あの日のナポレオンを覚えているか   作:岸若まみず

15 / 20
一年近くお待たせ致しました。
色々と呪われたこの小説ですが、正月に念入りに神社でお参りをしてきましたので多分今年は大丈夫だと思います。


第15話 ライヴ・イン・ジャパン

「これ、やばくね?」

 

「ワニの酒場崩壊しない?この人数だと」

 

「その前に客が圧死しちゃうわよ」

 

「やばいですよ〜駅まで列が続いてましたよ。集まりすぎると暴動が起きるんじゃ?」

 

 

 

レコ発ツアー開始のその日、俺の個人的ホームであるライブハウス『ワニの酒場』の近辺は押しかけたファンで超満員だった。

 

誰が相手だろうと自分流を貫く店主の婆さんは、今回も俺にチケットを100枚渡しただけ。

 

その100人だって入り切らないぐらいの箱なのに、それに加えてチケットの当てもない当日客も1000人近く押し寄せてる。

 

ていうかこうなる事を恐れて今日のライブはツアー情報にも乗せてないんだけど、話聞いてない婆さんがライブ予定にでかでかと『スーパーバード』って書いちゃったからバレたんだ。

 

マジで勘弁してくれよ。

 

漏れた音でも聴きたいって、そんな熱心な信者がつくほどCD売れてたか?

 

なんせ初回限定版CDの在庫がまだ残ってんだよなぁ……

 

当たり前だけど、今求められているのはアイドルとしてのスーパーバードじゃなくて、Utuberとしてのスーパーバードなんだよな。

 

もちろん俺はうどんを頼まれてそばを出すほどひねくれてない、スーパーバードのステージは歌5割しゃべくり5割だ。

 

ミュージシャンとして人を感動させるステージは……のちのちの課題だな。

 

今はとにかく、このレコ発ツアーでスーパーバードに場数を踏ませまくることだけが目標だ。

 

 

「そんでそのインドネシア人が言ったわけ☆」

 

「『これってジャパニーズAVよね?』ってね」

 

「日本の事、アニメとエッチなビデオでしか知らないって言ってましたよね〜」

 

「ぴにゃ〜」

 

「もちろん今なら、日本といえばぴにゃこら太だと思うわよ」

 

「世界のぴにゃこら太だぞ☆」

 

「あの時はインドネシアの人にも『なにこの緑のモンスター?』って言われてましたからね〜」

 

「ぴにゃに歴史ありなんだよなぁ☆」

 

 

ちょっと不安だったんだが曲はともかく喋りは順調。

 

2時間半のうちの半分近くを喋り倒したスーパーバードに、ほぼ身内ばかりとはいえ客達は熱の籠もった拍手を送ってくれたのだった。

 

 

 

 

 

このツアーは忙しい、昨日は東京、今日も東京、明々後日も東京、その次の日も東京だ。

 

東京だけで行き帰り合わせて10回やる。

 

今日の客は昨日の3倍、しかも身内抜きだ。

 

ついにアーティストとしての資質が真に試される時が来たんだな。

 

 

「もう全員下痢便になっちゃって☆」

 

「いやいや、鍍金君だけピンピンしてたでしょ」

 

「『体験してこその異文化だから』とか言ってヤギ料理をほんとに骨まで食べてたんですけど、現地の人に『その骨は犬も食べないよ』ってめちゃくちゃ止められてましたね〜」

 

「ぴにゃ〜」

 

「ヘレンはウイルス性胃腸炎で入院したものね」

 

「ウンコの話なら無限にあるから終わんねぇぞ☆」

 

 

杞憂だった。

 

曲はまぁまぁ箸休めみたいな扱いだが、Utuberとしては大合格じゃないだろうか。

 

満員のファン達がウンコの話で大喜びだ。

 

 

 

 

 

ウサミンの地元、ウサミン星こと千葉でもライブをやった。

 

抑えられたのは文化会館だが、ほぼトークのライブならちょうどいい。

 

佐藤はなぜか市が宣伝のために持ってきた落花生の着ぐるみを着せられての登場で、ややスベり気味ながらも会場の歓声は大きかった。

 

 

「このサメ食えるから捕まえろって言うんだもん、できねえってそんなことは☆」

 

「あのガイドさんめちゃくちゃでしたね〜」

 

「でも鍍金くんは小さいサメ捕まえてたわよね」

 

「あーあー、やめとけって言ってんのに生きたままのサメのフカヒレに齧りついたやつね☆」

 

「ガイドさん引いてたわよね」

 

「正直あれは子供の教育に良くないからカットしてほしいわ」

 

「あ〜、それ言っちゃったら絶対カットしないでしょうね……鍍金さん人からカットしろって言われると意地でも使うから」

 

「ひねくれてんだよな☆」

 

 

だいぶリズムができてきたように思う。

 

歌を一曲減らしてその分トークに振ったのが良かったんだろうか。

 

やはりトレーニングはしているとはいえ、ライブ一本を通して歌って踊るにはまだまだ経験が浅いんだろうな。

 

 

 

 

 

名古屋に行く前に静岡に寄った。

 

小箱に寿司詰めになったファン達が、2月の寒さを吹き飛ばすような熱気の籠もった声援を送ってくれる。

 

なにかに目覚めたのか佐藤が仮装をしたがったため、急遽うなぎの着ぐるみをレンタルした。

 

川島さんとウサミンがうなぎとぴにゃこら太に挟まれた異様なステージになったが、観客の熱気は高まるばかりだ。

 

 

「拳銃って初めてみたときは怖かったわよねぇ」

 

「瑞樹ちゃん腰抜かしてたもの☆」

 

「いや〜、あれは拳銃ごと強盗の腕を蹴り折った鍍金さんにびっくりしたんだと思いますよ〜」

 

「強盗に助け求められてエクソシストみたいな姿勢で逃げてたものね」

 

「あれほんと、カットねカット」

 

「だからそれ言うと絶対カットされないんだって☆」

 

 

トークが時間オーバーしてしまって、予定よりもさらに曲を削った。

 

まあいいんだけど、観客もそれでいいのか?

 

大満足で帰って行ったから、とりあえず問題ないのかもしれないけど。

 

 

 

 

 

その次は名古屋に向かった。

 

やはり日本三大都市だ、箱もそこそこの大きさ。

 

なんだか知らんが佐藤は仮装する気満々で、蕎麦屋の格好で味噌煮込みうどんを引っさげて登場。

 

その雪駄で踊れんのかと聞いても、踊れると言い張るのでもう放っておくことにした。

 

 

「イギリスって国は飯がまずかったねぇ☆」

 

「嘘でしょって思ってたけど、ほんとに美味しくなくて逆にびっくりしたわよね」

 

「たしかに、文化の違いを思い知りましたよね〜」

 

「ぴにゃ……」

 

「え、なに? ……おい鍍金! ぴにゃがまだ怒ってんぞ! お前イワシの頭いっぱい刺さったパイ食わしたろ! こいつあれから2日ぐらいビールしか飲まなかったんだぞ☆」

 

「あ〜、あれは気の毒でしたね〜、じゃんけんで負けて……」

 

「お前それからもたびたびこいつイジったろ? 『おいパイ食わねぇか?』って、2度も食うわけねぇだろあんな邪神みてぇなパイ☆」

 

「ヘレンは鍍金くんを訴えても勝てるわよ」

 

 

佐藤の雪駄はあんまり問題にならなかった。

 

予定をぶっちぎって長々喋りすぎて、ほんの2、3曲しか歌えなかったからだ。

 

 

 

 

 

あっという間に大阪だ。

 

ここは正真正銘の大箱。

 

スーパーバードのヘッズ達が沢山集まってきてて、テレビ局の取材も来ていた。

 

 

「結局インドはどこまで行ってもカレーなわけ☆あとは中華料理な」

 

「ほんとになんでもカレーにしちゃうのよね」

 

「私あれ、ブーバッポンカレー好きだった」

 

「あぁ、かに玉カレーですね〜」

 

「思わずヘレンも普通に喋るぐらい美味しいブーバッポンカレーはたしか、えーっと、チリだっけインドネシアだっけ……」

 

「タイよ」

 

「そうそう、タイから逆輸入されてきたカレーなんだよな☆」

 

「インドってほんと、サラダ以外は全部カレー味だった気がするわ」

 

「サラダも塩かカレー味だったろ☆」

 

 

歌、歌ったっけ?

 

9割喋ってた気がする。

 

お客さんは大ウケだったから良かったけど、さすがにエンディングテーマみたいに1曲歌ってサヨナラは問題だよな。

 

 

 

 

 

その後も大阪でもう3回ライブをし、ツアーの谷間で一旦東京に帰ってきた俺たちは、またいつもの部屋に集まっていた。

 

美城ビル地下二階、夢と埃の詰まった鳥の巣だ。

 

 

「いやー、大阪は盛り上がったな〜☆」

 

 

大阪土産のお好み焼きせんべいを齧りながら、佐藤は少女のような笑顔でそう言った。

 

こいつ、一昨日までは粉ものは食い飽きたなんて言ってたくせに。

 

まあツアー中はみんな文句ばっかりだったけど……

 

海外ロケと一緒で、うちに帰ってきてみれば何でもいい思い出になるもんなんだよな。

 

 

「そういえば最終日、実はうちのお母さんも見に来てたのよね」

 

 

この部屋に入ってから、マッサージチェアに座って一歩も動かず背中を揉まれ続けている川島さんが、どこか遠い目をしながらそんな事を言う。

 

気づかなかったな、挨拶しておきたかったんだけど。

 

 

「えっ!言ってくださいよぉ、楽屋にも招待したら良かったじゃないですか」

 

 

こたつの中でみかんをつまみながらお茶を飲んでいたウサミンもびっくりだ。

 

 

「いいのよ、ほんとうるさい人なんだから!会ったら疲れちゃうわ」

 

「おいおい川島さぁ〜ん、そうお母さんを邪険にするなよぉ」

 

「そうだぞ瑞樹ちゃ~ん、せっかくなんだからはぁとたちにも会わせなさいよぉ☆」

 

 

だから会わせたくないのよ、と唇を尖らせる川島さんには悪いが、次大阪行くときは絶対チケット送りつけてやるからな。

 

 

「…………」

 

 

その会話を聞いていたヘレンが、心底嫌そうな顔をしてスマートフォンをいじり始めた。

 

誰かにメッセージを送っているようだ。

 

 

「どうしたんだよ?」

 

「うちの母親には、ライブ来るなって言っといたから」

 

「おいおいどうした宮城はまだまだ先だぞ、俺の方から招待しとくよ」

 

 

俺がそう言うと、べっと舌を出してそっぽを向いてしまった。

 

 

「ほんとにやめてよね、うちの母さんは普通の人なんだから、スーパーバードのカメラには絶対映したくないの。来年の正月に帰る実家がなくなったりしたらどうするのよ!」

 

「自分の出てるチャンネルをそんな風に言わなくても……」

 

 

まあ今やうちのチャンネルの影響力は大変なことになっているから、ヘレンの気持ちもわからなくもないんだけど。

 

こないだもたまたま立ち寄った和菓子屋で「宣伝してほしい」って言われて素直に宣伝したら、店のキャパを遥かに超える客が押しかけて大変なことになったらしいからな。

 

力には責任が伴う。

 

別にそれが音楽の道じゃなくたって、スターにはスターとしての振る舞いがあるってことだ。

 

 

「そういや、これまでのツアーはトークの比率が多すぎたと思うんだ。もう次のライブではあんなに喋らせないからな」

 

「えっ、じゃあ他に何やんだよ☆」

 

「歌だろ歌!」

 

「ああ……まぁ、ねぇ、そういえばレコ発ツアーだったわね」

 

 

マッサージチェアに座りっぱなしの川島さんが端正な口元を少し歪めて苦笑すると、他のみんなも顔を見合わせて笑った。

 

 

「いいですか? 次は絶対喋りすぎは駄目ですからね。横から容赦なくカットします、佐藤も仮装は禁止!うちはコミックバンドじゃないんだからな」

 

「えぇ〜、ぴにゃばっかり目立ってズルいぞ!はぁとにもなんか仮装させろよ☆」

 

「お前はなんでそんなに仮装したいんだよ!」

 

「スーパーバードがぴにゃ人気だけのグループだと思われたくないんだよ☆」

 

「それで仮装か? 歌と踊りで人気を取ろうって思わないのか?」

 

「じゃあ逆に聞くけどさぁ、鍍金ははぁとたちがほんとに歌と踊りを望まれてると思ってるのかよ☆」

 

「ん……ぐ……」

 

 

珍しく、佐藤がもっともなことを言った。

 

全くその通りだ。

 

力には責任が伴う。

 

スターには、客の求めるものを見せるという責任があるのだ。

 

 

「しょうがない、仮装、許可!」

 

「よっしゃあ!」

 

 

佐藤はお好み焼きせんべいを高く掲げて喜んでいるが、最初にお前の望んでたスウィーティーなアイドル像は一体どこへ行ったんだ?

 

妹のよっちゃんにウケが取れればなんでもいいのか?

 

 

「別に仮装も求められてないと思うんですけど〜」

 

「まあまあ、逆に言えばしてもいいってことでしょ? 次は奈良だぞ〜シカだシカ〜☆」

 

 

もっともな事を言うウサミンの隣で楽しそうに頭の横で指を出す佐藤には悪いけど、どうせ仮装するならもっと面白い格好してもらおう。

 

 

「シカじゃねぇだろ、奈良だから大仏だろ」

 

「大仏ぅ? 大仏はスウィーティーじゃないっしょ」

 

「ぜってぇ大仏にしてやる」

 

「ふざけんな!シカだろシカ☆」

 

「ぜってぇ大仏にしてやるからな」

 

「シカだろ☆」

 

「大仏だ」

 

「シカだろ☆」

 

「大仏だ」

 

「シカだろ?」

 

「大仏だって言ってんでしょ」

 

「どっちでもいいわよ〜」

 

「仮装しないって考えはないのかしら?」

 

 

ぽつりと放たれた、非常にもっともなヘレンの問いは、タイミング悪く鳴り響いた内線電話の音に紛れて消えていったのだった。

 

 

 

 

 

おまけ

 

スーパーバードのtwitterエゴサーチ

 

 

 

( Q スーパーバード               )

 

 話題のツイート  最新  アカウント   画像  動画

――――――――

 

◯ めけめけ @_____

 昨日駅から出れなかったのワニの巣穴のせいか、スーパーバ

 ードとかいうUtuberがライブやってたの?ふざけんなよ

 (__) 15     ↑↓      ♡        ↑

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

◯ あやこ @_____

 スーパーバードのチケット一般に出回らなくて最悪って思ってた

 けど、チケット持ってる人達も入りきれなくて外にいたしどうなっ

 てたんだろ?

 (__)       ↑↓      ♡ 2       ↑

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

◯ ♡MIYU♡ @_____

 スーパーバードのレコ発ひとライブ目、最高でした。チケットが一

 般販売されないので厳しいかなと思っていましたけど、やはり最

 後は助け合いですね。私を客席に見つけたときの鍍金さんの笑

 顔、写真に撮っておけばよかったかしら。

 (__) 334     ↑↓ 2285    ♡ 6627     ↑

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

◯かみかみレモン @_____

 スーパーバード一発目、たまたまチケット手に入ったから行って

 きたんだけど、有名なプロデューサーのストーカーが隣にいてび

 っくりしたwステージ脇見える場所だったんだけど、鍍金がこっち

 見てめちゃくちゃビビった顔してすぐ引っ込んでったもんwww

 (__)       ↑↓ 25      ♡ 42      ↑

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

◯ ひとみ @_____

 スーパーバードレコ発、行ってきました(*´ω`*)

 メンバーはともかく、舞台脇からチラチラ見える鍍金さん、めちゃ

 くちゃかっこよかった(*´艸`*)

 やっぱり生で見る鍍金さんは一味違いますね、私実は一度本人

 と会ってるんだけど、笑顔で握手もしてもらったしこれはもう結婚

 しかないなと思っ(つづきます

 

 

 (__) 112     ↑↓ 30234    ♡ 10066    ↑

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

◯ あやこ @_____

 スーパーバードの公式垢よりプロデューサーのストーカーの方が

 フォロワー桁違いに多いのほんと草

 (__) 2      ↑↓ 4      ♡ 12       ↑

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

◯ 猫ちゃん♡大好き @_____

 スーパーバードのライブ、客層が最悪でした。必要以上に足を

 出した女ばかりで、もしかして私の彼と何か間違いでもあるか

 と思ってるんじゃないかしら?本当に浅はかな女しかいないの

 ね、言っておきますけど、彼はこのツアーが終わったら私と実家

 のコンビニを継ぐんですから。そういう感情は遠慮してください

 ね。

 (__) 212     ↑↓ 61550   ♡ 62446    ↑

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

◯ たすけるくん @_____

 相変わらずスーパーバードの鍍金四重士はぶっとんでんな。

 全員顔も職場も割れてるのに全く気にしてないもんな。

 (__) 1      ↑↓ 3       ♡ 10      ↑

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

◯ Maple @_____

 スーパーバードレコ発、ハッとするほど楽しかったです。人が多す

 ぎておおろおろしちゃいましたけど、バーの近くにいけたのでモヒ

 ートをモヒっと飲もうかななんて楽しみも……最近鍍金さんが買っ

 たお酒ということで、今日は酒屋でマッカランは負からんか?なん

 て言ってみたり、クーポンで少しだけ負かりました

 (__) 22     ↑↓ 10234    ♡ 5066      ↑

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

◯ にゃんにゃんにゃん @_____

 ウサミンステージの上でお母さんからお漬物貰ってて草

 (__) 56     ↑↓ 389     ♡ 1020     ↑

 

 




twitterを再現するのめちゃくちゃ難しいです。
またおまけを入れる回があれば、多分ようつべのコメント欄に戻ります。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。