オーバーロード 拳のモモンガ   作:まがお

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その目に映るものは

 リ・エスティーゼ王国の王都に戻って来たモモンガとツアレ。

 しばらくはゆっくりしようと適当な宿に泊まっている。そんな二人の元に一人の人物が現れた。

 

 

「いきなり押しかける様な形になってすまないね。私の名はエリアス。王国に仕えるしがない役人だ。貴方がモモンガ殿で、君がツアレさんかな?」

 

「そうですが…… 私たちの様な旅人に御役人がどの様な御用でしょうか?」

 

 

 どうやら自分達のことを多少は調べて来た様だ。

 少し怪しいと思ったが、内密な話があるとの事で一先ず話を聞くことにしたモモンガ。

 相手は金髪をオールバックにした長身で痩せ型の男性。年齢は三十代後半から四十代前半といったところだろうか。

 切れ長の目に色白で、笑みを浮かべていなければ蛇の様な印象を持っただろう。

 

 

「先程も言ったが、これはあまり公には出来ない話だ。貴方達の力を貸して頂きたいのです」

 

「私達の力?」

 

 

 モモンガはエルフの国での出来事や、帝国の闘技場での事がバレたのかと考えた。

 しかし、この男は()()()と言った。ツアレも含んでいるとなると、単純に武力面の事とは考えにくい。

 

 

「実はとある少女が貴方達に会いたがっている。まぁ年齢は君よりも少し年下かな。なんでも物語を話しているところを聞いたとかで、非常に興味を持たれた様だ」

 

「ふむ、会いたいというのは分かりました。しかし何故、これが内密な話なのですか?」

 

「詳しく話せないがその少女は今体調が優れない。そんな少女の薬――気晴らしになればと思って貴方達を呼ぶのだが…… 実は訳あって王城の一室で保護されていてね。貴方達をそこに招く訳だが、そんな理由で部外者を城に招き入れたとなれば他の貴族連中が煩いのだよ……」

 

 

 男は心底疲れた様な顔をして言った。これは本心なのだろう。

 

 

「今の王家は絶妙なバランスで保たれていてね。王といえど貴族を無下には出来ない。部外者は良くて我々は駄目なのかと、それを理由に数多の貴族達がこぞって城にやって来るだろう。療養が目的なのにそれでは本末転倒だ」

 

「なるほど、事情は分かりました。とりあえずこの場で聞いた事は他言無用と言うわけですね」

 

 

 妙に誤魔化されている感じはあるが、病気の少女がいるというのは本当だろう。

 あとこの人の苦労は演技ではなさそうだ。

 

 

「理解が早くて助かるよ。それと貴方の仮面には何か理由があるのかもしれないが、流石に顔も分からない人物を会わせる訳にはいかない。こちらから頼んでいる立場なのに申し訳ないが、顔を見せて頂けないだろうか?」

 

「これは失礼。トラブルに巻き込まれない様に普段は隠しているのです」

 

 

 そう言いながらモモンガは仮面を取った。とても便利だが考えが顔に出やすくなる、無駄に高度な幻術で覆った顔である。

 

 

「異国の方でしたか…… 成る程、確かにその黒い髪では目立つでしょう」

 

「ええ、この辺りでは珍しいですから」

 

「そういう理由でしたら問題ありません。それでどうでしょう? 引き受けて頂けませんか? もちろん謝礼はお支払いさせて頂きます」

 

「ツアレ、おそらくその少女は物語を聞きたいんじゃないか? まぁ本当に私達と話がしたいだけ、という可能性もあるが。どちらにせよ今回はお前が決めれば良い」

 

「私が、ですか?」

 

 

 今までは大人の話だと思い、ツアレは黙って聞いていた。

 しかし、今回はツアレがメインの可能性が高いため、モモンガはどうするかの決定をツアレに任せた。

 

 

「病気の少女に見舞いに行くと思って、どうか引き受けてはもらえないだろうか」

 

「……分かりました。力になれるか分かりませんが会ってみます」

 

 

 ツアレからしたらこの話は非常に怪しい。正直行くのは躊躇われる。

 しかし、自分より年下の少女と聞いて、死んだ妹の事を思い出したのだ。

 そんな少女が自分達に会いたいというならば、会ってあげようと思った。

 それにモモンガも一緒に行くのだ。これ以上の安心できる要素はない。

 

 

「ああ、ありがとう。本当に助かるよ。それでは日時などは後日、また私の同僚が知らせに来る」

 

 

 ツアレが会ってくれると決めた途端、男はホッとした様な表情を出した。

 その後は忙しそうに必要事項だけを伝えて、足早に帰っていった。

 

 

 

 

 先程モモンガ達の元に訪れた男――エリアス・ブラント・デイル・レエブンは帰路につきながら疲れた様に溜息を吐いた。

 

 

「はぁ、いくらラナー王女様のためとはいえ、私にこんな仕事が回ってくるとは。王の心配も理解はするが……」

 

 

 彼は六大貴族の一人であり、本来ならばこんな小間使いの様な事はしない。

 しかし、王が彼に頼むのも無理はない。

 ラナー王女の現状を詳しく知る人間は少ない上に、彼以外だと無理矢理連れて来ようとした可能性が高い。彼しか任せられる存在がいなかったのだ。

 

 

「少々怪しまれた様だが、来てくれるのだからまぁいいだろう。異国の者なら第三王女を知らん可能性もあるが……」

 

 

 つい独り言が多くなってしまった。誤魔化すために馬車ではなくわざわざ徒歩で来たのだ。

 周りに人はいないが、迎えの馬車の所までは用心して口に出さない方が良いだろうと黙り込んだ。

 

 

(王女だとバレたらそれはそれで構わん。一度でも会えたら取り敢えずはそれで良い。全く我ながら酷い誤魔化し方だ……)

 

 

 身分を言わずにあくまでお願いという、下からの立場で説得することを彼は選んだ。

 色々と準備をする時間も無く、公に出来ないのは本当なのだから手段としては悪くない。

 だが、実はレエブン侯のように時には身分も関係なく、平民にも礼を尽くせる貴族はこの国では稀なのだ。

 別の貴族が来ていた場合、モモンガ達の事を旅人だと軽く扱っただろう。

 ロクな結果にならないのは目に見えている。

 

 

「全く、他の貴族は先の見えん無能しかいないのか!! これだからプライドばかり高い奴は使えんのだ」

 

 

 馬車に入って周りに聞こえないと分かった途端にまた愚痴が溢れた。

 彼は非常に優秀で、この国の未来が危ういと認識している数少ない貴族の一人だ。

 今でもギリギリな王派閥と貴族派閥の関係なのだ。万が一にも王女に何かあれば悪い方向に動く事も簡単に想像出来る。

 ただでさえ多忙なのに、こんな事までやっていたら叫びたくもなるだろう。

 彼は崩れかけの王国を何とか繋ぎ止めようとしている、王国の貴族の中では一番の苦労人である。

 

 

「ふぅ、まぁ私も子供の事になれば王の様になるのだろうな…… ああ、早く仕事を終わらせてリーたんに会いたい」

 

 

 そして非常に子煩悩な父親でもある。

 嘗ては王家簒奪を目論むほどの野心家だったが、子供が産まれてからの彼は変わった。

 子供の為にもこの国には長生きしてもらわなければならないのだ。

 子供が病気になればなりふり構ってはいられない。そんな王の気持ちを察しながら、まだ一歳にもなっていない息子の事を思うのだった。

 

 

 

 

 ロ・レンテ城のとある一室。

 ラナー王女はゆったりとした椅子に腰掛けながら、ぼんやりとあの二人を待っていた。

 久々に知りたいという欲求が起こったのは事実だ。だが、その中身まで大したものであるとは思っていない。そこまでの期待はしておらず、ただ確認したいだけだ。

 この世界に希望なんてモノは無いのだから。これが終わったら死んでも未練すら無いレベルだ。

 

 ――化け物と言われる程の知能がある。

 ――異形と言われる程の人間離れした発想が出来る。

 ――どんな答えにも辿り着ける程の思考能力がある。

 それでも人は孤独には耐えられない。

 

 

 部屋の扉が控えめにノックされ、その時が来た事を知らせる。

 そして扉が開くと、そこにはあの日と変わらない恰好の二人が立っていた。

 

 

「貴方達は隣の部屋で待機していてください」

 

「しかし、それでは……」

 

「大丈夫です。何かあればこの鈴を鳴らしますから、お願いです」

 

 

 ラナーは周りに控えていた人達を少々強引に下がらせた。

 しかし意外な程簡単に引き下がり、こうもアッサリと三人だけになれるとは思ってはいなかった。

 相手が王族の前に仮面のままやって来た事もそうだが、ここまでスムーズに事が進む理由を考える。そしてすぐに思い当たった。

 

 

(これはお父様ではないわね。レエブン侯が手を回したのでしょう)

 

 

 ラナーの想像通り、この日の為にレエブン侯が頑張ったのだ。

 そう、あの手この手を使い、今日の護衛達は自分の息がかかった者を用意した。

 彼は本当に頑張ったのだ。

 

 

「来て頂いて感謝します。私の名前はティエール。そのままティエールと呼んでください」

 

「心遣いに感謝致します、ティエールさん。私は旅人で魔法詠唱者(マジックキャスター)のモモンガといいます」

 

「初めまして、ティエールさん。私は吟遊詩人見習いのツアレです」

 

 

 人払いをしてもらったと気がついたのだろう。自分の目の前で仮面を外しながら彼は挨拶をした。

 黒髪に黒目、この辺りではかなり珍しい容姿だ。だが特別整っているわけでは無い。若くも年老いてもいない平凡な見た目だろう。

 ワザワザ誘導して仮面を外させたので、瞳を見つめながらじっくりと観察していこうと思った。

 

 

「こんな形で呼んでしまってすみません。あまり外で情けない姿を見せる訳にはいかなくて……」

 

 

 実際今の自分の容姿は酷いと自覚している。

 服こそ綺麗だが、体は痩せて髪もボロボロ。その上この目は暗く濁っている。

 さぞかし彼らの目には不気味に映ることだろう。

 

 

「いえ、御身体の調子が悪いとはお聞きしましたので」

 

 

 彼は当たり障りなく言葉を返す。なんて事の無い凡人だ。

 そう思って興味が無くなりそうになったが、彼の表情からある感情を読み取った。

 

 

(この目は私の病気に対する同情…… いや、違う。私の立場を哀れんで――っえ、同族意識!? なんで、どうして私をそんな目で見るの!?)

 

 

 ラナーは顔にこそ出さないが、頭の中では非常に混乱していた。

 彼は自分と同じ人間として私を見ているのだ。

 いや、彼は私の能力を知らないだけだ。それを知ればきっと……

 

 

「ありがとうございます。実は前にツアレさんが物語を披露しているのを見かけたの。仮面の勇者の話なのだけど、途中からだったから全部聞けなくて。それで最初から聞いてみたくなって呼んだの」

 

「私はまだまだ半人前ですが、ティエールさんにそう言って貰えて嬉しいです。それでは始まりから最後まで、どうぞお楽しみください――」

 

 

 彼女がマジックアイテムの箱に乗り、物語が始まる。

 それを聞きながら、やはり彼女の思いは彼に向けられたもので間違いないと確信した。仮面の勇者とはモモンガのことだ。

 一つの湖が凍りついた話などは流石に話を盛りすぎだろう。しかし、部分的に脚色されてはいるだろうが、これは実際に旅をした二人の物語なのだ。

 ツアレが語る姿、それを彼は優しげな瞳で見守っていた。

 

 ――貴方は人をそんな目で見る事ができるの?

 ――そんな貴方が私を同族として見たの?

 

 自分の中にほんの少しの希望、もしかしたらという期待が生まれる。

 

 

「――魔剣を手に入れても彼はその力を無闇に振るいませんでした。伝説の剣と新たな出会いを求めて、彼はエルフ達に惜しまれながらも再び旅に出るのでした…… お話はこれで終わりになります。仮面の勇者の物語、如何だったでしょう」

 

「とても素晴らしかったわ。信頼に応えて勝利を掴む所なんて、私本当に感動しました!!」

 

 

 これは嘘ではない。

 空想ではなく本物の物語だと思って聞くと、音楽も合わさって心が熱くなるのを感じた。

 

 

「ねぇ、これってもしかしてモモンガさんの話かしら?」

 

「えっと、それは……」

 

 

 彼女が言い淀んだが、自身の力の一端を見せるべく畳み掛けた。

 仮面を着けていたのは髪色では無く、自身の名や顔が広まるのを防ぎたいと見抜いた上で。

 

 

「ふふっ、実は私、観察力には自信があるの。何でも分かるわ、エルフ王と本当に戦ったのでしょう? モモンガさんは魔法詠唱者だけど、拳で戦う所は真実でしょう? 湖は元から氷が張っていてそれを戦いの中で叩き割ったのかしら? きっと戦いは割と最近の出来事ね」

 

 

 ラナーはこれでどうだと言わんばかりに言い切った。

 ツアレの熱の入り具合からエルフ王との戦いが、拳で殴った事が真実だと見抜いた。

 最近この街に来た事から、推測される戦いの時期は冬。

 語っている様子から凍った湖を見たのは嘘ではない。考えられるのは冬の寒さで氷の張った湖、そこからインスピレーションを得た所までを読み解いた。

 

 

「いやぁ流石ですね。そこまで見抜けるとは、ティエールさんは頭が良いのですね」

 

(どうして!? 当たっているはずなのに、貴方は隠そうとしたはずなのに…… 見透かされて、何故まだそんな優しい目で私を見れるの!?)

 

 

 モモンガもラナーの推測はそこそこ当たっているので驚いてはいた。

 だが、別に心を読んでるわけじゃない。実際に人の記憶を覗いた事のある自分に比べれば、この程度の精度なら可愛いものだと思っていただけだ。

 もしも完璧に当てられていたら、また違った反応をしていただろう

 

 ラナーのミスを挙げるとすれば、魔法とモモンガに対する情報不足。すぐに確かめたいという焦りから、今ある情報だけで判断してしまったことだ。

 この話を広める吟遊詩人のツアレが一緒にもかかわらず、今までモモンガ達のことが一切噂になっていない。もっと以前にこの話が、例えばエ・ランテルで話されているのならば、こちらでも多少は噂として情報が入った可能性がある。

 しかしそれが無い――つまり戦いは最近の事、冬の出来事だと思ってもしょうがない。

 

 だが、モモンガ達は転移で直接王都にやって来た。しかも話をしたのはまだ一度だけで、さらにエルフ王を倒したのは夏だ。

 まさか善意で半年もエルフの国に残っていたとは分かるまい。

 

 

「モモンガ様、言っちゃって良かったんですか?」

 

「ここまでバレたら仕方ないさ」

 

 

 ツアレに聞かれてもモモンガは笑いながら答えていた。

 そして再びこちらを向いた。

 

 

「ティエールさん、確かにエルフ王と戦った仮面の人物は私です。でも私は勇者や英雄なんて呼ばれたくはないし、物語は謎がある方が浪漫があって良いでしょう? なのでこれは私達だけの秘密にしといて下さいね」

 

「はい、ちゃんと私の胸の内に仕舞っておきます……」

 

(ああ、これが人と気持ちを共有するという事なのね。この人は私を人として、彼女と同じ様に優しい目で見てくれる。私の事を恐れもしない。私はこの人と同じ、ちゃんと人間だったのね……)

 

 

 ラナーは人生で初めて人に受け入れられたと感じた。

 

 

 

 

「こんな形で呼んでしまってすみません。あまり外で情けない姿を見せる訳にはいかなくて……」

 

「いえ、御身体の調子が悪いとはお聞きしましたので」

 

 

 モモンガは最初にその少女を見た時、痩せた体よりも目に注意がいった。

 暗く濁ってドロドロで、人生の希望が失われた様な目に。

 

 

(うわー、まだ子供だってのにこれはヤバいな。いやなんかこれ見た事あるというか、身に覚えがあるな――)

 

 

 それはモモンガが鈴木悟として、まだリアルで働いていた時の事。

 ちょうどユグドラシルのサービス終了が発表された辺り。

 

 

『――おい鈴木、営業に行くぞ――ってなんだその目は!?』

 

『えっ、課長どうかしましたか?』

 

『そんなんで人前に出せるか!! トイレ行って鏡見て来い』

 

『は、はい。少し失礼します』

 

 

 その時鏡で見た自分の顔は今のこの少女に負けず劣らずで、ゾンビの様な濁った目だったと朧げながらに覚えている。

 

 

(ユグドラシルが無くなるって分かった時は絶望したんだよなぁ。仲間との居場所がなくなる。この先の楽しみも何もかも無くなる。残りのつまらない人生をどうしようかと悩んだもんだ。この子もあの時の俺と同じで何かに悩んでるんだな)

 

 

 そしてツアレの物語が終わり、ティエールが感想を語り出した。

 こちらに聞いて欲しいのが伝わる様な早口だ。

 所々予想が間違っているのだが、その様子は聞いているだけで微笑ましくなる。

 

 

「ふふっ、実は私、観察力には自信があるの。何でも分かるわ――」

 

(おお、中々鋭い。自分達もユグドラシルで新しい発見をした時なんかはこうだったなぁ。仲間に聞いて欲しくてこんな感じで喋ってたかも。それにどうだと言わんばかりのドヤ顔。この子もツアレと変わらない、事情は分からないけど普通の子供だな。ここは指摘せずに褒めてあげよう)

 

「いやぁ流石ですね。そこまで見抜けるとは、ティエールさんは頭が良いのですね」

 

 

 その後モモンガは自分が登場人物である事を認める。

 その上で自分の事を秘密にしておくようにお願いした。

 

 

「はい、ちゃんと私の胸の内に仕舞っておきます……」

 

(うん、素直な良い子じゃないか)

 

 

 絶妙にすれ違っているが、一人の少女の心を少しだけ救ったモモンガだった。

 

 

 

 

 物語の感想を伝えながら、二人と雑談をしていたラナー。

 ずっとこうしていたいが時間には限りがある。

 そして、少しの欲が出始めた。

 

 

「そういえばお二人は漆黒の剣を探しているのよね?」

 

「はい、そうですよ。魔剣は言い伝え通りの見た目とも限らないですし、どこにあるか全然分からないんですけどね」

 

「一度とある結社が持っている。なんて話も聞いたのですが、今思うとそれが本当だったのかすら分からないくらいです」

 

「魔剣ですか…… もしかしたら王家にある五宝物の一つかもしれません」

 

「本当ですか!?」

 

 

 モモンガが分かりやすく食いついてきた。

 ああ、宝物を探す子供の様な純粋な目。

 これをもっと近くで見ていたい。この目で自分を見ていてほしい。

 

 

「私も名前とかは知らないんですけど、凄い魔法の剣だとしか…… ただ、国宝ですので、一般の目に触れることは余程のことが無ければありえないでしょうね」

 

 

 嘘である。

 王家に伝わる五宝物の中に確かに剣はある。だがそれの名前は『剃刀の刃(レイザーエッジ)』というものだ。

 間違いなく漆黒の剣ではない。

 

 

「そうですか…… まぁ残念だが仕方ない」

 

「国宝となると手が出せませんね……」

 

「ああ、もうそろそろ時間ですわね。今日はありがとうございました。私が元気になったらまたお話を聞かせて下さいね!!」

 

 

 名残惜しいが本当に時間である。

 ラナーは退出していくモモンガとツアレに、今出来る精一杯の笑顔で見送るのだった。

 

 そして部屋には自分独りだけが残る。

 

 

「とりあえず布石は打てたわね…… ふふ、フフフフ、アハハハッ!! あー、なんて素敵なのかしら。これが生きている感覚なのね。でも嫉妬しちゃうわ…… あんな素敵な人の視線を独り占めしているなんて…… 私ももっと自由に会えたなら……」

 

 

 ラナーは口を大きく開いて笑う。口が裂けるように広がっていき、三日月のようだ。

 そして、これからの事を考える。久しく考えていなかった未来の事だ。やりたいこと、やるべき事が山の様に浮かんでくる。

 

 

「こんな事なら見た目にも、もっと気を使えば良かったわ。こんな顔じゃ王女とすら気づかれなかったでしょうし」

 

 

 今まで健康等どうでもいいと蔑ろにしていたが、これからはそうはいかない。

 さっさと調子を戻して、最高の状態の自分を彼らに見せたい。

 今なら食事はいくらでも取れそうだ。

 

 

「そうだわ。こんな腐った国じゃ来たくなくなるわ。どんどん改革案を出さないと」

 

 

 自分が変わるだけではダメだ。身の回りも綺麗にしておかなければ、二人を招待することも出来ない。

 自分にかかれば国を良くする策など、それこそいくらでも思いつく。

 

 

「あぁ、でも手っ取り早く一緒にいるにはどうしたらいいかしら。宮廷魔術師になってもらう? それとも私専属の騎士? 家庭教師がいいかしら?」

 

 

 国をどうにかするより、さっさと壊してしまって逃げた方が早いかも。

 そんな不穏な考えすらも頭をよぎる。

 しかし、やり直しの利かない計画に走るのはまだ時期尚早だ。

 

 

「あなたたちの事をもっと調べないとね。でも先ずは何から始めましょうか――」

 

 

 ラナーはひっそりと動き出す。

 しかし、その事に王城にいる者は誰も気がつかない。誰にも気がつかせずに彼女の計画は進んでいった。

 

 ――王都で御前試合が開かれる。

 

 ある時そんな先触れが出され、国中に広まっていく。

 その事がモモンガ達の耳に入るまで、そう時間はかからなかった。

 

 

 

 




モモンガ様のミラクルが引き起こす全力のすれ違いです。
これで心置きなくラナーが動けます。

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