オーバーロード 拳のモモンガ   作:まがお

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これは判定が微妙な所なので、かなり悩んだ設定でしたね。

Q.モモンガ様はコックの職業レベルがあるのか?
A.「俺のリュラリュースは料理だって出来るんだ!」
 というのは冗談で、モモンガ様に調理系の職業レベルは無いと思います。
 NPCでも特殊な効果のある料理、特殊な効果のある食材じゃなければ料理が出来るそうなので、モモンガ様にもその設定でケーキを作ってもらいました。


黄金の計画

 バハルス帝国の帝都アーウィンタール――その中央に位置する皇城。

 皇帝陛下の住まうその場所で今、新たな騎士が誕生しようとしていた。

 

 

「――先の王国との戦争での働き、見事であった。そして、其方は普段より帝国の民を助け続けた。その功績を称え、バハルス帝国皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスの名の下に、汝を我が騎士に任命する」

 

「ありがたき幸せ。非才の身ではありますが、必ずや陛下のご期待に応えてみせます」

 

 

 皇帝より渡された剣を受け取り、クライムの騎士任命式は終わった。

 任命式と言ってもこの場にいるのはジルクニフとクライム、それから弟子の晴れ姿を見届けに来たバジウッドだけだ。

 

 

「王国最強の戦士長であるガゼフ・ストロノーフと戦って生き残ったんだ。騎士にする理由としては十分だ」

 

 

 クライムの戦争での表向きの功績は、王国最強の戦士長を食い止めたという事になっている。

 バジウッド達も合わせての複数がかりでの戦いだったが、クライムも勇敢に戦っていたので全くの嘘という訳でもない。

 

 

「いえ、バジウッド様や他の方々が居なければ、きっと私はやられていたでしょう……」

 

「気にすんな、俺も結局討ち取れなかったしよ。アイツもあんなしょぼい装備でよくやるぜ。王国最強は伊達じゃねぇな……」

 

 

 クライムの強さなら死んでもおかしくはなかったが、何とかその戦いから生きて帰ってこられた。

 生き残れた理由としては、ガゼフの装備が貧弱だった事が大きい。相手の装備はそこらの一兵卒が使っている物とあまり大差が無かったのだ。

 それに対してクライムと一緒に応戦したバジウッドが使っていたのは、帝国では最高クラスの装備。お互いが使った装備には雲泥の差がある。

 バジウッドが悔しいながら、呆れた声を出すのも無理はない。

 

 

「あの愚かな王国のことだ。二番手の平民に国宝は装備させられない。そんな風に馬鹿な貴族が横槍でも入れたのだろう。さて、堅苦しいのはここまでだ。すまないなクライム。お前の騎士任命は早めにやる必要があったから略式で行わせて貰った」

 

「いえ、私の事を騎士として認めてくださった。それだけで十分です」

 

 

 簡易的なものだと予め伝えてあるのにもかかわらず、クライムは終始真面目だった。

 ジルクニフは空気を切り替えるように真剣な表情を崩し、親しみの感じる声で話しかけた。

 

 

「それにしても、ここまで真面目に騎士の任命を受けた奴はいつ以来だ? レイナースは言うまでも無いし、バジウッドもテキトーだっただろう?」

 

「勘弁してくださいよ、陛下。そんなのばかり選んだのは陛下自身ですよ」

 

「全く、鮮血帝とやらは人を見る目が無いな。部下はきちんと選ぶよう言っておかなければならん」

 

 

 こんなやり取りも慣れたものだと、クライムを除いた二人は軽口を叩く。

 そこには確かな信頼と気安さの両方、理想的な主従関係があった。

 

 

「まぁ帝国四騎士――お前が入って五騎士となったが、その中身はこんなものだ。バジウッドをよく知るお前には今更だがな」

 

「すんませんねぇ。ちょいとばかし学が足りねぇもんで。ニンブルの奴に預けとけば、クライムもそっち寄りになったかもしれませんよ」

 

 

 激風か、あいつは育ちが良いからな。

 そんな軽い冗談も終わり、ジルクニフは再びクライムに向き直った。

 

 

「では、ここからはお前個人との契約だ。我が騎士はそれぞれ違う約束をして騎士となっている。レイナースの場合、自分の命の危機には逃げて良いといった具合だ。クライム、お前はどうする?」

 

「私は……」

 

 

 クライムは悩んだ。

 元々騎士に選ばれただけでも十分だった。

 人々を救う騎士を目指している自分が、望むべきはなんなのか。

 

 

「――私は、代わりに誓いを立てさせてください。皇帝陛下も、ただの一市民も、その両方を助けると」

 

 

 クライムの思いを表した真っすぐな誓い。

 本来は個人に合わせて便宜を図る為の約束――騎士になった際の特典なのだが、ここまでくると清々しいものだ。

 

 

「……良かろう。我が騎士クライムよ、本来ならばお前は私専属の護衛ではある。だが、私だけではなく、全ての民を守る事を許可しよう」

 

「ありがとうございます。忠誠は陛下に、救いの手は守るべき全ての者に伸ばします!!」

 

 

 ――これは使える。

 ジルクニフは表情には出さず、心の中でほくそ笑む。

 

 

「よぉし、今日は祝いだ!! 死ぬほど飲み食いしに行くぞぉ!!」

 

「バジウッド様、私は未成年で……」

 

 

 バジウッドにガッチリと肩を組まれたクライムは抗議の声を上げる。

 しかし、そんな事でこの男が止まる訳がない。

 特別休暇中に、ポーション以外の水分を取らせなかった――否、そうしなければ死んでしまう程の死闘を繰り返したのだ。

 そんな馬鹿みたいな特訓を自分に課した男からの誘い。

 クライムの運命は既に決まっている。

 

 

「何言ってんだ、お前年齢不詳だろ。なら問題ねぇ!! 俺の奢りだ、一回くらい酒でぶっ倒れる経験もしとけ。潰れたら嫁さん達に介抱させるからよ」

 

 

 一応仕事中なのだが、クライムはそのまま引きずられて連れて行かれた。

 ジルクニフは助けを求める視線には気が付いたが、わざと目を逸らして仕事に戻る。

 

 

「さて、王国にも伝わるように大々的に発表させてもらうとしよう。折角、本人から出た言葉だ。使わない手はない。さあ、いつまでも小競り合いが続くと思っている、愚かな王国の者どもよ。見ていろ――」

 

 

 ――次の春には王国を獲る。

 

 その後、バハルス帝国に新たな騎士が誕生した事は国内だけでなく、リ・エスティーゼ王国でも広く伝えられた。

 全ての民を守ると宣言した不屈の騎士――クライム。

 元々王国の孤児だった事や、日頃から帝国内のパトロールなどで民を積極的に手助けしている事。騎士になった際の見事な宣言に至るまで、広報活動にはバッチリ利用されている。

 それを知った王国民の中には帝国の統治を羨む者も増え、ジルクニフの思惑通りに事は進んでいく。

 少年騎士クライムは帝国の、つまりは皇帝の素晴らしさを伝える広告塔として、十分に機能したのだ。

 

 

 

 リ・エスティーゼ王国の王城、その一室。

 気品ある調度品に囲まれた部屋に少女が一人――王国の第三王女ラナーである。

 少女は自身の計画が上手く進んでいるためか、鼻歌を歌うほどご機嫌な様子だ。

 

 

「ふふっ、王国にも終わりが見えてきたわ。戦争と重税で民はボロボロ。『八本指』と貴族の癒着で政治も治安も最悪。そんな状況の中、王族で唯一民に慕われている私――」

 

 

 誰もが見惚れる『黄金』の笑顔――だが、その口から出て来る言葉は、とてもお姫様が言って良いものではない。

 

 

「――帝国が次に攻めて来るのは春かしら。収穫期に戦争を終えて、厳しい冬をやっと乗り越えたばかりの平民達。その時には戦う気力はもう残っていないでしょうし、王国の敗北は確定ね」

 

 

 ラナーは別に帝国にスパイを送っている訳ではない。

 そもそも次の戦争の時期など帝国の人間ですらまだ知らない。

 バハルス帝国の皇帝であるジルクニフ以外は知るはずがない情報だ。

 それでも本格的に帝国が王国を獲りに来ると断言しているのは、ラナーが僅かな情報から計算して導き出したからだ。

 

 

「今回で戦士長が死ななかったのは誤算だけど…… まぁ、一人で戦況を覆す事は不可能でしょうし、どちらでも問題ないわ」

 

 

 もしかしたら王国を滅ぼす為にどう動けば良いかラナーが計算して、誘導するように相手を動かしたと言った方が近いのかもしれない。

 ラナーにとって唯一の計算外は、帝国の兵士が意外と弱かった事。これはガゼフがラナーの予想より強かったとも言えるだろう。

 人外の頭脳を持っているラナーだが、彼女は戦士ではない。細かい戦闘能力の分析はラナーが苦手とするものだ。

 流石のラナーも情報が無い状態、全く知らない事までは計算しきれない。

 

 

「国がこんなに荒れているんだもの。私が誘拐される事件が起きたって、不思議じゃないわよね……」

 

 

 ――さぁ、モモンガ様。囚われのお姫様を助けに来てください。

 そのための招待状も、貴方が活躍する舞台も、バッチリ整ってますから……

 

 

「そうだ、ちゃんと表情の練習をしとかなくっちゃ」

 

 

 鏡を確認しながら自身の頬をムニムニと動かす。

 怯えた表情、驚きの顔、泣き顔、とびっきりの笑顔。

 モモンガの力や魔法の凄さはラナーの理解を超え、時として全く予想が出来ない事がある。それ故に全く手は抜けない。

 

 

「――怖かったですモモンガ様…… うーん…… ありがとうモモンガ様!! こっちの方が良いかしら?」

 

 

 どんな早さで来るかも予測しきれない為、出来ることは予めやっておくに限る。

 ラナーは頭の中で妄想を繰り広げながら、鏡に向かって必要な顔を何度も繰り返し作るのだった。

 

 

 

 

 リ・エスティーゼ王国の王都で、ラナー王女主催のオークションイベントが開催される。それは戦争で疲弊した民にとっても、嬉しい出来事になる。

 そこで得た利益の一部を孤児院の経営に使う事が宣伝されており、経済の活性化だけでなく、子供達の事も考えられたチャリティーイベントだ。

 正に『黄金』と呼ばれるお姫様らしい、慈愛に満ちた内容である。

 オークションに出品されるのは、掘り出し物の武器や珍しいマジックアイテムなどが多い。

 中でも目玉となるのはラナー王女が雇った冒険者が、古代遺跡から見つけたマジックアイテムだ。

 偶々それを知ったモモンガはそれに参加してみようと、ツアレと共に王都にやって来ていた。

 そもそもの情報源は帝国の酒場で聞いた噂話――どう考えても黄金の影がチラついているが、モモンガ達が気付く事はなかった。

 

 

「古代遺跡の発掘品か。どんな物があるのか楽しみだ」

 

「競り落とす気満々ですよね。闘技場で荒稼ぎしてましたし……」

 

 

 古代の遺跡からの発掘品。

 それはモモンガのコレクター魂に火をつけるには十分なキーワードを含んでいる。

 オークションの存在を知った後、モモンガは帝国の闘技場で遠慮なく金を稼いだ。

 もちろん偽名は使っての参加だが、闘技場での暴れ具合は他の選手が可哀想になる程であった。

 それを間近で見ていたツアレは若干呆れ気味である。

 自分もちゃっかり賭ける方で参加していた為、責める気は全くないのだが。

 

 

「気になるのがあったらな。まぁ、社会貢献にもなるし良いじゃないか。でも、そろそろちゃんとしたお金の稼ぎ方を考えた方がいいかな? 纏まったお金が必要になる事がこの先あるかもしれないし……」

 

「モモンガ様なら何でも出来るじゃないですか。そんなに悩まなくても大丈夫ですよ」

 

「いや、意外とそうでも無いぞ。専門職の事は練習しても全く出来ないんだ。魔法の食材を使った時はキッチンが爆発して大変だったな……」

 

 

 さらりと不穏な台詞が聞こえたが、ツアレは聞き流して歩き続けた。

 まだ見ぬマジックアイテムに想いを馳せ、少々浮かれながら道を進むモモンガ。

 会場の近くまで来ると、辺りには予想外に多くの人が集まっていた。

 

 

「オークション以外にバザーとか出店もやってたのか」

 

「何だかお祭りみたいですね」

 

 

 メインとなるのはオークションだが、周囲にはここぞとばかりに屋台が並んでいた。

 彼らがどこから来たのかは分からないが、稼げるチャンスに商売人達は食い付いたようだ。

 

 

「オークションまでは時間もあるし、少し回ってみるか」

 

「はいっ!! あっ、見てください。あっちにお面が売ってますよ。モモンガ様、買いますか?」

 

「いや、別に私は仮面が好きな訳じゃないんだけど。でも記念に買ってみようかな……」

 

 

 モモンガにとってこれは初めてのお祭である。

 リアルの日本にも縁日や花火大会と呼ばれる祭りがあったが、大気汚染が進んでからはほとんど過去のものとなっている。

 そもそも家族も友人もいなかった鈴木悟には、外で行われる祭りは縁のないイベントだった。

 精々ユグドラシル内で開催された祭りをモモンガとして楽しむくらいしか経験が無い。

 そんな理由で物珍しさから、あれもこれもと屋台を回っていたが、いつの間にか人混みに流されていた。

 

 

「おっ、ツアレ。アレも食べてみないか? ……ツアレ?」

 

 

 祭りなどの人が多い場所で良く起こる現象――迷子である。

 この場合モモンガとツアレのどちらを迷子とするかは微妙なところだが。

 

 

「しまったな…… これじゃあ探すのに苦労しそうだ」

 

 

 普段ならツアレは自分の事を見失ったりはしないだろう。

 しかし、自分の怪しい格好も、人の多い今この場においてはあまり目立たない。

 変わった衣装を着ている者は多いし、仮面やお面を着けている人もそこら中に歩いている。

 魔法を使う事も考えたが、悪目立ちは避けた方が無難だろう。

 一旦人気の無い所に移動してから、改めて魔法を使おうと動きだした。

 

 

「――仮面に籠手を着けた魔法詠唱者(マジックキャスター)。アンタがモモンガだな?」

 

 

 屋台から少し離れた所で、モモンガは突然声をかけられた。

 辺りにはまだまだ人が多い場所だが、こちらを気にしている者は少ない。

 相手はお面で顔を隠しており、一見祭りの参加者にも見えるが、立ち振る舞いは剣呑として一般人とは思えない。

 

 

「確かにそうだが…… お前は誰だ?」

 

 

 この状況でモモンガだと一目で分かるのは少し奇妙だ。

 籠手を除けば似たような見た目の人間はそこら中にいるし、魔法詠唱者だと断定しているのも怪しい。

 明らかにこちらの事を知って接触している。

 何かあるかもしれないと、モモンガは警戒を強めた。

 

 

「ふん、慌てなさんな。俺はこれを見せるように頼まれただけだ」

 

 

 相手は短い文章の書かれた紙をモモンガの目の前で広げて見せてきた。

 一瞬何かのイタズラかと思ったが、取り替えず手を伸ばす。

 

 

「なんだイタズラか? 折角のお祭り気分を壊さないで欲しいものだ……」

 

「おっと、手に取ったら五秒で燃えるぞ。証拠が残ったら不味いんでな、魔法のかかった便利な紙さ」

 

「――えっ? ちょっ、先に言えよ!! 待って!?」

 

 

 手に取った後で言われても困る。

 モモンガの懇願虚しく、紙は燃えて灰となった。

 

 

「あのガキはお前さんの事を凄い人だと言ってたが、本当に助けられんのかねぇ。まぁ、俺は細かい事は知らねぇし、詮索する気もない」

 

「助ける? おい、待て、どういう事だ!!」

 

 

 紙が燃えて驚いている隙にお面の人物は走り去った。逃走術に長けているのか、人混みに紛れて一瞬で何処にいるのか分からなくなる。

 

 

「まさか、アレに書かれていたのは……――っツアレ!!」

 

 

 去り際に言った「助けられるのか」という言葉。

 何かしらのメッセージと思われる紙を燃やす――証拠を残さないやり口。

 そこから誘拐を連想したモモンガは、直ぐに動き出そうとし――

 

 

「――はーい。やっと見つけましたよ、モモンガ様。置いてくなんて酷いじゃないですか」

 

「……あれ? ツアレ、何でここに?」

 

「何でって…… モモンガ様がいなくなったから、探してたんですけど」

 

 

 ツアレはモモンガに置いていかれた事で、微妙に不機嫌な様子を見せる。

 何者かにツアレが誘拐されたと思っていたモモンガは一時的にフリーズしていた。

 

 

「いや、すまん。さっき変な奴に絡まれてな。てっきりツアレが誰かに誘拐されたのかと」

 

「はぁ、モモンガ様。知らない人に付いて行くほど、もう私は子供じゃありませんよ」

 

 

 何にせよ無事で良かったと、ほっと一息。

 ツアレの姿を確認して気が抜けてしまい、思わず笑いが溢れる。

 

 

「ふふっ、そうだよな」

 

 

 初めて会った時、知らない骨に付いて行っただろ。なんて事は言わない。

 いつまでも子供扱いはいけないなと、モモンガは感慨深げに微笑んだ。

 

 

「そもそも何でそんな勘違いをしたんですか?」

 

「ん? いや、さっき変な紙を渡されてな。そいつが『ガキを助けられるのか』とか、私の事を『凄い人』って人伝てに聞いた様なことを言ってたのでな。私を知ってる子供が誘拐でもされたのかと勘違いしてしまったよ」

 

「もう、それで最初に浮かぶのが私なんですか? 心配してくれたのは分かりますけど……」

 

 

 ガキで連想された事が納得いかないのか、それとも最初に頭に浮かんだのが自分だという事が嬉しかったのか。

 ツアレは少しだけ頬を膨らませているが、怒っているのかは判断しづらい表情をしている。

 

 

「いい時間だし、オークションの方に――」

 

(――待て、私の事を知っている。ガキ、子供…… 凄い……――まさかっ!?)

 

 

 そろそろオークションが始まる時間になる。

 モモンガは先程の事はイタズラだと判断して、そちらに向かおうと考え――寸前で思い留まった。

 

 ――知っている。ツアレも知っている少女。条件に当てはまる人物がツアレ以外にもいる。

 

 

「すまん、ツアレ。ちょっとだけ確認したい事がある!!」

 

「えっ? ちょっと!?」

 

「――〈転移門(ゲート)〉」

 

 

 この条件に当てはまる人物に思い至った。

 これが杞憂で終わってくれと祈りながら、モモンガはツアレを抱えて転移門に飛び込んだ。

 

 

 

 

 オークション会場の近くに用意された複数の倉庫。中には出品される商品などが置かれている。

 それらに対して一つだけ他より離れた位置――会場からは見えない場所――に今は使われていない倉庫があった。

 

 

「既にモモンガ様に手紙は届いたはず。ふふっ、計画は順調。今度こそ完璧です!!」

 

 

 ラナーは倉庫内にポツンと置かれた椅子に座り、モモンガが来るのを待っていた。

 

『ラナー王女は預かった。助けたければ〇〇時に一人で〇〇まで来い』――用意した手紙の文面はそんな感じのものだ。

 

 自分が用意したとバレないように何重にも人を中継して、モモンガに手紙を届けさせた。何も知らない子供も間に挟んでいるのだ。追跡は不可能だろう。

 後で手紙を調べられないように、念入りに証拠を隠滅する手段まで講じてある。

 魔法のかかった紙を用意するのは苦労したが、ここまでやれば狂言誘拐とは疑われる事はない。

 

 

「ああ、モモンガ様。早く会いたいわ……」

 

 

 囚われた私を颯爽と助けに来るモモンガ様。

 怯える少女を慰めるように抱きしめて、安心しろとその瞳で私を見つめ――

 完全に自分の世界に入り込み、妄想に浸るラナー。

 その時、扉をぶち破る音が倉庫内に響いた。

 ラナーはその音に反応して即座に現実に戻り、怯えた少女の顔を作る。

 

 ――勝った!! ああ、遂に来てくれたのね。モモンガ様――

 

 

「――ラナー!! 無事なの!? 助けに来たわ!! 私が来たからにはもう安心よ!!」

 

 

 扉を蹴破って現れたのは冒険者チーム『蒼の薔薇』のリーダー。

 ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ――ただの知り合い、どうでもいい女だ。

 彼女は放心状態の自分を見つけるや否や、駆け寄って来てしっかりと抱きしめてきた。

 ああ、本当に鬱陶しい。その役目はお前じゃない。

 

 

「ああ、ラナー…… よっぽど怖い思いをしたのね。目が死んでいるわ。でも、もう大丈夫よ。私がついてるわ!!」

 

「……」

 

 

 モモンガ様、モモンガ様はどこだろう……

 ――なんでなんでなんでなんで違う違う違う違う死ね死ね死ね死ね死ね消えろ消えろ消えろ消えろ、お前じゃない、お前じゃない、お前じゃない!!会いたかったのはお前なんかじゃない!!見て欲しかったのはお前なんかじゃない!!どうしてどうしてどうしてどうして、何が駄目だったのモモンガ様――

 ラナーの心の中で、目の前の女に対する罵倒が呪詛の様に幾度も繰り返された。

 ラキュースは知り合いのどうでもいい女から、殺したい女に格上げされている。

 頭の中ではもう既に五十回は殺している程だ。

 

 

「会場近くで偶々ティアとティナが怪しい人物を見つけたの。『自分達の同類に近い気配』ってね。それで問い詰めてみたら貴方が誘拐された事を――」

 

 

 目の前の女が助けに来た経緯を話すが、そんな事はどうでもいい。

 この私の完璧な計画を邪魔するなんて、モモンガ様との逢瀬を邪魔するなんて許せない。

 しかもそれがただの偶然の結果だと?

 一体どんな確率だというのだ。

 

 

(殺す。いつか必ず殺すわ…… 邪魔する者は全部。みんなみんな殺してやる)

 

 

 本当にどこで失敗したのだろう。自分の計算に狂いは無かったはずなのに。

 そうだ、やっぱり人を使ったのが間違いだったのだ。

 全て自分で動かなければ、自分自身が会いに行かなければいけない。

 その為には――

 

 

「――早く滅べばいいのに……」

 

 

 心からの本音が、小さな小さな呟きが、思わず口から漏れてしまう。

 

 

「ごめんなさい、何か言ったかしら?」

 

「いいえ、なんでもないわ。ラキュース、助けに来てくれてありがとう……」

 

「気にしないで。友達だもの」

 

 

 私の濁り切ったどろどろの目を見ながら、彼女は何でもない事の様に言う。

 これが怖い思いをした人間の目だと勘違いするとは、何も分かっていない。頭の中がお花畑なのかと思う程おめでたい人間だ。

 ラキュースは本当に善意で私を助けに来たのだろう。

 だがそんなこと自分には関係ない。

 こいつも王国と一緒に消え去ればいいのに。

 

 

「そうね…… ああ、寒くなって来たわ。早く春が来ないかしら」

 

「春? ふふっ、春になるにはまだまだ気が早いわよ」

 

 

 

 本当に春が待ち遠しい。

 我が世の春(王国の滅亡)はまだかしら。

 

 

 

 

 リ・エスティーゼ王国にある辺境の村――カルネ村。

 なんの変哲も無い村に、突如ぽっかりと空いた穴の様な闇が現れた。

 

 

「エンリ、ネムっ!! 無事かっ!!」

 

 

 その闇――転移門から飛び出して来たのは、ツアレを小脇に抱えたモモンガである。

 

 

「わぁっ!? びっくりしたぁ……」

 

「モモンガ様にツアレさん!? 急にどうしたんですか?」

 

「そうです。先ずは私を下ろしてください……」

 

 

 突然出て来た知り合いに、エンリとネムは驚いた。

 ツアレも取り敢えず離して欲しいと、モモンガに抱えられながらも冷静に抗議する。

 

 

「いや、すまない。私の勘違いだったようだ」

 

「ああ、今度はエンリさんとネムちゃんの事だと思ったんですね」

 

 

 怪しげな男の言ったキーワード――「凄い」の代名詞でもあるネムの事を心配して飛んで来たのだが、モモンガの予想はまたしても外れた。

 むしろ外れて欲しかったので安心しているが。

 

 

「なんの事ですか?」

 

「なんの事?」

 

 

 ツアレが何か納得したような表情を見せる中、エンリとネムの頭にははてなマークが浮かんでいた。

 

 

「何でもないさ。驚かせてすまなかったな。お詫びに二人にはこれをあげよう。いつか怪我をした時にでも使うと良い」

 

 

 劣化しないから何時でも使えるぞ。そう言ってモモンガは真っ赤なポーションを二人に手渡す。

 何かを貰える事自体が嬉しいのか、ネムは声を上げて喜んでいる。

 しかし、一般的なポーションの価値を知っているエンリは困った様な顔をした。

 

 

「えっと、いいんでしょうか。こんな高価な物……」

 

「あー、そうだな。じゃあこのポーションの事とさっきの私の魔法は秘密にしてくれ。口止め料という奴だ。じゃあそう言う事で」

 

 

 一度渡した物を返して貰うのはかっこ悪いし、オークションの時間も迫っている。

 焦ったモモンガはテキトーに理由を付け、ツアレを抱えて再び魔法で王都に戻って行った。

 

 

「一体何だったんだろう?」

 

「分かんないけど秘密だね、お姉ちゃん」

 

 

 いきなり来ては突然に去っていく、まるで嵐の様な出来事。

 本人達は何があったのか理解はしていない。

 しかし、それでも律儀に約束は守るのがこの姉妹の良いところだ。

 二人だけの秘密として――両親にもバレない様な所に――貰ったものを大切に仕舞い込むのだった。

 ラナー王女誘拐事件――ラナー本人の計画した狂言誘拐。

 あの紙を今度こそイタズラだと判断し、記憶から消したモモンガがその真実を知る事は無い。

 

 

 

 

「モモンガ様…… 何ですか、それ」

 

「叩くと相手がちょっとだけ怯むピコピコハンマーだ」

 

「へぇ、いくらですか……」

 

「金貨十二枚だ」

 

「……使うんですか、それ」

 

「いや全く。あ、色違いも落札したぞ」

 

「……」

 

 

 モモンガは満足した表情で告げる。 

 ツアレは何とも言えない気持ちになった。

 

 

 

 




モモンガ様はマジックアイテムを使わないと文字が読めない……
知らなかったラナー、痛恨のミス。

今回の話で遂に前作「ありのままのモモンガ」の文字数を超えました!!
これからもネタが浮かぶ限り、不定期ですが書いていきたいと思います。


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