変わりに日本の話をいっぱい考えましたので、プロットはそっちに差し替えました。
楽しい楽しいインドネシアでのロケが終わり、我々はまた日本の忙しない日常に呑まれていた。
「はぁ?インドネシアの動画は投稿しないって!?なんで?お前300万のビデオカメラまで自腹で買って、やる気満々だったじゃん☆」
「そうですよ〜スリと戦ったり、ディスコに警察が踏み込んできたり、街角で密造酒飲んでた人が病院送りになったり、色々撮れ高あったじゃないですか」
「ファンキーなんとかで最強のアイドルソングを出す!って現地の作曲家と編曲家にリテイク出しまくってさんざん滞在延長したのにね」
ファンキーなんとかではなくファンキー・コタ、インドネシアのコタ地区発祥の凶悪なダンスミュージックなのだ。
「ぴにゃ……」
「みなさん、これはアルバム用の曲ですので。また海外に曲録りに行って曲数が溜まってアルバムが出るって時に、ババーッ!と一気に動画を出しますんで、楽しみにしててください」
「まーた海外行くのかよ!」
「今度はもう少し過ごしやすいところにしてね」
「ナナはハワイに行きたいで〜す」
のんきに騒ぐメンバー達だが、そうは問屋がおろさない。
「あ、次はインドのゴアに行きますんで」
「えっ!なんで!?」
「トランスの聖地ですから」
ゴアって場所は、ゴア・トランスっていう音楽のジャンル名にもなってるからな。
シーズンになると毎日毎日パーティが開かれているそうだ。
「私、インドには行くなって親に言われてるから……」
川島さんは腕をクロスさせてバツマークを作っているが、関係ねえ連れてくぞ。
大阪のおっかさんも連れてってやろうか。
「ハワイでウクレレとかじゃ駄目なんですか〜?」
「インドなんかまた暑いとこじゃんか☆やめろよ〜」
メンバー達は何やら文句を言っているが、スケジュールを握ってるのは俺だ。
「インドの後にはこれまたトランスで有名なイスラエルに行きますから、楽しみにしててくださいね」
イスラエルにはゴア・トランスが更に進化した、サイケデリック・トランスっていうジャンルが根付いているのだ。
非常に楽しみだ。
「勘弁してくれよ〜マジでさぁ……」
佐藤が青い顔で美城プロ駐車場のアスファルトの上にへたり込んでしまった。
ちょっとスケジュールが厳しすぎたかな?
しょうがないな。
イスラエルの前にどっか温泉地でも挟んでやるか。
4月、入社の季節だ。
俺たちスーパーバードは、なんと美城プロの入社式に呼び出されていた。
壇上に上がった川島さんが無難な言葉でスピーチするのを聞きながら、俺は新入社員たちの顔ぶれを見回していた。
みんな気合と希望に満ちた顔だ。
憧れの芸能界、それも押しに押されぬ大企業。
もう人生の絶頂だろうな。
そんな新入社員達の中に、俺は見知った顔を1つ見つけていた。
「佐藤、あれ武内の弟じゃない?」
「え?どこどこ?あっ、ほんとだ☆」
「武内さんって、
「そうそう、住所不定無職の武内だけど、弟はすげぇ進学校通ってたんだよ」
「高校受験の前日、夜中にバイクで神社連れてったら弟が風邪引いたって言ってたぞ☆」
「最悪な姉ですね〜」
「あいつ左腕に入れ墨入ってるんだけど、自分で入れたから漢字間違ってんだぜ。毘沙門天の沙が砂になってんの」
「あっ、それ見たことあります」
「ぴにゃ……」
ぴにゃに肩を叩かれ、指をさす方向を見ると美城執行役員が凄い形相でこっちを睨んでいる。
「あっ、やべっ、マイク……」
「あっ、ピンマイクだった☆」
「す、すいません……」
会場中から視線を浴びる俺たちの横では、何も悪くないぴにゃが深く深く頭を下げていたのだった……
早くも桜の散り始めた4月某日。
我々は今期のスーパーバードの方向性を決める大戦略会議を行っていた。
「ぴにゃこら太がアニメ化するという話は皆さんご存知ですね」
「おお〜☆」
「私達がハブられてるやつね……」
「ナナは声優アイドルになるのが夢だったんですけど……」
「ぴにゃの中の人すら別人だものね……」
そう、
理由は『子供が見ても親御さんからクレームが来ないように』との事だ、すでに映画化も見込んでいるらしい。
「そう!皆さんも……なかなか不満が溜まっていらっしゃると思います!」
「そうだー!!」
「ナレーションぐらいやらせてくれてもいいと思わない?」
「そうですよ!」
「世界レベルの声優の誕生を逃したわね」
「ということで、執行役員の方からぴにゃこら太アニメの応援動画を作る許可を頂いてきましたので……」
「応援かぁ☆複雑だな〜」
「まぁしょうがないんじゃない?」
「そうですよ〜めでたいことなんですから」
「それで何するのかしら?壁画でも描くの?」
「うちでも独自にぴにゃこら太のアニメを作ってしまおうと思います」
俺のモットーは『好きにできないなら、好きにできる場所を作る』だ。
勝手に作って勝手にネットに上げちゃえば、俺たちだってアニメ関係者になれる。
「はぁ!?」
「なにそれ」
「どういうことですか〜?」
「また怒られるんじゃないかしら」
「始末書ぐらいは覚悟してください」
「嫌な覚悟だなおい☆」
「監督・作画、私。佐藤心役、佐藤。川島瑞樹役、川島さん。ウサミン役、ウサミン。ぴにゃこら太役、ヘレン。ヘレン役もヘレンでいきます」
「ていうかお前アニメ作ったことあんのかよ!」
「え?絵いっぱい描くんでしょ?」
りくつはしっている。
「バカか!そんな簡単じゃないんだよ☆」
「そうですよ〜アニメってそんな素人がポンと作れるものじゃないと思いますよ」
「アニメの事はよくわからないわ」
「同じく……」
「まぁまぁまぁ、ご心配なく。毎週5分ぐらいのミニアニメですし、なんとかしますので」
アニメなんかあんまり見たことないけど、2、3本見ればだいたい掴めると思うしな。
「これでほんとに今までだいたいなんとかなってるから怖いんだよなぁ……」
「有言実行するバカってタチ悪いわよね……」
「まま、本家ぴにゃこら太アニメの方は夏に放送ですんで時間ありますから。じっくり腰を据えてやっていきましょう」
「おお〜……」
佐藤の気のない同意だけが部屋に響いた。
それから約2週間後。
なぜか第1話の動画は早くも完成し、われわれは台本の読み合わせを行おうとしていた。
「いや、早くね?おかしいよね☆」
「うわぁ……めちゃくちゃヌルヌル、ちゃんとアニメになってます……これ何枚描いたんですか?」
「1秒30枚、こんなもんじゃない?」
メンバーの中で1番サブカル好きなはずのウサミンがなぜかドン引きしているが、アニメって毎週やってるんだから3日ぐらいでできるもんじゃないのか?
「普通アニメって何百人も人が集まって作るんですよ……」
「絵も?」
「そうです、絵の上手い人が動きの要点を描いて、その間のコマをみんなで埋めるんです」
「そんなの統一性がなくなるじゃん」
「そういう問題じゃないと思うけど」
「知らないって怖いわよね……」
「もうこいつについて真剣に考えるのはやめよう☆頭おかしくなるわ」
目頭を押さえた佐藤が川島さんに向かって手を振る、ひでぇ言われようだ。
「それで、このぴにゃ美とかぴにゃ兵衛とかって何?」
「新キャラです、ピンクのぴにゃと黒いぴにゃ」
「声は誰がやるんだよ☆」
「そろそろ18時ですよね、捕まえに行きますか」
「え?何?」
「だから、声優捕まえに行きますかって」
「は?」
「鍍金君、あなたまさか……社員を使うつもり!?」
「まぁ素人ばっかりのアニメにプロの声優使っても面白くないでしょ。ヘレン、ぴにゃ着て」
俺の魂胆に気づいてドン引きしているメンバーを尻目に、ヘレンはいそいそとぴにゃを着込んだ。
「また執行役員に怒られますよ……」
「なにが?もう終業時間ですよね?課外活動ですよ」
「いや……もう少し根回しとか」
「根回ししたら駄目って言われますよね?」
「確信犯じゃねぇか☆はぁともう知らねぇかんな」
そうして部屋を飛び出した我らクルーは、まず総務部を襲撃した。
「皆様、お仕事お疲れ様でーす!!」
「新入社員諸君!励んどるかっ☆」
「ぴにゃー」
「あのっ、すいません、すいません……」
部署内は我々の乱入でざわついているが、役職クラスはなるべく顔を下げてやり過ごそうとしている。
どうも社内の人たちは我々が常にカメラを回し続けていると思っているらしい、今も回してるけど別に使わないぞ、録画はしてるけど。
「で、誰を連れてくの?」
「武内弟」
その瞬間部署内の全員の視線が、新入社員の武内君に向いた。
「武内君!仕事の時間は終わりだぞ、こちらに来て親交を深めようじゃないか☆」
「おや、ほんとだぁ、もう6時過ぎじゃない!まさか入社早々残業なのかしら?」
「うう……働き方改革ぅ……ばんざーい」
奥で課長に呼ばれた武内君が、何やら耳打ちされ
、肩をぽんと叩かれてからこちらにやってきた。
「あの、なんですか?」
「ハイパーメディアクリエイター事業部の課外活動に参加してくれないか?」
「我々は若い力を求めている☆」
「すいません……お話だけでも……」
「困るんですけど、これからまだ仕事が……」
課長席を見ると、課長はうつむいたままこちらに力なく手を振っていた。
連れてってもよさそうだな。
「まぁまぁ、腹を割って話そうじゃないか」
「いや、そんな」
「腹を割って話そう☆」
「いや……」
「お邪魔しました〜」
「ぴにゃー」
我々は次に、アイドル事業部へと足を進めた。
目標は事務員の千川ちひろだ。
「お疲れ様です、千川さんいますか?」
「はい?なんですか?」
「ちひろさん、ちょっと動画に協力してもらえません?」
「ははっ、嫌です」
鼻で笑われてしまった。
ハイパーメディアクリエイター事業部とアイドル事業部は仲は悪くないが、なかなか因縁浅からぬところがあるからな。
「男紹介しますよ」
「はぁ?」
俺が小声で言うと、ちっひは眉をひそめて首を傾げた。
「高身長強面イケメンで、バリトンボイスで、今年入社で将来性抜群ですよ」
俺がちょいちょいと入り口を指でさすと、そこには首の後ろに手を当てた武内が立っている。
「ツーショットチャンスは?」
「あるある。社会に不慣れな彼を、大人のお姉さんとして優しく導いてあげてくださいよ」
「部長!」
今の話を聞いていた今西部長は、うつむいたまま力なく手を振った。
二人を連れたまま部屋に戻り、早速合同ミーティングだ!
「お二人には、声優をやっていただきます」
「せ、声優ですか……」
「そんなの素人にできるんですか?」
怯える武内君と、平気な顔のちっひ、我々に対する経験の差が如実に出てるな。
「全員声優素人なので逆に浮くことはないと思います」
「そんなもんですか?」
「そうです、のちのち懇切丁寧に演技指導するのでご心配なく!」
具体的には、俺がしばらく声優学校に通って指導のノウハウを盗んでくる予定だ。
「それと、これって残業扱いになるんですか?」
「実は美城執行役員の許可がまだ出てないので、とりあえずお二人には私のポケットマネーから寸志を出します」
「え、それっていいんですか?」
「いいのよ、貰っときなさい。この人達めちゃくちゃ稼いでるんだから」
見たことないような菩薩顔のちっひが、不安そうな武内君に先輩風を吹かしている。
もうロックオン済みなのか、目の奥がギラついてるぜ。
「稼いでんのこいつだけだって☆」
「ぴにゃのロイヤリティで、私達とは年収の桁が違うわよね」
「私もウサミングッズが売れたりしないかなぁ……」
「ぴにゃあ……」
新入社員の前で生臭い話をするなよ。
とにかくこの日は軽い顔合わせだけということで、早々に皆で会社の近くの超鳥貴族へと繰り出した。
「僕は本当はアイドル事業部に行きたかったんです……」
「そうなんだ〜。武内君、私、アイドル事業部の事務やってるよ。色々教えてあげようか?」
武内君の隣の席に陣取った千川ちひろは、上手に彼からパーソナルな話を聞き出し、早々に連絡先まで交換していた。
馬に蹴られたくなきゃ放っておいてやればいいのに、わざわざそこに絡んでいくのがうちのタレントたちだ。
「ハイパーメディアクリエイター事業部じゃ駄目なのかよ☆」
「打診すらなかったわよね」
「隔離施設だからな」
「ほんとに誰も近寄らないものね」
「廊下で他の社員さんに距離取られるんですよ〜」
ちっひが武内君に見えない位置から殺意の視線を向けてきているが、こいつらは全くお構いなしだ。
「郵便室にインドネシアの土産持ってった時も『これビデオに映りますか?』ってゴミ箱で顔面ガードされたからな☆」
「すっぴんだったんじゃない?」
「私達も結構すっぴんで動画撮ってるのにね」
「そういえばナナも最近はあんまり気にならなくなってきました……」
「あの、皆さん……化粧してなくてもお綺麗ですよね」
ちょっと酔っ払って顔を赤くした武内君が、照れながらもうちのメンツを褒めた。
「やーだー☆もうこの子ったら!」
「可愛いこと言うわね〜もっと飲む?」
「えへ、えへへ……」
佐藤と川島さんははしゃぎ、ウサミンはつま先をくねくねさせながら喜んでいる。
ヘレンは我関せずといった様子だ。
それを横目で見ていたちっひは武内君の手に人差し指でちょいと触れ、彼の耳に顔を近づけて話す。
「武内君、あんまりこの人達にそういう事言わないほうがいいわよ」
「え?」
「調子に乗るから」
「は、はぁ……」
「ほんとよ」
ちっひの言うとおりだ。
調子に乗った佐藤は機嫌よく笑いながら注文ボタンを押して、田酒をカパッと飲み干した。
「はぁとはまだまだティーン・エイジャーのハァトだぞ!お姉さん!美少年持ってきてっ☆」
「17歳のナナにはモヒカン娘を!」
「あ、私は豚平焼き」
ティーン・エイジャーが酒を飲むなよ。
「飲みすぎるなよ〜あんまり会社をドヤ代わりに使うなって総務から通達来てるからな」
「……会社は一体私達のことを何だと思ってるのかしら?」
川島さんは少し不機嫌そうに、4杯目の赤ワインを飲み干したのだった。
友達がカラオケに遅刻した時に、オリビアを聴きながらを10回連続で歌ったのがバレて「キチガイと同じ部屋にいる……」って言われました。
[┐`益´┌] クヤシイデスッ!