オーバーロード 拳のモモンガ   作:まがお

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大人の計画

 雨の多くなる梅雨の季節がやってきた。

 そんなジメジメとした日が多くなる時期でも、魔法によって湿度や気温が快適な環境に整えられた執務室。豪華かつ機能的な部屋で青年――バハルス帝国の皇帝ジルクニフは今日も仕事に励んでいる。

 行政を担える人材をもっと用意してから貴族たちの粛正をすればよかった。いや、タイミング的にもあれがベストだったから仕方がないと、膨大な仕事をこなしながら文官の不足に悩んでいた。

 鮮血帝という呼び名が全く似合わないデスクワーク姿。ジルクニフは部下から上がってきた報告書に目を通していき、その中の一つを見て目を細めた。

 

 

「これは…… 予想よりも早い。いくら王国が愚か者の集まりとはいえ妙だ。誰かが裏で糸を引いているのか?」

 

 

 ――王国の崩壊が早すぎる。

 ジルクニフが見ていたのはリ・エスティーゼ王国についての報告書だ。

 元々の計画では毎年収穫期に戦争を仕掛け、国力を削って徐々に国を疲弊させてから乗っ取るつもりだった。

 だが、報告書には『八本指』と呼ばれる犯罪組織の勢力が増している事。貴族の腐敗や麻薬売買、違法な奴隷の存在など、王国内の治安の悪化が顕著になっているとある。

 国が弱る事自体は狙い通りだから問題はない。

 しかし、こんな組織が裏に潜んでいては自分が国を治める際に邪魔になる。麻薬で再起不能になった民など労働力にならず、先を見れば税収にも影響してくるだろう。

 あと五年は時間をかけるつもりだったが、そこまで待っていては支配した後の立て直しに苦労するだろう。

 頭の中で計算を終えたジルクニフは王国を手中に収める為、本格的に動き出すことを決めた。

 

 

「“雷光”を呼べ」

 

「畏まりました」

 

 

 近くに控えていた部下に四騎士の一人を呼ぶように伝え、他の仕事を処理しながら待つ事約三十分。

 

 

「お待たせいたしました、陛下」

 

 

 仕事モードで畏まって現れた部下を前に、堅苦しいのはいらないから楽にしろと伝える。その言葉を待ってましたと言わんばかりに、目の前の男――四騎士筆頭、“雷光”バジウッドは早速砕けた口調に戻った。

 

 

「今日は俺がやる様な目ぼしい仕事も無かったと思うんですが、何の用ですかい?」

 

「お前に預けてある、あの少年について少し聞きたくてな」

 

「クライムについて?」

 

 

 バジウッドはジルクニフが何故そんな事を気にするのか分からない。

 疑問の混じった声をあげるが、聞かれたからには意図は読めずとも正直に話し出した。

 

 

「そうですね。アイツを鍛え出してから一年程ですが、一般兵と同等かそれ以上にはなりましたよ」

 

 

 恐らくクライムの年齢は十五歳にも満たない。孤児の為出生は不明だが、精々十二か十三歳くらいの少年だ。

 どちらかというと小柄で体格的に恵まれていない事も含めて考えれば、大人の兵士と戦えるというのは破格の強さだろう。同年代ならば勝てる者はほとんどいないと断言できる。

 アイツの努力は常人のそれとは段違いですからね。根性だけなら帝国一ですぜ。

 自分が直接鍛えている事もあって、バジウッドは嬉しそうに弟子の事を話した。

 その評価を聞き、ジルクニフは顎に手を当てて少し考える。

 

 

「分かった。ならばクライムには今年の王国との戦争で手柄を立ててもらう。それを以って我が四騎士、いや五人目だから五騎士だな。その末席に加えよう」

 

「本気ですか、陛下!?」

 

 

 周りは年上ばかりだ。側に置く一人くらい年下の部下がいてもいいだろう?

 ジルクニフの本気とも冗談ともとれる態度に、バジウッドは信じられないとばかりに目を見開いた。嫉妬などではなく、単純に早すぎるという驚愕の表れだった。

 いくら自分がクライムを褒めたとはいえ、そこまでする理由が分からないのだろう。

 

 

「ああ、私もクライムの実力が他の騎士に比べて劣っているのは承知の上だ。だが、王国を手に入れる計画を早める必要が出てきたのでな。多少の手荒な方法を取るやもしれんし、民の反発を抑える為にも彼の様な存在が必要なのだ」

 

 

 冗談めかした態度から一転して、真面目に理由を話し出す。

 それを聞き、バジウッドは頭をひねって考え始めた。

 努力家、根性がある、正義感が強い、決して裏切らない精神性――彼の良いところをいくつも思い浮かべるが、クライムを騎士にする理由がイマイチ見えてこない。

 そんな様子に気付いたジルクニフは口元に笑みを浮かべて説明を続けた。

 私のイメージアップの為、王国を統治する際に人材を集めやすくする為――要するにクライムを広告塔にするのだと言った。

 

 

「クライムは元々王国の孤児だ。そんな子供でも帝国ならば要職につける。王国の人間にそれを示すには丁度いい」

 

 

 人材の流失は避けたいし、力尽くで従えても効率が悪い。優秀な者が自分から従ってくれるのなら、それに越した事はない。

 その為に四騎士の枠をわざわざ広げてでも、使える人間は出自に問わず受け入れると、国内外に分かりやすく示すのだ。

 子供の騎士を連れて動く事で、先行した『鮮血帝』の悪いイメージも多少は和らぐだろう。子供を大切に召し抱える慈悲深い皇帝、良いと思わないか?

 そんな説明を聞き、バジウッドは成る程と頷いた。

 

 

「流石にお前たちの様に部下を動かす権限までやる訳にはいかんがな。基本的には私専属の護衛とする事になるだろう」

 

 

 帝国の四騎士は皇帝から直接指示を受けて行動することもあるため、帝国内ではかなりの権限を持っている。

 しかし、権限があってもクライムが部隊の指揮をするのは無理だろう。周りから慕われているとはいえ、上に立つには若すぎるし経験も足りていない。

 

 

「陛下のおっしゃる事は分かりましたよ。ふぅ、これから急いでアイツを強くしないといけなくなりましたね」

 

 

 夢が叶うとはいえ、中身の無い御飾りの騎士だと言われては可哀想だ。

 バジウッドはクライムが必死に努力している事を誰よりも知っている。そんな風には絶対に呼ばせない。呼ばせてなるものか。

 誰にも文句を言わせないほど強くしてやろうと、密かに心の中で誓う。

 

 

「最低でも近衛の奴らを倒せるくらいには鍛えますよ。モンスターを倒しまくったり、死ぬ程実戦を繰り返せば何とかなるでしょう」

 

「ははは、幸運と災難が一緒にやって来るとはアイツも忙しい奴だ」

 

「そういう訳なんで陛下、俺とクライムにしばらくの間特別休暇を頂けませんか?」

 

「……良いだろう。二人とも公務扱いにしてやる。使う費用も全部経費にしてやるから、存分に鍛え上げてこい」

 

「流石陛下。話の分かる上司ってのは最高ですね」

 

「ただし結果は出してもらうぞ?」

 

「そりゃこっちも妻達と過ごす時間を返上するんですから、絶対に無駄にはしませんよ」

 

 

 バジウッドがニヤリと笑ったのを見て、ジルクニフは心の中で合掌した。

 今でさえ大人の兵士が音を上げるレベルの訓練をしている筈だ。それが仕事もせずに修行のみに力を入れるとなったら、一体どこまでするつもりなのか。

 

 

(何物にも屈しない、決して諦めない不屈の精神か。ここまでくれば努力が出来るというのも立派な才能の一つだな……)

 

 

「場合によっては計画の変更もあり得る。鍛えるのは直ぐに始めて構わんが、騎士にする話はまだ秘密にしておけよ」

 

「もちろん、分かってますよ」

 

 

 未来の騎士になるであろう少年――クライムの成長を楽しみに思いつつ、ジルクニフは再び報告書を手に取った。

 

 

 

 

 最近モモンガ様が怪しい。

 いや、体は骨だし、魔法使いでありながら拳で戦う事もしばしば。普段から顔に仮面を着け、腕には籠手を装備し、全身は魔法詠唱者が着る様なローブ姿で覆われている。

 そういう意味ではモモンガの怪しさは今に始まったことでは無い。

 しかし、ツアレはここ数日のモモンガの様子から何かを感じ取っていた。

 

 

「さて、私はまた出かけて来るよ。昼は戻らないが、夜には帰って来るから夕飯は一緒に食べよう」

 

「はい、いってらっしゃい、モモンガ様」

 

 

 モモンガはこうやって毎度行き先も告げずに宿を出て行く。

 今までは毎食一緒にご飯を食べていたが、昼はツアレ一人で食べる事も増えている。

 自身も偶に一人で出かける事はあったため、最初は特に何も思わなかった。しかし、一人で食べる食事はどこか味気ない。

 それにこうも毎日続くと、モモンガが一人で何をしているのか流石に気になってしまう。

 

 

「よし、私も行ってみよう」

 

 

 謎の正体を突き止めるべく、ツアレはモモンガの後を追う様に宿を飛び出した。

 

 

「……」

 

 

 速くもなく遅くもない、普通の足取りで道を歩くモモンガ。

 そして、気づかれない様に一定の距離を取り、物陰に隠れながらついて行くツアレ。

 用意した帽子を深く被り、尾行する姿は完全に探偵である。

 決まった目的地があるのかは分からないが、モモンガ転移の魔法などを使っていない事は幸いだった。これならツアレでも十分追いかけることが出来る。

 

 

(モモンガ様、一体どこに向かって――)

 

 

 バレない様に慎重について行くと、モモンガがある店の前で止まった。

 店先には色とりどりの花が飾られており、看板もあることから直ぐに花屋だと分かった。

 

 

「お花屋さん? なんでこんな所に……」

 

 

 モモンガが店に入ったのを確認したツアレは、仕方なく少し離れた所で待機する。店が小さい為、中に入れば流石にバレてしまうだろう。

 店内の様子はよく見えなかったが、十分もしない内にモモンガはまた出てきた。

 手には何も持っていないが、モモンガには荷物を仕舞える魔法の様なものがある。

 仮面を着けていて表情は分からないが、店先で店主と話している様子から何か買ったのだろう。

 ありがとうございましたと、頭を下げる店主に見送られてモモンガはまた歩き出した。

 その後も仕立て屋に雑貨屋、装飾品を売る店など、統一性もなく様々な店に入って行く。

 

 

「どこもモモンガ様が好きそうな感じじゃないけど……」

 

 

 モモンガはコレクター気質な所がある為、珍しい物なら何でも集めたがる。それでも今日寄った店は趣味では無いように思う。

 目的は全く分からないが、このまま尾行を続けるのも悪い気がしてきた。

 そろそろ止めようかな。後をつけてしまった事はモモンガが帰ってきた時に謝ろう。

 ツアレがそう考えていると、モモンガがとあるお菓子屋の前で止まった。

 そのまま店に入るのかと思ったが中には入らず、少し待っていると一人の女性が出てきた。

 ツアレが驚いたのはここからだ。その女性はモモンガと挨拶を交わしたかと思いきや、なんとそのまま一緒に歩き出した。

 

 

(えっ!? 嘘っ、どういう事!?)

 

 

 ツアレはあんな女性知らない。

 混乱しつつも反射的に一歩を踏み出し、ある事に気がついて足を止めた。

 花、服、アクセサリー――モモンガの見ていた店はどれも贈り物を選ぶ様な所ばかりだ。そう、女性へのプレゼントに渡すような物だ。

 

 

「帰ろう……」

 

 

 別にモモンガの交友関係に口出しするつもりは無い。今の自分にとってモモンガは保護者であり、何の義理も無いのに育ててもらっている立場なのだから。ただ、あの二人の後ろ姿を思い出すと、心の中がモヤモヤするだけだ。

 今日見た事はどう伝えればいいのか、ツアレは悩みながら宿に帰っていった。

 

 

 

 

 特に何かする気力も湧かず、ツアレは宿でぼーっと過ごしていた。

 モモンガが帰って来たら直ぐに話そう。そう思ってベッドでゴロゴロしながら時間を潰していると、ガチャリと扉が開く音が鳴る。

 

 

「ただいまー」

 

「おかえりなさっ――」

 

 

 飛びつくようにモモンガを出迎え――ふわりと香る僅かな匂いに気が付いてしまった。

 ――甘い匂いがする。

 ツアレは使った事は無いが、香水だろうか。フローラルな香りでは無く、バニラの様な甘い香り。

 

 

「ああ、遅くなってすまなかったな。ん、ツアレ? どうした?」

 

 

 モモンガが香水を使うとは思えない。こんな甘い匂いなら尚更のこと。

 それなのに匂いがつく理由は一つ――この香りのする人と一緒にいたに違いない。

 

 

「いえ、何でもないです」

 

 

 動揺が顔に出ない様に、何でもないと笑って誤魔化した。

 この日は結局何も聞けず、ご飯を食べた後は何となくモモンガを避ける様に早めにベッドに潜り込んだ。

 ツアレがベッドに入って三十分程が経っただろうか。モヤモヤとした気分が抜けず、いつもより早い時間というのもあってどうにも眠れない。

 完全に目が冴えてしまっている。そんな時、モモンガが部屋から出て行く音が聞こえた。

 

 

(こんな時間なのに、やっぱりあの人に会いに行くのかな……)

 

 

 ツアレは枕に顔を埋めながら、モモンガと一緒に歩いていた女性の事を思い浮かべた。

 今まで考えた事は無かったがモモンガに恋人などが出来た場合、自分はどうなるのだろう。

 そんな事はしない人だと分かっている。それでも自分一人が置いていかれる――捨てられるという嫌なイメージばかりが頭に浮かんでくる。

 ツアレは悪いものを追い払う様に頭を振り、無理やり意識から外して布団を頭から被り直すのだった。

 

 

 

 モモンガを尾行したあの日から数日後。

 穏やかな気温で空には雲一つなく、この時期には珍しい快晴である。

 だが、ツアレの吟遊詩人としての活動も今はお休み中。

 朝はとりあえず起きるが、特に予定は立てていない。最近は冒険にも行ってないなぁと、楽しかった時間を思い返しながらベッドに転がっている。本を読んでもさっぱり内容が入ってこない。

 モモンガは今日も出かけるつもりなのか、先程からチラチラと部屋の時計を気にしていた。これといって何かをするでもなく時間だけが過ぎていき、既にお昼に差しかかろうとしている。

 これではいけないと分かってはいるが、外の天気とは真逆にツアレの心はモヤモヤと曇ったままだった。

 しかし、そんな曇りを吹き飛ばす風が吹く。

 

 

「ツアレよ、今日は今から出かけるぞ!!」

 

「ああ、はい。いってらっしゃい」

 

 

 何故だかテンションの高いモモンガに驚きつつも、テキトーに返事を返す。

 そんなツアレの事をモモンガは何を言っているんだと、表情の読めない仮面越しに見てきた。

 

 

「いやいや、是非とも一緒に行きたい所があるんだ」

 

「私と、ですか?」

 

 

 当たり前だ。他に誰がいるんだと当たり前の様に返される。

 そのまま押し切られる様に出かける準備を始めた。そしてツアレが落ち着く間もなく、モモンガは移動する為の魔法を唱えた。

 

 

「ここは…… カルネ村、ですよね?」

 

 

 目の前に広がるのは村人が畑仕事に精を出す、どこにでもある様な田舎の風景。

 初めて来たのは吟遊詩人デビューの時だったから、だいたい一年ぶりくらいだろうか。

 少しの懐かしさを感じながら、モモンガに手を引かれるまま見覚えのある家までやって来た。

 

 

「モモンガ様にツアレさん!! ふふっ、待ってましたよ」

 

「待ってたよー!!」

 

「えっと、こんにちは……」

 

 

 出迎えてくれたのはこの家に住む二人の姉妹――エンリとネム。

 久しぶりに会えて嬉しくはあるが、ツアレは二人の待ってたという反応に違和感を覚える。

 状況が飲み込めないまま家の中に入り、エモット夫妻とも挨拶を交わして促されるままに席に着いた。

 

 

「よし、みんな席に着いたな。ふっふっふっ、それではパーティを始めようか」

 

 

 モモンガは楽しそうに告げるが、この状況でパーティとはどういう事だろう。

 目の前にある机の上には何もなく、みんなでお喋りでもするのか――

 

 ――〈時間停止〉

 

 ――モモンガが何か呟いたと思ったら、突然パーティーの準備が完了していた。

 

 

「モモンガ様はやっぱり凄い人ですね」

 

「凄い、凄ーい!!」

 

「これって……」

 

 

 机の上にはいつの間にか料理が並べられて、花まで飾られている。

 そして一際気になるのは、机の真ん中を占領している特大のケーキ。デコレーションのクリームが所々歪で、イチゴがこれでもかと盛られた豪快なケーキだった。

 それを見てエンリとネムの二人は素直に賞賛の声を上げている。

 ツアレは何が起こっているのか頭が追い付かず、戸惑いのこもった視線をモモンガに向けた。

 しかし、目に入ったのはワザワザ仮面を外した状態のドヤ顔だけだった。

 

 

「どうだ、驚いたか?」

 

「ええ、それはまぁ…… でも、何でこんな事を?」

 

 

 何だ、まだ気付いていないのかと、モモンガはニヤリと笑った。

 そして、フッと優しく笑顔を作り直し――

 

 

「――ツアレ、誕生日おめでとう」

 

「あっ…… 私、今日が……」

 

 

 エンリとネムの二人からもおめでとうと言われ、今日が自身の十四歳の誕生日だと思い出した。普段から刺激的な日々を送っていたため、自分の誕生日などすっかり忘れていたのだ。

 

 

「去年は知らなくて祝ってやれなかったからな。今年はサプライズというやつだ。料理は店で買ったが、実はあのケーキは私の手作りだぞ。服とかアクセサリーの様な物も考えたんだが、私はそういうセンスには自信が無くてな……」

 

「モモンガ様の選ぶものは何というか…… 独創的な物が多くて」

 

「面白いものがいっぱいあったんだよ!!」

 

 

 どうやらこの二人には、同年代という事でプレゼントの相談でもしていたのだろう。

 今までの準備を思い返しているのか、モモンガは頬をかきながら少し恥ずかしげに語った。

 

 

「でも自分の力でお祝いしたかったから、ケーキにしてみたんだ。自分で言うのも何だが、中々良い出来だと思わないか? 何度も練習したから味もバッチリだぞ」

 

 

 最近はずっと本職の人に習いにいってたからな。途中でバレないか冷や冷やしてたよ。

 その言葉でツアレはここ最近のモモンガの行動を理解した。

 

 

(勘違いして馬鹿みたい。花屋も、あの甘い香りも、全部、私のため……)

 

 

 自分はこんなにも大切にされている。そう思うと涙が溢れてきた。

 

 

「……あれ? 手作りとかダメだったか? いや、私も誕生日とか祝ってもらったのは、母親の手料理くらいしか記憶が無くてだな!? ええと、こういう時は自分で作るべきかと思ったんだが!?」

 

 

 友達とのパーティーってこんな感じじゃないのか? いや、リアルで友達なんかいなかったけど……

 自分の様子を見て何を勘違いしたのか、モモンガが急に慌てだした。

 

 

「っ違うんです、あんまりにも嬉しくって……」

 

 

 ツアレは涙を流したまま、心からの笑顔をモモンガに向ける。

 今の気持ちが少しでも伝わるように。

 

 

「モモンガ様、ありがとう!! こんな幸せな誕生日プレゼントは初めてです」

 

「どういたしまして。ふふっ、この中で一番のお姉さんなのに、泣き虫のままではいけないな」

 

 

 ハンカチを差し出したモモンガに笑われるが、嫌な気持ちは全くなかった。

 涙を拭き、喜びを分かち合う様にこの場にいる四人で笑いあう。

 曇っていたツアレの心はこの瞬間、綺麗に晴れ渡っていた。

 今日の出来事は決して刺激的な冒険なんかじゃ無い。英雄譚には入る事のない物語だろう。

 しかし、これはツアレだけの物語にしっかりと記録される。

 

 ――モモンガ様、大好きです。

 

 いつか独り立ちする時が来ても、この感謝の気持ちだけはきっと消えない、忘れない。

 モモンガとの大切な思い出が、また一つ増えたツアレだった。

 

 

 

 




会場の提供はエモット夫妻。
この後ご飯とケーキはみんなでおいしくいただきました。

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