「妹達を返して!!」
「お前おっさんだろ?」
「クゥ、クズがぁぁぁぁぁ!!」
モモンガ様はガチギレですがシリアスは続きません。
モモンガはアルシェの借金を返済するために貴族の屋敷に訪れていたが、いつのまにか口封じに襲われそうになっていた。
怒りが爆発し目的が変わった――双子の妹を救出する事にした――モモンガは、綺麗な模様の彫られた高級そうな木製の扉の前に立つ。
「デスさん、大丈夫ですか?」
「ああ、問題ない。私は至って冷静だ」
アルシェの心配そうな声に、モモンガは出来るだけ余裕を持って応える。
正直なところ怒りに任せて暴れたい。
しかし、余計な被害が出るのは困るし、子供の前でこれ以上みっともない姿を見せるわけにはいかない。
荒ぶった感情を抑えるために肺のない体で深呼吸を行い、モモンガは冷静になれと自分に強く言い聞かせた。
「お邪魔します」
丁寧な挨拶とともに玄関の扉を優しくノック――全力パンチで叩き壊して屋敷に入った。
突然の襲撃に複数の使用人が慌てて逃げ出していくが、モモンガは我関せずで突き進む。
この規模の屋敷ともなれば部屋の数も多く、双子がどこで捕まっているのかすぐには分からない。
どうせやましい事は奥の方だろうと思いつつも、一番近くにあった部屋の前でモモンガは立ち止まった。
「失礼します」
面接時における社会人のような挨拶をし、部屋の扉を優しくノック――全力で蹴り飛ばした。
「どうぞお入り下さい」とは返ってきていないが、モモンガは部屋の中にズカズカと入っていく。
こんな事をアルシェの妹達が見つかるまで延々と繰り返したのだ。
屋敷の中はボロボロである。
(デスさん、全然冷静じゃない……)
この蛮行を見ていたアルシェは自分には止められないと思い――こんな屋敷潰して構わない。むしろもっとやれという本音を隠し――あえて口には出さなかった。
「失礼します。お、やっと見つかったか」
「な、なんだ貴様は!? くそっ、警備は何をしているんだ!?」
「今はモモン・ガ・デスと名乗っている。まぁ、そんな事はどうでもいい。借金を返しに来たんだよ」
モモンガは屋敷の一番奥にある部屋に辿り着き、今まさに子供が袋詰めされようとしている現場を発見する。
大柄で少し年老いた貴族の男――この屋敷の主人――が意識のない二人の女の子を麻袋に入れようとしていた。
「幼女を袋詰めにするとは…… 流石にこれをメイドの仕事だとは言うまいな?」
怒りを隠さないモモンガが一歩ずつ近づいていくたび、貴族の男は震えながらも袋から離れていった。
レベル百の威圧感をまともに受けて立っていられるとは、中々気合いの入った変態のようだ。
「クーデっ!! ウレイっ!! しっかりして、大丈夫!?」
アルシェはすぐに双子の妹に駆け寄った。
二人の心音などを素早く確認し、眠らされているだけだと分かって僅かに安堵の表情を見せる。
「さて、一応借金の分は金を置いていこう。金輪際この子達に関わるなよ?」
アルシェの妹が無事だったという事もあり、モモンガの怒りは少しずつ鎮まろうとしていた。こんな場所にもう用はないと、金貨の詰まった袋を置いて踵を返す。
だが、双子を連れて去ろうとする二人を、あろうことか貴族の男が呼び止めた。
「ふざけるなよ…… その娘達は私の物だ。私が買ったんだよ!! 高貴なる三姉妹の血を捧げ、私は邪神様に降臨していただく。不老不死を願うのだ!!」
「この状況でそれを言える根性だけは立派だな……」
「根性などではない、信仰だ!! モモンだかなんだか知らんが、いい気になるなよ。我が家には今、最強の用心棒がいるのだ!!」
どうやらこの男には切り札があるらしい。
貴族の反抗心を叩き潰すため、モモンガはあえて用心棒――自分が殴っても問題ない頑丈なサンドバッグ――とやらが出てくるのを待った。
「
男は隣接する部屋の扉に向かって必死に叫んでいる。
だが、いくら待ってもクレマンティーヌとやらは出てこず、代わりに額から滝のような汗を流す執事が現れた。
「あの、旦那様……」
「なんだ!! クレマンティーヌはどうしたっ!!」
「彼女からこんな物を預かっております」
男は執事が差し出した手紙を乱暴に受け取る。
そして、その内容を読み進めていくうちに、執事と同じように汗だくになっていった。
――ゴメンね〜。ちょっと風の便りで名前に『モモン』って入った奴はヤバイって知ってたから帰るね。あのクソったれな化け物と同格かもしれない奴と戦うのは流石に無理ってことで。結社との繋ぎはまた別の人にお願いするから気にしないでね。それじゃあサヨナラー。
byクレマンティーヌ――
「そ、そんなぁぁぁ!?」
絶対の自信を持っていた手札が既に存在しない事を理解し、貴族の男は情けない悲鳴をあげた。
「あれだけ騒いでも出てこなかったから、少しは予想していたが…… 用心棒に逃げられるとは哀れだな。あのまま私達を帰しておけば、こちらも我慢してやったものを……」
モモンガは貴族の前に立ち、処刑人のように告げる。
手紙を渡した執事もとっくに逃げているため、この場にはこの男しかいない。
「お、お前には関係ないだろ。私をどうこうする権利など……」
「確かにそうだ。貴様がどんな人間か私は知らんし、理解しようとも思わん。だがな――」
――気に入らないんだよ。
仮面越しでも伝わるほどの怒り――モモンガの視線が貴族を射抜いた。
「子どもを犠牲にするようなクズを殴る事に躊躇いはない。だが私が普通に殴れば死なせてしまう。殺すのは本意ではない……」
「じゃ、じゃあ見逃してくれるのか。もし見逃してくれるなら金貨百枚、いや、あの姉妹をくれてやってもいい。好きにして構わんっ。だから私は助け――」
「――だがっ!! 私は魔法詠唱者だ。こういう時に使える便利な魔法を知っている」
一縷の望みにかけ、助かろうと懇願する男の言葉をモモンガは遮る。
この期に及んで姉妹をモノ扱いする男にかけてやる情けなどない。
希望が見つかったと思った直後、更なる絶望に落とされる――貴族の男が幻視した姿は、まるで物語に登場する魔王のようだった。
「あの子達が味わった恐怖。ほんの僅かでも思い知るがいい。〈
男に対して魔法を発動し、下準備を終えたモモンガはゆっくりと拳を構える。
「やめろ、やめて、やめて下さい…… くるな、くるなっ!? あぁぁぁぁ!?――」
発狂寸前の悲鳴が聞こえるが、もはや止まることなどありえない。
モモンガは音が鳴るように籠手のはまった手を握りしめ――
――泣き喚く貴族の顔面に心を込めた拳を叩き込んだ。
◆
貴族にお仕置きを済ませ、スッキリとした気分でモモンガ達は屋敷を後にした。
そそくさと住宅街を離れ、周りに人もいない所に着いた時、ふと思い出したようにアルシェが疑問を口にする。
「あの男が死ななかったのはなぜ? デスさんの拳を受けて肉体が残るとは思えない」
「魔法で保護しただけだ。一度だけに限るが、殴打属性のダメージを完全に無効化できる」
魔法のお陰で貴族の男に怪我はない。
だが、レベル百のプレイヤーが放つ即死級の一撃を正面から食らうというのは、一般人にはさぞかし恐ろしい事だろう。
男はアルシェ達に関わりたくないどころか、もう二度と部屋から出られない程の臨死体験――トラウマとして今日の出来事は心に刻まれている。
きっと部屋の隅で震えて、必死になって邪神にお祈りし続けているだろう。
「さて、私もスッキリしたし、もう帰るよ」
「デスさん、本当にありがとう。おかげで妹達も無事だった」
寝ている双子の妹達を抱えながら、アルシェは器用に頭を下げた。
「それと私はもう貴方のもの。だから、私は奴隷として、これから貴方に仕えたい……」
顔を赤くし、モジモジとしながら奴隷宣言をするアルシェ。
モモンガはそんなアルシェの頭をわしゃわしゃと少しだけ乱暴に撫でた。
「子どもがそんな事を言うもんじゃない。あれは私の我儘でやった事だ。ただの八つ当たりだよ……」
「で、でもっ、デスさんは実際に大金を払っている」
「私は一度もアルシェの事を買ったなんて言ってないぞ? それに『モモン・ガ・デス』なんて人間は存在しない。雇い主がいなければ奴隷にはなれないぞ」
「ずるい。そんなの屁理屈……」
闘技場で名乗っていた名前が偽名だと気づき、アルシェは少しだけ頬を膨らませた。
本当は偽名というだけでなく、人間という意味でも存在しないのだが、流石にそこまでは分かっていない。
「じゃあ私はどうやって恩を返せばいいの? クーデもウレイも、私も助けて貰ったのに、このままじゃ何も返せない!!」
「うーん、これは代償行為――私の自己満足に付き合ってもらっただけなんだが…… そうだな、それなら一つ仕事をお願いしよう」
「任せて、何でもする」
「私は基本的に旅をしているからこの国にはいないんだ。だから、アルシェにはここに残って色んな情報――この国で話題になっている事、面白そうな噂、魔法の事などを調べて欲しい。私がまたここを訪れた時にそれを聞かせてくれ」
「そんなのっ――分かった…… 貴方のいない間の出来事をちゃんと調べてまとめておく」
そんな事は仕事の内に入らない。
自分を自由にするための建前だ。
アルシェはそう思ったが、何でもすると言った手前素直に頷いた。
「ところでアルシェはこれからどうするんだ。学院に復帰するのか?」
「奨学金制度も今の私では使えないから復帰は難しい。普通に働いてお金を稼ぐ――」
――そしていつか貴方にお金を返す。
金額が高過ぎて本当にいつの事になるか分からない。
今の自分がそれを口にすると、この人は適当な理由をつけて断るとアルシェには分かっていた。
だから悔しかったが、アルシェは先の言葉を飲み込んだ。
「上手くいくのか? 借金は無くなったが住む家もないのだろう?」
「一応あてはある。知り合いの家に居候させてもらって、妹達の面倒も出来るだけ自分で見る」
「そうか…… そう決めたなら頑張るといい」
「待って」
何かを納得したように、それだけ言って去ろうとするモモンガの背中をアルシェは呼び止める。
「貴方の本当の名前を教えてほしい。もし教えてくれないのなら、今日の凄い出来事をみんなにバラす。そうしたらこの国の皇帝は貴方の事を絶対に探すはず」
「おいおい、雇い主を脅迫か?」
「今の私は貴方に仕事を依頼された契約奴隷。雇い主の事をちゃんと知る権利がある」
アルシェは何となくだが、この人はこのまま去ったらもう会えない気がした。
こんな言い方は失礼だとは思うが、名前も知らなかったらいざという時探すことも出来ない。
絶対に恩返しをするつもりでアルシェは食い下がった。
「そんな奴隷にこだわらなくても…… まぁ、契約なら仕方ない。私の名前はモモンガ。極々普通の魔法詠唱者のモモンガだ」
「偽名が偽名になってない。あと貴方は普通ではない…… でも分かった。妹達が大きくなったら今日の出来事、モモンガさんの事も伝えておく」
「好きにするといい。だがその歳で妹を二人も養うのは大変だろう。私の事は忘れて構わないぞ。他人を気にするほどの余裕はないだろうからな」
今度こそ去っていく背中に、アルシェは人生で一番の感謝を込めて叫ぶ。
「モモンガさんっ!! 本当にありがとーーっ!!」
絶対にまた会って妹達と御礼を言おう。
アルシェはモモンガの姿が見えなくなるまで、ありがとうの言葉を叫び続けていた。
◆
妹達を貴族の家から助け出した二日後。
アルシェは妹の面倒も出来るだけ自分で見れるよう、そこそこ収入が良く、尚且つ時間に融通の利く仕事を探していた。
だが、アルシェの年齢の事もあり、流石にすぐには条件の整った仕事は見つからない。
アルシェは明日も朝早くから頑張ろうと、現在お世話になっている家――帝国魔法学院に通っていた頃の弟分、ジエット・テスタニアの家に戻った。
「お帰りなさい、アルシェちゃん」
「おば様!? 昨日もあんなに咳き込んでたのに、そんなに動いて大丈夫なんですか?」
駆け寄るように出迎えてくれたのは、この家に住むジエットの母親だ。
既に自分は貴族ではなく、お世話になっているという事もあってこんな口調だが、彼女は元々フルト家に仕えていたのでアルシェの事もよく知っている。
「もうすっかり回復したわ。元気いっぱいでベッドになんか寝てられないくらい」
そんな彼女に対してアルシェが驚いたのは、彼女の顔色が良くなり健康そのものになっていたからだ。
彼女は簡単には治らない病気――神殿で大金を払ってどうにかなるというレベル――を患っていたはずだ。
「そんな急に…… 一体なにがあったんですか?」
「それがね、今日アルシェちゃんにプレゼントを届けに来た人がいたんだけど、その人がついでに治してくれたのよ!!」
「はぁっ!?」
正直意味がわからない。
そもそも無償で治療を施すのは神殿から禁止されていて、下手をすれば治療した人は捕まってしまう。
いったいどこの誰がそんな馬鹿な事をしたのか。
「お姉さま、お帰りなさい!! これお姉さまにってー」
「お姉さま、お帰りなさい!! これすごく重たいんだよー」
クーデリカとウレイリカがかなり大きいヌイグルミ――妹の身長と同じくらいのサイズ――を二人で抱えている。
ただでさえ天使な妹の可愛さが更に際立ってしまうほど、絶妙に可愛くないクマのヌイグルミだ。
「クーデ、ウレイ、ただいま」
双子の妹からヌイグルミを受け取ると、確かにずっしりとした重さを感じる。
背中にチャックが付いており、どうやら中に何か入っているようだ。
アルシェがヌイグルミの背中を開けてみると、中には煌めくような白金貨が詰まっていた。
「――っな!?」
「そうそう、届けてくれた人だけど、名前は確か『モモン・ザ・アシナーガ』って言ってたわよ。仮面を着けてたからどんな顔かは分からないけど、アルシェちゃんの知り合いなのよね?」
アルシェが絶句していると、これを届けてついでに病人を治療した馬鹿――普通じゃないお人好しの正体が判明した。
「ねぇ、クーデ、ウレイ。その人は何か言ってた?」
「えっとねー。『頭はいい方な女の子がまた学院に通えるように』っていってたー」
「それからねー。『姉のいうことをちゃんと聞くように』って。あとね、クーデとウレイも大きくなったら学院に通えるといいなっていってたー」
バレバレな偽名、センスのないヌイグルミ――そして優しすぎるお節介。
ああ、本当に悔しい。
あの人はどうしてこんなにも自分勝手に――見返りを求めてくれない――見ず知らずだった私達の事を助けてくれるのだろう。
「ずるいよ…… 返す物が、また増えちゃった……」
「お姉さま、どうしたの?」
「かなしいの? どこかいたいの?」
表情に出てしまっていたのか、妹達が顔を覗き込んできた。
アルシェは思わず涙が出そうになったが、無理やり抑え込んで笑ってみせる。
「ううん、違うよ。このヌイグルミ、あんまり可愛くないなって思っただけだよ」
「抱きしめてるのにへんなお姉さま。クーデはそれ好きー」
「嬉しそうなのにへんなお姉さま。ウレイもそれ好きー」
妹がこの話を理解できるまで成長したら、助けてくれた人の事をちゃんと説明しなきゃいけない。
顔も見せてくれなかった人だけど、妹と三人できっと恩返しをしてみせる。
――いらないと言われても無理やり返す。
そう、これは自分勝手な大人に対する私の我儘だ――そんな想いを胸にしまい、アルシェは妹達とヌイグルミをぎゅっと抱きしめていた。
◆
おまけ〜クライムによろしく〜
なんやかんやでアルシェの問題を解決したモモンガだったが、ふとある事を思い出した。
個人的にお仕置きはしたが、あの貴族の男は捕まっていないと。
「どうするか…… 今から行って無理やり自首させるか? いや、流石にそれは不自然だよな」
万が一貴族のコネで無罪になっても困るので、出来ればちゃんとした人に捕まえて欲しい。
そして一人の少年の事を思い出した。
「〈
リ・エスティーゼ王国と呼ばれていた頃の王都で助けた孤児――現在はバハルス帝国で騎士になったクライムだ。
なにやら忙しそうな雰囲気だったので、モモンガは本当に最低限の情報しか伝えていない。
「よし、これで問題ないな」
後日バハルス帝国の優秀な騎士の手によって、邪神を崇拝する悪質な貴族が芋づる式に大勢捕まったとか。
モモンガ「やらかしたかも…… 今思い返すと色々恥ずかしい。俺、指名手配とかされちゃう?」
アルシェ「そういえば何で私の眼で何も見えなかったんだろう? モモンガさんって魔法詠唱者…… だよね?」
モモンガ様は冷静に損得勘定で判断できるけど、時には感情的に動いちゃう部分もある。
しかも一度助けたら甘い。身内にも甘い。つまり骨はチョロイン。