オーバーロード 拳のモモンガ   作:まがお

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真実は闇の中

 陽の光が余り届かない薄暗い路地裏。

 普通の人は寄り付かないであろうそんな場所に動く人影が二つ。

 薄汚れた少女が転がるゴミを蹴飛ばし、水溜りを踏みつけながら必死で走り続けている。まるで怪物に追われているかのようだ。

 

 

「誰か、誰か助けて…… っあ!?」

 

 

 走り続けて極度に溜まった疲労は集中力を途切れさせる。足元に転がるゴミに足を取られて、少女は派手に転んでしまったのだ。

 擦りむいた膝からは血が滲み、一度止まると再び立って走り出す力は湧いてこなかった。だが現実は待ってはくれない。背後から自身を追う足音が段々と近づいてきている。

 少女は最後の抵抗として傍にあるゴミの山に潜り込んだ。じっと息を潜めて相手が通り過ぎてくれる事を祈った。

 

 

「あれれ〜、どこに行ったのかな〜。君達みたいな居なくなっても困らない存在って、すっごく助かるんだよね。怖くないから出ておいで〜。邪神様に捧げる時は綺麗な服を着せてあげるよ〜」

 

 

 少女を追っていた男はわざと声を出しながら歩いて来た。既に少女の居場所が分かっているからだ。近くのゴミ山が微かに震えており、足まではみ出していれば見逃す筈もないだろう。

 わざわざこんな事を口に出して言うあたり、この悪人は絵に描いたような小物だった。

 

 

「うーん、どこかな――っなんだお前!? 何処から出て来た!?」

 

「これは丁度いい。現行犯だな」

 

「なっ、アンデッドだと!? や、やめろ…… 来るなぁ!!」

 

 

 少女はゴミ山の中でじっと息を潜めていたが、何やら様子がおかしい。

 先程まで追いかけて来た足音が、急激に遠ざかっていった。

 

 

「あー、これは私の独り言だが…… 今、大通りの先にある教会では炊き出しをやっていたなー。あー、残念、忙しくなければ行きたかったなー。あのデカイ男なんか山盛りに入れてくれそうだったのになー」

 

 

 追いかけて来た男とは別の人の声が聞こえる。なんて棒読みなんだろうか。

 少女は声が止み、辺りが静まり返った後も少しの間はそのまま動かないようにしていた。

 そして、恐る恐るゴミ山から出た時には周りに誰もいなかった。

 

 

「助けてくれた、のかな?」

 

 

 先程自分が見ていない間に何が起こったのか、きっと少女が真実を知ることはないだろう。

 よく分からないがお腹も空いてきた少女は、とりあえず教会に行ってみる事にした。

 炊き出しが無くなる前に早く行かなければと、先程よりほんの少しだけ明るい表情で歩き出す。

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ…… 何なんだアレは……」

 

 

 少女を追い回していた男は壁に手をつき、ゆっくりと呼吸を整え始めた。ローブの袖で額に浮かぶ汗を拭うが、不快感は治まりそうもない。

 着ていた濃い紫色のローブは汚れ、見るも無残なものになっているが男は気にしない。

 いや、それどころでは無いのだ。

 あの場に何故かアンデッドが居たのだ。訳の分からない事を言いながら、自分に近づいてきたので反射的に逃げ出してしまった。

 

 

「だ、駄目だ、もう走れない……」

 

(こうなったら一度大通りに出て人混みに紛れるか? 余り人に見られたくはないが……)

 

 

 今の自分はズーラーノーンの一員。怪しい格好もあって衛兵に捕まるかもしれないが、アレに捕まるよりはマシだろう。

 頭の中で大体の逃走経路を決めたら即行動に移すことにした。

 そして男は気合いを入れて一歩を踏み出す。

 

 

「よし、慎重に行こう」

 

「どこに行くんだ?」

 

「そりゃ、とりあえずこの路地を出て……」

 

「路地を出て?」

 

「ひ、人の多い所へ……」

 

「残念、ゲームオーバーだ」

 

「…………ヒィィッ!?」

 

「貴様のような居なくなっても困らない存在って、すっごく助かるんだよね。〈記憶操作(コントロール・アムネジア)〉」

 

 

 振り向くとそこには骨の顔があった。

 アンデッドが何かを喋っていたが、それを理解する間も無く男の意識はそこで途絶える。

 

 男が次に目を覚ました時、目の前にあるのは牢屋の硬い壁。持ち物も全て没収されており、どうやら自分は捕まってしまったようだ。

 ぼーっとする頭で何となく気を失う前の事を思い出そうとする。

 

 

 ――えーと、確か俺は子供を攫おうとしてて、路地裏で仮面を付けた変な奴に捕まったのか。……仮面、仮面? うん、仮面だな。

 

 

 妙な違和感を覚えながらも、捕まってしまったのだから諦めるしかないだろう。

 男が真実を知る日は来ない……

 

 

 

 

 ツアレは物語とは別に日記も書いている。

 これも将来のネタ帳になるかもしれないからと、モモンガの勧めで出来るだけ毎日書いているのだ。

 宿の一室で今日は何を書こうか悩んでいると、部屋のドアが開く音がした。

 どうやらモモンガが帰ってきたようだ。

 情報は足で探すと言って、また酒場に出かけたようだが収穫はあったのだろうか。

 

 

「ただいまー」

 

「お帰りなさい、モモンガ様。情報収集の方はどうでした?」

 

「末端の構成員を捕まえて衛兵に引き渡して来た。一応引き渡す前にそいつを尋問したが、残念ながら目ぼしい情報は持ってなかったな」

 

「えっ、どうしてそんな展開に…… 酒場に行ったんじゃないんですか?」

 

「行ったぞ。酒場でズーラーノーンっぽい奴を見かけなかったか聞いたんだ」

 

「酒場って凄いですね……」

 

「ああ、他にも面白い噂話なんかも聞けたぞ。何でも土地にアンデッドが居座っているせいで、その場所が売れなくて困っている人がいるそうだ。元々の持ち主はもう居ないみたいだが……」

 

「人の土地に居座るアンデッドなんているんですね。地縛霊みたいなアンデッドなんですか?」

 

「かもしれんな。それが本当に居るようなら『蒼の薔薇』という冒険者チームが討伐に行くそうだ」

 

「魔剣を持ってる冒険者チームですね。やっぱりこんな話ばかり聞くと、冒険者はモンスター退治の専門家って感じがしますね」

 

「まさにその通りだな。もうちょっと夢のある仕事ならやってみたかったんだが…… まぁ今は地道に盟主を探すかな」

 

「魔剣探しだけだと中々進展が無いですね…… そうだ!! 折角なので今日のモモンガ様の話、詳しく教えてください。短編の物語の参考になるかもしれません」

 

「……ああ、いいぞ。始まりは酒場の店主が教えてくれた噂話でな。どうにも怪しい格好の男が路地裏で――」

 

 

 ツアレに今日の出来事を話しながらモモンガは考える。

 情報は足で探す、魔法には出来るだけ頼らないと言っておきながら直ぐに魔法を使ったからだ。

 魔法を使った尋問の所はどうやって説明したものか……

 

 

(どうしよう、思わず使っちゃったけどアレってアウトだよな。記憶を覗くとか攻略サイトどころか、ゲーム内データにハッキングしてるようなもんだし…… いや待てよ。あれはアンデッドだとバレない様にする為、つまり証拠隠滅の為と考えればセーフか?)

 

 

 頭の中で適当な自己弁護を繰り返すが、中々妙案は出てこない。

 話をしながら言い訳を考えるという妙に器用な事を続けていたが、とうとう話している場面は相手を捕まえた所に差し掛かる。

 

 

「――そこで私はこう言ったんだ。『貴様の命など奪う価値もない。だが、お前の運命は返答次第だ…… さぁ、盟主の居場所を吐け』とな……」

 

「凄い…… モモンガ様って悪役みたいな台詞が上手ですね!! 私ももっと練習しなくちゃ!!」

 

「そ、そうだなっ、客を惹きつけるには声の演技も大切だぞ!!」

 

(なんか悪い事した気分だ…… ツアレ、お詫びに今度プロ直伝の発声練習を教えてあげるからな……)

 

 

 結局モモンガはそれっぽい事を言って、この場を切り抜けたのだった。

 

 

 

 

 冒険者チーム蒼の薔薇は未知のアンデッドを退治する依頼を受け、目標が居座る屋敷の跡地にやってきていた。

 その場所には家の残骸が打ち捨てられており、ただ一人アンデッドだけが立っている。

 リーダーの神官戦士――ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラは初めて見る目の前のアンデッドから只ならぬ強さを感じとった。

 

 

「ヴォォォ……」

 

「アレが討伐対象のアンデッド…… 確かに手強そうだわ」

 

「デカイ。ガガーランといい勝負」

 

「いや、大胸筋ならガガーランの圧勝」

 

「ったくお前らは、これは胸だって言ってんだろ」

 

 

 巨大な戦鎚を持つ戦士――ガガーラン、瓜二つの双子の忍者――ティアとティナはいつも通りの平常運転だ。

 

 

「ふんっ、多少デカかろうが関係ない。お前達では手こずるかもしれんが、私の敵ではないな」

 

 

 後方で踏ん反り返っているのは、赤いローブに仮面を付けた魔法詠唱者(マジックキャスター)――イビルアイ。

 メンバーの中で一番小柄で、チームに加入したのも一番最後である。

 だがその正体は吸血鬼であり、見た目と違いこの中で一番年上である。

 

 

「はぁ、イビルアイからしたらそこらのアンデッドは全部そうでしょ。逆に勝てる奴がいたら知りたいわ……」

 

 

 イビルアイは残りのメンバー全員を相手にしても圧倒できる程の強さを持っている。

 尊大な態度は確かな実力に裏打ちされたものなのだ。

 緊張をほぐす軽口も終わり、戦闘態勢に入るがアンデッドは動こうともしない。

 どちらから先に仕掛けるか、蒼の薔薇の面々は様子を伺っていた。

 

 

「ヴォォォ……」

 

 

 『屍収集家(コープスコレクター)』は非常に困っていた。

 以前やって来た男は壁判定して殴り飛ばしたが、今回はどうするべきか……

 今回やって来た人間はどうも壁要素が薄い。

 いっそこのまま放っておくべきかと思ったが、仮面を付けた人物が視界の端に入った瞬間に腐った脳に激震が走る。

 

 ――これは見事な絶壁…… すなわち壁!!

 

 首を動かし、他の人間と再度見比べてみる。

 どの人間も何処とは言わないが確かな膨らみがあり、こちらに立ちはだかる様子もなく壁には見えない。

 だがどうだろう、この仮面を付けた人物は。

 壁に相応しい力強さを感じ、ストンッという表現の似合う見事な壁である。

 

 

「ヴォォォッ!!」

 

「なっ!? 急に動き出した!? こいつ、イビルアイを狙ってるわ!!」

 

「流石イビルアイ、同族にはモテモテ」

 

 

 ――殴らねばならぬ。

 

 この人物は自分よりも強いだろう。だが、そんな事は関係ない。

 至高の創造主の御命令は絶対。たとえこの身が朽ちようとも、与えられた命令だけは絶対にこなしてみせる!!

 屍収集家は狙いを定めて突進した。

 

 

「なんだか知らんが無性に腹が立つな…… 塵も残さず消してやる!!〈魔法最強化(マキシマイズマジック)結晶散弾(シャード・バックショット)〉!!」

 

 

 イビルアイの放った魔法が屍収集家に直撃する。

 散弾の如く撃ち出された無数の水晶が屍収集家の身体に突き刺さっているが、怯んだり足を止めるそぶりは全くない。

 最短距離を走り抜け、その拳をイビルアイに心を込めて叩きつけようとする。

 

 

「正面から来るとはいい度胸だ!!〈水晶騎士槍(クリスタルランス)〉!!」

 

「ヴォォォ!!(正面から見てもいい壁だ!!)」

 

 

 周りを完全に無視して二人は熱い戦いを繰り広げた。至近距離で魔法と拳が飛び交っており、その激しさ故に誰も割って入ることができない。

 

 

「なんかあのアンデッド、俺達を無視してイビルアイだけ狙ってないか?」

 

「ああ、もうっ!! あんなに接近されたら援護も出来ないじゃない」

 

 

 だが時間が経つにつれ、戦いは段々とイビルアイが優勢になっていく。

 イビルアイの魔法は当たるが、屍収集家の拳は躱されたり魔法で防御されたりと届かないのだ。

 

 

「そこそこやるようだが、私には届かん!!」

 

「ヴォォォッ!! ヴヴォッヴォォォ!!」

 

 

 それでも拳を振るう事はやめない。アンデッドゆえに疲労は無く常に全力である。

 しかし、殆どノーガードで殴りかかっていた事もあり、ダメージの所為で動きにほんの少し衰えが見え始めた。

 

 

「どうした、最初の勢いが無いぞ。〈砂の領域・対個(サンドフィールド・ワン)〉」

 

「ヴォォォッ!! ヴォッ!?」

 

 

 僅かでも動きが鈍れば、それは一定以上の強さを持った者の戦いにおいて致命的な隙となる。その隙を的確に突き、イビルアイの魔法が屍収集家を捉えた。

 魔法で生み出された砂が全身に纏わりつき、身体が思うように動かなくなる。

 

 

「どうやらそこまでの様だな。これで終わりだ!!〈魔法最強化・龍雷(ドラゴン・ライトニング)〉!!」

 

「ヴォォォォォォ!?」

 

 

 ――ああ、我が創造主、偉大なるモモンガ様。御命令を果たせず、申し訳、ありま……

 

 

 至近距離で放たれた一撃は屍収集家を容赦なく滅ぼしていく。

 白い雷撃が全身を包み込み、黒焦げになった身体は遂に崩れ落ちた。

 

 

「ふん、どうだ!!」

 

「あーあ、折角の相手だったのに俺の出番は無しか。うちのチビさんは容赦ないねぇ」

 

「イビルアイは空気が読めない」

 

「でもドヤ顔可愛い」

 

「依頼は達成だけど、冒険者チームとしては不合格ね…… やっぱりもっと連携の訓練とかしなきゃ駄目かしら……」

 

 

 今回の依頼はイビルアイ一人で達成してしまった様なものだ。

 チームとして成長していきたいラキュースにとって、この内容は満足のいく結果ではないだろう。このままにしておくつもりはない為、今後の課題として連携訓練を考えるのだった。

 

 

「でもどうしてイビルアイだけ狙われたのかしら? 最初に殺された貴族を除いて、他の一般人の被害もほとんどなかったようだし……」

 

「同族のみを狙う」

 

「つまり貴族はアンデッドだった」

 

「そりゃ面白い!! おいラキュース、依頼人には是非ともポーションを飲んでもらわないとな!! アンデッドかどうか確認しようぜ」

 

「どちらにしろ依頼は終わったんだ。早く帰るぞ」

 

「もうっ、ちょっとは真面目に考えてよ!!」

 

 

 アンデッドがイビルアイのみを狙った本当の理由。彼女たちが真実にたどり着くことはこの先も無い。

 ちなみに未知のアンデッド討伐成功により、彼女達のアダマンタイト昇格が早まったとか……

 

 

 

 


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