あれから3日、俺達はまだ国道4号線を爆走していた。
「今日18時までに宇都宮に着かないと大変なことになりますよ」
『カブに乗る以上に大変なことってなんだよ!』
『また思いつきで罰ゲームを増やすわけ?』
「
「俺の知っている餃子のめちゃくちゃ美味しい飲み屋さん、予約が19時からしか取れませんでした」
『それやべーじゃん☆』
『急ぐわよ』
「川島さん、前傾姿勢になって風の抵抗をなくすのはいいですけど。30キロ厳守でお願いしますよ」
「ふたりともがんばって〜」
川島さんのヘルメットには伊達政宗風の三日月の前立てが装着され、佐藤のカブの荷台には米が積みこまれた。
ジーコくんの至るところにステッカーが貼られ、車内には道の駅で買った地名提灯や龍が巻き付いた剣のキーホルダーが吊るされている。
後部座席には各地で買ったお土産の地酒やおつまみ類が山と積まれていて、もう完全に旅サークルのお気楽旅行だ。
そして俺たちが国道4号線を上っているという情報はいつの間にかSNSで共有され。
少なくない数の人が、昨日ぐらいからちょくちょく国道脇で手を降ってくれていた。
『ありがとぉう!!スーパーバード!!』
今も佐藤がよくわからない掛け声と共に左腕を振り上げて挨拶している。
長年ファンのいない地下アイドルだったからだろうか、彼女はファンサービスにとても厚い。
川島さんは人差し指と中指をピッと振ってウインクだ、なんか古くせぇなと思っても言わないぞ。
こないだ言って怒られたんだ。
『おおっ☆横断幕持ってる奴らがいるぞぉ!ありがとぉう!スーパーバード!!』
この道端応援団の出現により、我々の旅の後半は退屈のない楽しいものとなったのだった。
やっぱりファンっていいな。
ちなみに、早食い勝負の最下位は安部菜々だった。
そうして東京に帰った翌日、俺は美城
アイドル事業部の課長から、ハイパーメディアクリエイター事業部の事業部長に正式に昇進されたのだ。
「入りたまえ」
「失礼します」
「かけてくれ、楽にして」
「ウス」
「まずはUtubeの……お気に入り登録者数だったか?50万人突破おめでとう。インターネットとはいえ、君達が独自のチャンネルで視聴率1%並の数字を持っているというのは……もう私には想像もつかんよ」
「何をおっしゃいますやら、これもひとえに美城部長のお力添えがあってこそ」
「おいおい、そういうのはいいよ」
美城部長はニヒルな笑みを浮かべ、机からキャビンを取り出した。
「おっと、良かったかな?」
「お気になさらず」
「最近は芸能界も煙刈りが進んでいてね、特に男性の前では気をつけないとな」
「大変ですね」
「それで、話なんだが。今西部長のスリースマイルプロジェクトのアイドルをそちらのチャンネルに出してもらいたい。どうも少々苦戦しているようでね、君達の力を借りたい」
「それはもう、もちろんです。うちのやり方でよければですけども」
「ああ、それでいい。スリースマイルはバラドル指向だから路線も合っているだろう。それと、君にオファーが来てる」
「歌番組ですか?」
「バカを言え、バラエティ番組だよ。アイドル達も出してくれるそうだから、行ってきなさい」
「かしこまりました。そういえば部長……かなりお疲れのようですが、良かったらマッサージでもしましょうか?実は、あんま鍼灸師の専門学校に行ってた友達から伝授された、秘伝のテクニックが……」
「専門学校ね……」
美城部長は天井を見上げ、大きく煙を吸い込んだ。
「一般常識の専門学校はないものかな」
「ははっ、そんなの誰が通うんすか?」
「君だよ」
深いため息と共に吐き出される煙に押し出されるようにして、俺はすごすごと美城部長の部屋を去ったのだった。
道のど真ん中で干からびた蛙を見つけた9月。
この間のカブの旅の途中でスカウトした
下宿は俺の紹介した、バンド仲間のお婆ちゃんがやってるとこだ。
飲み屋街のど真ん中のアパートで、電車がクソうるさくて、夏暑く冬寒い、おまけに近いうち物理的に潰れそうなぐらいボロい。
でも都内で家賃三万円の神物件なのだ。
俺は越してきた彼女と早速飲みに行き、今後の仕事の事を話し合った。
「私ってキャラが弱いと思うの、ちょっと押しに弱いところもあるし」
「いっそ外タレって事にするか?蓮ってちょっとエキゾチックな顔つきしてるしさ」
彼女は「それもいいかもね」と呟いてコンクラーベをかき混ぜる。
「じゃあ番組側である程度キャラ付けをしてもいいかな?」
「いいわよ、あなたにお任せするわ」
そうして彼女はグラスを開け、この日3杯目のピニャ・コラーダを注文したのだった。
薄暗く狭い店の中、緑の巨大なモコモコが蠢いていた。
それは俺が夜なべして作った着ぐるみである。
その中に入った田野辺蓮、今は謎の外人で芸名はヘレンが「ぴにゃー!!」と吠えた。
「ということで、今日は美城芸能の同僚アイドルグループ『キャノンボール』に来て頂きました〜☆」
「こちらの緑のブサ……ブサ可愛い子は当チャンネルのマスコット『ぴにゃこら太』くんです」
「まずはお二人、自己紹介どうぞ〜」
低身長かつメリハリの利いた体の、トランジスタグラマーな女性がしなを作った。
「キャノンボールのオットナ〜な方、片桐早苗よん!」
もう一人のポニーテールの女の子はなぜか銀スプーンを握りしめていた。
「キャノンボールのサイキックな方代表!!エスパアアアアアアアア!!ユッコです!!」
「堀裕子ちゃんね」
あまりに元気な挨拶に、川島さんが苦笑しながらフォローを入れていた。
「ぴにゃー!ぴにゃぴにゃ!」
「ふんふん、自分はぴにゃこら太です、よろしくね☆って言ってるぞ」
「ぴにゃー」
緑のドラえもんっぽい着ぐるみに入ったヘレンは、くるっと回って機敏にステップを踏んだ。
「おおっ!ぴにゃはダンスが得意なんだ」
「世界レベルよ」
「いきなり喋んなよ!」
佐藤は着ぐるみに膝蹴りを入れた。
中はコンプレッサーで空気を入れて膨らませてあるから、そうそう痛いことはない。
「ああっ!はぁとちゃんぴにゃくんをいじめないで」
「コイツ昨日着ぐるみの合わせ終わったあと、プロデューサーと恵比寿でイタ飯食ってたんだぞ☆呼べよあたしらもよ!」
佐藤はぴにゃをバシバシ叩き、ぴにゃの毛皮はグニャグニャとうねった。
「ぴにゃ〜」
「心ちゃん!ゲストも見てるから!」
「なかなかバイオレンスな現場ねー」
「ムムッ!サイキック透視能力!ぴにゃの中になにか隠れ潜んでいますねー!」
「人間でしょ」
殴られていたぴにゃが「ぴにゃ〜!」と叫びながら器用に動き、佐藤にコブラツイストをかけて右手でコルナを掲げた。
「あいたたたたたっ!!ギブッ!ギブッ!」
佐藤はぴにゃの体を叩いてタップしているが、ひとまず放っておいて話を進めよう。
「それでは今日の企画の趣旨をご説明しましょう」
「はぁとはほったらかしかい!!」
「ぴにゃくんをいじめるからですよ」
「本日はここで皆さんに、ボウリングをやって頂きます」
俺はカメラを回して、間接照明に彩られたオシャレな店内をフレームに収めた。
ここは友人の母親が経営しているダイニングバーで、ボウリングとお酒と焼肉が楽しめるという変な店だ。
「ボウリングね……あたしは腕に覚えがあるわよ」
張った胸を更に揺らして、自信満々に片桐早苗が言う。
「私も学生の頃は結構やったわ」
川島瑞樹も片桐早苗と意味ありげな視線を交わし、自信アリのようだ。
他の人間はやったことないとか、そんなもん興味ねーよ☆とか口々に言っている。
「今日はスコアが130を超えた方から順々に抜けていっていただき。ラストまで残っていた方が、安部菜々さんと一緒に罰ゲームを受けていただきます」
安部菜々が罰ゲーム確定なのは、この前のカブの旅で早食い勝負で最下位だったからだ。
「ま、130なら楽勝ね」
「私アベレージ180はあったけど」
川島さんと片桐さんは二人で火花を散らしている。
「130って何回ストライク取ればいいんですか〜?」
「わかんない☆」
「サイキックでストライクを取りますよっ!!」
「この勝負、130以上を出した方には焼肉とお酒を用意してございます」
「おお〜っ!」
「イェーイ☆」
「ぴにゃ〜!」
「では、張り切って参りましょう!」
皆で勢い勇んで乗り込んだ1ゲーム目、速攻で抜けたのは俺と川島さんと片桐さんだった。
川島さんはスコア186,片桐さんはスコア216,そんで俺がオールパーフェクトで300だ。
「お前なんかやっぱおかしいって☆」
「プロデューサー君ってプロボウラーか何かなの?」
「いやこの人ほんとになんでもできるのよ」
「四ツ辻で悪魔に魂でも売ったんですか?」
「なんでもいいですけど、我々は先に焼肉を頂いてますから」
俺達はさっさと席に引っ込み、生ビールとカルビで酒盛りだ。
レーンでは緑の着ぐるみが指の入らない玉を真っ直ぐ投げようと苦心していたり、サイキック少女が「曲がれー!!サイコボール!!」と叫んでいたりする。
一応店員さんがアドバイスしてくれているが、ボウリング初体験の人間もいるから結構時間がかかりそうだ。
そうして1時間が経ち、俺達はすっかりできあがってしまっていた。
「プロデューサー君はぁ……彼女とかいるの?」
「こいつ入れ食いだから☆」
「でもあんまり具体的な相手ってのは聞いたことないわよね」
「バンドやってた頃はもう常に女侍らしてるような状態でさぁ☆」
「いやいや、そんな状態なったことないでしょ」
「今もある意味そうよね」
「ぴにゃ!お前普通に着ぐるみ脱ぐなよ☆」
「あれ着てたら何も食べれないでしょ」
今ヘレンは緑のタイツに頭だけの簡易型ぴにゃを身に纏い、ほぼ生身で酒盛りに参加していた。
結局1時間やってレーンに残ったのはサイキックとウサミンだけだ。
経験者二人が抜け、スポーツが得意な佐藤とヘレンが抜けで順当といえば順当だ。
「レーンの皆さん頑張ってくださ〜い!後1時間でタイムアップですよ〜」
「ぬおおおお!サイコボール!!」
「これ私がまた最下位だったらどうなるんですか〜?」
「その場合ウサミンさんは罰ゲーム2倍でございます!!」
「やだぁ〜」
尻を突き出して崩れ落ちるウサミンのここまでの最高スコアは、なんと驚きの60だった。
「こいつバイトしてたコンビニの売上伸ばしまくってさぁ。新しく店持たせてやるから正社員になれって、オーナーの娘と結婚させられそうになってたんだよね☆」
「え〜、プロデューサー君あんまりその子は好みじゃなかったの?」
「それがすごい美人だって噂になっててね☆」
「心はなんでそんなに詳しいわけ?」
「はぁとが詳しいっていうか、
「あ、時間だ。このゲームで終了〜!!」
レーンからは「ええ〜!」と到底130には届かないスコアのウサミンの悲鳴が上がる。
サイキックの方はじわじわとスコアを上げ、このラストボールでストライクを取れば130クリアだ。
「サイコボオオオオオル!!!」
明らかにサイコではなく、フィジカルなパワーで放たれた豪速球はバッカァン!と景気のいい音を上げ。
見事にすべてのピンをなぎ倒していた。
「これがっ!エスパーの力です!!」
「ああ〜!!ま゛た゛負け゛た゛〜!!」
床にめり込まんばかりにうなだれたウサミンは今日も負け。
肉の一切れも食べぬままに、酒の一滴も飲まぬままに、過酷で孤独な一人罰ゲームロケが決定したのであった。
最近は部屋の片付けとスマッシュブラザーズで忙しくしていました。
押し入れから箱○が出てきたので久々にアイドルマスターをプレイしたのですが、若林神の声が若くて泣けました。