい男、それもアイドルやAV男優じゃない、裏方の男だ。

 

そんなもの、みんな見たいに決まってる。

 

 

 

「とにかく、あれはだめ。もう捨てちゃうからね」

 

「えー!なんでー!!もったいない!」

 

 

 

悪影響だ、子供達にも私達にも。

 

色んな意味で、スーパーバードは眩しすぎる。

 

学校を出た後の世界はあんなに優しくない。

 

笑いかけてくれる男はいない。

 

きらびやかな仕事ばかりじゃない。

 

あんな風に何でもできる人なんていない。

 

でも生徒達には、そういう事を知って世の中に絶望してほしくもない。

 

Utube、教育者にとっては本当に悩ましい存在だ……




ちょっと暗い感じになっちゃいましたね。

次回から海外ロケ編です。
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