オーバーロード 拳のモモンガ   作:まがお

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ちょっとした前回の種明かし。

「ところでモモンガ様、こんな場所いつ見つけたんですか?」
「昨日私が作った」
「……えっ?」

安全な水辺がなければ作ればいいじゃない。
こっそりと『砂漠』のフィールドエフェクトを一部『水辺』に改変してたモモンガ様でした。



帝都襲撃のエルヤー 前編

 昼夜を問わず人通りが少なく、お世辞にも住みたいとは思えない立地にある小さな小屋。

 その薄暗い部屋の中では男の罵声がほとばしり、女性の微かなうめき声をかき消していた。

 

 

「何故だ…… 何故奴は現れないっ!!」

 

 

 男はうずくまった複数の奴隷を蹴り飛ばし、荒く息を吐きながら「モモン、モモン……」と呪詛のように呟き続けている。

 その頭の中は素顔も知らぬ怨敵で満たされ、床に転がるモノには見向きもしていない。

 

 

「ふぅ…… おかしいですね。あの女が帝国中に私の事を知らせているはず……」

 

 

 この情緒不安定で頭を掻き毟っている男の名はエルヤー・ウズルス。

 数々の奴隷を惨殺し、巡回していた兵士すらも殺害したワーカー――現在バハルス帝国で指名手配されている重罪人だ。

 

 

「宿敵であるこの私が更なる力を得たというのに、あの男が無視するとも思えませんが……」

 

 

 とある力に溺れて少々狂っているが、本人は至極真面目なつもりである。

 エルヤーは盗んできた奴隷に当たり散らし、ある程度の怒りを発散させた後、独り言を呟きながら現在の状況を整理し始めた。

 

 

「時間は十分に経っていますし、知らないという事はないでしょう。少々脅しが過ぎましたかね?」

 

 

 残念ながら脳内は既に本人にとって都合のいい情報――「くっ、待っていろエルヤー。貴様はこの私、モモンが倒してみせる!!」――エルヤーの理想で埋め尽くされてしまっている。

 一応これでも客観的に考えているつもりなのだが色々と手遅れだ。

 

 

「まさか奴は私を恐れて出てこないのでは――いや、なるほど。そういう事ですか――」

 

 

 椅子に腰掛けながら顎に手を当て、自身の行動を振り返るエルヤー。

 そして妄想と悪魔的な深読みが重なり合い、男の中でとんでもない結論が導き出された。

 

 

「――イカサマを使われたとはいえ、試合の判定で私があの男に負けたのは事実。奴はあの闘技場でチャンピオンとして待っていると…… 忌々しい、挑戦者として私から会いに来いという事ですか」

 

 

 エルヤーの脳裏には高笑いする全身鎧の姿が浮かび、思わずこめかみが痙攣する。

 しかし、急に表情を和らげると、腰に携えた二振りの剣をうっとりとした手付きで撫で始めた。

 

 

「まぁいいでしょう。帝国の王となるついでです。王たる力を手に入れた――"剣帝"エルヤー・ウズルスの、本気の実力というものを奴にも見せてあげましょう」

 

 

 長年愛用する刀ではなく、錆びた色の剣をスラリと引き抜き――奴隷の心臓を貫いた。

 まるで爪楊枝を使うような気軽さで、床に転がる奴隷達を次々に刺し殺していく。

 既に瀕死だった奴隷達は悲鳴をあげる事も出来ず、その血で床を真っ赤に染めて静かに死んでいった。

 

 

「最近はゴミが死ぬのを見ると気分がいい……」

 

 

 エルヤーはその様子を見て満足げに頷く。

 奴隷の死を心から喜んでいる――まるで生きている存在自体を憎んでいるかのようだ。

 

 

「――さぁ、私の真の奴隷として蘇りなさい」

 

 

 血溜まりに沈んだ死体が僅かに震えた。

 死んだ奴隷の肉体が倍以上に膨れ上がり、アンデッドに変質して立ち上がる。

 

 

「――ヴォォォアァァッ!!」

 

 

 全身が包帯で覆われた屈強そうな肉体。

 その姿に元の痩せこけた死体の面影はまるでない。

 そして二人目の死体にも変化が起こった。

 黒い靄が死体に纏わりつき、巨大なタワーシールドとフランベルジュを持ったアンデッドに生まれ変わっていく。

 

 

「――オオオァァァアアーー!!」

 

 

 強大な力を持つ二体のアンデッド『屍収集家(コープスコレクター)』と『死の騎士(デス・ナイト)』の誕生である。

 その他にも全ての死体がスケルトン系やゾンビ系のアンデッドに生まれ変わった。

 

 

「おや、今回は当たりですかね。精々暴れてもらいますよ」

 

 

 憎しみの篭った唸り声に対して、エルヤーの声はまるでクジで当たりを引いたような明るさだ。

 

 

「貴方の事は今まで使った武器も、弱味も全て調べ上げてますからねぇ。どんな風に苦しめるか…… モモン、会うのが楽しみです」

 

 

 どこまでも上から目線に、男は欲望の赴くままに全てを巻き込み動き出す。

 向かうはバハルス帝国の帝都、アーウィンタールの大闘技場――

 

 

 

 

 帝都のどこにでもありそうな普通の喫茶店。

 しかし中には一際目立つお客が一組。

 ローブを着た大柄で仮面を着けた人物と、気品ある綺麗な顔立ちをしたショートカットの少女だ。

 仮面の人物はもちろんモモンガである。

 

 

「――一番話題になったのは奴隷惨殺事件。違法な奴隷を売りさばいてた闇商人ごと皆殺しにされたらしい」

 

「うわ、なにそれ怖っ……」

 

「しかも一件だけじゃなく何件も続いている。犯人は指名手配中の元ワーカー、エルヤー・ウズルス。捕まえようとした近衛兵も返り討ちになったって専らの噂。元々人間種以外を軽蔑してたらしいけど、ワーカーの仕事をしなくなってからそれが酷くなったとの噂もある」

 

 

 少女はびっしりと文字が書き込まれたノートをめくり、モモンガに記録した内容を簡単に説明している。

 この金髪少女の名前はアルシェ。

 以前色々あってモモンガに助けてもらい、名ばかりの契約奴隷となった女の子だ。

 

 

「最近は帝都周辺でアンデッドの目撃情報も増えてる。これの理由は謎。でもそのせいか巡回してる兵士をよく見かける」

 

「こっちの方は結構物騒なんだな。他に何か面白い話題とかはないのか?」

 

 

 アルシェは以前モモンガに情報収集を仕事として頼まれた。

 でもそれは自分を自由にするための建前上の仕事――モモンガがそこまで本気で情報を求めているとは思っていなかった。

 しかし、それでも彼女は日頃から情報を集め、律儀にもノートにまとめて記録していたのだ。

 

 

「うーん…… あっ、闘技場で無敗の少女がいるらしい」

 

「無敗の少女か、気になるな。その子はどんな戦い方をするんだ?」

 

「選手じゃない。ギャンブルの方で無敗。澄まし顔で有り金を全額賭け続ける恐ろしい人物と噂されている」

 

「狂人――いや強靭なメンタルだな。相手の強さが分かるタレント…… それか、未来が読めるタレントでも持ってるのか?」

 

「分からない。偶にしか現れないらしいから本当にいるのかも不明」

 

 

 書き溜めたそれを披露する日が来るとは思っていなかったからだろう。

 直筆のノートを確認しながら、それを淡々と語る彼女はどことなく嬉しそうだ。

 

 

「そういえば妹達は元気にしているか?」

 

「うん。今は多分家の近くの孤児院に行って他の子どもと遊んでると思う。私が学院に行ってる間は暇してるみたいだし。ねぇ、アシナーガさん?」

 

「さて、何のことかな? モモン・ザ・アシナーガなんて私は知らないが……」

 

「誰もモモンだなんて言ってないけど…… でも、その人にはとっても感謝してるよ。本当にありがとう」

 

 

 話の途中、アルシェから意味ありげな問いかけがあったが、モモンガは知らぬ存ぜぬで押し通した。

 内心では自分のプレゼントが上手くいった事――彼女が学院に再び通えている事を知って少し安心している。

 

 

「――おっと、結構話し込んでしまったな。そろそろ私は行かせてもらおう。連れと待ち合わせをしているんでな」

 

「分かった。こんなに早くまた会えると思ってなかったから、会えて嬉しかった。……ところで、私の情報は役に立った?」

 

 

 席を立つモモンガにアルシェは少し躊躇いがちに問いかけた。

 そんな不安げな少女の様子を見て、モモンガはアルシェの頭をぽんぽんと軽く叩くように撫でる。

 

 

「ああ、役にたったぞ。またよろしく頼む」

 

「また子ども扱い…… でも許してあげる。私は貴方の奴隷だから」

 

「ああ、うん…… やっぱり奴隷にこだわるんだな…… なんか予想通りだったよ」

 

 

 モモンガの奴隷である事――正確には少しでもモモンガのために働けて恩返しが出来た事――に、どこか誇らしげな様子で胸を張るアルシェ。

 モモンガがツアレをこの場に連れて来なかった理由は明白である。

 自らをモモンガの奴隷と言い張る少女を紹介なんてしたら、誤解を解くのにどれだけ苦労する事か。

 

 

「じゃあな、アルシェ」

 

「またね、モモンガさん。次も頑張って情報を集めておくから」

 

 

 ご主人様にしっぽを振る犬のように、去っていくモモンガに手を振るアルシェ。

 

 

(忠犬アルシェ…… これは言ったら怒られるな。いや、それ以前に何か良くない方向にいきそうだし黙っておこう)

 

 

 見た目でいえば猫の方が似合いそうな容姿だが、命令に忠実なところはまさに犬。

 恩人であるご主人様のために頑張る姿は、立派な忠犬アルシェだった。

 

 

 

 

 帝都アーウィンタールの一角、闘技場近くの通りで辺りをキョロキョロと見回し、人と待ち合わせをしていると思われる少年がいた。

 まだ成長しきっていない小柄な体つきだが、その肉体は年齢に不釣り合いな筋肉に覆われている。

 

 

「久しぶりー!! しばらく見ないうちに随分大きくなったわね」

 

「あっ、お久しぶりです、ツアレ姉さん!!」

 

 

 クライムは待ち人に声をかけられ、少し幼さの残る顔をパッと明るくしながら振り返った。

 そう、彼が待っていた相手はツアレとモモンガである。

 

 

「遅くなったけど、おめでとうクライム。騎士になれたんですってね」

 

「ありがとうございます。自分はまだまだ未熟者ですが、ようやく夢の一歩を叶えることが出来ました…… ですが今の私があるのはモモンガ様とツアレ姉さん、お二人のおかげです」

 

 

 モモンガとツアレに多大な恩義を感じている――この熱血気味な少年の名はクライム。

 彼がまだ王国の孤児だった頃、モモンガとツアレに色々な意味で救われた少年だ。

 今日は非番とあって軽装で訓練用の剣を腰に下げているだけだが、今では皇帝に仕える立派な帝国五騎士の一人である。

 ちなみにクライムの約束の相手がモモンガだと分かると、皇帝陛下はすぐに「行ってこい。恩人との繋がりは大切にするべきだ」と、快く休みをくれた。

 流石は皇帝ジルクニフ、話の分かる素晴らしい上司である。

 

 

「ところでモモンガ様はどちらに?」

 

 

 ツアレと一緒に自分を助けてくれた人――本当は人ではない事を知っている――クライムにとってもう一人の命の恩人であるモモンガ。

 数日前、突然〈伝言(メッセージ)〉で約束を取り付けてきたその本人がこの場にいない。

 クライムは少し辺りを見渡したが、答えはすぐに判明した。

 

 

「先に用事を済ませてくるって言ってたわ。すぐに来るはずだから、どこかで座って待ってましょ」

 

「分かりました。ではあちらのカフェで少し待ちましょう」

 

 

 二人が入ったお店は待ち合わせ場所のすぐ近く。通りに面したオープテラスのカフェだ。

 この場所なら後でモモンガが来ても、すぐにどちらかが気づけるだろう。

 それに相手がモモンガ程目立つ格好なら、まず見逃す事はない。

 軽く飲み物を注文した二人は、そのまま席に着いてあれこれと雑談を始めた。

 

 

「――これは本当は秘密なんだけど…… 実はモモンガ様、エルフの国で最強のエルフ王を倒したの。国を救って漆黒の剣を手に入れたのよ」

 

「ほ、本当ですかっ!? 凄い…… やっぱりモモンガ様の強さには憧れます」

 

「物語の騎士よりも?」

 

「あはは…… 覚えていたのですね。私は今でも両方に憧れたままです。切っ掛けはモモンガ様、目指す理想の形は本に出てきた騎士――困っている人全てを助ける騎士です。……騎士よりモモンガ様の方が強そうですけど」

 

「ふふっ、笑っちゃうわよね。物語の主人公より強そうだなんて」

 

 

 ツアレはモモンガとの日常や思い出を、クライムは二人と別れてからの努力の日々を語っていた。

 話すにつれて自然とテンションは上がっていき、周りに客も少ないとくれば段々と二人の声も大きくなってくる。

 

 

「――もうバジウッド様の訓練はとにかく無茶苦茶で、何度死にかけたか分かりません……」

 

「うわぁ、大変そう…… でもクライムはずっと努力を続けてて凄いわ。最後に会ってからもう随分経つのよね……」

 

「ええ、二年以上ですね。ですがあの日の事は今でもハッキリと覚えています。モモンガ様がモモン・ザ・ダークウォリアーになって闘技場で勝利を飾り――私は突然皇帝陛下のもとに連れて行かれて……」

 

「あの時は説明無しのいきなりだからビックリしたわよね。あっ、それに今もまだ『モモン』って名前は使ってるのよ」

 

 

 クライムの転機となった日を思い出し、少し懐かしむように笑っていた二人。

 しかし、そんな和やかな雰囲気は突如として崩れ去る。

 店の外から怪しげな一人の男が近づいて来たのだ。

 

 

「――喧しいですねぇ。不快な言葉が聞こえましたが――今、『モモン』と言いましたか?」

 

「あっ、すみませ――」

 

 

 人を不快にさせるような内容は話していないが、少々声が大きすぎたのかもしれない。

 ツアレは男に注意されたと思い、謝罪しようとしたが――クライムは何か様子がおかしい事に即座に気づいた。

 

 

「ツアレ姉さん、こちらに……」

 

 

 クライムは静かに立ち上がり、そっとツアレをそばに引き寄せた。

 男はフード付きの外套で全身を隠し、顔もハッキリとはうかがえないが、その声には怒りと喜びが混じり合っている。

 

 

「おや、貴女達はもしや……『モモン』が見つからずイライラしていましたが、やはり私は運が良い…… 奴への人質にちょうど良さそうだ」

 

 

 男はツアレとクライムの方を見て、何かに気づいたようなそぶりを見せた。

 着ていた外套を投げ捨てると、その腰には二振りの剣が携えられているのが見える。

 その男の正体は――

 

 

「――お前はっ!? エルヤー・ウズルス!! どうやって帝都まで潜り込んだ!!」

 

 

 クライムは相手の顔を確認すると即座に大声をだし、剣を抜いて臨戦態勢に入った。

 エルヤーは指名手配されており、帝都の人間なら誰でもその名は知っている。

 クライムの叫びを聞いた周りの人々は、彼の狙い通りすぐさまその場から逃げていった。

 

 

「以前ちょっとした組織にいた際に教わりましたが、抜け穴というのは何にでもあるものですよ。……まぁ、私は少々強引な手も使いましたが」

 

「それは一体どんな――」

 

 

 周りが騒がしくなってもエルヤーに焦る様子は見られない。

 そんな中、クライムが少しでも情報を集めようとしていると、エルヤーを追っていたと思われる五名の兵士がやって来た。

 だがそれを見たエルヤーはニヤリと笑う。

 

 

「見つけたぞっ!! エルヤー・ウズルス、お前は完全に包囲されている。大人しくお縄につけ!!」

 

「そんな見えすいた嘘に引っかかるとでも? これだから無能は困ります…… でもちょうど良いですね。追加戦力の現地調達といきましょう。武技〈真・縮地改〉」

 

 

 エルヤーはまるで流水の如く動きで兵士達の間を通り抜けた。

 その動きは以前に使っていた武技〈縮地改〉よりも更に滑らかで、闘技場に出場していた頃よりも確実に強くなっている。

 

 

「他愛もない。私は二刀使いではないんですが、こんなお遊びの二刀流でヤレるとは…… 専業兵士と言ってもこの程度ですか」

 

 

 いつの間にか抜刀していた両手の剣を振り、ついた血糊を払うような仕草をするエルヤー。

 その時点で兵士達は崩れ落ちており、既に絶命していた。

 ――右手の刀で手足を斬り裂いて無力化し、左手の錆びた色の剣で首を落とす――

 それを通り抜けざまに行い、いとも容易く連続で五人の兵士の命を奪ったのだ。

 

 

(っこの男、やはり強い……)

 

 

 この一連の動きを間近で目にしていたクライムは、自身との力の差をヒシヒシと感じていた。

 腐っても天才剣士、恐ろしい技量である。

 少なくとも訓練用の剣一本で自分がどうにかできる相手ではない。

 応援が来るまで持久戦に持ち込み、最悪の場合でもツアレは逃す。

 クライムは頭の中で作戦を整えていたが、目の前の光景にそれを無理やり中断させられた。

 

 

「――なっ、兵士の死体が!?」

 

 

 兵士達の死体が黒い靄に包まれ、突然アンデッドに生まれ変わった。

 並び立つ五体の骸骨(スケルトン)。その内の三体は盾とシミターを持つ骸骨戦士(スケルトン・ウォリアー)である。

 能力や個体差があるため純粋な比較は出来ないが、骸骨戦士は骨の竜(スケリトル・ドラゴン)に匹敵するおよそ難度四十八の強敵だ。

 

 

「そこの小娘を連れてきなさい。その少年は最悪殺しても構いません」

 

 

 エルヤーの命令を合図に、ツアレとクライムに襲いかかる五体のアンデッド。

 クライムはツアレを庇いながら必死に応戦するも多勢に無勢。

 しかも相手は斬撃武器に強い耐性を持つスケルトン系のアンデッドである。

 戦士としてはクライムの方が強くとも相性が悪く、何より今は装備が整っていない。

 

 

(せめてもう少しマシな剣があればっ!! くそっ、場所が悪い。どうすれば…… 囲みを抜けてもエルヤーが…… これではツアレ姉さんすら逃せないっ)

 

 

 ツアレを背後に隠しながら相手の猛攻を防いでいたが、この状況も長くは保たなかった。

 焦ったクライムが骸骨戦士と打ち合っている間に、二体の骸骨がツアレの方へ回り込む。

 逃げようとするツアレを無理やり担ぎ上げ、そのままエルヤーの所へ連れ去ってしまった。

 

 

「離してっ!! この――っ!?」

 

「黙りなさい」

 

 

 ツアレは骸骨に掴まれた腕を必死に振りほどこうとするが、いくら暴れても全く外れない。

 それを煩わしく思ったエルヤーの拳が鳩尾にめり込み、ツアレは強制的に意識を失った。

 

 

「ツアレ姉さんっ!? くそっ、姉さんを離せっ!!」

 

 

 焦りと後悔、怒りが込められた言葉を発するが、そんな物には何の力もない。

 見えていた、すぐ側にいたにもかかわらず、クライムにはどうする事も出来なかった。

 

 

「ふんっ、大事な人質ですので殺しはしませんよ。もしモモンに会ったら伝えといてください。早く闘技場に来いとね。その意味は分かりますよねぇ?」

 

「エルヤーぁああぁぁっ!! お前には、戦士としての誇りすらもないのかぁっ!!」

 

 

 クライムは必死に剣を振るうが骸骨戦士はまだ倒せていない。

 焦りで剣筋は乱れ、相手の攻撃を捌ききれなくなり、少なくない怪我も負ってしまっている。

 そんな彼を嘲笑うかのように、骸骨戦士はしっかりと盾で防御を固めた。

 明らかに時間稼ぎをするための動きだ。

 

 

「そうそう、貴方も帝国の兵士なら急いだ方が良いかもしれませんねぇ。今頃強大なアンデッドが色んな場所で暴れているかもしれませんよ?」

 

「なんだと!? 貴様一体何をした!!」

 

 

 そして追い討ちをかけるように告げられたエルヤーからの不穏な言葉。

 

 

「おっと、失礼。そんなアンデッドも倒せないようでは、別に知っても関係ありませんでしたね」

 

 

 ツアレを担いだ二体の骸骨とともに、エルヤーは笑いながら優雅に去っていく。

 その背中をクライムは怒りで焼け焦げる程に睨み続けた。

 

 

「待てっ、エルヤー!! ちっ、邪魔をするなぁぁぁぁあっ!!」

 

 

 しかしその手は届かない。

 剣が刃こぼれする程に強く叩きつけ、一体の骸骨戦士の腕を砕く。

 血と骨の欠片が飛び散る戦いはまだまだ終わらない。

 怒りと後悔の混じった雄叫びをあげながら、クライムは目の前の敵に剣を振るい続けた。

 大切な人が離れていく様をまざまざと見せつけられながら――

 

 

 

 

 アルシェと別れたモモンガは早足で待ち合わせ場所に向かっている途中だった。

 

 

(二人を待たせてしまったか。ん、なんだ? 人の様子が……)

 

 

 少し遅くなってしまったと急いでいたが、途中で通行人の様子に違和感を感じて立ち止まる。

 向こうから来る人の動きが慌ただしい事に気づき、モモンガに妙な不安が募り出す。

 逃げ惑うような人々の流れに逆らいながら、杞憂であってくれと祈りつつモモンガは〈伝言〉を発動した。

 

 

「――ちっ、繋がらんな。この方向は闘技場のあたりからか……」

 

 

 

 しかしツアレには繋がらず、何の反応も返ってこない。

 そして周りで口々に聞こえてくる声は「闘技場から逃げろ」というものばかりだ。

 待ち合わせ場所は闘技場のすぐ近く――やはり何かあったに違いない。

 

 

「本格的に不味そうだ…… 無事でいてくれよっ。〈上位転移(グレーター・テレポーテーション)〉」

 

 

 街中でしかも周りは人だらけ。あまり目立つ魔法を使いたくはない。

 しかしモモンガは緊急だと判断し、即座に待ち合わせ場所に転移した。

 

 

「――何だこれは…… クライムっ、大丈夫か!?」

 

 

 転移してすぐに目にしたのは、ボロボロの姿で倒れている少年――これから会う予定だったクライムだ。

 辺りには砕けた白骨が散乱しており、アンデッドと戦闘していた事がうかがえる。

 

 

「――モモンガ、様…… 申し訳、ありません…… ツアレ姉さんが、攫われ、ました……」

 

「なんだとっ!?」

 

 

 クライムは抱き起こされながら、全身を震わせ悔しげな声を漏らす。

 そのままポーションで治療されると、モモンガに状況を説明し始めた。

 

 

「――攫った相手はエルヤー・ウズルス。モモンガ様――いえ、モモンに闘技場へ来いと言っていました…… 私が、私はっ、何も出来なかった――」

 

 

 ギリギリと口を噛み締め、クライムは地面を殴りつける。

 その顔は目の前でツアレを攫われた後悔に満ちていた。

 

 

「お前が悪いわけじゃない。それに後悔は後でも出来る。クライム、お前はどうする?」

 

「私は……」

 

 

 再び傷ついていくクライムの手を、モモンガは庇うようにそっと掴んだ。

 そして力が抜けたクライムの手を離すと、〈上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)〉を発動し、全身に漆黒の鎧を纏って立ち上がる。

 その姿はクライムの憧れたあの時のままだった。

 実はモモンガの内心は怒りと焦りで荒れ狂っているのだが、クライムから見れはどんな時でも慌てない強者の余裕すら感じていた。

 

 

「モモンガ様…… 取り乱してしまい申し訳ありません。私はもう大丈夫です」

 

「よし。なら私はこのまま闘技場に向かわせてもらう」

 

 

 モモンガに勇気を貰い、クライムの目には再び希望と闘志が宿る。

 ツアレを助けるため、そして帝国の騎士として市民を守るために自分のすべき事を考えた。

 

 

「分かりました。他の場所にもアンデッドがいる可能性があります。私は装備を整えて応援を呼んでから向かいます」

 

「ああ、分かった。だが相手はツアレを人質に何を要求するか分からん。最悪私はサンドバッグだ。その時は私を無視していいから、ツアレを頼んだぞ」

 

「そんなっ!? それではモモンガ様が……」

 

 

 私を無視していい――モモンガの言葉を聞いたクライムは急に表情を歪めた。

 

 

「どうした?」

 

 

 エルヤーに捕らえられた人質――ツアレの安全さえ確保出来れば後はどうとでも出来る。

 それにこの世界の住人にサンドバッグにされたところで〈上位物理無効化Ⅲ〉と〈上位魔法無効化Ⅲ〉を持つモモンガは余裕である。

 それ故の台詞だったのだが――

 

 

「モモンガ様…… 貴方はそれ程の覚悟を――っ分かりました。もしもの時は私が今度こそ、この命に代えてでもツアレ姉さんを守ります!!」

 

「あ、ああ。よろしく頼むぞ」

 

 

 モモンガはクライムを安心させるよう、軽い調子で言ったつもりだった。

 しかし、モモンガの能力を知らない者は別の見方をしてしまう。

 我が身を犠牲にしても大切な人を助ける――クライムの目には尊い自己犠牲として捉えられてしまった。

 少年の中でモモンガの株はもはや天井を突き破っている。

 今なら何をしても「流石モモンガ様」で納得されただろう。

 

 

「それからモモンガ様、エルヤーは妙な武器を持っています。気をつけて下さい。それで殺した相手がアンデッドになっていました」

 

「分かった、気を付けよう。そら餞別だ、念のためもう一本持っておけ。クライムも気をつけろよ」

 

 

 モモンガはクライムに手早くポーションを渡すと、二人は別々の方向へ走り出した。

 やる事は違えど最終目的は同じ――ツアレを救う、ただそれだけ。

 

 

(今度こそツアレ姉さんを守る…… そしてモモンガ様も無事に助けてみせる!!)

 

(許さんぞエルヤー・ウズルス…… ツアレ、頼むから無事でいてくれっ!!)

 

 

 モモンガの目指す場所は帝都アーウィンタールの大闘技場。

 倒すべき敵はエルヤー・ウズルス。

 バハルス帝国の歴史上、個人で起こした事件では最大規模となる戦いが幕を開けた――

 

 

 




帝国の戦力に対抗出来るように……
モモンガにも瞬殺されないように……

色々考えた結果、エルヤーのとった手段が極悪になりました。
次回もエルヤーはえげつないです。


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