あの日のナポレオンを覚えているか   作:岸若まみず

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第3話

去年よりも間違いなく暑い、2012年の6月。

 

今西部長のプロジェクトは準備万端で発進し。

 

美城課長のプロジェクトは欠員2名でとりあえずのスタートを切ることとなった。

 

 

うちのプロジェクトの川島瑞樹さんのアナウンスの仕事は、単発で1件入ってきただけだった。

 

だってフリーなのに彼女どこにも営業していないんだもの。

 

動画はなんだかんだと毎日上げ続け、英語字幕をつけているおかげか海外からのアクセスもかなりある。

 

持っててよかった英検一級だ。

 

お気に入りは五千人に達したが、これは有名ヴィジュアル系バンドのプライベートスタジオに行ったときの動画で伸びたのがほとんどだろう。

 

コネも身の内だな。

 

 

 

ダンスのトレーナーさんはなんでもすぐ覚える俺を面白がって、古今東西の様々なダンスを教えてくれた。

 

社交ダンスの分野からブレイクダンス、シャッフルダンスにアニメーションまで。

 

一回見ただけで模倣する俺の動画は結構好評で、外人からのコメントも沢山ついていたのだが。

 

内容がタップダンスになった瞬間トレーナーさんが体調不良で3日休む事態となり、あえなく中止になった。

 

やっぱり駄目だったか。

 

トレーナーさんがいない間は俺がメンバーにダンスを教える事ができたりもしたので、身になった分良しとしよう。

 

俺の活躍の影響かどうかは知らないが、お気に入り登録者は一万人を超えた。

 

 

 

デビュー曲のレッスンの合間の時間を使って、三人娘はボロっちい車の洗車を行っていた。

 

俺が今日レッカー込み5万で買ってきた、うちのプロジェクトの営業車だ。

 

うちのプロジェクトは社内で嫌われているようで「何されるかわからないので社用車は貸せません」と言われてしまったから自分で用意することにしたのだ。

 

これからデビュー曲のMV完成まではこの車のレストア動画で凌ぐつもりだ。

 

作業場は会社の駐車場の片隅、周りに配慮してちゃんと四方に防音シートを立てたぞ。

 

もらってきた廃棄品だけど。

 

 

 

「なんでこんなことしなきゃいけないのー!!」

 

「知らないっすよー!!」

 

「車に乗るなら車の免許も取らなきゃいけませんよねー!?」

 

 

 

川島さんが死んだ魚のような目で車にサンダーをかけ、佐藤は錆びて外れないネジの頭を電動ドリルで飛ばしている。

 

ウサミンはカメラマンだ。

 

 

 

「だいたいこんなあちこち穴の空いてる車が走るのー!?」

 

「エンジンとミッションは程度のいいのを載せ替えたってプロデューサーが言ってましたよー!!」

 

「程度って、この車より程度の悪いのがあるわけー!?」

 

「ジャンク屋に運転席部分が吹っ飛んで真っ二つになったのがあったらしいでーす!!中身は美品らしいですよー!!」

 

「事故車じゃない!!」

 

「このバカが、幽霊が取り付くべき運転席は吹っ飛んでもうないって自信満々で言ってましたよー!!」

 

 

 

佐藤に小突かれた。

 

誰がバカだ。

 

今もこうやってハーネス引き回したりして、電装系を一手に引受けてるインテリだろうが。

 

 

 

「だいたいなんで車の修理なんかできるのさー!!」

 

「サービスマニュアルを読んだんだよー!!」

 

 

 

ひたすら文句を言われながらも作業は会社の定時まで続き、そこで一旦お開きとなった。

 

 

 

 

 

「じゃあ次は夜中1時に集合で」

 

「ええっ!?」

 

「なんでだよ☆」

 

「明日にしましょうよ〜」

 

「溶接やるから、警備さんとビル管さんにはもう申請出してるから心配ないぞ」

 

「いいからプロに任せろよ〜そんなこと〜」

 

「ていうか肌も荒れるし、絶対やらないわ」

 

「課長には言ってあるんですか?」

 

「課長は関係ありません」

 

「関係大ありだろ〜が〜!また廊下でイヤミ言われんぞ!」

 

「文句言ってるかい?」

 

「文句言ってるねぇ」

 

「じゃあこのさい、腹を割って話そうじゃないか!」

 

「やめろ〜!帰してくれ〜!!」

 

「家で一人でやったら?」

 

「家じゃ200V電源が使えないでしょ!」

 

 

 

俺は3人を会社近くの居酒屋に連れ込み、たらふく飲ませてからスーパー銭湯に連れて行き。

 

いい塩梅にベロベロになったところを会社の仮眠室に連れ込む事に成功したのだった。

 

こんなことをいい年の男が妙齢の女相手にやってたら大変な事になりそうなもんだが。

 

男が極端に少ないこの世界では、ほぼ(・・)問題なしだ。

 

女から男へのセクハラやパワハラには滅法厳しいのだが。

 

まぁ男から女へのあれやそれなら、大抵のことは可愛げのあるイタズラぐらいで許されてしまう。

 

もちろん世の中にはセクハラをやりすぎて捕まる男や、性犯罪に巻き込まれる男や、借金のカタに風呂に沈められる男もいる。

 

正直男と女がひっくり返っただけであんまり変わってないな。

 

だが、2012年に本気のアイドル寝起き映像が許されるのもこの世界ならではのことだ、活用していこう。

 

 

 

「おはようございます!」

 

 

 

俺が仮眠室の電気を付けると、寝袋にくるまっていた3人がモゾモゾと動きだした。

 

足でちょいちょいと寝袋をつつくと、全くスウィーティーじゃないくぐもった声が聞こえてくる。

 

 

 

「ふざけんな……」

 

 

 

アイドルにあるまじき低い声で俺を睨みつけながら川島さんが言う。

 

 

 

「ふざけてなどございません。今から皆さんには……私が溶接をする!その勇姿をご覧いただきたいと思います!」

 

「一人でやれぇ……」

 

「ふにゃ……なになにぃ?はぁとちゃんなにがあったのぉ?」

 

「おい起きろぉウサミン!行くぞ!」

 

「ふにゃ〜」

 

「すっぴんなの……カメラ回さないでぇ……」

 

 

 

しっかり講習を受けてきた俺の華麗なアーク溶接の光と音だけを防音シートの外から見せつけられた3人は、ゾンビみたいな足取りで始発に乗って帰っていった。

 

俺はこれから動画編集だ!やるぞー!!

 

 

 

 

 

クーラーと加湿の効いたレッスンスタジオの中、3人娘はストレッチをしながらボーカルレッスンの講師を待っていた。

 

 

 

「あれだけ何を言われようがカメラを回し続けてた男が。ボーカルレッスンの間はレッスン場に絶対に寄り付かないの、不思議なものね」

 

「ああ〜」

 

「それは……ねぇ?」

 

 

 

川島瑞樹のつぶやきに、安部菜々と佐藤心は苦笑いで顔を見合わせた。

 

 

 

「二人は何か理由を知ってるの?」

 

「いや川島さん、鍍金(めっき)はねぇ……何でもできるんですけど音楽だけ(・・)はできないんですよ」

 

「そうなんですよね、それでいて本人が誰よりも音楽好きなものですから……ナナは気の毒で……」

 

 

 

言いながら、安部菜々は寂しそうな目を遠くへ向けた。

 

 

 

「音痴ってこと?」

 

「いや、なんか聴いてると胸がザワザワするっていうか」

 

 

 

佐藤心が胸に手を当てながら若干青ざめたような顔で言うのに、安部菜々が深く頷いた。

 

 

 

「悪い意味で正気度を……吸い取られるっていうんですかね……あれって逆才能なんですかねぇ……」

 

「えっ!?でも彼はバンドをやってたのよね?」

 

「超不人気の、ですけどね☆」

 

「なんていうか……プロモーターやプロデューサーとしてはそれはもう物凄い才能を持っていたと言いますか……彼のイベント自体は大人気でしたよ」

 

「最後の方は自分のイベントなのに出番もどんどん削られちゃって、ちょっと痛々しかったというか……」

 

「うーん、神様ってのは残酷なことするものなのね……」

 

 

 

狂人としか思っていなかった自分のプロデューサーの、意外な一面を知ってしまった川島瑞樹なのであった。

 

 

 

 

 

『スーパーバード』

 

 

俺のプロデュースしているユニットの名前だ。

 

由来は四人が集った居酒屋『超鳥貴族(スーパーとりきぞく)』から。

 

この2012年の7月、めでたくそのスーパーバードのデビュー曲及びミュージックビデオが完成したわけだが。

 

それまでにUtubeに投稿された動画をダイジェスト、いやタイトルとコメントだけで紹介しよう。

 

毎日のように投稿してるから、いちいち説明してるとバカみたいに長くなるからな。

 

 

 

『5万円で車買ってきた』

 

俺がメンバーに車を見せるだけの動画だ。

 

 

 

『【悲報】5万の車の錆落としてみた【穴だらけ】』

 

怒鳴り合いながら車にサンダーをかけまくった動画。

 

 

 

『【アイドル】会社の駐車場で夜中に溶接してみた【寝起きドッキリ】』

 

夜中に起こしたアイドルを防音シートの外で完全放置、動画の8割はアイドル達の愚痴だ。

 

 

 

『【極悪】浅草のパフォーマーから芸を盗んでみた【プロデューサー】』

 

酒飲みながら芸を見ていたら、いつの間にかパントマイムを習得していた。

 

 

 

『アイドルがサンドブラストをかけるだけ』

 

読んで字のごとく、かなりマニアックな動画になった。

 

 

 

『タイヤ交換してみた』

 

友達の働いてるガソリンスタンドの店長が全面協力してくれたのだが、内容は地味そのもの。

 

 

 

『【罰ゲーム】スイカ割り大会【いかチョコ】』

 

アイドル事業部に配属されてきた事務員さんを歓迎会ということで連れ出し、公園でスイカ割りをやってマズいつまみでワンカップを飲んだ。

 

 

 

『【アイドルが】車に色塗ってみた【リペイント】』

 

3人娘はあの車に「ジーコ」って名前をつけていたことが判明した、俺は「ゴーマン号」がいいと言ったが数の暴力に負けた。

 

 

 

『【完全】竜宮小町とダンス勝負【勝利】』

 

コネクションがあった秋月律子に勝負を挑んだら、うっかりトップアイドル相手に完封勝ちしてしまった。

 

 

 

『会社の駐車場に単管パイプでカーポート作った』

 

野ざらしはかわいそうだもんね。

 

 

 

『【悲報】カーポート撤去命令』

 

ビル管理からめちゃくちゃ怒られた。

 

 

 

『車動かないから会社の駐車場でバーベキュー』

 

例のごとく社員を捕まえては肉を食わせる準テロ行為を行った。

 

 

 

『本当に申し訳ありませんでした』

 

思い出したくない。

 

 

 

『【5万車】仮ナンバーで検査場へ【完成?】』

 

毎日コツコツ直したかいがあった。

 

 

 

『お気に入り登録者数5万人突破記念 飲み会直後に体力測定』

 

竜宮小町の動画で物凄く登録者数が増えた、俺以外全員リバース。

 

 

 

『【5万車】ナンバーがついたのでドライブする【完成】』

 

レインボーブリッジを渡った時、なぜか全員がウルっときていた。

 

 

 

ここ一ヶ月の間でなんとか車が完成したのがわかると思う。

 

車だけじゃなくCDやMVも作っていたわけだが、そちらの練習や撮影風景の動画はCDの初回限定版に収録することになった。

 

そして順風満帆なはずの『スーパーバード』の活動。

 

その活躍っぷりがこの後とんでもない事態を引き起こす事になるとは、誰にも予想がついていなかったのである……




最近サウンドハウスで売ってるプラスチック製の管楽器が気になっています。

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