あの日のナポレオンを覚えているか   作:岸若まみず

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もう主人公に髭が生えてるようにしか思えなくなってきました。


第4話

いっそ清々しいぐらい暑い2012年8月のことである。

 

デビュー曲のMVに友情出演してくれた、暗黒歌謡祭出身のバンド姉ちゃん達のおかげかどうかはわからないが。

 

色々と話題になってTugitterでバズり、朝のニュースでも紹介されてお気に入り登録者10万人を突破した我がプロジェクト。

 

まさに順風満帆なのである。

 

しかしたった今。

 

今期4回目の部署会議のその場で、我々はプロジェクトごとの部署異動を提案されていた。

 

 

 

「部署異動ですか?」

 

「ああ、ただ勘違いしないでくれ給えよ。これは君のプロジェクトに問題があるというわけではないんだ。君は本当によくやってくれている」

 

 

 

机に肘をついた美城課長が、組んだ拳に口を隠して心苦しそうに言う。

 

 

 

「ありがとうございます、それで……」

 

「単刀直入に言おう、君のプロデュースしてるユニット。あれはアイドルか?という声が出ている」

 

「それはもちろん、アイドルですとも」

 

「いや勘違いしないでくれ給えよ。決して悪い意味じゃないんだ、ただ、役員の間でも君達は話題になっていてね。なにもアイドルという形に、無理にはめる必要はないんじゃあないかという話になってだね」

 

 

 

こんなに早口の美城課長は初めてだった。

 

 

 

「つまり……どういった形になりますでしょうか?」

 

「君達のためにハイパーメディアクリエイター事業部というものが設立されてね、今後はそちらで思う存分に腕を振るってもらいたいと思っている」

 

「ハイパー……メディア、クリエイターですか?となると今後は……」

 

「いやいや、実際のところ、今と状況はなんら変わらないと思ってもらっていい。そちらの部の管理職は私が兼任する形になるから、本当に書類上の手続きだけだよ」

 

「そ、そうですか……それでは、よしなに……お願いします」

 

「そうか!受けてくれるか!」

 

 

 

心底ホッとしたという顔で、美城課長は薄く笑った。

 

 

 

いまいちピンと来ていなかった俺だが、会議の後に今西部長から飲みに誘われ、今回の件のからくりを聞かされることになった。

 

 

 

「美舟ちゃんに会議では全部自分がやるからって言われちゃってて、口を挟めなくてごめんね?」

 

 

 

と前置きをされてから聞いた話は、なかなか俺の心をえぐる話だった。

 

要するに、俺達はやりすぎたのだ。

 

まだ何も成果の上がっていないアイドル事業部で、外様の俺達がいの一番に成果を上げ。

 

しかもその成果が今西部長の推すバラドル路線とモロ被り。

 

更に言えば、アイドル事業部の実質的な頭である美城課長の美意識に全く沿わない我々の動画の内容。

 

役員のお孫さんが我々の動画の大ファンになっていたらしく、よその会社に自社コンテンツとして自慢した〜みたいな上の方の組織力学上の問題もあったらしい。

 

そして極めつけは。

 

 

 

「天領君、予算ぜんぜん使わないよね?そりゃあ会社にとってはいいことなんだけど……予算使わないでああいうコンテンツが作れるのって天領君だけだと思うんだ」

 

 

 

そう、俺はなんでもかんでも省エネでこなしすぎたのだ。

 

小道具どころか営業車まで自分で作るし、スタッフも使わないし、交際費も交通費もほとんどゼロ。

 

会社のお金というのは普段から使ってないと、翌年から貰える額が減ってしまうものなのだ。

 

要するに周りが見えてなかった、圧倒的にコミュニーケーション不足だったのだ。

 

 

 

 

 

この件で深く深く反省した俺は、メンバーと共に営業車のジーコくんに乗って北海道は札幌にいた。

 

温泉に入り、深酒をし、たらふく美味い魚食って、時計台見に行って馬鹿笑いした。

 

時計台ラーメン食って元祖時計台ラーメン食って、どっちがどっちだかわかんねーよって笑っていた。

 

そして港に行って、バカみたいに毛ガニを買い込んだのだった。

 

 

 

「こちらお土産でございます」

 

「いつもお世話になってる会社の課長や部長、その他スタッフの皆さん、事務員のちっひーの分だぞ☆」

 

「そんなん言ってもわかんねぇよ」

 

「あっ、そっか☆プロデューサー、ここはカットねカット」

 

「私も個人的に買って帰りたいわね」

 

「あたしはさっきウサミン星のお母さんにクール便で郵送しました〜」

 

「おいプロデューサー、早く事務所のみんなの分クール便で発送しないと。夏なんだから溶けちゃうぞ☆」

 

「お姉さんこれ車に積んでください。どれぐらい保つの?4日?5日は大丈夫?じゃあ追加でもう3箱……これで多分後部座席埋まるかな」

 

「っておい☆後部座席埋まるかなじゃないよ!埋めるなよ!」

 

「えっ?どうするんですか〜?乗れない人は電車ですか?」

 

 

 

ジーコくんに詰め込まれていく毛ガニを見て、不穏な空気を感じたらしいアイドルたちが詰め寄ってきた。

 

こいつらもなかなか勘が鋭くなってきたな。

 

 

 

「いやいや、ご心配なく」

 

「ご心配事しかないのだけれど……」

 

「夏とくれば北海道、北海道といえば……?」

 

「はぁ?」

 

「カニですか?」

 

「牧場」

 

 

 

俺はチッチッチとカメラの前に出した人差し指を振った。

 

 

 

「……君達何もわかってないね。昨日からここ来るまでも周りをブンブンブンブン走り回ってたでしょう?シーズンなんだから」

 

「蚊ですか〜?」

 

「あっ……」

 

「ちょっと鍍金(めっき)君、あなたまさか変な事言わないでしょうね?」

 

「ちょっとお姉さん、そこのトロ箱の山どけてもらってもいいですか?」

 

「あいよっ!」

 

 

 

市場の屈強なお姉さん達が山と積まれた空のトロ箱をどかすと、そこにはピカピカのスーパーカブが2台鎮座していた。

 

 

 

「今からあなた達には、東京までこのカブでラリーをやってもらいます」

 

「はっ!?ふざっ、ふざけんなー!!」

 

「絶!対!やらないから!」

 

「えっ?なに?カブ?」

 

「お姉さん車にカニのせないでのせないで☆おいこのカブ返してこいよっ!」

 

「ただでさえバイクは肌に悪いのに、夏なのよ!?私の繊細なお肌は夏の日差しに耐えれるようにはできてないの!」

 

鍍金(めっき)さん、原付きでどうやって海を渡るんですか?」

 

「大丈夫、行きと一緒で本州まではフェリーだから」

 

「おい!北海道全然関係ねぇだろ!!」

 

 

 

怒れる佐藤の回し蹴りは俺の尻にクリーンヒットし、スパーンといい音を鳴らしたのだった。

 

 

 

 

 

その日のうちに北海道を脱した我々は、フェリーの中で車座になって作戦会議をしていた。

 

 

 

「それでどうするのよ、バイクは2台よね?どうせ運転するなら私はジーコくんの方に乗りたいんだけど」

 

 

 

船の中だというのに銀のアビエイターサングラスをかけた川島瑞樹が、一人必死にスーパーカブから逃げを打とうとしている。

 

ちなみにジーコくんの由来は、検査場に持っていく前に一晩中かけてジーコジーコとトルクレンチでネジを締め直していたときの音かららしい。

 

 

 

「あのぉ〜私まだ車は運転できないんですけど」

 

 

 

ちょうどいま車校に通っているウサミンは、顔を伏せ気味にしながらそろそろと右手を上げた。

 

 

 

「はぁとも乗りたくないんだけど」

 

 

 

腕を組んでそっぽを向いた佐藤はご機嫌斜めのご様子だ。

 

 

 

「でもしょうがないだろカニ載せちゃったんだから」

 

「だから今からでもクール便で送れよ!」

 

「だいたい東京まで原付きで走って何が面白いのよ!」

 

「あの〜皆さん〜落ち着いて!ね!」

 

「グダグダ言うな。やるしかないの。もうカブ乗らないと帰れないんだから」

 

 

 

どっしり構えた俺に対して、深〜くため息をついた川島さんが嫌味を吐いた。

 

 

 

「こんなことば〜っかりしてるから、歌番組の1つからもお呼びがかからないのよ」

 

 

 

痛いところをつかれてしまった。

 

たしかに『スーパーバード』は歌の仕事が全然ない。

 

 

 

「こないだ実家帰ったら親戚のおばさんに『心ちゃんこれからもトリオ漫才頑張ってね』って言われたんだぞ」

 

 

 

佐藤のその言葉に、ウサミンが1番ダメージを受けた顔していた。

 

彼女もウサミン星の実家で何か言われたのだろうか……

 

 

 

「そ、それよりも結局誰がバイクに乗るんですか?」

 

「それを決めるのに、これを用意しました」

 

 

 

俺は鞄からマルセイバターサンドを2箱取り出した。

 

 

 

「旅といえば、何?」

 

「え?」

 

「はぁ?」

 

「えーっと……」

 

「旅といえば……グルメでしょ!これから我々は、各地で車の座席をかけて名物早食い対決をやっていきます」

 

 

 

俺の発表に、3人はなんとも言えない顔になった。

 

 

 

「えぇ……」

 

「なんで早食いなんだよ〜」

 

「た、楽しそうです!」

 

「まず第一回戦は北海道土産のこれ、マルセイバターサンドを3本です」

 

「マルセイバターサンドはいいけど……」

 

「太っちゃうだろ〜」

 

「これって美味しいですよね〜」

 

 

 

俺はさっさと箱を開けてカメラを3脚につけ、準備万端でバターサンドを手に持った。

 

 

 

「ビリ2名には、次のチェックポイントまで原付きに乗っていただきます」

 

 

 

全員が無言でバターサンドを手に持った。

 

 

 

「それでは……よーい、スタート!!」

 

 

 

全員無心でバターサンドを口に詰め込んでいくが、佐藤だけは俺の食いっぷりを見て驚愕の表情のままバターサンドを取り落していた。

 

 

 

「……あ!」

 

 

 

と俺が最初に口の中を空にし。

 

しばらくしてから川島さんが「やった!」と2着でゴール。

 

この時点で佐藤とウサミンはバイク決定なので「う゛も゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!!」とスウィーティーじゃない叫びをあげていた。

 

 

 

「いやいやいや!鍍金(めっき)の食べる速度おかしいでしょ!!」

 

「えっ?見てなかった」

 

「私も必死で食べてたから見てなかったわ」

 

「いやいやいや、尋常じゃないって」

 

「え〜そんなにですか?」

 

「ちょっと食べてみてくれないかしら?」

 

「いやこれは視聴者のみんなにも見てほしいぞ☆」

 

「そんな大したもんじゃないだろ」

 

 

 

プロデューサーの早食いなんか視聴者も見たくないだろ。

 

 

 

「大したもんだって☆やってみやってみ」

 

「えぇ……じゃあ川島さんカウントして」

 

「いいわよ、3……2……1……ゴッ!」

 

 

 

川島さんのちょい古なゴーサインと同時に、俺はマルセイバターサンドをシュバっと食べた。

 

 

 

「…………え?」

 

「…………今食べました?」

 

「マジック使った?口の中にバターサンドがスッと消えていったんだけど」

 

「噛んでないだろお前、固形物を飲んでるだろ」

 

 

 

水じゃねぇんだ、重たいマルセイバターサンドを飲めるわけねぇだろ。

 

 

 

「ちゃんと噛んで飲み込んでるよ」

 

鍍金(めっき)さん、また変な特技を開拓したんですね……」

 

 

 

失礼な。

 

そりゃちょっとは早食い番組見て研究したが、やれば誰でも俺と同じ場所に行き着くはずだ。

 

 

 

「はぁー……もうバイクとかどうでもよくなったわ☆はぁとは到着まで寝かしてもらうから」

 

「そうね、体力を温存しましょう」

 

「なんか凄いもの見ちゃいました……」

 

「ナナちゃん、早食い企画をやる限りこれからずっと見せられるのよ。慣れないと……」

 

 

 

ほんとに失礼な奴らだな。

 

フェリーが青森に着くまで、俺は3人からちょっと余所余所しくされてしまったのだった




きくうしの皆様方、古戦場からの四象降臨お疲れ様でした。

今回はちょっと地獄でした。

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