オーバーロード 拳のモモンガ   作:まがお

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御前試合

 モモンガがこの世界に来てから大体一年が経とうとしていた。

 ユグドラシルのサービス終了時、こんな事になるとは当たり前だが全く想像もしていなかった。ツアレと共に好奇心のままに進む冒険の毎日、それは夢の続きの様な日々でとても充実している。

 リアルでの事を思えば自分も随分とフットワークが軽くなったものだ。

 元いた世界で結婚や恋愛経験がある訳ではなく、ましてや子供と関わる機会なんて全く無かった。そんな自分が子供を連れて旅をしているなど、彼らが知ったらどう思うだろうか。笑うか、心配するか、それとも何も思わないか。

 

 

「一年か…… 時間が経つのが早く感じるよ。なんだか濃密な毎日だったな」

 

「もうそんなに経つんですね……」

 

 

 ツアレとの付き合いも一年という事だが、彼女にとっては妹を失ってから一年という事でもある。

 モモンガはこれまで一緒にいて、ツアレが泣いているのは最初の一度しか見たことが無い。家族を失ったのに本当に強い子だと思いながら、その顔をぼんやりと眺めていた。

 そんな時、ふと自分の母親の事を思い出す。

 物心ついた時には父親はおらず、たった一人で自分を育ててくれた。自分の学費を稼ぐために身を粉にして働き、死んでしまった唯一の家族。

 

 

(滅多に思い出す事すらないなんて、俺も親不孝な子だな……)

 

「私の顔に何か付いてますか?」

 

「いや、ツアレが独り立ちしたらどんな生活を送るのかと思ってな。今年で十四歳になるのだろう?」

 

 

 この世界では十六歳程で成人と見なされるそうだ。モモンガ自身は小卒で働いていたので、これが早いのか遅いのかは分からない。

 別に成人になったら直ぐに独り立ちさせる訳では無いが、この調子だと気づけばあっという間にツアレも大人になると思っていた。

 

 

「っ気が早いですよ。私なんてまだまだ子供で、半人前ですから……」

 

 

 それよりもと、ツアレは少し前から巷で話題になっている事に話を変えた。

 

 

「そういえば、この国でもうすぐ御前試合があるそうですね!!」

 

「確か、何年か振りに行われるんだったか。酒場でも話題になってたよ」

 

「モモンガ様は興味ないんですか? 魔法使いの大会もありますよ?」

 

「うーん、賞品に興味はあるが、悪目立ちするのは避けたい。でもなぁ……」

 

 

 モモンガもこの話については知っていた。

 どうやら今年行われる御前試合は今までよりも大規模なものらしい。

 異例の事だが、戦士が戦う大会と魔法使いが戦う大会の二つが行われるようだ。

 更に優勝者以外でも試合で実力を示す事ができれば、身分に関係なく取り立ててもらえるともっぱらの噂だった。

 一部の貴族達が使える人材を発掘する為の場ではないか。そう考える者も酒場にはいたが。

 どちらにせよ、この国最強という称号に憧れて参加する者も多いだろう。

 

 そしてモモンガを非常に悩ませているのは優勝者に与えられる賞品、権利の一つ――

 

 

「金貨百枚の賞金、または王家の五宝物を見せてもらう事が出来る。この二つから選べるんだよなぁ」

 

「負ける事は微塵も考えてないんですね」

 

「ツアレは私が負けると思うのか?」

 

「いえ、全く。魔法なら会場ごと吹き飛ばせそうです。戦いなら武器がいらないどころか、指一本でも勝てるんじゃないですか?」

 

 

 正直なところエルフ王以上の相手じゃなければ問題ない。以前闘技場で戦ったアダマンタイト級冒険者ですら、おそらく40レベルも無かっただろう。30に届いていたかもあやしいものだ。

 如何に自分が弱体化したとはいえ、その程度の相手に負ける気はしない。

 

 

「大会の概要を読んだが、五宝物を見る場合は家族や友人、鑑定役などを一人だけ連れて来れると書いてあった」

 

「えっ、それじゃあモモンガ様が勝ったら私も一緒に見られるんですか!!」

 

「ああ、鑑定は私の魔法でやればいい。五宝物の剣が漆黒の剣なのか、確認出来るまたと無い機会ではある」

 

「出ましょう!! 是非とも出ましょう!!」

 

 

 ツアレはチャンスだと興奮している。

 しかしモモンガは微妙に違和感を感じていた。

 

 

(御前試合の賞品に国宝を見れる権利なんて普通入れるか? 私もツアレも丁度見たかったからいいんだが……)

 

「そうだな、チャンスには変わりない。正体は隠して出てみるか」

 

 

 自分はそういった事に詳しくないし、もしかしたら伝統なのかもしれない。

 これ以上考えてもしょうがないと、モモンガは御前試合に出場する事に決めた。

 

 

 

 

 御前試合が近日中に迫ってきた。それによって王都は普段より多くの人で賑わっている。行き交う人の中には鎧姿やローブ姿の者、武器や杖を持っている人も多い。御前試合に参加するため、離れた都市からもやって来ているのだろう。

 そんな中、一際目を引く戦士が一人の少女と一緒に大通りを歩いていた。

戦士は全身を漆黒のフルプレートで覆い、巨大なグレートソードを背中に二本も背負っている。

 もちろんその二人はモモンガとツアレである。魔法で作った装備品を纏った『モモン・ザ・ダークウォリアー』スタイルだ。

 

 

「せっかく魔法の大会もあるのに、わざわざ戦士の方で出るんですか?」

 

「ああ、第3位階程度の魔法までしか使わないとなると流石に弱すぎてな」

 

「弱い、ですか?」

 

 

 ツアレから見たモモンガは魔法も近接戦闘も何でも出来る超人だ。

 だが実際にモモンガが魔法を使うとなると、高位階の魔法を使ってもほとんど火力は出せない。

 同位階の魔法で比べると、銀級冒険者の魔法詠唱者(マジックキャスター)よりも弱い威力しか出せないだろう。

 

 

「それに魔法詠唱者のモモンガとして普段は旅をしているからな。これならモモンガという存在が後々目立たないで済むだろう」

 

「そうなんですね。あっ、そうだっ!! 今回の登録名は私が考えていいですか?」

 

「ん? まぁ別に何でもいいから構わんが……」

 

「物語の登場人物の名前とか、そういうの考えるのってちょっと楽しいんですよね」

 

 

 ツアレも自分で物語を書く内に、いつの間にかそういった楽しみに目覚めたのだろうか。自分も魔王ロールが好きだったので、設定などを考えるのが楽しいというのは共感できる。

 モモンガとしては以前闘技場で使った『モモン・ザ・ダークウォリアー』でも良かった。しかし、ツアレが楽しそうにしているので、御前試合に出場する際の名前は任せる事にしたのだった。

 

 

 

 

 御前試合の前日。

 王城の一室では一人の少女が、明日の試合を今から楽しみにしていた。

 

 

「わざわざ五宝物が見れるように賞品をねじ込みました。魔法詠唱者が出られる仕組みも作りました。あわよくば自分の専属にする為の前準備も…… ふふふっ、後はモモンガ様が優勝して、授賞式の際に私が王女だとバラすだけね!!」

 

 

 目をキラキラと輝かせて、今までの苦労を一人で呟く少女――リ・エスティーゼ王国の第三王女ラナーである。

 明日のために様々な策を弄し、その上短期間で健康も取り戻そうとしたのだ。その努力は並では無い。

 

 

「それにしても準備が間に合ってよかったわ。まぁ、あの程度の事なら簡単ですけど」

 

 

 王国での魔法詠唱者の地位は低い。扱いが悪く、魔法使いの大会など行われるはずが無かっただろう。しかし――

 

――帝国が出来る事を王国が出来ないままでいいのか。次の戦争で我が国の力を思い知らせてやる。

 どこかの馬鹿にそれを言わせるだけでいい。

――国宝を見せるだけなら実質費用はかからない。わざわざこんな事に金を使ってやる事もない。

 どこぞの愚か者にそう思わせるだけでいい。

――最近は物騒ですし、お父様が心配です。ああ、身分に関係なく本当に力のある人が私達を守ってくれたら良いのに……

 娘の安全をチラつかせて、身分と実力を天秤にかけさせるだけでいい。

 

 

「本当に彼らは単純で扱いやすい……」

 

 

 自分は直接関わらずに周囲の人間を動かしていた。私が直接何かをする様な事はない。

 だってそんな事よりも自分の美貌を取り戻す事に時間を使いたかったから。

 片手間に周りの人間を操りながら、適度な運動に栄養のある食事を摂る毎日を過ごした。マジックアイテムもポーションも以前使った時が嘘のように効果を発揮した。

 努力の甲斐あって今では髪もすっかり艶を取り戻し、肌にも張りがある健康的な肉体に戻った。

 『黄金』と呼ばれた可愛らしさを完璧に復活させたのだ。

 

 それも全てはモモンガに今の自分の事を印象付けるため。過去の見窄らしい姿の自分なんて早く忘れて貰いたい。

 モモンガへの呼び方が変わっているが、どこかのチョロインも『……がんばれ、ももんさま』なんて急に言い出す事があるくらいだ。この程度は些細な変化である。

 それに次に会うときは第三王女として会うのだ。多少の事は相手も別に不思議に思わないだろう。

 

 

「それにしても、まだ参加者名簿の中にモモンガ様のお名前が無いわ。帝国の闘技場ではそのままの名前で出ていたはずだし、王都から出たという情報も無い…… うん、当日参加よね!!」

 

 

 夢を見る様になった少女は少しだけ冷静さが落ちていたのかもしれない。

 戦士の大会側の名簿にはとある名前があるのだが、魔法詠唱者のイメージが先行した為に見落としてしまう。

 モモンガの行動を読み切れる様になるには、まだまだ時間が掛かるようだ。

 

 

 

 

 御前試合当日。空は雲一つなく晴れ渡り、春の陽射しが暖かな風を運んでいる。

 ロ・レンテ城の周りにある、城壁で囲まれた広大な土地。その一角にはこの日の為に試合会場が用意されていた。

 厳重な警備の元、一般の人が観覧出来るように土地の一部が解放されている。娯楽の少ない民衆からは好評である。

 四方に観覧席が設けられ、正面の一段高い位置に国王であるランポッサ三世の姿があった。

 

 

「――そして、先に公言していたように、優勝者は二つの権利より一つを選ぶ事が出来る。ランポッサ三世の名においてその事を約束しよう。ではここに御前試合の開催を宣言する」

 

 

 お決まりの挨拶を聞き流しながらモモンガは出場する選手を見ていた。

 闘技場と同じ感覚で来たが、どうやら自分が着ている装備は周りよりもかなり豪華に見える。

 国で最強を決めるならそこそこ強い奴が出て来るかもと、聖遺物級(レリック)の性能で用意したがやり過ぎたかもしれない。

 そんな事を考えていると大会はどんどん進行していき、次々と名前が呼ばれ始めた。

 

 

「呼ばれた者は前に。第一回戦の次の試合はブレイン・アングラウス。そして対戦相手はモモン・ザ・デスナックラー」

 

「よし、いくか」

 

 

 ツアレが考えてくれた名前が呼ばれ、試合場の開始位置に立った。

 

 

(うんうん、シンプルだが中々悪くない名前だ。モモンというのはそのままだが、ツアレはセンスがあるな)

 

 

 ツアレのネーミングセンスはモモンガ寄りだった。

 元からこうだったのか、この一年でこうなったのかは定かでは無い。

 

 

「俺の対戦相手はお前か。全身鎧に馬鹿でかい剣が二本。一人だけ派手な装備だから目立ってたぜ。王家に仕えるのが目的か?」

 

「いや、それは興味がないな。五宝物を見るのが目的だ」

 

 

 対戦相手はボサボサの髪に無精髭を生やした男性。引き締まった肉体をしており、普通のロングソードを手に持っていた。

 男の質問にモモンガは真面目に答えたが、相手は予想外だったようで驚いている。

 

 

「そうか、そりゃ悪かった。てっきりパフォーマンスのつもりかと思ったが」

 

「この二本の剣は飾りでは無いさ。そういう君はどうなんだ? ブレイン・アングラウスよ」

 

「俺は剣に関しては天才でな。ここらで自分の強さを証明したいだけだ」

 

 

 審判の合図とともに両者は武器を構える。

 モモンガがグレートソードを両手で一本ずつ持った事で、周囲からは驚きの声が上がる。

 見掛け倒しじゃないと理解したのか、対戦相手は顔を引き締めた。

 

 

「先手は譲ってやる。どこからでもかかって来い」

 

「その余裕、叩き潰してやるぜ!! 武技〈能力向上〉〈斬撃〉!!」

 

「ふんっ!!」

 

 

 袈裟懸けに振られた一撃をモモンガは容易く受け止める。そのまま鍔迫り合いに持っていくこともなく、相手の体を力任せに吹き飛ばした。

 

 

「っ!? いってぇ、何だその馬鹿力……」

 

「言ったはずだ、飾りではないとな」

 

「おもしれぇ。そうだ、俺が望んでいたのはこういう相手だ。強い奴と戦わなきゃ、ワザワザこんな試合に出た意味がない!!」

 

 

 男は好敵手を見つけたような顔をし、獰猛な笑みを見せる。

 天才だと自分で言っていたが、もしかしたら対等な相手がいなかったのかもしれない。

 

 

「モモンって言ったな。まさか初戦で使う事になるとは思わなかったが、お前に俺の切り札を見せてやる。武技〈瞬閃〉!!」

 

 

 腰だめに構えた剣が全力の踏み込みに合わせて振り抜かれる。その速さは先程の一撃とはまるで違う。

 高速の一撃が不可視の剣速にまで達する、ブレインのオリジナル武技。

 それはモモンガの反応を超え――

 

 

「ふんっ!!」

 

「何っ止められ!?――ぐはぁっ」

 

 

 ――られなかった。

 モモンガは先程と全く同じように受け止め、そのまま今度は地面に押し潰すように剣ごと叩きつけた。

 

 

「が、あ……」

 

「勝者、モモン・ザ・デスナックラー!!」

 

(うわぁ、今更だけど初心者狩りをしてる気分だ…… 殺さない様にだけは気をつけないと!!)

 

 

 相手が完全に伸びているのを確認し、審判は勝者の名を告げる。

 モモンガは悪い事をしてると思いながら、参加者が想像以上に弱いと判断して別の意味で気を引き締めた。

 

 ――そして遂に決勝の時が来た。

 モブに活躍の場は無いので、途中の試合は全て割愛する。

 

 

「ガゼフ・ストロノーフだ。デスナックラー殿、お互いに良い試合をしよう」

 

「こちらこそよろしくお願いします。ストロノーフさん」

 

 

 決勝の相手は年季の入ったバスターソードを持っていた。そして驚く事に短く刈りそろえられた髪の色は黒い。

 この辺りでは珍しい黒髪黒目の容姿だ。ただし顔の彫りは深く、ワイルドな顔つきで自分とは似ても似つかない。

 

 

「ではいくぞ!! 武技〈能力向上〉〈流水加速〉」

 

 

 相手は序盤から武技を使って攻め立てるが、モモンガからすれば遅すぎて簡単に受け止められる。

 今までの様に剣で殴って終わらせようと、加減しながら二本の剣を振るった。

 

 

「くぅっ!!〈即応反射〉〈要塞〉!!」

 

「……ほう、今のを耐えるか」

 

 

 しかし相手は無理やり体勢を整えて一本目の剣を躱し、もう一本は防御系の武技を使って受け止めていた。

 手加減しすぎたのかもしれないが、これにはモモンガも素直に感心していた。

 

 

「はぁ、はぁ、デスナックラー殿。あなたは俺の遥か高みにいるようだ…… だが俺にも剣士としての意地がある。たとえ届かずとも、最後の剣に全力を込めさせてもらう!!」

 

「ヤケになるのでは無く、力の差を理解した上で挑むか…… 私も貴方の在り方に敬意を表し、その技を真っ向から受けましょう」

 

 

 ――感謝する。

 そう言って笑ったガゼフは、今出せる自身の最高の技を放った。

 

 

「うおぉぉっ!! 武技〈四光連斬〉!!――」

 

 

 

 

 モモンガとツアレはこれから見られる物に期待し、ワクワクしながら王城の通路を進んでいる。

 

 ちなみに御前試合の結末や、ランポッサ三世の勝者を讃える有難い御言葉は全てカットである。

 本当は授賞式で国王自らモモンガを勧誘したり、それを断られて一悶着があった。

 更に国王は準優勝のガゼフもその実力を認め、取り立てられた事に恩義を感じた彼が忠誠を誓う感動のシーンがあったのだが割愛する。

 魔法使いの大会だが、モモンガがいないと分かった途端に見ていたラナーは消えた。

 特筆すべき事はそれだけだ。

 

 先導していた兵士が部屋の前で止まり、扉をノックした後一礼して去っていった。

 

 

「中までは案内しないのか。というかこれは入っていいんだろうか」

 

「中に誰かいるんでしょうか?」

 

 

 ――どうぞ入って来てください。

 迷っていると中から入室を許可する女の子の声がした。この声はどこかで聞いた事があると、モモンガとツアレは頭をひねる。

 しかし、長々と待たせる訳にもいかず、扉を開けるとそこに居たのは――

 

 

「お久しぶりですわ。モモンガ様、ツアレさん」

 

 

 黄金といっても過言では無い、輝くような笑顔の少女が立っていた。

 

 

 

 

 モモンガが戦士側の大会で優勝が決まった後の事。

 優勝者の名前と一緒にいる少女の事を聞いたラナーは気がついた。そして自分の失態を挽回するべく、直ぐさま行動を開始する。

 

 

(迂闊でした…… 正体を隠す事は想定内。でもまさか戦士の大会に出ているなんて)

 

 

 過去に帝国の闘技場では魔法詠唱者として、そのままの名前で出ていた事は調べがついている。しかし一度あった事でも今回もそうとは限らない。

 旅人であるモモンガが優れた魔法詠唱者である事を隠すメリットとデメリット。帝国の闘技場では良くてこの国ではダメな理由。わざわざ戦士のフリまでして、得意の魔法で戦わずに勝てる確率を減らす意味。

 どれも一貫性や合理性に欠け、正確な答えは分からない。

 

 

(モモンガ様、貴方は私の想像をこんなにも簡単に超えてくれるのですね。嬉しいけど、今は少し悔しい気持ちがあるわ……)

 

 

 しかし、多少の近接戦闘が出来る事は予想出来ていたのだから、戦士として出場する可能性も考えるべきだった。まだまだモモンガに対する情報収集が甘かったと言わざるを得ない。

 

 

(大丈夫。五宝物を見に来るのは確実のはず…… 時間がもう少ない、それなら!!)

 

「あっ、ちょっといいかしら」

 

「これはラナー王女様。このような所でどうされたのですか」

 

「貴方は確か大会の優勝者を案内する役目よね? 実は――」

 

 

 即席の計画を実行するため、臣下の一人に声をかける。

 ラナーは一つでも目的を達成しようと、自分らしからぬ強引な手段に踏み切ったのだった。

 

 

 

 

「お久しぶりですわ。モモンガ様、ツアレさん」

 

「貴方はどこかで――っいや何故私の名前を!?」

 

「観察力には自信がありますから」

 

「もしかして…… ティエールさん?」

 

「正解です、ツアレさん」

 

 

 どこかで見たことがあると感じたが、あまりにも纏う雰囲気が違ったために気がつかなかった。

 今見ると納得できるが、体型といい、目の輝きといい、完全に別物だったので二人とも最初は分からなかったのだ。コールタールの瞳がサファイアになったと言えば違いが伝わるだろう。

 服装も綺麗なドレスを着ており、頭には小さな王冠のような飾りまで付いている。見違えるように変化した彼女はまるでお姫様だ。

 

 

「改めて自己紹介を、私の名前はラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ。この国の第三王女です」

 

「えっ?」

 

「前は秘密にしていて、ごめんなさい」

 

 

 訂正、本当にお姫様だった。

 

 

「これは失礼しました。王女様」

 

「そんなに畏まらなくていいですわ。ラナーと呼んでください」

 

「しかし……」

 

「……ダメ、ですか?」

 

「分かりました、ラナー様」

 

 

 モモンガは王族に対して失礼の無いようにしたかったが、このように上目遣いで頼まれると断りづらい。

 

 

「ふふっ、嬉しいです。ツアレさんもそう呼んでくださいね」

 

「は、はい。ラナー様」

 

「それでは早速ですけど、王家の五宝物を紹介しますね」

 

 

 案内された先には四つの装備品が飾られていた。この部屋には自分たち以外誰もいないが、警備体制とかはどうなっているのだろう。隣の部屋に待機でもしているのだろうか。

 そんな事が気になりつつもラナー王女に許可を取り、モモンガは順番に鑑定魔法で調べていった。

 

不滅の護符(アミュレット・オブ・イモータル)』――HPの自動回復が出来る癒しの効果を持つ護符。

守護の鎧(ガーディアン)』――致命的な一撃を避ける魔化が施されたアダマンタイト製の鎧。

活力の籠手(ガントレット・オブ・ヴァイタリティ)』――疲労無効化の効果を持つ籠手。

剃刀の刃(レイザーエッジ)』――鋭利さに特化した魔化が施され、防御系のパッシブスキルを貫通できる魔法の剣。

 

 唯一『剃刀の刃』だけが『邪剣・ヒューミリス』と同様に気になる効果だった。

 しかし、これは漆黒の剣では無かったようだ。

 

 

「残念と言っていいのかは分からないが、これは漆黒の剣では無かったようだ」

 

「大丈夫ですよ、モモンガ様。それならまた探す楽しみがあるんですから」

 

 

 ツアレは単純に国宝を見られただけでも嬉しかったようだ。もしかしたら自分のコレクションを見せれば案外喜ぶかもしれない。

 ユグドラシルでPKした数など数え切れない程だから、戦利品もそれこそ山のようにある。整理し切れなかった物が無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)の中にテキトーに詰め込んであるだろう。

 

 

「ところで後一つはどこにあるのですか?」

 

 

 今のところ四つしか見当たらない。一つだけ別の場所に置いてあるのだろうか。

 

 

「ああ、それは……ええっと……」

 

「何かあったのですか?」

 

 

 ラナー王女が視線を泳がせたのを見て、モモンガは何かあったのではと考える。

 

 

「わ、私です!!」

 

「……えっ?」

 

「私が、王国の宝で、『黄金』と呼ばれる、ラナー、です……」

 

「……」

 

 

 段々と尻すぼみになっていく少女。無言のモモンガ。どう反応したら良いか分からず、こちらを見ているツアレ。

 なんと凄い事か、この少女は骨の耐性すらも貫く〈時間停止(タイム・ストップ)〉を使ったのだ。

 

 

「な、なるほど!! 確かにラナー様の美しさは国宝ですね。その可愛らしい笑顔はどんな宝石よりも価値があるでしょう!!」

 

 

 元営業職の鈴木悟、現在アンデッドのモモンガは空気を読むという大人の対応――もといヤケクソでこの場の空気を吹き飛ばそうとした。

 

 

「あ、ありがとうございます…… 五宝物を見る権利ですから。是非、私の事も…… よ、良くっ、見て、ください、ね……」

 

(ふふふ、完璧ね)

 

「ええ、こんなに素敵な可愛い女の子は滅多に見られるものでは無いですから。なぁツアレ!!」

 

(恥ずかしいっ!! いったい俺は何を言っているんだ!? 何故この歳で黒歴史を量産しているんだ!!)

 

「そうですね、モモンガ様。ラナー様はとても可愛らしいですよね」

 

(ラナー様は確かに可愛らしい。目がぱっちりしてて、髪も私より綺麗で、私なんかよりも…… うぅ、でもでもっ!!)

 

 

 ラナーは見事最初の思惑通り、今の自分を強烈に印象づける事に成功したのだった。

 

 

 

 




男の出番が少ない……
ブレインはまた出せるといいなぁ。

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