リ・エスティーゼ王国の国王――ランポッサ三世と六大貴族が一堂に会する会議。
いつもの彼らが行う会議とは名ばかりで、やっている事は派閥に分かれて足の引っ張り合いをするだけだ。
しかし、今日の会議は普段とは違う様子だった。お互いに嫌味を飛ばしているのは相変わらずだったが、いつもよりピリピリとして余裕のなさが感じられる。
議題の中心となっているのは、バハルス帝国の使者から届けられた宣言書――
――帝国から宣戦布告が来たのである。
「私の持つ五千の精鋭達で蹴散らしてくれる。いい加減こちらも帝国の領土に攻め込むべきだろう」
「帝国はよほど焦っているのでしょうなぁ。前回の戦争から半年も経たずに再び使者を寄越すとは……」
「一々平民どもを徴兵するのも面倒なものです。そろそろ帝国を黙らす時期ではありませんか?」
「あの若造め。兵達に配る食糧などの備蓄もほとんど無い時に来るとは、性格の悪い事だ」
「ふん、ならば短期決戦で打ち破れば良い。平民を囮に使い潰し、そのまま消えれば食糧も必要ない。丁度良いわ」
この場にいる六大貴族の一人――エリアス・ブラント・デイル・レエブンは一言も発さず、黙って会議の成り行きを傍観していた。
王国はもう終わりかもしれない。
そんな諦めにも近い感情を、無表情の裏に隠して立っている。
(馬鹿どもが!! 帝国が春一番に攻めて来る意味が何故分からん…… いつもと違う時期に戦争を行う意味に何故気が付かんのだ……)
農村などに住む平民達にとって、冬というのは地獄なのだ。
収穫物の大半を税として失い、僅かな備蓄で飢えを凌ぎ、凍えながら春を待つ。
この時期に自然界から食べ物を集める事は難しく、餓死者が出る事も当然ある。
帝国が次の戦争に指定してきた時期は春だ。
やっとの思いで冬を乗り越えたばかりの民は弱っている。無理に徴兵した所でロクに使えないだろう。囮どころかまともに動いてくれるかも怪しいものだ。
「備蓄が足りませんし、帝国との戦争を理由に臨時で税を徴収しませんか?」
「いや、流石にそれは不味いだろう」
(帝国兵よりも先に自国の兵に襲われるかもしれんな。どちらにせよ民が減れば税収が少なくなり、国の運営は成り立たなくなる。奇跡的にこの一戦を凌いだとして――いや、そもそも奇跡など起こるはずもないか……)
戦争時期をわざわざ早め、鮮血帝が満を持してやって来るのだ。
それは向こう側が本気になった――勝利を確信したと言ってもいい。
奇跡など起こるはずもない。
(完璧なタイミングだ。戦略という意味でも、次の支配への布石という意味でも隙がない……)
もし帝国が王国を落とすだけのつもりなら、冬の真っ最中に来ればいい。
ロクな装備もない平民は寒さで動きが鈍り、どれほど数を集めようと帝国の専業兵士には勝てないだろう。
(私はどうすればいい。どうすれば息子を、妻を…… 家族を守れるのだ)
帝国の支配が始まってしまえば、普通の平民達は諸手を挙げて喜ぶはずだ。
皇帝がごく普通の統治を行ったとしても、この国の現状より何倍もマシな生活が待っているに違いない。
しかし、貴族である自分はどうなるか分からない。
王国の中核となる六大貴族ともなれば尚更だ。統治の障害になると判断されて、一族全員の処刑もあり得る。
両派閥の間を動き回り、蝙蝠と揶揄されてもこの国を維持しようと必死だった。
全ては愛する我が子に完璧な形で領地を継がせる為だった。
(あの皇帝なら、使い道のある者は生かしてくれる可能性があるはずだ。それに縋るしかないか……)
しかし、もはや国を維持するのは不可能な段階まで来てしまった。自分の領地どころか命まで奪われかねない。
レエブン侯はその時が来たら、皇帝に全力で自分を売り込む事を思案する。
それぞれの思惑が飛び交う会議は進み、国王は苦々しい表情で決断を下した。
「降りかかる火の粉は払わねばならん…… 苦渋の決断だが、疲弊した民には今しばらくの間辛抱してもらうしか手はない。民を再び徴兵し、戦争に備えよ。帝国を迎え撃つ」
会議がどう転ぼうと、この結末はほぼ決まっていた。
戦う事なく降伏し、領土を明け渡すなど出来るはずもない。
リ・エスティーゼ王国の民は、再び徴兵される事が正式に決定した。特に辺境の村に住む者達は働き手を奪われ、更なる苦境に立たされる事になるだろう。
(一体この中で何人が生き残るのだろうな。無能に屑、裏切り者。弱い王、馬鹿と力の無い王子。それから、得体の知れないお姫様か……)
会議が終わった後、レエブン侯は一人で宮殿の廊下を歩く。
これからの事を考えていると無意識に自嘲気味の笑いが溢れた。
どこで誰が見ているか分からない為、弱みなどは見せられない。
普段は気を張って演技しているのだが、流石の自分もこの現状に参っていたようだ。
会議中ほとんど口を挟まない――普段のレエブン侯らしからぬ態度だったが、周りの者は然程気にした様子はなかった。
威勢の良い事ばかりを言っていたが、全員周りを気にする程の余裕がなかったのかもしれない。
何も気が付かない馬鹿ばかり――いや、気付いていないフリだった可能性も捨てきれないが。
「私は生き残るぞ。どんな事をしても、家族だけは何としても守ってみせる」
レエブン侯はひっそりと声に出して呟き、会議中に考えていた決意を固める。
もう蝙蝠の役割は捨てた。
国を守る事は諦めた。
ならば今の自分に残された役割は父親である事――家族を守る――それだけだ。
レエブン侯は国の為ではなく、家族の為に動き出した。
皇帝に仕える事が出来なかった時の事も想定し、お抱えの元冒険者チームと国から脱出する準備も整えておく。
帝国からの宣戦布告が周知の事実となり、独自に動き出した者は他にもいる。
辺境の村には男手がいなくなる――それを聞いて村に向かった者がいた。
◆
トブの大森林には『東の巨人』、『西の魔蛇』、『南の大魔獣』と呼ばれる三大支配者が存在している。
彼らは東、西、南に分かれて部下達と共に支配領域に陣取り、森の中で三すくみを形成しているという。
中には自身の支配領域――縄張りを増やそうと考える者もいるが、お互いの実力が拮抗している事もあって長い間その均衡は保たれていた。
その内の一体、南の大魔獣――またの名を『森の賢王』と呼ばれる存在は、三大支配者の中で唯一部下や仲間を持たない。
そんな存在と真正面から向かい合うモモンガとツアレ。
「それがしの縄張りに侵入した者よ。覚悟は良いでござるな?」
自らの縄張りに入って来た者は誰であれ殺す――そんな純粋な殺意を二人に叩き付けてくる。
「さぁ、命の奪い合いをするでござる!!」
何故このような事になっているのか。
それはツアレの吟遊詩人としての活動――とある理由から始まった。
◆
「物語のネタが尽きてしまいました……」
独り言とも愚痴とも取れるトーンで淡々と事実を告げる少女。
充血気味の目で、モモンガに何かを期待している視線を向けたツアレである。
意識はハッキリしているようだが、彼女にしては珍しく目に隈が出来ていた。
「なので冒険に行きませんか?」
「ああ、もちろん構わないぞ」
客を飽きさせないようにする為、常に新しい話を仕入れようと努力する姿勢は素晴らしい。
ツアレから冒険に誘ってくるのは久しぶりという事もあって、モモンガは快く頷いた。
「それでどこに行くつもりなんだ。また漆黒の剣でも探すのか?」
「残りの剣も気になりますけど、今回は違いますよ。実はもう必要な情報は集めておきました。冒険のテーマも決めてあるんです」
何やら自信有り気な様子と、自分で情報を集めてきた事に感心するモモンガ。
事前に情報を集めて計画を立ててあったりと、何気ないところで彼女の成長が垣間見える。
「トブの大森林に潜む南の大魔獣を探しに行きませんか? 以前カルネ村で聞いた時から興味はあったんですよ」
「ああ、そういえば村でそんな話を聞いたな。前に行った時は何も見つからなかったが、その様子だと本当にいるようだな」
数百年の時を生き、蛇の尻尾と白銀の毛皮を持つと言われる大魔獣。
その縄張りに踏み入り、生きて戻ったものは誰一人いないという。
村で言い伝えられるくらいだから、実際は何人か生きて戻っているのだろう。
「ええ、題して『森の
「……え?」
テレビ番組の企画の様なタイトルを聞かされ、モモンガはどう反応したらいいか分からず固まってしまう。
成長と共に怪しい物が垣間見えてしまった。
確かに伝説のモンスターに挑むというのは物語のテーマとして面白いと思う。冒険譚としては王道だろう。
しかし、殴り合えとはどういう事だ。まさか魔法詠唱者の自分に近接戦闘をやれという事だろうか。武器も持たずに? 中々に斬新な企画ではある。
この世界で強い存在はめったにいない。しかし、モモンガの知る中ではエルフ王などの例があり、ゼロではないのだ。
エルフ王と同様に長く生きている分、それなりに高レベルだと予想される敵との戦闘――しかも相手の土俵でわざわざ戦うというのは少々危険ではないだろうか。
「どうですか? いつまでもモモンガ様に教えて貰ってばかりじゃダメですから。自分でアイディアを考えてみたんですよ。知力と腕力のぶつかり合い、ワクワクしませんか?」
「あ、ああ、中々斬新で面白いとは思う。だが――」
ツアレが自分で考えたという努力は認めてあげたい。
だが、敵の強さなど、場合によっては却下しなければならない。
ニッコニコの笑顔に向かって告げるのは酷だが、少しばかり内容を修正してもいいんじゃないかと注意しようとし――
「はぁ、良かったぁ…… 実はここ最近ほとんど徹夜で案を練ってたんです。何回も何回も書き直して、遂に納得のいく案が出来たんですよ。モモンガ様にそう言って貰えて安心しました」
「――そ、そうか、そんなに頑張ってたのか。偉いじゃないか、でも睡眠はきちんと取った方がいいぞ」
「ごめんなさい。夢中になってたので、つい」
(い、言えない…… ツアレは毎晩そんなに頑張ってたのか。知らなかったなぁ…… そんな思いで作った案を修正したい――なんて言えるわけないだろっ!!)
ツアレが取り出したのは没企画が書かれた大量の紙束。
冒険の内容まで全て頼り切りではいけないと、必死に考えたのだろう。
こちらに向けるキラキラとした笑顔の裏に涙ぐましい努力の跡が見えて、モモンガは断る事が出来なかった。
モモンガは基本的に身内の期待を裏切らない。頼られたら駄目だと言えないタイプの人間なのだ。
(くっ、どうする。寝ずに考えた案というのは大抵失敗する。私の経験がそう告げている)
ツアレの頑張り方と作った企画は常識の斜め上に吹っ飛んでいた。
モモンガもギルドメンバーと夜通しユグドラシルにログインしていた時、みんなで変なテンションになって色々やらかした覚えがある。
「モモンガ様、拳を使ったインファイトを期待しています」
テンションが上がっているのか、ツアレがシャドーボクシングをしながら要望を告げてくる。
モモンガは十二年間ユグドラシルをやり続けた、自他ともに認める廃人プレイヤーである。
ロマンビルドでありながらPvPの勝率も悪くはなかった。自己評価は低いが、相手の戦い方を分析し、弱点を突くような戦略を立てるのが非常に上手い。
弱体化する前であったなら、レベル百のガチビルドと戦っても十分に勝ちを拾える――どんな相手にも勝てる可能性を秘めたプレイヤーである事は間違いない。
「そういえばこの世界のレベル上限っていくつだ? 百以上があったらやばいかも……」
しかし、そんなモモンガでもレベルという圧倒的な差があった場合は厳しいものがある。
万が一相手のレベル上限が無く――数百年かけてレベリングされた――二百レベルのモンスターなんてものが出てきたら勝てる訳が無い。
今更ながらこの世界の仕組みに疑問を覚えたが、そんな不安の呟きもツアレには全く聞こえていないようだった。
「やってはみるが、危なかったら魔法で即逃げるからな?」
「さぁ、トブの大森林に出発です!!」
「全然聞いてないし…… はぁ、本当に大丈夫かな」
心配事は尽きないが、これ以上考えても仕方がない。
あらかじめ入念に魔法でバフをかけて備えておけば、逃げるくらいは何とかなるだろう。
致命的な勘違いに気付かぬまま、物理防御の高いローブに着替えて準備を整えるモモンガだった。
◆
トブの大森林の南部を捜索するモモンガとツアレ。
縄張りへの侵入者に気が付いたのか、この地の支配者はさっそく二人の目の前に現れた。
「さぁ、命の奪い合いをするでござる!!」
相手はこちらを威嚇する様に後ろ足で立ち上がり、短い両腕を広げている。
言い伝え通り、目の前の魔獣には蛇のような鱗を纏った尻尾があった。
しかし、毛並みは白銀というよりスノーホワイトに近い。
そして、大魔獣と言っても問題ない程にデカイ。モモンガでさえ見上げる程のサイズで、確かにデカイ事に違いはない。
だが、つぶらな黒い瞳、齧歯類の様な前歯、大福の様な体型――その姿はどう見てもジャンガリアンハムスターだった。
「これが森の賢王…… 瞳に知性を感じます。でも想像してたより手は小さいですね。体の割に腕も短いですし、あれでモモンガ様と殴り合いは出来るでしょうか?」
「ハムスターとの殴り合いかぁ…… これ、冒険譚になるのか?」
こちらを睨みつけ、闘争心を剥き出しにしている魔獣。
強大な力を感じさせる魔獣の姿に驚くも、真剣に観察を始める少女。
密かに情報系魔法で相手のステータスを完全に把握し、あまりの能力値の低さに緊張感の抜けた骨。
考えている事は見事に全員バラバラだった。
「なんだか非常に良心が痛むが、とりあえず戦って貰うぞ」
「命のかかった戦いに遠慮は無用でござる」
モモンガの知る限りではユグドラシルにはいなかった種族。そのため正確なレベルは分からない。
しかし、ステータスから推測するに、どんなに高く見積もっても四十レベルすら届いていないだろう。はっきり言って弱すぎる。
モモンガはこの程度の相手なら何とかなると、ボクサーの様にファイティングポーズを構えた。
ここから熱い殴り合いが始まる――
「隙ありでござる!!」
「あぶねっ!?」
――訳もなく、敵から飛んできたのはいきなりの遠距離攻撃。
森の拳王は尻尾を伸ばして鞭のように振るってきた。
どうやら尻尾は伸縮自在で、かなり正確に動かせるらしい。
モモンガは顔面に襲いかかる尻尾を咄嗟に躱して、相手の様子を見る。
「森の
「何を言ってるでござる? それがしは森の
正論である。
デカイハムスターに諭されるという、珍しい体験をしたモモンガだった。
「いや、まぁそうなんだが。これだと企画がな……」
「今更戦意を喪失しても遅いでござる。それがしは手を抜かないでござるよ!!〈
モモンガの事情など御構い無しに、魔獣は更なる一手を打ってきた。
体にある模様が発光し、第四位階の魅了の魔法を使ってきたのだ。
「魔法まで使えるのか。だが残念だったな。私は精神作用への対策も――」
魔法を使われた事には驚いたが、対策は既にしてあった。
モモンガはアンデッドの基本的な特殊能力の一つ――精神作用無効がなくなっている。
恐らくはあのアイテムの所為だが、その弱点は装備品によって克服済みである。
そもそも〈上位魔法無効化Ⅲ〉は健在なので、第四位階程度の魔法は効かない。
しかし――
「――モモンガ様、今回はやっぱりやめにしましょう。殴り合いなんて駄目です。森の賢王は私の友達なんですから」
「あちゃぁ、ツアレには全く対策してなかったな……」
額に手を当て、自らの迂闊さを呪った。
魅了魔法の対象はツアレだ。
ツアレは精神作用に対する耐性を持っておらず、見事に魅了されてしまった。
このハムスターを完全に友達だと認識してしまっている。
「それがしの一撃を躱したお主は見事でござったが…… そっちの雌は弱すぎでござるな」
ツアレの事は敵にならないと判断したのか、魔獣はモモンガにのみ狙いを定める。
「はぁ、今回は失敗だな。ツアレ、少しばかり伏せていろ」
「はい、分かりました。でも、殴っちゃ駄目ですよ」
幸い相手が使ったのは魅了であって支配ではない。
ツアレはモモンガの忠告には素直に頷き、こちらの様子を観察しながら地面に伏せてくれた。
「そっちも早く力を見せるでござる!!」
魔獣の猛攻は止まらない。
巨体を利用した突進――腕をクロスして受け止めるが、本当に毛皮なのか疑問に思うほど硬い感触だった。
さらに、仮面を叩き割ってやると言わんばかりに、振るわれた尻尾が再びモモンガに迫った。
「まったく、好戦的なハムスターだ」
見た目に似合わず戦いが好きなのか、こちらの反撃を待ち望んでいる雰囲気すら感じる。
振るわれた尻尾が顔面に当たり、勢いが止まった所でモモンガはそのまま尻尾を掴み取る。
「なんとっ!?」
効いている様子がないからか、それとも尻尾を掴まれた事に対してか、魔獣は驚きの声をあげた。
凄まじい力量の持ち主だと魔獣は感心しているが、所詮は〈上位物理無効化Ⅲ〉に頼った力技だ。
ちなみに内心ではモモンガもビビっている。
顔に目掛けて飛んでくる物をあえて避けないというのは、中々勇気がいるのだ。
アンデッドよりの精神だったなら苦も無く出来ただろうが、今のモモンガは人間よりである。ダメージが無いと分かっていても、怖くないはずがない。
「お前を殺すと色々問題があるみたいだからな。勝負はお預けにさせてもらうぞ!!」
近くの村の事情――この魔獣が自然の防波堤になっている――と、いずれリベンジするかもしれない時の為、あくまで殺さずの無力化を選ぶ。
掴んだ尻尾を両手でしっかりと握り直し、ハンマー投げの様に振り回し始めた。
「はぁぁ、なぁぁ、すぅぅ、でぇぇ――ぐぇっ!?」
周囲の木々を薙ぎ倒しながら、勢いよく振り回される森の賢王。
遠心力を存分に浴び、加速していった魔獣の悲鳴が森に響きわたる。
途中で気絶したのか、後半は風を切るブンブンという音しか聞こえなくなった。
「よいしょっ!!」
飛ばすのに十分な勢いをつけて、掛け声と共にパッと手を離す。
伝説のハンマーは星となり、森の奥深くに飛んで行った。
どこかで盛大に衝撃をまき散らして落下しているはずだが、ふわっと落ちるように山なりに投げたつもりだ。
木々がクッションになっただろうし、あの魔獣のステータスなら落下ダメージ程度で死ぬ事はないだろう――
――たぶん。
「お友達が飛んで行っちゃいました……」
「また会いにくればいいさ。さて、今日は帰ったら反省会だな」
「はい……」
しょんぼりしているツアレを連れて森を出るモモンガだった。
◆
モモンガは正気に戻ったツアレと一緒に『森の賢王』の新しい呼び名を考えていた。
既にこの異名が広く定着しているため、物語で使う時はそのままである。
つまり特に意味はない。ちょっとした遊びの様なものだ。
「あの魔獣の名前は『ハムスケ』なんてどうだ?」
「なぜだか妙にしっくりきますね…… 私が考えたのは『ぶんぶんまる』です。尻尾をブンブン振り回してましたし、モモンガ様も振り回してましたから」
「なるほど…… 『ぶんぶんまる』も良いな。あいつのござる口調には似合うかもしれん」
「いいでしょう。あとはそうですね『モフモフキング』とか」
「あいつの毛皮はめちゃくちゃ硬かったけどな。おっ、そうだ『ダイフク』とかどうだ?」
「それなら――」
色々な名前を出しては意見を言い合ったり、次はどうすれば上手くやれるかを話していたが、ふとツアレが今後の展望を口にした。
「私、冒険者と直接会って、お話を聞いてみようと思うんです。高位の冒険者でも依頼としてなら会えるかもしれません」
「いいんじゃないか。冒険として直接体験せずとも、何か話の足しにはなるだろう。それに護衛の依頼よりは安上がりのはずだ」
「ですよね!! 実は貯金も結構ありますし、せっかくなら『蒼の薔薇』とかの話が聞いてみたいです。魔剣も見せてもらえたらなぁ」
「その時は私も一緒に行こうかな。やっぱり魔剣は気になる」
一日の終わりに大事なこと、くだらないことを延々と話し合う二人。
一緒に過ごす誰かがいるからこそ出来る――気心の知れた相手との何気ないひと時をモモンガは楽しんでいた。
ユグドラシルで楽しかったのは冒険――モンスターと戦ったり、アイテムを集めたりする事――だけではない。
むしろ冒険に行く前と、終わった後――仲間たちと話す時間こそが一番楽しかったのだ。
ちなみに『森の拳王』は『森の賢王』だと、モモンガはまだ気が付いていない。
ツアレの言った知力と腕力のぶつかり合い――モモンガはもちろん腕力側である。