偽装工作で色々と問題が発生したが、貴族の家から誰にもバレる事なく無事に抜け出してきたモモンガとツアレ。
ツアレから周辺の都市や国の名前などは聞くことが出来たため『
とりあえず今は屋敷から離れるように適当に歩いている。
「逃げ出して来たはいいが…… これからどうしよう……」
「分からないです……」
歩いている途中にツアレからその格好は目立つと控えめに言われたため、今のモモンガは地味なローブに着替えている。
仮面と手袋をする事でアンデッドの要素は完全に隠せたが、モモンガの今の恰好は不審者にしか見えないだろう。
「そうだなぁ、私もこの世界に来たばかりだから何をすればいいのか分からん。ツアレは何かしたい事はないのか?」
隣を歩く骸骨は私に意見を求めてきた。
自分はモモンガの事を神様だと思っているが、本人はただのアンデッドだと言い張っている。
それが本当かどうかは分からないが、凄い力があるのに威張らないし今もツアレの事を気にかけてくれる変わった骸骨。
「私は…… ないです。やりたい事なんて思い浮かびません。モモンガ様、どうして、どうして私を殺してくれなかったのですか?」
失礼な事を言っている自覚はあったがそれでも聞かずにはいられない。
ツアレには分からない。モモンガが自分を連れて行く理由も、わざわざ生かす理由も。
モモンガが本当にただのアンデッドならなおさらだ。
「……私も君と同じくらいの歳かもう少し幼かった頃、母を亡くして一人になった。父親は物心ついた頃には既にいなかった――」
モモンガが昔を思い出すように語った過去はツアレには思いもよらないモノだ。骸骨に親がいるなど予想もしていなかった。
どこにでもあるような貧しい家族の話。それを聞いてこのアンデッドは神ではなく、元は普通の人間だったのだと初めて納得した。
「――だからかな。ほっとけなかったんだ。それにツアレの両親や妹さんも君の死を望んでいるわけないじゃないか。きっと生きて欲しいって願ってるよ。いや、これも言い訳だな…… 俺が、一人なのが寂しかっただけだ……」
「っでも、私にはもう……」
ツアレはどうすればいいのか分からない。妹を失い、一人で生きていく目的も気力もないのだ。
「……なら妹さんが出来なかった事を代わりに全部してみるのはどうかな? どうせ死ぬなら天国で家族に会った時、胸を張って良い思い出を報告する方がいいだろう?」
「妹の、やりたかった事……」
「ツアレが一人で立てるようになるまでは俺が一緒にいるよ。俺は不死だから、ツアレより先に死ぬ事はない。絶対に置いていかないと約束する」
モモンガ様は優しい声で私に語りかけてくる。受け止めきれなかった想いが涙となって溢れてくる。
今になって私は家族の死を、独りぼっちになった事実を受け入れて声をあげて泣き続けた。
「……っ!! うっうっ、……ぁぁぁぁぁっ!!」
「よしよし、悲しみを涙で流せるのは良い事だぞ。俺にはもうそんな事は出来ないからな……」
私が泣いている間、モモンガ様はずっと背中をさすってくれた。
今よりもっと幼い頃、両親が泣いていた自分を慰めてくれた時の事を思い出して、また泣きたくなったが我慢する。
「……っ、もう、大丈夫で――」
――くぅ〜
可愛い音がお腹から聞こえ、ツアレは恥ずかしくてまた泣きたくなった……
「はっはっはっ、まずやることは腹ごしらえで決定だな」
「うう、恥ずかしい……」
「気にすることはないさ。たくさん泣いたからお腹が空いたの――」
――ぐぅ〜
何も無い空っぽな骨のお腹から、可愛くない音が響いた。
「……えっ!? 俺、お腹空くの!?」
「思いっきり鳴りましたね……」
骨のお腹が鳴ったことにツアレは驚いたが、一番驚いていたのはモモンガ本人だった。
とりあえず二人のやることは決まった。
「よし、向こうの方角に別の国があるのだったな? 気分を入れ替えるためにも新天地でご飯を食べよう」
「えっ? でも山の向こうにあるので遠いですよ?」
「ふふっ、私にかかれば一瞬さ〈
モモンガが魔法を唱えると、現れたのは空中に浮かぶぽっかりと空いた闇。
ツアレは恐る恐るその闇に近づいていく。
(――私、あなたが見れなかったモノも出来なかった事もいっぱいやってみる…… 次に会う時に全部話してあげるから、お父さんとお母さんと天国で待っててね……)
ツアレは心の中で妹に別れを告げ、しっかりと決意を固める。
ゆっくりと手を伸ばし、妹が絶対に経験したことのない最初の一歩を踏み出した。
寂しがり屋でお節介なアンデッド。始まりは自身の寂しさを紛らわすため、モモンガがツアレを連れて行こうとするのはただの同情かもしれない。
それでもツアレにとって――
◆
リ・エスティーゼ王国から東にある国、バハルス帝国。
弱冠十六歳の皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスが治める国である。しかし、この皇帝は若いからといって侮る事は出来ない。
彼は十代前半で帝位を継いでから無能貴族の位を取り上げ、有能であれば出自に関係なく取り立てるといった画期的な政策を執り行った。
時に非情とも言える策すら取り、二代前から準備していた専制君主制を自らが帝位を継いでから僅か数年で成し遂げた。
その苛烈なやり口と貴族への粛清から『鮮血帝』とも呼ばれたが、国は豊かになり民も希望に満ち溢れているため間違いなく優秀な皇帝である。
モモンガはそんな国の成り立ちや事情など全く知らないが、魔法でチョチョっと小細工する事で関所などを全てスルーし、ツアレと共に活気ある街を歩いている。
「ほぉ、凄い人通りだ…… 見たところ中世ぐらいの文化なのか?」
「中世? というのは分からないですけど、確かに凄い人ですね。王国よりも活気がありそうです……」
田舎者のようにキョロキョロと辺りを見回していたが、モモンガはふと疑問に思う。
(看板の文字が読めない…… 言語が違うはずなのに言葉が通じている? いや、よく見たら口の動きと言葉が合ってない。自動で翻訳されているのか?)
少しだけ考えるが答えも出ないため、そういうモノとして受け入れて流す。
「さて、空腹も限界だから早いとこ店に入りたいが…… お金ってこれでいけるのか?」
「綺麗…… でも見たことない金貨ですね。ウチの村には金貨なんて無かったですけど、少なくとも貴族が持っていたのとは違います」
モモンガが取り出したのはユグドラシルの金貨だ。それを見たツアレの感想を聞き、とりあえずこのままでは使えないと考えた結果――
「――よし、今の握力ならイケるな。握り潰して金塊に変えてしまおう」
「待ってください!! 金貨握り潰すってなんですか!? 両替してくれる所を探しましょう!!」
力技に頼ろうとしたモモンガを止めたり……
「ココなんだろうな? 通り抜けることが出来そうだ」
「駄目です!! 立ち入り禁止って書いてますから!!」
フラリと危険な場所を通ろうとしたり……
「ええいっ、もう面倒だから魔法でパパッと金貨を燃やして再加工すれば――」
「何する気ですか!? 街中で魔法はやめてください!!」
ツアレは一時的に空腹も忘れるほどに神経を使ったのだった……
「――疲れました……」
「わ、悪かった…… 好きなものを食べて良いから許してくれ」
なんとかお金を用意する事に成功したモモンガ達は目についた料理屋に入る。席に着いた途端にツアレはテーブルに突っぷした。
関所を全てスルーしてこの国に侵入した辺りからツアレは薄々思っていたが、この骸骨はきっとこの辺りの常識が無い。ごくごく当たり前のように問題を起こそうとしている。
脳味噌も筋肉もない空っぽの骨のくせに行動が脳筋すぎである。
ここに来るまでの数々のトラブルにより、ツアレが最初に抱いたモモンガに対する神様的な崇拝の念はさっぱり消えている。
この骨はただの寂しがり屋で、頼りになったりならなかったりと子供のような大人――というのが彼女の感じたものだった。
やがて美味しそうな匂いをさせた料理が運ばれてきた。限界だった空腹がさらに刺激され、食欲も増して口の中に涎が溢れてきた。
テーブルに置かれた料理はどれも一般的な料理ではあるのだが、村で素朴に暮らしていたツアレにはとてつもないご馳走である。
「いただきます。さて、実験がてら食べてみるとするか」
「えっ!?ちょっと待って――」
昼時を過ぎて店に客が少ないとはいえ、全く人目がないわけではないのだ。
モモンガが堂々と仮面を外そうとしたので、ツアレは慌てて止めようとするが間に合わずに仮面は外されてしまう。
しかし、仮面の下に現れたのは骸骨の顔では無かった。
「――ください!! ってあれ!? 顔が……」
「ん? ああ、私が人間だった頃の顔だよ。冴えない見た目だろうが、一時的に幻術で誤魔化す分にはいいだろう。長時間は持たないから食事の時以外はまた仮面をつけるよ」
この辺りではほとんど見かけない黒髪で、彫りの少ない地味な顔立ちだった。珍しいタイプの顔だが老けている感じはしないのでまだ二十代くらいだろう。
取り立てて整った顔ではないが優しげで人の良さそうな感じがあり、ツアレにはどこか惹かれるところがあった。
「……っ!! そうならそうと先に言って欲しかったです!!」
「ふふっ、それはすまなかった。さぁ冷めないうちに食べよう」
モモンガに促され、スープを掬って一口。自分たちの住んでいた場所には無かった味付けだが、野菜や肉の旨味が香辛料と合わさり空腹の体に染み渡っていく。
――おいしい……
初めて食べる味わいに嬉しくなって、ツアレはモモンガの方を向き声をかける。
「モモンガ様、このスープおいしいですね――ぇぇえ!?」
「ああ、これが本物の肉…… これが食事かぁ……」
モモンガはありふれた串焼きの肉を齧っただけで、感嘆の声を上げるほど大げさに感動していた。
しかし、喜びで顔が震えて幻術が消えかけ、骨の顔が透けている。完全にホラーである。
好意的に見ても肉を食べて昇天してるようにしか見えない。
「モモンガ様!? 顔、顔!! えっと汚れてるから拭いてあげますね!!」
「ぶはっ!? ちょっと、自分で拭ける!! 拭けるから!!」
とっさにおしぼりをモモンガの顔に叩きつけて、骨の部分を隠すツアレ。
幸いモモンガがアンデッドである事はバレなかったが、少し騒いだため店員からの視線が痛い。
幻術の顔に少しでもときめいた自分が恥ずかしい。骨はしょせん骨だった。
(こんな食事が出来るなんて異世界も悪く無いかもしれないな。あんな世界よりは何処だってマシかもしれないが…… でも何故食えるんだ? アンデッドの特性的に考えておかしいが――っは!?)
この世界に来て初めての食事に大満足しているモモンガだが、気づいてしまった。
アンデッドの特性がほとんど消えている。
全て試したわけでは無いが、アイテムも魔法も
――『嫉妬する者たちの代行者』
デメリットをロクに読まずに使った、運営からの最後の贈り物。
モモンガの行動が脳筋っぽいのもコレの影響なのかは不明である。
(アレのせいか!? 食事が出来るのは嬉しいけど、多分精神作用無効化も消えてるしどんだけデメリットあるんだ。下手したら今の俺は即死魔法とか効いちゃうんじゃ…… 後で色々実験しよう)
何はともあれ食事を楽しみ、これからの予定を立てるモモンガとツアレだった。
◆
とある貴族の館、人一人いない屋敷の中であるアンデッドが暴れている。
「ヴォッ!! ヴォォ!! ヴォォォォ!!」
モモンガが偽装工作として創造していた『
彼はモモンガから頂いた使命を果たすため、拳を振るい続けている。
『うーん、そうだなぁ…… よし、アンデッドが暴れた感じも演出しないといけないから、とりあえずテキトーに壁でも殴っといてくれ』
テキトーだなんてとんでもない。主の御命令は絶対、手を抜くなどもってのほかである。
故に屍収集家は心を込めて壁を殴る。
騒ぎに気づいた人間達が逃げていくが気にもしない。今の彼の使命は壁を殴る事である。アンデッド故にその身体が朽ち果てるまで壁を殴り続けることが出来る。
いつまでも、いつまでも……
「ヴォッ!! ヴォッ!! ヴォォォォ!!」
こうして、ツアレを攫った貴族の館は更地となった。