テストに出ますよ
2013年12月、ニューヨークのサウス・ブロンクスから帰ってきた我々を出迎えてくれたのは、雪の東京だった。
本場のヒップホップ楽曲を手に入れに行ったはずなのに、美城常務の命令で営業ばかりしていた気がする。
その営業もライブとかじゃない、トークショーとか現地のUtuberとのコラボ動画の撮影とかだ。
英語が喋れるのが俺と川島さんだけだから、俺はほぼ通訳というかMCみたいな事をやらされ続けて、心底疲れ切っていた……
治安も悪かったしな、タクシー強盗と空手で戦ったり、銃を突きつけてくるチンピラをカポエラでぶちのめしたり、強引なナンパ女を背負い投げで失神させたりした。
うちの海外ロケはだいたい大波乱が起こるが、ニューヨークぐらい暴力的な土地はなかったぞ。
ブロンクス自体恐ろしく治安が悪いっていうのもあるが、とにかく若い黄色人種の男ってのが彼女たちの神経を逆撫でしたらしい。
結局滞在中はずっとトラブルに巻き込まれていた気がする。
そしてもう何度目になるかもわからない海外ロケだったが、とりあえずは今回で最後のロケとなった。
そう、ついにアルバムが完成したのだ。
タイトルは伝統に則り『スーパーバード』となった。
もし2作目があるとしたら『スーパーバードⅡ』だな。
俺はこのアルバムを2月発売とし、レコ発ライブのスケジュールを組んだ。
個人的なホームであり、スーパーバードも幾度となく世話になっている東京のライブハウス『ワニの酒場』。
そこから出発して福岡から北海道まで回り、またワニの酒場へと帰ってくる予定である。
なんせ最終目標はマジソン・スクエア・ガーデンだ、ガンガン場数を踏ませていかないと俺のスター育成計画に遅れが出るからな。
ハードだが、
しかし、そんな楽しいスケジュールを発表した後、部屋の空気は荒れに荒れていた。
「はぁ!?レコ発ツアーを4ヶ月みっちりやるって!?」
海外疲れで荒れたお肌を美容パックに包んだ佐藤が、怒りに任せて机に拳を叩きつけた。
机の上の俺のスマホは2センチも浮き上がり、ブロンクス土産のジグソーパズルのピースもバラバラに飛び散ってしまう。
「ワニの酒場出発なのはわかりますけど、その後も各地の小さい箱でライブしまくるんですか!?身体が持ちませんよ!」
帰国して早々部屋にも戻らず整体に行ったという安部菜々が、顔を真っ青にして俺にすがりついてきた。
「うーん……あなたが私達をどうしたいのかわからないわ」
会社にマッサージチェアを持ち込んだ川島瑞樹は、揉み玉に背中を揉まれたまま少しだけ首を傾げている。
「インディーズバンドじゃあるまいし、アイドルがこんなに数こなして全国を回る必要ってあるのかしら……?」
自分の分身とも言えるぴにゃこら太の着ぐるみを丹念にブラッシングをしているヘレンも、このスケジュールには疑問なようだ。
「今のうちだけですよ、こんなのんきなツアーは。もっと有名になったら、それこそ1つのライブの準備に1ヶ月とか使うようになりますから」
こういう小箱でやるライブも、最終的にはいい思い出になるもんだ。
単純に大きい箱の抑えが難しくて、スケジュールが飛び飛びになったってのもあるんだけどな。
俺が気にせず資料をめくっていると、部屋の中が急に静かになった。
顔を上げると、いつもは文句を言いながらもにこやかなメンバー達が訝しげな目で俺を見ている。
あれ?なんかヤバい雰囲気だぞ。
「ちょっと待て、お前最終的にはぁと達をどうしたいんだ?」
ぺろーんとマスクを剥がして、真剣な顔で佐藤が言った。
あっ、やべっ。
「え?」
「ちょっとここらで意識のすり合わせをしとかないとまずいわよね……」
休日のお父さんのように、マッサージチェアから頑なに動こうとしなかった川島さんが、すっくと立ち上がる。
今はこの話はまだ早い、なんとか逃げ出さないと。
「え?え?」
「鍍金さん!腹を割って話しましょ〜!」
腰を浮かそうとした俺の腕を今にも泣き出しそうな顔のウサミンがつかみ、凄い力でがっちりと固定してしまった。
「連行しろ☆」
そうしてあっという間に連れて来られたのは、会社から一駅隣の超鳥貴族。
俺はテーブル席に押し込まれ、横を佐藤と川島さん、前をヘレンとウサミンで固められていた。
「この際ズバリ聞くけど、ああいうスケジュール組んで鍍金君は一体どこを目指してるの?」
「そーそー☆」
運ばれてきた酒にも手を付けず、メンバー達は真剣に俺の顔を見つめている。
「俺個人がってこと?スーバーがって……」
「スーパーバードですよ!」
食い気味に言うウサミンの顔が真剣すぎる。
これは誤魔化してもいい事なさそうだ……
俺も年貢の納め時か。
「マジソン・スクエア・ガーデンにお前らを立たせること」
これは俺の一生の、とりあえずの目的でもある。
「マジソン・スクエア・ガーデン?この間ニューヨークで行ったとこよね」
そう、川島さんが置き引きにあいかけた所だ。
「バスケットボールの試合をやってたとこね。ガイドブックにも歴史が書いてあったわよ」
「そう、キャパは多くないけどコンサート会場としても歴史ある場所なんだ」
伝説の名ライブが数多く行われた聖地だ。
「ていうかあそこって日本のアイドルがライブするような所じゃないでしょ?」
「その通り」
実際そんなの聞いたことがない、日本のメジャーなロックバンドだってほとんど立ったことのない会場なんだ。
「じゃあどうするんだよ☆」
「そのために動画をやってきた、色々やって日本だけじゃなく世界的にも知名度を上げてきたんだ。これまでも海外でスーパーバードを知ってる人は結構いたろ?」
これは非才で卑怯な俺の悪あがきと言ってもいい。
音楽のできない俺は音楽以外の力を使って、彼女達を音楽家としてあの舞台に立たせようとしてきたのだから。
「で、そこって、知名度だけで出られるの?」
「わからない、たぶん無理」
これは正直なところだ。
そこらの市民会館じゃないんだ、いくら有名になろうとも音楽家として優れていなければ難しいだろう。
そのため、スーパーバードを音楽家として成長させるために、俺はいい楽曲を国を問わず集めたのだ。
「で、今回のツアーはスーパーバードが知名度以外の力を積み上げる、その一歩目なんだけど……」
「うーん……」
ウサミンがこれまでに見たことがないぐらい困った顔になっている。
「正直そんな壮大な夢を背負わされてもねぇ……」
川島さんも呆れた様子で、前髪を弄っている。
「これ以上過密スケジュールになるの?」
ヘレンでさえ青い顔だ。
「はぁとらは別にそんなとこ出たくないぞ☆」
そして佐藤は、はっきりそう言った。
言われてしまった。
こうなると、バンドでもアイドルグループでももう駄目だ。
だから俺はなるべく彼女達に悟られないように場数を踏ませ、来たるべき大舞台がやってくるまで本心を隠しておこうとしたのだが……
やはり少し性急すぎたようだ。
小目標だったCD発売まではこぎつけたが、大目標の大舞台に至るまでの算段が水の泡だ。
俺はまた、間違えてしまったのか。
頭が真っ白になっている俺の前で佐藤は腕を組んだまま不機嫌そうに唸り、鶏皮を食べ、ビールを飲んだ。
「じゃあさ、お前個人の目標はなんだよ☆」
「マジソン・スクエア・ガーデンにお前らを立たせること」
これもまた、偽りなき本心だ。
「一緒じゃん☆」
佐藤は困惑した顔で、またビールを飲む。
「鍍金さん、ずっと音楽やりたかったんじゃないんですか?自分が立つんじゃなくていいんですか?」
泣きそうな顔をしたウサミンが、俺の瞳を覗き込んで聞く。
とっさに上手い言葉が出てこず、俺もビールを飲む。
天でも仰ごうかというときに、壁のポスターが目に入る。
下町のナポレオンが、浜辺に立っていた。
「あの日のナポレオンを覚えているか?」
すっと言葉が出た。
「ん?」
「は?」
「え?」
「何?」
みんな困惑顔だ。
俺はもう一言だけ足した。
「俺もスーパーバードだということだ」
しばらくの時間が沈黙のまま流れ……
突然ガツン!と俺の右脇腹に佐藤のブローが入った。
「……お前それ、秋月のりっちゃんのパクリじゃねぇか!!」
そうだった。
「まぁまぁはぁとちゃん……」
佐藤が暴れたせいで溢れたビールを甲斐甲斐しく拭きながら、ウサミンは彼女を抑えてくれた。
「それ、マジソン・スクエア・ガーデンに出るってやつ、最初から考えてたの?」
俺の体を挟んで佐藤を宥めながら、珍しく真顔になった川島さんが聞く。
「ああ、アイドルだって武道館に出れるんだ。マジソン・スクエア・ガーデンにだって出られるはずだ」
反対側で心底不機嫌そうな顔をした佐藤が、俺のほっぺたを強くつねった。
「ムカつく」
「痛い」
「お前結局こうして聞かなかったら、理由も言わずにはぁとらを必要以上にこき使ったんだろーが☆」
「お前らが気づかないうちにステップアップさせて、知らず知らずのうちにスターダムに立たせてる予定だったんだよ」
「はぁとらはお前のあやつり人形かい☆」
「悪かったって」
「他に隠してる計画はないんかい☆この際言っちゃえよ」
「海外編、映画にしようと思ってる」
「「「「映画!?」」」」
これには一同皆驚いたようだ。
映画といっても、動画が何百時間もあるから勝手に総集編を作っているだけだがな。
「他に隠してる事は?」
「今のところない」
「もうこういう騙し討ちみたいな事しないなら、はぁとは付き合ってやってもいいぞ☆」
「えっ!?マジ!?」
佐藤は驚く俺の胸ぐらを掴んで言った。
「お前もスーパーバードなんだろ☆」
「……ああ」
「遠くまで旅してくんなら、付き合ってやらないと可哀想だからな」
「さ、佐藤〜!」
感極まって佐藤に抱きつきそうになった俺のさっきとは逆の左脇腹に、ガツンとブローが入った。
「鍍金君、私達には何もないわけ?」
「なんですかその雰囲気?」
「なんかムカつくんだけど」
俺を見る6つの目は怒りに燃えていた。
そうしてひとしきり皆に謝った後の事だ。
もう騙し討ちのようなプロデュースはしないという事を誓って皆から許してもらえた俺は、2杯目のお酒を飲みながら質問攻めにあっていた。
「うーん、けっきょく鍍金君の中のアイドルって何なのかしら?今更だけど、私達って曲とか活動とか、およそアイドルらしくないのよね……」
「そもそもアイドル活動自体したことないでしょ☆オーディションとか1回も受けてないしさ」
「あっ……た、たしかに……」
ウサミンが川島さんと佐藤の言葉に『今気づいた!』みたいな反応をしているが、一番アイドル志望だったお前がそれでいいのか。
「アイドルってなんか定義とかあるのか?」
正直なところプロデューサーである俺もよくわかっていないのだ。
我々スーパーバードは、雰囲気でアイドル活動を行っていると言ってもいいだろう。
「はい?」
「えっとー……?」
「お前アイドルをなんだと思ってるの☆」
ドン引きしているメンバー達の顔を見るに、俺と彼女たちの完全な相互理解はまだまだ遠そうだ。
「ひな壇にうじゃうじゃ座ってやいやい言ってる、歌うコメディアンだろ」
人んちのテレビで見た、俺は詳しいんだ。
「いやいやいや☆」
「いやでも、最近はそうじゃないとも言い切れないっていうか……」
ヘレンは苦々しげな顔でぼんじりを齧る。
アイドル業界にも色々あるらしいな。
「子供の頃に日高舞とか見なかったの?」
呆れた様子の川島さんが、お手拭きで俺の腕時計の風防を拭きながら聞いてくる。
やめてくれ、インド土産のパチモンタグホイヤーなんだぞ。
「俺はあんまりテレビ見なかったから。CDは親が持ってたから聴いたよ」
「そうか……ここまで根本的に認識にズレがあるとなぁ☆」
「日高舞をほぼ知らないとなると……」
765プロの秋月律子もよく日高舞のファンだと言ってたが、どうもアイドルを語る上ではよっぽど重要なアーティストらしい。
「そこらへんがよく分からなかったから、スーパーバードは動画配信アイドルになったの?」
「よく分からなかったのもあるけど、動画配信には未来があると思ったからな。人と同じ事をやっていても大きな成功は見込めない」
「まあでも、たしかにタレントとしては大成功してるものね……」
最近地元でも有名になって親戚からお見合いを勧められたらしいヘレンが、湧き上がるハイボールの炭酸を見つめながら言った。
「とにかく鍍金はさぁ、はぁとらを海外に売り出すつもりでいるんだろ?」
モスコミュールを飲み干した佐藤が、グラスを置きながら話を簡潔すぎるぐらい簡潔にまとめた。
「まぁ、今はそういう認識でいいか……」
「それより、ナナはまだ自分の事をアイドルだと思っていてもいいのでしょうか……?」
生中のグラスを空けたウサミンが、不安そうに上目遣いで聞く。
悪いが気の持ちようだとしか言えそうにない。
「いいんじゃない?会社はまだアイドルとして扱ってくれてるわよ」
飲み終えたウーロンハイのグラスを弄んでいた川島さんが雑に慰めているが、うちはアイドル事業部を追い出されてるんだよなぁ。
「自信を持って、あなたはまだまだ歌って踊れる声優アイドルよ」
ヘレンはいいやつなので、そう言いながらウサミンの肩を抱いて残り少ないハイボールをあおったのだった。
「とにかく、最終目標も共有できたことだし、ここで再びスーパーバードの固めの杯といこうか」
場所もたまたまスーパーバードの名前の由来の超鳥貴族だし、ちょうどいいだろう。
「そうね、今ならナポレオンだって頼めるわよ」
「おおっ!そうしよう☆」
「店員さーん」
酔っぱらいのウサミンは、呼び出しボタンを押さずに歩いていた店員さんを引き留めた。
「はい、なんでしょう?」
「ナポレオンありますか〜?」
「ナポレオン?いや、うちあんまり高価なお酒は……いいちこならありますけど」
がーんだな、でもそりゃそうか。
チェーンの居酒屋だもんな。
「いいちこね、私達って、結局いいちこなんだわ」
「瓶一本持ってきて」
「ありがとうございます、いいちこボトルですね」
程なくして出てきた900mlのいいちこの蓋をひねり、5つのグラスに溢れるほど注ぐ。
それぞれが右手に持ち、5人で杯を合わせた。
「鍍金、音頭取れよ☆」
やっぱ酒で契りといえば桃園の誓いだよな。
「我ら五人、生まれた場所は違えども……」
「それ2回目!」
佐藤の張り手が、丸まった背中にやけに染みた。
話的にはもうすぐ終わりなんですけど、時間的にはまだまだかかりそうです。
今回も二万文字ぐらいボツが出ました。