オーバーロード 拳のモモンガ   作:まがお

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怒りの拳

 エ・ランテルにある冒険者組合の会議室。

 普段は冒険者達が仕事前の打合せに使ったり、組合長が会議で使ったりしている場所だ。

 その部屋では今、二人の少女が楽しげな声で談笑していた。

 

 

「――モンスター討伐に同行かぁ。それで姉さんは組合に来てたんだね」

 

「ええ、いつまでもモモンガ様に頼っていられないから。私も独り立ち出来るように頑張らないと」

 

 

 冒険者組合の会議室を貸してもらい、私は再会した妹と二人きりで話しこんでいた。

 二人して会話に夢中になって、気がつけば随分と時間が経過してしまっている。

 時間は気にしなくていいと言われていたが、待たせすぎるのもよくないだろう。

 そろそろ一度モモンガ様の所に戻ろうかと思った時、妹から嬉しい申し出があった。

 

 

「私達『漆黒の剣』に依頼するのはどうかな? 一応仲間と相談してから決める事になるけど、吟遊詩人の物語にしてもらえるなんて聞いたら仲間もきっと喜ぶよ」

 

「ならお願いしようかしら。ニニャのいるチームなら信頼出来るし安心ね」

 

「うん、任せてよ。じゃあ早速聞きに行こっか。結構待たせちゃったし」

 

 

 ああ、今日は本当に良い日だ。

 妹と再会出来ただけじゃなく、一緒に冒険に行けるかもしれないなんて。

 妹と一緒に冒険に行ってきます――モモンガ様にそう言ったらどんな反応をするだろうか。

 急に笑顔になった私を見て「え?」とか素の声を出すかもしれない。

 「私も一緒に行こう」そう言ってついて来てくれるかもしれない。

 ウキウキとした気分のまま、私達は下で待っているモモンガ様と『漆黒の剣』の元に向かった。

 

 

 

 

 ツアレとニニャが会議室で話をしている間、モモンガと残りの『漆黒の剣』のメンバーは冒険者組合の一角で彼女達を待っていた。

 

 

「私も自己紹介をしておきますね。流浪の魔法詠唱(マジックキャスター)をしているモモンガといいます」

 

「よろしくお願いします。モモンガさん」

 

「意外とおっさんだな……」

 

 

 モモンガは仮面を一度外して挨拶をした後に再び元に戻した。

 黒髪黒目の珍しい顔つきだと思われた程度で、特に嫌な感情は持たれていないだろう。

 チャラ男の呟きは聞こえているが、モモンガは華麗にスルーした。

 

 

「いやぁ、それにしても驚いたなぁ。ニニャの姉さんがまさか生きてたなんてな。しかも結構可愛いかったしな」

 

「相変わらずだなルクルットは…… まぁ確かに、ニニャのあんな顔は初めてみたよ」

 

「うむ。死んだと思っていた家族との再会。まさに奇跡なのである」

 

「皆さんその口ぶりですと、ツアレの事を知っていたのですか?」

 

「いや、そうでもないぜ。名前もさっき初めて知ったさ。聞いてたのはせいぜい死んだ姉がいるって事くらいさ」

 

「あとはアレですね。亡くなられた原因というか……」

 

「アレであるな……」

 

 

 ツアレやニニャについて話している途中、ペテルがなぜか急に口ごもり、残りのメンバーも共感するように苦笑いしていた。

 モモンガが不思議に思っているのが伝わったのか、彼等は簡単に説明してくれた。

 

 

「姉が貴族に連れ去られ、アンデッドに殺されたとは聞いていましたよ」

 

「そのせいでアンデッドと戦う時のアイツ、超怖いんだよ。顔だけ笑ってるのが特に怖い」

 

「目が全く笑ってないのである……」

 

「なるほど…… 理解しました」

 

 

 つまりは姉を殺した――実際には死んでいなかったが――アンデッドへの復讐心でヤバイと。

 元々バラすつもりはなかったが、自分の正体は絶対に隠し通そうとモモンガは密かに決意した。

 

 

「モモンガさんの話も聞かせてくれよ。ニニャの姉ちゃんとの関係は?」

 

 

 何とも言えない空気を吹き飛ばすように、ルクルットがモモンガに話を振ってきた。

 こういう雰囲気でも率先して話しかけてくるあたり、彼はただのチャラ男ではなくチームのムードメーカーでもあるのだろう。

 

「私ですか? そうですね…… ツアレの件は貴族が絡んでいるので、詳しい事は余り話せないのですが――」

 

 

 モモンガは平然と口を開きながらも、内心では僅かな焦りが生まれる。

 ――どこまで喋るのが正解か……

 今頃ツアレも妹に色々説明している事だろう。そこでニニャに話している内容と自分がここで話す内容に違いが出るのは不味い。

 だが、開いた口は閉じられない。

 ――よし、誤魔化そう。きっとツアレも似たような事してるはずだし。

 モモンガは即座に方針を固め、如何にも悩むフリをしながら言葉を続けた。

 

 

「――ツアレが貴族に連れ去られたというのはご存知ですよね? 実はその屋敷はアンデッドの襲撃に遭ったのです。偶然にもその場に通りかかった私はツアレを助けることが出来ました。あとはまぁ、色々と……」

 

「そうだったんですか……」

 

「ええ、後はニニャさんが戻ってきた時にでも聞いてください。ツアレがどこまで話しているかは分かりませんが、私の口からあれこれ言うのはあまり良くないでしょうし」

 

 

 モモンガが言葉尻を濁すと、三人はどこか納得したように頷いてくれた。

 ――全くもって完璧な誤魔化しだ。

 モモンガが今言ったのは、ニニャがみんなの前で話していた事をなぞっているだけだ。

 これなら齟齬が生まれるはずもない。

 

 

(こちらから答えは出さず、相手自身にそうだと思わせ納得させるべし。俺の営業技術もまだまだイケるな)

 

 

 こういうのは曖昧に伝えておけば、相手が勝手に想像して納得してくれるものだ。

 こちらは嘘を言った訳でもないので、後でいくらでも修正が効く。

 その後も当たり障りのない話をして時間を潰していると、ツアレとニニャが戻ってきた。

 

 

「モモンガ様、お待たせしました」

 

「みんなお待たせ!!」

 

 

 ツアレは先程部屋を出た時に見た様子が嘘のように元気になっていた。

 何があったかは知らないが、ちゃんと姉妹で話せたのだろう。

 

 

「実はさっき話しててね、姉さんからの依頼――モンスター討伐の同行を『漆黒の剣』で受けたいと思うんだけど、どうかな?」

 

「おおっ!! いいんじゃねぇの? 俺の華麗な弓の腕を見せてやるぜ」

 

「私達が行うモンスター狩りについて来るということですね。森にはあまり近付かないようにして、ゴブリンか群ではないオーガ程度なら大丈夫ですよ」

 

 

 報酬や内容などの詳細をまとめ、ツアレは彼らに依頼する事に決めたようだ。

 彼らは人柄も良さそうだし、私がわざわざ付いて行かなくても問題はないだろう。

 モモンガは彼らと話していた時の印象から、安全面も含めて大丈夫そうだと判断した。

 

 

 

「良かったじゃないか。私はしばらくこの街に残っているから、気をつけて行ってきなさい」

 

「モモンガ様…… はい、いってきます!!」

 

 

 再会した妹との仲も良さそうだし、二人で暮らしたいと言い出すかもしれないな。

 ――そろそろ独り立ちの頃合いかな。

 そんな思いを抱きながら、ツアレと『漆黒の剣』を見送るのだった。

 

 

 

 

 ツアレが諸々の準備を整え『漆黒の剣』と冒険に出た後の事。

 モモンガは彼女達が戻ってくるまでの数日間をどのように潰すか考えていた。

 

 

「暇になったな……」

 

 

 エ・ランテルの街を目的もなく歩きながら、自身の心境を思わず呟く。

 リアルで仕事をしていた頃は休みが欲しくて仕方なかったが、まさか働いていない時間が苦痛に感じる事になるとは。

 余暇とは多過ぎても良くないのだろう。やっぱり定職を探した方がいいかもしれない。

 

 

「とりあえず帝国に行って金貨を補充するか。いや、ここも既に帝国だったな」

 

 

 ツアレにはこの街に残っていると約束したが、どうせ魔法を使えば一瞬で戻れるのだ。

彼らが冒険から戻ってくるまでに、またこの街に戻っておけば問題ないだろう。

 人目につかない場所で〈転移門(ゲート)〉を開き、モモンガは人知れずバハルス帝国の帝都アーウィンタールへと向かった。

 

 

 

 

 モモンガは帝都アーウィンタールの大闘技場には当然の如く偽名で参加している。

 闘技場の試合では全身鎧を纏って戦う事が多いのだが、今回は仮面を着けた純白の魔法詠唱者――『モモン・ガ・デス』になりきっていた。

 簡単に言うとただの色違いモモンガだ。

 

 

「俺の演技も中々様になってきたな」

 

 

 殺さないように手加減する事や、ギリギリの勝負を演出する事にも随分と慣れたものだ。

 次は負けるかもしれない――観客にそう思わせた上で試合に勝利してきた。

 一応金貨を補充するために来たのだが、実はそれほどお金に困っている訳ではない。

 闘技場での戦いはロールプレイのお遊び――いつの間にかお金稼ぎというより自分の趣味になっていた。

 縛りプレイ状態とはいえ、わざと負けてあげる気は微塵もない。

 最終的には全ての試合に勝利し、手に入れた賞金で懐はかなり潤った。

 

 

(さて、また皇帝とかに目を付けられない内にさっさと退散するか)

 

 

 思う存分に遊び、おまけに山のような賞金を手に入れたモモンガは満足げに闘技場を後にした。

 一度エ・ランテルに戻るために人気のない場所で魔法を使おうとして――

 

 

「私を奴隷として買って欲しい」

 

「……え?」

 

 

 ――変な少女に捕まった。

 

 

(新手のプレイか!? それとも飛び込み営業か!? いや、落ち着け。相手は子どもだ。自分は真っ当にお金を稼いで闘技場から出て来ただけだ。うん、何もおかしな事はしていない。……なぜ絡まれなければならないんだ!?)

 

 

「値段は金貨五百枚。もちろん違法奴隷ではなく契約奴隷としてちゃんと働く事を希望する」

 

(高っ!? まぁ一般的な奴隷の値段なんて知らないけど……)

 

 

 話を聞いてくれると受け取ったのか、少女は交渉を続けてきた。

 だが、ツアレとほぼ同じ歳であろう――もしかしたら更に歳下かもしれない――少女の言葉はモモンガにとって受け入れがたい内容だった。

 ちなみに帝国では奴隷制度は合法であり、キッチリとした契約を元に基本的な人権なども保証される。

 あくまで人間の奴隷は、であるが。

 

 

「いやいやいや、意味がわからん。まず君は誰だ?」

 

「私の名はアルシェ。諸事情で早急にお金を必要としている。だから私を買って欲しい」

 

 

 いきなり大金を要求されたが、アルシェと名乗った少女がお金に困っているようには見えない。

 仕立ての良い服を着ているし、肩口で切り揃えられた金髪も艶があり、しっかりと手入れされている。どちらかと言えばお金持ちのお嬢様だ。

 何かのいたずらかと思ったが、それにしてはアルシェの態度は真剣過ぎるものだった。

 

 

「さっきの闘技場の試合は見てた。だから手持ちにそれくらいあるのは分かっている。貴方ほどの実力者ならお金に余裕もあるはず」

 

 

 アルシェから話してくれたため、自分に声をかけてきた理由は理解できた。

 確かにあれだけ勝てば大金を持っていると思われても不思議じゃないし、事実金貨五百枚以上の手持ちは十分にある。

 

 

「これでもつい最近まで帝国魔法学院に通っていたし、成績も優秀だった。あのフールーダ・パラダインに師事していたし、魔法も第二位階まで使える。頭はいい方、力仕事でもやってみせる。何年、何十年でも働くからっ――」

 

「待て。君が何に焦っているのかは分からんが、つまりは契約金を前払いの一括で欲しいという事か?」

 

「……約束は破らない。ちゃんと働く」

 

 

 目の前の少女は必死のアピールを続け、非常に焦っている事だけはモモンガにも伝わってきた。

 アルシェは先程から淡々と告げているが、顔が若干青ざめて体が震えているのだ。

 

 

「いくらなんでもその条件で雇ってくれる人はいないと思うが…… 何にお金が必要かは知らないが、奴隷にまでなる必要はないだろう。君なら他の仕事でもやっていけるさ」

 

 

 この若さで第二位階の魔法が本当に使えるなら、この世界の基準ではかなり優秀な子だろう。

 学もあるようだし、もっとまともな職に就けるはずだ。

 

 

「そんなの分かってる!! ……でも、今すぐにお金が必要」

 

 

 親切心で伝えたつもりだったが、彼女にも譲れない何かがあるのだろう。

 アルシェの目にはとうとう涙まで浮かんできている。

 

 

「……お金をすぐに用意してくれるなら、さっきの契約奴隷の言葉は取り消す。私に出来る事なら、何でも、する。物として貴方に使われても構わないっ。だからっ!!」

 

「待て待て、分かった!! いや、別に買うのに同意したわけじゃないぞ。理由を聞かせてくれないか? 君のような子どもがそこまでお金に困っているのはどうしてだ?」

 

 

 予想としては、病気の家族がいてその治療費に莫大な費用がかかるとかだろう。

 手持ちのマジックアイテムでどうにかなる程度なら、自分が代わりに治療してあげてもいいかな。

 少女の身を削るような懇願を聞き、モモンガはそんな甘い事を考えていた。

 

 

「分かった、話す…… 私の本名はアルシェ・イーブ・リイル・フルト。フルト家は帝国貴族だった――」

 

 

 だが、アルシェの話してくれた内容は想像を超えて酷いものだった。

 没落貴族が家族を巻き込んで破滅していく、余りにも愚かな物語――無関係の自分が怒りを覚えるほどだ。

 

 

(貴族位を剥奪された後も親は浪費を続けて借金だらけ。しかも父親が皇帝に反旗を翻そうとして両親は処刑。年齢的に姉妹は見逃されたが財産は差し押さえられたと…… 救いようのない親だな。この子も両親がいなくなって辛かったろうに)

 

「父はタチの悪い所からお金を借りていた。けれどうちの家にはもう返済能力がないと判断されて、そこの業者は他の貴族に借金を肩代わりしてもらう事を提案してきた。でも、そのせいで双子の妹が無理やり貴族に連れていかれた……」

 

「は? 待て、それは違法ではないのか。相手は何考えてるんだ」

 

「名目上は借金を返済するための奉公。メイドとして働かせるらしい。でもあの子達はまだ三歳、仕事なんて出来るわけがない。このままじゃどんな目に合うか……」

 

 

 取り立てられる相手が借金取りから貴族に代わり、貴族は合法的にアルシェの妹を連れ去った。

 一見筋は通っているように見えなくもないが、アルシェの話からして相手はまともな貴族ではないのだろう。

 そもそも三歳の少女を働かせるという時点で怪しい。

 

 

「両親の隠した財産を取ってくると誤魔化して、私は一日だけ猶予を貰えた。でもこのままじゃ私も連れていかれて、そうなったらもう……」

 

 

 アルシェの涙腺は既に決壊している。

 嗚咽混じりの声を聞きながら、モモンガは自分が拳を握りしめていることに気づく。

 ――『――無理やり貴族に連れていかれた……』

 この世界に来てからずっと一緒にいた少女の顔が浮かんだ。

 ――ああ、本当に不愉快だ。

 

 

「皇帝に叛逆したフルト家にはどこの業者も、誰もお金を貸してくれない…… お願いします!! クーデとウレイ、二人の分だけでも…… 妹たちの分だけの値段でも良いから……私を、買ってくださいっ。もう時間がっ、何でも、何でもするから……」

 

 

 時間も精神的余裕もないアルシェは泣きじゃくり、地面にへたり込んだ。

 藁にもすがるような様子で、弱々しくモモンガのローブの裾を握りしめている。

 そんな少女の頭に手を置き、モモンガは籠手で傷つけないようにそっと撫でた。

 ――『――悟、お母さん頑張るから、あなたはちゃんと学校を卒業するのよ』

 いつも疲れた顔で、それでも自分に笑みを見せる女性の顔が浮かんだ。

 ――いくら大切な妹たちのためとはいえ、アルシェの覚悟は子供がするには大きすぎる。

 

 

「はぁ、頭はいい方じゃなかったのか、アルシェ。妹の分だけ払っても、結局お前が連れていかれたら私の手元には何も残らないぞ?」

 

「あぅ、それは……」

 

 

 自分が無茶苦茶な事を言っていたのに気がつき、俯きながらアルシェは口ごもった。

 

 

「ほら、白金貨五十枚、ちょうど金貨五百枚分だ。行くぞ」

 

「え?」

 

 

 モモンガはアルシェにずっしりとした重みのある袋――白金貨の入った袋を握らせる。

 キョトンとした様子を無視して、そのまま座り込んだ少女の手を引っ張りあげて立たせた。

 

 

「妹が待っているのだろう? 今の君の話が嘘で、万が一お金を持ち逃げされても困るからな。返済するのなら私も一緒に行こう」

 

 

 公平さも何もない、ただ自分が気に入らないから――自分勝手な理由で救いの手を差し伸べる。良識ある大人のやる事ではない。

 これはきっと自分の我儘というやつだろう。

 大切な妹と無理やり引き離され、死んだと聞かされた時どんなに悲しんでいたか自分は知っている。

 家族のために身を削って働くという事がどんなに尊い事か――

 ――だがその先に待つ最悪な結果も自分は身をもって知っている。

 だからモモンガは動くことを決めた――もうあんな光景を見たくないから――この不愉快な気持ちを抑える事が出来なかったから。

 

 

 

 

 大きな屋敷が立ち並ぶ帝国の高級住宅街。

 その中でもあまり周囲から目立たない、端の方に位置する屋敷の前にモモンガとアルシェは立っていた。

 

 

「借金の返済に白金貨五十枚を用意した。だから早く妹達に会わせて!!」

 

「返済に来てくれたのは有難いが、奉公初日で連れていかれたら困るんですよ。フルト家のお嬢さんよ、働き手がいきなり減ったら予定が狂っちまう事くらいは分かるだろう?」

 

 

 全額揃えて返済に来たというのに屋敷の中には入れてもらえず、巨大な門の前で用心棒らしき男とアルシェは言い争っていた。

 男は貴族に仕える者としてはガラが悪いし、どうにも雰囲気が怪しい。

 

 

「使用人やメイドが急にいなくなって困るのは分かる。でもあの子達がいなくなって支障が出るとは思えない。早く妹達を返して!!」

 

「金貨五百枚の借金ともなればかなりの大金だ。当主やそれに近いものが対応せず、貴方のような人物に任せるのは少々おかしいのでは?」

 

「ちっ、めんどくせぇ。お前は明日にする予定だったのに変な男まで連れて来やがって……」

 

 

 モモンガも軽く助言していたが、急に男の様子が変わった。

 無理やり貼り付けたような丁寧さは消え、二人を脅すような視線を向けてくる。

 

 

「おい、ハッキリ言ってやるよ。お前ら姉妹は三人とも邪神の生贄なんだよ。金を用意すれば本気で妹が助かると思ってたのか?」

 

 

 それに合わせて武装したゴロツキがぞろぞろと現れ、モモンガとアルシェを取り囲んだ。

 前面には鋼鉄の門、背後にはゴロツキ――この後彼らがどんな行動に出るのかなんて簡単に想像出来てしまう。

 

 

「生贄っ!? 私はそんな事聞いてない!! そもそも生贄なんて、許されるわけが……」

 

「借金のカタに連れて行かれたやつなんて誰も調べねぇよ。それに、仕事中に事故で人が死ぬなんてよくある事だろう?」

 

「――っ!! 生贄なんて捧げてなんの意味があるの? 何の得にもならない……」

 

「そんなもん俺は知らねーよ。ここの主人は邪神とやらを狂ったように崇拝してたからな。邪神に信仰を示せたらそれで満足なんだろ」

 

「そんな……」

 

 

 ――完全に詰んでいる。

 モモンガだけでなくアルシェも怪しいとは思っていたが、ここの貴族は最初から労働なんてさせるつもりはなかったのだ。

 

 

(私とデスさんが協力すれば――無理。距離が近いし人数が多すぎる……)

 

 

 いくら魔法が使えてもこの人数に襲われたら、肉体的に脆弱な魔法詠唱者――自分達では勝ち目はない。

 特にアルシェのような少女では抵抗すらままならないだろう。

 もう逃げられないと感じたアルシェは、見ず知らずの自分に手を差し伸べてくれた人――『モモン・ガ・デス』を巻き込んでしまった事を後悔した。

 

 

「デスさん、ごめんなさい。助けようとしてくれたのに、こんな事になってしまって……」

 

 

 アルシェは悔しげな声を出しながら唇を噛み締める。

 隣にいるモモンガは黙ったままで、仮面のせいで表情すら分からない。

 

 

「アンタは運が悪かったな、変な仮面のおっさん。本当はこのお嬢さんだけで良かったんだが、関わっちまったなら消えてもらうぜ。高貴な三姉妹の前に、アンタも前菜として邪神の生贄に捧げられるかもな」

 

 

 ここにきて静観していたモモンガは深く息を吐くようにゆっくりと口を開き、ぶつぶつと不快感を漏らし始める。

 

 

「――自分から話しておいて口封じの強行手段に出るとは…… この世界には新鮮な空気も、生きている生物もいるのに…… 邪神だの生贄だのくだらない事ばかり…… それがこの家の、貴族の正体か――」

 

「親もいないガキの末路なんてこんなもんだろ? これが現実なんだよ。おっと、アンタはおっさんだったな」

 

 

 下卑た笑いを見せるゴロツキ達を前にして、モモンガの既に煮えたぎっていた感情が限界を超え爆発する。

 

 

「――クゥ、クズがぁぁぁぁっ!!」

 

 

 怒号をあげながら腕を振り上げる。

 舗装された石畳の地面を砕く程強く踏み込み、モモンガは全力の拳を屋敷の門に叩き込んだ。

 あたりに轟音を響かせ、ひしゃげた鉄の門は吹っ飛んでいき屋敷の壁にぶち当たる。

 ゴロツキに拳を振るわなかったのはモモンガに残った最後の良心だ。

 この程度の雑魚に攻撃していたら間違いなく死んでいただろう。

 

 

「ふぅ、良い事を聞いたな。奉公目的の人間を連れ出すのは不味いが、犯罪行為から助け出すなら構わないだろう。アルシェ、さっさと行くぞ」

 

 

 一息ついて冷静さを取り戻したように見えるが、モモンガの心の中にある業火は燃え上がったままだ。

 超人的な力を見せつけられ、ゴロツキ達は腰を抜かしている。

 武器を構える事はおろか、無様にも恐怖で失神してしまった者すらいる。

 

 

(デスさん、闘技場で見た魔法よりこっちの方が凄いかも……)

 

 

 周りで呆然としている男達を無視し、屋敷の中に向かって堂々と歩いていくモモンガ。

 アルシェは無言でコクコクと頷き、慌ててその背中を追いかけた。

 

 

 

 

 おまけ〜ツアレと『漆黒の剣』の冒険

 

 

 

「そういえば姉さんの荷物少なくない?」

 

 

 冒険者チーム『漆黒の剣』とツアレがエ・ランテルを出発し、モンスターが出現する辺りを目指している途中の事。

 ニニャは姉の荷物が背負い袋一つだという事に気づいた。

 身軽さを重視したのかもしれないが、どう見ても野営して何泊かするには足りない量だ。

 姉と一緒に冒険に行けると浮かれていたが、出発前に必要な持ち物くらい確認しておくべきだったとニニャは自身の失態を悔やんだ。

 消耗品が足りなくなることが心配だが、もし何か足りなければ自分のを貸せばいいだろうと考えていた。

 

 

「大丈夫よ、冒険に必要なものは全部入ってるから。モモンガ様に貰ったものなんだけど、荷物がいっぱい入るのよ」

 

「へぇ、魔法のかかった鞄なんだ……」

 

 

 だがその心配は杞憂だったらしい。

 モモンガが姉の事を大切にしているという嬉しさと、便利なマジックアイテムに対する羨ましさ――そしてモモンガの正体に関する疑問の混ざった声がニニャから漏れた。

 

 

「でもモモンガ様って変に心配性なのよね。ポーションとか家とか全部詰め込むんだもの。アレは持ったかとかコレは忘れてないかとか、私も吟遊詩人に必要な道具は忘れずに入れてるのに」

 

「……うん、私はもっと姉さんと色々話さなきゃいけないって、今改めて実感したよ」

 

「もちろん、沢山話しましょ。私もまだまだいっぱいニニャに話したいことがあるから」

 

 

 ――自分の姉はこんなにも天然だったかな。

 ニニャは自身の姉がこれまでどう過ごしてきたか、深く話し合おうと決意した。

 

 

(ポーションは分かるけど『家』ってなんだ?)

 

(モモンガさんは何者なんでしょう?)

 

(モモンガ氏は過保護であるな)

 

 

 姉妹のガールズトークを聞いていた男達は、モモンガに対する謎が増えていくのだった。

 

 

 

 




ジル「いつか使うかも。若い弟子の事を念のため気にしておいてくれ」
古田「畏まりました」

――数か月後……

古田「ん? 弟子が一人学院をやめとるな。せっかくの才能を磨かないとは勿体ない……」


フールーダなら研究に夢中で忘れちゃうとか本気でありそう。
戦争始まる前に言われてた事だし仕方ないよね。



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