良きハデスマンの皆様ごきげんよう。
私はもう古戦場に疲れ果てました。
アイドルマスターのアニメが2011年放送、シンデレラガールズのアニメが2015年放送なので、単純に765勢は4歳プラスにしてやろうと思っていたんですけど。
よくよく考えたら映画『輝きの向こう側に!』のラストに渋谷凛が出てくるので、アニメ正史では彼女達は同じ時系列を生きてるんですね。
それどころか考察を読んでる限りシンデレラガールズは2013年の話っぽい?
ちょっと今からだと諸々の修正が効かないので、この話では秋月律子21歳(2013年2月時点)でお願いします。
2013年2月の雪の降る日の事だ。
午後22時の収録帰り、俺達はテレビ局の駐車場でとある女性に声をかけられた。
「みなさん、お久しぶりです」
765プロは竜宮小町のプロデューサー、秋月律子だった。
「律子じゃん、久しぶり」
「りっちゃんお久しぶり〜☆」
「お久しぶりです〜」
「その節はどうも……」
「始めまして、田野辺と言います」
「どうもどうも、ヘレンさんですよね?動画見てます〜、よろしくおねがいしますね。最近名前聞かない日ないですよ、凄いじゃないですかスーパーバード」
「竜宮小町も、こないだのアルバム聴いたよ」
「えへへ、ありがとうございます」
「今年は紅白出れるんじゃない?」
「出れたら嬉しいですけど、やっぱりあれはジャンルで枠が決まってるので……」
「そっかぁ……ああ、そういえば。うちの動画もまた出てよ」
「あっ、それは是非。反響凄かったですよ!前の動画」
「いや、うちも竜宮小町のおかげで軌道に乗ったところがあるからさ、また恩返ししたいな」
「恩返しだなんてそんな……あっ、そういえば……」
「うん?」
「鍍金さん、あの日のナポレオンを覚えてますか?」
「え、なに?」
「あの日、暗黒歌謡祭の打ち上げの時ですよ。みんなで古いお酒を飲んでて、私にも成人したら飲ませてやるって言ったじゃないですか」
律子は元アイドルで、現役時代に俺のやっていた暗黒歌謡祭というイベントに出たことがあったのだ。
俺と律子の縁もそこからだった。
「……ああ、なんとな〜く覚えてる」
「私も成人してしばらく経ちますし、また連れてってくださいね」
「じゃあ……今から行く?」
「今ですか!?今は……ちょっと……」
「仕事?」
「いや、そういうわけじゃないんですけど……」
ポンと背中を叩かれ、振り向けば佐藤がやれやれといったふうに首を振っていた。
「お前さぁ、りっちゃん困らせるんじゃないよ☆」
「女の子には色々準備もあるんですから……」
「そうよ〜」
メンバー達からの抗議の集中砲火を受け、俺は背中を曲げて律子に耳打ちした。
「あー……じゃあ、また誘うわ」
「はいっ!」
そう言ってから1週間後の夜、俺と律子はとあるオーセンティックなバーで旧交を温めていた。
律子はグリーンのシックなワンピースで髪をひっつめにしている。
露出した細いうなじが上気して赤く染まり、どことなくセクシーだ。
「そういえば律子のプロデューサー、独立したあとどうなったの?」
「その後名前聞きませんねぇ……自信満々に『765プロに泣きつかれても仕事は回さないから』なんて後ろ足で砂ひっかけていきましたからね」
「律子も誘われたんじゃないの?仮にも2009年のアイドルアカデミー優勝Pとアイドルだったんだしさ」
「いやぁ、私はあの時点で自分は日高舞にはなれないなぁって薄々わかってましたから……プロデューサーも勢いだけっていうか、私も含めて運がいいだけでしたからね」
「そんなことないと思うけどな」
「それに私はもともとプロデューサー志望だったんですよ。アイドルアカデミー優勝は、売られる側の研修としては出来すぎでした」
「秋月律子は1年だけ駆け抜けた伝説のアイドルだってみんな言ってるんだし、そう卑下したもんじゃないだろ」
「そうですかね?」
「俺もCDまだ持ってるよ」
「ありがとうございます……」
「……マスター、俺次ヘネシーで」
俺が頼むと、無言でオンザロックが出てきた。
律子はもうふにゃふにゃで、半ば俺に寄っかかるようにして舐めるようにヘリテージをやっている。
「ねぇ鍍金さん……私がいつか独立したいって言ったらどうします?」
「……律子なら明日でも大丈夫だよ」
「鍍金さん……ついてきてくれませんか?」
「…………」
俺にもたれかかってそっぽを向いたまま、律子は静かにそう言った。
さっきより更に赤くなったうなじが小さく震えていた。
「お金は私が稼いで不自由させません……」
「…………」
「鍍金さんは共同経営者としてのびのび仕事して貰えたらいいんです……」
「…………」
「それで、その……できたら、仕事だけじゃなくプライベートでも一緒にやっていけたらなって……」
「…………」
震えは細い肩にまで広がっていた。
「駄目……ですか?駄目ですよね……すいません」
俺は律子の肩に手を置いて言った。
「すげぇアルバムを作るんだ」
「アルバム……ですか?音楽の……?」
「世界中がびっくりするようなのを作る」
「スーパーバードでですか?」
「世界中回ってすげぇ曲かき集めて、スーパーバードのファンでマジソン・スクエア・ガーデンを満杯にしてやる」
「ふふ……先に武道館じゃないんですか?」
「今の武道館にトロフィーとしての価値なんかねぇよ」
「もしマジソン・スクエア・ガーデンが満員になったら凄いですね」
「ああ、竜宮小町丸ごとニューヨークに招待してやるよ」
「あらっ、前座をやらせなくていいんですか?」
「前座はオーディションに受かったらかな」
「ぷっ……あははっ!そうですね、オーディションには呼んでくださいね!」
俺達はキザにXYZを飲み干し、固く握手をしてその場で別れた。
前世みたいに家まで送っていくなんてことはしない、女が襲われることなんてほとんどないからな。
そして久々に深酒した俺は、風呂で溺れて死にかけた。
危うくホイットニー・ヒューストンになるところだったぞ。
翌日、会社に出るといきなり佐藤に絡まれた。
「鍍金ぃ、お前昨日りっちゃんに振られたんだってぇ?」
ジャイアンみたいなニタニタ顔だ。
「なんで知ってんだよ」
「お前のストーカーがバーの前で別れるとこ見てたんだってさ☆」
「鍍金さんほんと身の回りに気をつけてくださいね……」
「やばいわよマジで、一瞬で情報が共有されてたのよ」
「1人じゃないのよ、4人だか5人だかいるんだからね」
「俺のストーカー?ほっとけほっとけ」
佐藤以外の心配そうなメンバーには悪いが、女がピーピー言ってるのを気にしてたら、男はこの世界では生きていけないのだ。
だいたい女ってのは元々病的に噂が好きなんだから、男女比が偏ったらもう全員軽度のストーカーみたいなもんだ。
所構わず写真は撮られるし、つぶやかれるし、同じ飯屋に入られて同じメニューを頼まれるし、変な話完全にパンダ状態なのに慣れてしまった。
自分の部屋にでも入ってこない限り、俺はもう他人の目は気にしないことにしたのだ。
…………
東京某所の一般母子家庭にて。
「おかぁさんおやすみ〜」
ふにゃふにゃ言いながらベッドに入る我が子を見送り、私は晩酌の用意をして居間のテレビの前に陣取った。
見るのはUtube、スーパーバードというお笑い芸人のチャンネルだ。
我が家で一番最初に彼女達のファンになったのは娘だが、今ではすっかり私もハマっている。
今履いているスリッパも番組のマスコット、ぴにゃこら太のもの。
娘ともお揃いで、事務的な会話だけになりがちな母子家庭だった我が家もいくぶん明るくなった。
スーパーバード様々だ。
『おいホスト!はぁとにも注げよ☆』
『おめぇは手酌でやってろ、今日の主役は川島☆姫☆瑞樹だぞ。』
『苦しゅうないわぁ〜』
『姫!フルーツの盛り合わせでございます』
去年の冬に投稿されたお気に入りのこの動画は、川島瑞樹の誕生日スペシャル回だ。
ホストクラブのキャストのようなコスプレをしたスーパーバードのメンバー達が、姫の格好をした川島瑞樹を接待する内容だ。
スリーピースのスーツをビシッと着こなしてキビキビ動くプロデューサーが、かっこよくてドキドキしてしまう。
動画のコメントにストーカーが湧くのもちょっとわかってしまう気がする。
ただ、昼間に娘の前で見るのはちょっと憚られる。
お酒も飲むし、真似事とはいえ大人のお店の事だし、あんまり子供には見せたくない内容だ。
それにもし娘に「こんな誕生会がしたい〜」と言われたら困ってしまうだろう。
実際子供達がそうやって動画の真似をしたりする事で、娘の通う小学校でも問題が起こっているそうなのだ。
中には感化されやすい子供もいるようで「将来の夢はUtuberです!」なんて言い出す事もあるらしい。
教員はもちろん、親同士の間でも彼女たちは何かと物議を醸している。
PTAの集まりでも「あんな低俗な番組は視聴禁止にしろ!」なんて真っ赤になって怒ってるお母さんがいるぐらいだ。
でもスーパーバードだって毎回毎回悪ふざけをしているだけじゃない。
『東京から九州まで、新幹線で止まる駅全部綺麗にする』なんて動画では鉄道会社から正式に感謝状を貰っていたし。
クリスマスイブと当日には、みんなでぴにゃこらサンタの格好で凄い数の孤児院を回っていた。
仕事とはいえ、なかなかできることじゃない。
『姫!これがシャンパンタワーです!』
『すごいわぁ〜夢みたい』
『ぴにゃ、下からライティングして』
『ぴにゃ〜』
『では、シャンパン行きますよ〜1、2、ナナ〜』
『うわぁ〜シャンパンがキラキラしてほんと綺麗ねぇ〜』
『ロマンチックだな〜☆』
『あっ』
『うわっ!』
ガッシャアアアアアアン!!
『びにゃああああああああああああ!!!』
このウサミンが手を滑らせてシャンパンタワーが崩壊する瞬間は、下にいるぴにゃには気の毒だけど毎回笑ってしまう。
そうして大笑いしておきながらも、この姿を娘に見られたくないと思う。
これはちょっと虫が良すぎるのだろうか?
途中出てきた「自分は日高舞にはなれないなぁ」という台詞の日高舞というのは、アイドルマスターDSに出てくるアイマス界最強の公式キャラクターです。
アイマス界の範馬勇次郎だと考えれば間違いありません。
この世界でのりっちゃんはアイドルして良し、プロデュースして良しの叩き上げの超エリートですね。