暑すぎて車の中のゴム部品が溶けてきた2012年8月。
我々は国道4号線をひた走っていた。
「地味な絵ねぇ」
『いま地味っつった奴は誰だ!?もう一回言ってみろ?殺すぞ』
ハンドルを握ってぽつりと言った川島さんに、信号待ちの佐藤が振り向いて噛み付いた。
「はい前青ですよ〜進んでくださ〜い」
『次はその席絶対にもぎ取ってやるからな!!』
『でもプロデューサー、ずっとこの構図でどう派手にしたらいいんですか〜?』
「大丈夫、そのうちテコ入れしますので」
『だいたい今はいいけどはぁとと瑞樹ちゃんが並んだら視聴者はどっちがどっちかもわかんないぞ☆』
「心配ご無用!なんとかしますので」
『頼むから背中に刺繍だけはやめてくれよ〜お金なくて親のカブ乗ってるヤンキーみたくなっちゃうからさぁ』
「…………」
『黙らないでくださいよ〜』
翌日の事である。
俺が夜なべして用意した装備によって、全ての問題は解決していた。
ウサミンの白いヘルメットには白いウサギの耳がつき、佐藤の黒いヘルメットにはハートの落雁が貼り付けられていた。
「わぁ〜うさ耳ですね〜」
「これお盆用のやつだろ!ふざけんなよ☆」
「
「川島さんのはいいのが見つからなかったので、旅の中で探してつけていきますんで」
俺の言葉にムッとむくれて見せる川島さん。
バイクには絶対乗らないんじゃなかったのか。
「じゃあ青森抜ける前に青森大会ということで……」
「よっしゃ!」
「朝ご飯抜いてきましたから、今回は勝ちますよ〜!」
「私は早起きしてランニングしてから朝風呂まで済ませてきたから、準備は万端よ!」
宿からほど近い公園のテーブルに、ドドンとお菓子の箱を四つ出した。
「今回はこちら!青森名物りんごのお菓子、気になるリンゴでございます」
「おおっ☆……でっけえぇ……」
「これ中にりんごが丸々入ってるんですよね」
「東京駅で見たことあるわ」
俺は手早く準備をして、4人の前に気になるリンゴの乗った皿とフォークを置く。
「言い忘れてましたが、この早食い対決で一番負けの多かった人には罰ゲームがありますので」
「は?」
「そういう後出しはやめてよね」
「カブに乗る以上の罰ゲームですか……」
ウサミンは虚ろな目で、昨日1日中乗っていた黄色いカブを眺めている。
なかなか参っているようだが、まだ旅は始まったばかりだぞ。
元気出していこう!!
「それでは、皆さんよろしいですか?」
「「「…………」」」
「よ〜い……スタートッ!」
俺はフォークに突き刺した気になるリンゴを、大口を開けて一気に飲み込んだ。
「うわぁ……」
「ほとんどホラーだろ……」
「それちゃんと味わってるの……?」
「ちゃんと味わってますよ。シロップに、あのリンゴが、ちゃんと、浸かってて、リンゴの、のどごしが……リンゴが大変おいしいです」
「食レポ下手くそか☆」
「……これ、仕切り直しにしませんか?」
「もう
「一人だけびっくり人間ショーだからな〜☆」
「デモンストレーション枠ということで……ちょっと……これは……」
「じゃあ僕がカブに乗ることはないってことですか?」
「勝手に乗ってもいいわよ」
「あんたにゃ誰も勝てないっつってんの!ナナ先輩なんか見てみなさいよ、びっくりしすぎて足が震えちゃってんだから。怯えてんだよ」
「いや、その、人間があのサイズのものを丸呑みにするのは初めて見たので……」
「芸名はスネーク天領ね」
結局仕切り直しになった勝負はグダグダのまま進み、レベルの低い接戦を制した佐藤が勝利した。
王者の玉座はいつも孤独なのだ。
あいも変わらず特に言うこともないような道をひた走るカブ。
白いメットに揺れるうさ耳、青いメットに揺れる茶色いポニーテール。
上から下から照ってくる夏の日差しが、オレンジと白のツナギを蒸し焼きにしていた。
『あづいです〜』
『サウナみたいねほんと』
「そうですか?こちらは車内空調を18度に設定しております」
「いや〜こうして改めて車内から見てみるとマヌケな絵ですな〜☆」
『殺すわよ』
『はぁとちゃんひどい〜』
「岩手にも入りましたし、飯時にもう一回勝負がありますので。お二人それまで頑張ってください」
「次も勝つぞ〜☆はぁとはこの席に骨を埋めっからな〜☆」
『次は絶対にそっちに座るわよ!』
「おおっと、みじゅき選手中腰になって、モトクロスライダーのようにカブを操っているぞ☆これで少しでもカロリー消費を増やそうと言うのでしょうか、涙ぐましい努力であります☆」
『ナナはまだまだ元気いっぱいですよっ!17歳ですから!』
「ナナ選手の露骨な17歳アピールが入りました。果たして彼女は何歳まで17歳と言い張るのでしょうか☆少なくとも高校には通っておりませ〜ん」
『あ゛ぁ〜はぁとちゃんひどい〜』
調子こきまくりの佐藤のトークは弾めど絵的には特に盛り上がることもなく、順調に岩手に入った我々一堂。
昼飯の予定を早々に決め、岩手県の県庁所在地、盛岡へとカブを進めたのだった。
「川島さんしばらく行ったらお蕎麦屋さんありますんで、そこ入ってください」
『盛岡でそばといえばわんこそばね、わかるわ』
『ナナ、わんこそばはやったことありません』
「はぁともないぞ☆」
『実は私も』
「ご心配なく、量は少なめで20杯勝負に致しますので」
「多いのか少ないのかもわかんねーよ☆」
『
「私も、経験ございません」
「おやおや〜?こりゃわんこそばはみんなでやったほうがいいのかな?
「別にやってもいいけど……負けるわけねぇだろそんなもん」
『自信満々ね』
『ハンデくださいよ〜』
「じゃあ
「別にいいけど、俺が勝ったらお前は80杯食えよ」
「なんでだよ!」
「まぁまぁまぁ、万が一勝てばいいわけだから」
「万が一って言ってんじゃんかよ!」
『入りますよ〜』
『わんこそばってちょっとワクワクするわね』
「はぁとは絶対やらないかんな!」
結局猛烈な早食いを見せた川島さんをなんとか2位に抑えた俺だったが、勝負に勝って試合に負けた形となった。
「ほらほら食え!佐藤!」
「う〜……キツい〜……もう入らないって……」
「頑張ってはぁとちゃん!あと3杯だよ!」
「ライダーがこれじゃ旅を続けるのは無理じゃない?」
「川島さん……車の運転お願いします……」
緑のツナギを着てカブにまたがった俺を見て、助手席の佐藤はご満悦だった。
「怪我の功名☆」
負けた馬鹿はふんぞり返ってVサインだ。
『でもお前次の勝負で確実に負けるよな』
「ここに座ったものがルールなので、本日は勝負なし☆」
「異議なし!」
『異議ありまくりですよ〜ナナもそっち乗りたい〜』
やいやい言いながらも一行はズンズン国道を進み。
結局本当に一度も勝負する事なく、宮城県に入ったところで一泊となったのだった。
「いよぉ〜☆温泉〜☆」
「はぁ〜……染み渡ります」
「ねぇ!プロデューサーも入ったら?」
「混浴じゃないんで」
「混浴ならいいのかよ☆」
佐藤が温泉の中でなんとなく景気のいい感じで腕を上げ、ウサミンと川島さんはその脇を固めている。
もちろんタオルはつけているが、3人が温泉に入っているこういうカットもセクハラと言われず普通に撮ることができる。
こっちは風呂で覗きといえば女が男湯を覗く世界だからな。
このカットも視聴者達には意味不明なお風呂シーンで、お色気シーンとは思われていないかもしれない。
うちのチャンネルでは、こういうなんとなく俺の前世からのノスタルジーで撮っている謎シーンも結構多いのだった。
明けて翌日!とはいかず、俺達は風呂の後に地元の飲み屋に繰り出していた。
宿に入ったのが遅く素泊まりになった事もあり。
どうせ明日はずんだ餅で勝負なのだからと、牛タンで一杯やりに来たのだ。
しかし3人娘が牛タンでワイワイやってる中、俺はスカウト活動に精を出していた。
カウンターに座っていたお姉さんに、プロデューサーとしてのセンサーがティン!ときたのだ。
東北美人らしい抜けるように白くむっちりとした肌がダメージジーンズの隙間から覗き、規格外の豊満な果実は肘をついた机の上に完全に乗っかってしまっている。
清楚な黒髪ロングストレートなのに、ちょっと垂れた目つきはどこまでも挑戦的、ルックスは申し分なしだ。
子供の頃からずっとダンスをやっているとの事だが、肉感的でありながらも引き締まった身体がその言葉が嘘でないことを雄弁に示している。
俺の考えている新しい役に、まさにピッタリの人材だ。
地元のタレント事務所に所属しているが鳴かず飛ばずだという彼女に、俺は移籍交渉を持ちかけていた。
「なぁ、東京来いよ。俺が面倒見てやるって」
「うーん……」
「今の事務所じゃ仕事もほとんど回してもらってないんだろ?東京ならいくらでもその身体で稼げるようになるって」
「いや、でも……」
俺はお姉さんの細くて冷たい指に指を絡ませて引き寄せた。
「お前のダンスは世界レベルなんだろ?ようやく宮城から飛び出す時が来たんだよ。な、住むとこも飯も面倒見てやるから。楽しいとこいくらでも連れてってやる」
「そう……?」
「そうだよ、それに東京だけじゃないぜ。いずれ俺達は世界にまで出ていくつもりなんだから」
「世界、ね……その、それで、ビデオにはあなたも出てるのかしら?」
「基本的には俺と女性が3人……って痛えっ!」
誰かに背中を思いっきり蹴られた。
「百歩譲って女口説くのはいいとして、その様子をビデオに撮るなよ!子供も見るんだぞ!」
赤ら顔で串焼きと焼酎のコップを持った佐藤だった。
「口説いてるわけじゃねぇよ!」
「えっ……?」
スカウトしていた子は驚いた顔をしているが、最初からプロデューサーとしての名刺渡してるでしょ。
「なんかちょいちょいそういう軽いとこありますよね〜鍍金さんは」
「竿軽なんでしょ、バンドマンなんだから」
「お姉さん騙されちゃだめだぞ☆こいつヤバい女ばっか引っ掛けるブラックホールって言われてたんだから、絶対にトラブルになるって」
お姉さんは俺の顔を見てから、3人娘の顔を順番に見た。
「うーん……あなた達もビデオに出てる人なの?」
「え?そうだけど……」
「ふぅーん……さすが綺麗なのねぇ」
お姉さんはなんだか意味ありげに、女性陣の身体のラインに目をはせた。
「ん?あ、あー……お姉さん、もしかして勘違いしてるかもしれませんけど、私達はいかがわしいビデオを撮ってるわけじゃないですよ」
黒霧島のボトルを小脇に抱えたウサミンが何かに気づいた様子で慌ててそう言うと、お姉さんは冷水を浴びせられたような顔になった。
「あらいやだごめんなさい、私てっきり……」
「ぶーっ!!……ウヒャヒャヒャヒャヒャ!!」
「ヒー↑!!ブヒャヒャヒャヒャヒャ!!」
川島さんがお酒を吹き出し、腹を抱えてひーひー大笑いし始め。
佐藤もそれに続いてゲラゲラ笑いだした。
「
「しょ、しょうがないでしょ!ウヒッ!この人元から雰囲気が怪しいんだもん!」
ウサミンだけは頬をヒクヒクさせながらも、私達美城芸能のUtuberなんですよ〜とお姉さんに説明していた。
「あらそうだったの、これ名刺に『ハイパーメディアクリエイター』なんて書いてあったから、私てっきり……」
「たしかに……は、ハイパーメディアクリエイターは怪しすぎるわね!プッ!」
「ハイパーって!ヒーッヒッヒッヒ!」
その後俺達はその女性、田野辺蓮とすっかり意気投合して朝まで飲み明かし。
結局せっかく取ったホテルの部屋では、少しも眠ることはなかったのだった。
PayPayのアレで思い切ってバカ高いものを買ったんですが、部屋に置く場所がないことに気づいてちょっと早めの大掃除をする事になりました。