あの日のナポレオンを覚えているか   作:岸若まみず

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パパッと書いてさっさと終わりにしてしまうつもりだったのですが、また沼にハマってしまったような気がします。


第2話

約一週間後、あの日の3人が美城芸能の会議室に集まっていた。

 

ウサミン(17)はバイトを休んで、ややフォーマルな服装でやってきた。

 

佐藤は元々バイトが休みだったらしく、カジュアルな服装でそそくさと現れ。

 

川島瑞樹さんはフリーランスらしいのだが、仕事がなく暇だったと言ってビジネスウェアで来てくれた。

 

 

 

「まさかこんな大きな会社とは思いませんでしたよ」

 

「ていうかまず鍍金(めっき)が会社員ってのを信じてなかったっつーの☆就活だと思ってたわ」

 

「あたしあの日のことあんまり覚えてないんだけど、なんとなくアイドルとかなんとか言ってお酒を酌み交わしたような記憶はあるわ……」

 

「さて、よろしいですか」

 

 

 

俺はイモいジャージ姿で『POS』と書かれたホワイトボードの前に立って言った。

 

 

 

「今日から皆さんに、ちょっとアイドルをしてもらいます」

 

「いぇーい☆」

 

「頑張りますっ!」

 

「あの、あたし本業があるから……」

 

「川島さんの本業はもちろん考慮します。とりあえず今後の展開の話だけでも聞いてみてくださいよ」

 

 

 

川島さんに片手を上げてウインクし、俺はしばらく寝ずに考えた企画をホワイトボードに書き込んだ。

 

子供の頃習字で段を取ったので字は綺麗なのだ。

 

我ながらビッとした楷書体で。

 

 

 

『配信で稼ぐ』

 

 

 

と書いてあるのを見て、三人の頭の上にハテナマークが浮かんだのがなんとなくわかった。

 

 

 

「先日、動画配信サイトUtubeにおいて、動画の広告収入が得られることが発表されました」

 

 

 

ホワイトボードに『Utube→収益化』と書く。

 

 

 

「Utubeってなんですか?」

 

「っておい☆ナナ先輩、さすがにそれは知ってるでしょ?」

 

「はぁとちゃんは知ってるの?」

 

「ウサミン星には地デジ対応テレビすらないから、知らなくてもおかしくないか……Utubeっていうのはインターネットで動画が見れるサービスなんだよ」

 

「へぇ〜インターネットで……」

 

 

 

多分インターネットもよくわかってないな。

 

 

 

「それで、その配信でどう稼ぐの?」

 

 

 

川島さんが質問をして話を進めてくれる。

 

 

 

「視聴回数1回につき0.1円ぐらい貰えるそうです。1万回再生されて1000円の儲けになります」

 

 

 

ホワイトボードに『1再生→0.1円』と書き込んだ。

 

 

 

「それって……儲かるの?」

 

 

 

顎に手を当てながら川島瑞樹は聞く。

 

 

 

「私の考えでは、必ず儲かります!」

 

「どういう計算?」

 

「インターネット人口は増え続けています。1つの動画で百万再生されれば十万円、これを毎日続ければとんでもないことになりますよ」

 

「ちょっと想像もつかないわねその数字は」

 

「大ボラこいちゃってまぁ☆」

 

「百万人動員のライブをするのは難しい、それは限られた才能の持ち主にしか許されない事でしょう。しかし、スマートフォンを、パソコンを、テレビを持っているすべての人が無料でアクセスできる動画が百万人に見られるのは……それよりもよほど簡単です」

 

 

 

ホワイトボードに『一攫千金』と書き込んだ。

 

 

 

「もちろん運もいる、努力もいる、普通にアイドル活動するよりも大変な事も沢山あると思う。でもその先には、世界がある!今まで誰も見たことがないような数の観客が俺たちを待ってるんだ。何よりも一番大きいのは……それを今まで誰もやったことがないってことだ」

 

「それって保証もないってことよね」

 

「保証が欲しいなら会社員になってください。フロンティアがあるから行く、これはそういう話です」

 

「うーん……」

 

「期限は切られてますけど基本的に給料は会社から出ますし。川島さんは本業でも稼いで、こっちがいけそうなら本腰入れるってのはどうですか?」

 

 

 

川島さんは澄んだブラウンの目で、俺の瞳を静かに見つめた。

 

 

 

「まぁ、仕事が忙しくない間なら……いいか」

 

「よくわかんないけどあたしはいいよ☆」

 

「私も!よくわからないけどこんな大きな事務所に入れるなんてこと、これからないと思いますから!」

 

 

 

ウサミンはフンスと両手を握ってやる気満々だ。

 

 

 

「よし!じゃあ上役に紹介するから、みんなついてきて」

 

 

 

俺は意気揚々と美城課長の部屋へと向かった。

 

今日紹介することは朝に伝えてある。

 

さっきはみんなにフロンティアだのなんだのとゴチャゴチャ言ったが、俺の本当の目的は別の所にあった。

 

俺が唯一歌うことを許される場所である暗黒歌謡祭、その先に進むことだ。

 

これまでの人生でいい加減に諦めがついてきた。

 

俺自身が演奏する音楽がそのまま誰かに受け入れられることは、多分ない。

 

だが、それで終われない。

 

俺はエゴイズムの塊だ。

 

死んで生まれ変わってまで音楽に魅せられ、音楽に呪われた男だ。

 

ふと思いついたのだ。

 

演奏できないならば、演奏させればいい。

 

音楽に手が届かないのならば、俺はアイドルという梯子を使って音楽をもぎ取ってやればいい。

 

俺がこの手で育てたならば、俺のプロデュースするアイドルが歌ったって俺の音楽だ。

 

俺は執念深いぞ、俺を遠ざけられると思うなよ。

 

他人を巻き込んで悪いと思うが、同時に微塵も悪いと思っちゃいない自分もいる。

 

人だって巻き込んでやる、命だって掛けてやる。

 

いくらだってやってやる。

 

くそったれのミューズめ。

 

俺だけの音楽を鳴らしてやる。

 

ここからがラウンド2だ。

 

 

 

「失礼します」

 

 

 

部屋をノックすると「入れ」と冷たい声が帰ってきた。

 

 

 

「課長、うちのプロジェクトのメンバーを……」

 

「服装!」

 

「へ?」

 

 

 

美城課長は俺のコスプレジャージを指差して言った。

 

 

 

「平素はスーツを着用したまえ、就業規則にあるでしょう」

 

「すいません!すいません!以後気をつけます」

 

 

 

もう平謝りだ。

 

 

 

「もうよろしい、紹介してくれたまえ」

 

「はい、この3人がうちのプロジェクトのメンバーです」

 

「君の言っていた、動画配信で活動するというやつか……」

 

「そうです。こちら安部菜々(あべなな)さん」

 

 

 

ウサミンがペコっとお辞儀をした。

 

 

 

「こちら佐藤心(さとうしん)さん」

 

 

 

佐藤もペコっとお辞儀。

 

 

 

「こちら川島瑞樹(かわしまみずき)さん」

 

 

 

川島さんは会釈したあと、「お久しぶりです」と美城課長に声をかけた。

 

 

 

「こちらこそお久しぶりです、まさかあなたに参加していただけるとは光栄です」

 

「えっ、課長、川島さんとお知り合いなんですか?」

 

「彼女は元【compliance】テレビのアナウンサーだろ!知らんでスカウトしたのか!?」

 

「ええっ!?」

 

 

 

全く知らなかった。

 

 

 

「今はフリーですけど」

 

「普通に飲み屋で知り合ったので、綺麗なお姉さんだと思って……」

 

「……飲み屋か」

 

 

 

美城課長はため息をついた。

 

 

 

「それでですね、川島さんに関しては他のお仕事もあるので不定期に参加して頂こうと……っていたたた!」

 

 

 

課長に耳を引っ張られた。

 

 

 

「就業規則……!我が社は基本的に副業禁止だ……!」

 

 

 

小声でひとしきり怒られたあと、大きなため息をついて「彼女に関しては特例とする……」と許可をもらった。

 

本当にご迷惑をおかけしてすいません……

 

 

 

 

 

結局美城芸能アイドル事業部の3つのプロジェクトの中で、うちのプロジェクトが1番はじめに動き出すことになった。

 

スタッフを集めるところから始めている今西部長、美城課長のプロジェクトと違い、うちのプロジェクトは基本的に俺とアイドルだけで動ける。

 

圧倒的に身軽なのだった。

 

事務所と契約したその日のうちにポンバシカメラでハンディカムを買い、各自の自己紹介動画を撮ってUtubeに上げる超スピード展開だ。

 

撮影編集はバンドのMVを何本か作った経験がある俺がちゃちゃっと作った。

 

川島さんの仕事がある日は休みにしようという話になっていたのだが、なんと川島さんは今月アナウンサーのお仕事ゼロ。

 

 

 

「早まっちゃったのかしらね……独立」

 

 

 

とお酒が入ってポロッとこぼれた独白もきちんと撮影してある、プライベートを切り売りしていくスタイルだ。

 

とはいえ「暇なうちにどんどん動画を撮り溜めて行こう!」とメンバー達は毎日集まり、精力的に活動を始めたのだった。

 

 

 

 

 

俺のプロジェクトが本格的に始動したこの時点で、俺も事務所もお互いにわかっていなかった事がある。

 

事務所は俺が本気でアイドルについて1ミリもわかってない事がわかってなかったし。

 

俺は俺でアイドルの事をよくバラエティとかに出ていて楽器を演奏しない、ヴィジュアル系とかグラムロック的ななにかだと理解していた。

 

アイドルという文脈を、そもそもよく知らなかったのだ。

 

これは悲しいすれ違いだったが、色々とわけもあった。

 

まず俺が『ワニの酒場』時代にとあるトップアイドルの躍進に関わっていた事。

 

そしてゼロ年代から十年代後半までずっと続く、後に大アイドル時代とも言われる1連のムーブメントがあったためだ。

 

一般常識として、アイドルについては知っていて当然だと思われたわけだ。

 

事務所は俺が全部わかってやっているのだと判断して、止める事をしなかったのだ。

 

そうして俺は根本的なズレを抱えたまま、アイドル系(笑)UTuberのプロデュースを重ねていくことになるのだった。

 

 

 

 

 

とある日のことである。

 

ウサミンが運転免許を持っていないという話から、彼女の原付免許取得が決まり。

 

本当は原付免許には実技試験などないのだが、ウサミンを「原付の実技試験は難しい」と騙してみんなで会社の駐車場で原付きの練習をするという企画が始まった。

 

バイクはヤフオクで三万で買ったスクーターを俺が修理した。

 

パイロンを並べてのS字では全身にプロテクターをつけたウサミンがゆっくり走りすぎて「ふぎゃっ!」と転び。

 

スポーツ万能の佐藤はパイロンの間をなんちゃってリーンインで機敏に駆け抜け。

 

川島さんは無難に走りすぎて普通に買い物帰りの原付きお姉さんみたいになっていた。

 

ウサミンはその後も坂道発進ではきちんと後ろにずれ下がって転び。

 

バイクには全く関係のない、バックでの縦列駐車では後ろを見すぎて転び。

 

急制動では前につんのめりすぎて軽くジャックナイフをしてくれたりと、しっかりと撮れ高に貢献してくれ。

 

そして最後の波状路では「ミ゛ミ゛ミ゛ミ゛ィーン゛」と謎の叫び声を上げ、俺たち全員を抱腹絶倒の呼吸困難に陥れた。

 

「これで原付免許取れますよね?」とキラキラした目で言う彼女に、原付免許対策試験は修了だと言って試験問題集を渡して動画は終了した。

 

後日試験を受けに行ったウサミンは試験官に「実技試験は何時からですか?」と聞いて初めて騙された事に気づいたらしい。

 

次の日は居酒屋でそのことにプリプリ怒りながら俺の焼き鳥を横取りしてきた。

 

この時点で自己紹介の動画を上げてから一週間ほどで、お気に入り登録者は70だか80ぐらいだったと思う。

 

コメントもほとんどなかった。

 

 

 

 

 

またある日は俺の家の納戸から臼と杵が見つかったので餅つきをしてみようという企画をやった。

 

俺たちは5月の若干汗ばむような気候の中を、またまた美城芸能の駐車場を占拠していた。

 

4人でかわりばんこに「あづい〜おもい〜」と文句を言いながらひたすら餅つきをする。

 

俺は「よいしょお、よいしょお」と餅をひっくり返すウサミンに癒やされていたが、彼女は途中で腰の持病が出てアスファルトに倒れ込んでいた。

 

「化粧が取れるわ〜」と川島さんは度々いなくなり、俺と佐藤が執念で餅をつき続けた。

 

佐藤とウサミンは最初からほぼノーメイクだ、川島さんは気苦労の分だけ肌の調子がアレなんだろう……と思いたい。

 

なんとか完成した餅をリサイクルショップで買ってきた火鉢で焼いて食べると、今日一日の苦労が報われる気がした。

 

とはいえ5月の昼間だ、汗だくのまま暑い餅をいつまでも食べていたい気温じゃない。

 

そこで俺たちは駐車場の入口を見張り、やってくる社員を捕まえて餅を食わせることにした。

 

 

 

「ここは会社ですよ!?何焼いてんですか」

 

「まあまあ餅を食えよ☆」

 

 

 

と騒ぐ女子社員に餅を食わせ。

 

 

 

「暑い中お疲れ様、これ差し入れ……ってなんだいなんだい?お餅かい?」

 

「おたべよし今西部長!☆」

 

 

 

ジュースの差し入れを持ってきてくれた今西部長にも餅を食わせ。

 

 

 

「新鮮な胃袋だー!!」

 

「ヒャッハー☆」

 

「キャッ!何!?」

 

「お餅持ってる!!」

 

「イヤー!なんでなんでなんで!?」

 

「今ダイエット中なんですけど!!」

 

 

 

ランチ帰りのOL軍団も捕まえてきて餅を食わせた。

 

そうしてあらかた獲物を狩り尽くした後。

 

駐車場の入り口で車で帰ってくる社員を狙っていた俺達の視界に、見慣れた黒いクラウンがチラッと入った。

 

 

 

「やべっ!課長だっ!」

 

「えっ!?鍍金(めっき)君許可取ってないの!?」

 

「出るわけないでしょ!!」

 

「ならすんなよこんなこと!」

 

「まってください、こし、腰が……」

 

 

 

急いで走り去る3人組を追うカットで動画は終了。

 

これはそこそこウケて、お気に入り登録者が一気に1000人を超えた。

 

 

 

そして俺は美城課長に呼び出された。

 

 

 

「動画の内容についてはとりあえず置いておこうか……」

 

 

 

額を揉みながら課長は言った。

 

 

 

「ずいぶんと元気に遊んでいるようだが、曲の準備は済んでいるのか?」

 

「もちろんです」

 

 

 

曲はすでに然るべき相手に発注済みだ。

 

 

 

「最初にも言ったが、1年間で成果が出なければプロジェクトは終了だからな。動画もいいが、曲もリリースしなければなんのために名を売っているのかもわからんぞ」

 

 

 

美城課長は噛んで含めるように言った。

 

中学の先生に説教された時のことを思い出したが、実際やっていることはあまり変わっていないのだろう。

 

 

 

「なにか困ったら私か今西部長に言い給えよ」

 

 

 

心底疲れた様子の課長に手で退室を促された。

 

次は美城ビルの中でサバイバルゲームをしようと思っていたが、申し訳ないのでそれは先送りにしよう。

 

 

 

 

 

関西出身の赤白歌合戦にも出場したヴィジュアル系バンド、そのプライベートスタジオに4人でお邪魔した。

 

もちろんカメラは回しっぱなしだ。

 

3人はビッグネームに会ったことで緊張してるようだが、俺にとっては昔から一緒にライブやってきた姉ちゃん達だ。

 

今回は彼女達にうちのプロジェクトへ楽曲を提供してもらうことになったのである。

 

PA卓に座った真緑のトサカを天高く突き上げた女性が、鳴っていた音楽を止めた。

 

 

 

「こういう曲になったんやけど」

 

「いいじゃん、俺も歌いたいよ」

 

「アホ、あんたが歌うなら絶対作らんよ」

 

「3人はどう?」

 

「凄い、なんかプロみたいですね」

 

 

 

ウサミン(17)がズレたことを言う。

 

 

 

「一応赤白出たことあるんやけど」 

 

「あっ!いやっ!そういうことじゃなくてっ!私達が……ですね」

 

「ナナ先輩テンパりすぎだぞ☆」

 

「私は気に入ったわ。あんまり普段ロックって聴かないんだけれど、歌いやすそう」

 

「そら仮歌もろてあんたらの歌いやすいように作ったんやがな」

 

「プロの人ってすごすぎなのでは〜?」

 

 

 

見た目は豪快でも、意外と繊細で職人肌な彼女なのだった。

 

 

 

俺がMV用の舞台装置をDIYで作っている間に、メンバー達は懸命にダンスの練習をしていた。

 

友達のコレオグラファーに振り付けてもらったそれは優美にして可憐、ミニマルなのに発展的、とてもキャッチーないいダンスだ。

 

時々レッスンの様子を見に行くが、一日やそこらで上手くなるわけもない。

 

毎日ヘトヘトになりながらも練習をこなす3人を見つめながら、俺も見様見真似でステップを踏んでみる。

 

意外と簡単にできてしまった。

 

後で動画を撮ってもらったが、Utubeでも『プロデューサーが一番上手い』とツッコまれていた。

 




ねじれた筋肉とスピード狂と帯電体質が揃ったのにStarched Genesが出ていません。

もう一個セーブデータ作りました。

11/28に少し加筆修正しました。
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