オーバーロード 拳のモモンガ   作:まがお

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目的を決めよう

 吟遊詩人を目指すツアレとそれを応援するモモンガ。

 冒険と称して様々な場所に行ってみたものの、二人は見事に行き詰まっていた。

 どういうわけかワクワクする内容の冒険にならなかったのである。

 余り根を詰めすぎても良くないと思い、現在はモモンガの出した家形のマジックアイテムの中で休憩している。

 どう見ても野営感はゼロで、冒険する者としては間違っているかもしれない。

 

 

「アゼルリシア山脈、トブの大森林、カッツェ平野…… どこもイマイチだったな」

 

「私は死ぬほど怖かったんですけど…… でも、冒険って感じではなかったですね」

 

「そうだよなぁ、強いモンスターとかもいなかったし。私が殴るだけで倒せる程度のやつばかりだったから、ほとんど散歩か観光みたいなものだよな」

 

「それが出来るのはモモンガ様だけです…… エルダーリッチを殴り飛ばす魔法詠唱者なんて十三英雄の物語にも出て来ませんよ」

 

「探せば結構いるかもしれないぞ? まぁそれを言うなら、行った場所で偶々強いモンスターに出会わなかっただけという可能性もあるが……」

 

「出てこなかったモンスターは賢かったって事ですね。普通は殴られるなんて思ってもみないでしょうから」

 

 

 詳しい内容は割愛するが、モモンガ達の冒険はどの場所でも基本的には変わらない。

 ――歩き回る。

 ――魔物とエンカウント。

 ――殴り倒す。

 ほとんどこれだけである。

 

 

「いやいや、いきなり自分のことを不死王だとか言い出して〈火球(ファイヤーボール)〉ぶっ放してきたんだぞ? そりゃ殴るだろう」

 

「迎撃方法の方に疑問を持ってくださいよ…… でも、あのデイバーなんたらってアンデッドは何だったんですかね。喋るアンデッドって珍しくないですか? もしかして、あんな性格のアンデッドだけ喋るとかですか?」

 

「えっ、私に対してそれを聞くのか? 流石にそれは違うと思うが…… いや、私も非公式ラスボスとか呼ばれて魔王ロールやってたから否定しづらいな……」

 

 

 ツアレは素直に疑問に思っていることを聞いただけだが、今ペラペラと話している相手もアンデッドである。

 そしてこの男も不死王発言なんて目じゃないくらい、色々としてきた経験のあるアンデッドだった。

 

 

「あー、思い返すとデイバーなんたらを倒したのは勿体なかったかもしれん。せめて色々実験、もとい尋問してから倒すべきだったか……」

 

「物語に出てくる悪役ってもしかしてあんなのだったんですかね。いや今のだとモモンガ様の方が悪役っぽいような…… うーん、十三英雄達の気持ちが少しだけ分かったような、分からないような何とも言えない気持ちです……」

 

「そういえば十三英雄は魔神とかを倒して回っていたんだったな? 今の時代に魔神とか人類の敵みたいなのは居るのか?」

 

「私は村から出た事がなかったので詳しくは…… 物語は魔神を倒して終わってるのでいないんじゃないですか?」 

 

「そうか、目立つ敵も居ないなら今のままではダメだな。何か冒険するにあたって目標を立てないか? お宝を見つけるとかレアな物を探すとか」

 

「うーん、お宝ですか…… あっ!! それなら『漆黒の剣』を探すのはどうですか? 十三英雄の一人、暗黒騎士が使っていたとされる四本の剣なんですけど、どれも有名で凄い武器のはずですよ」

 

「ほう、英雄の武器か…… うむ、ロマンがあって良いじゃないか。まさに未知を求める冒険だな」

 

 

 ツアレは半分ほど冗談で提案したが、思ったよりもモモンガが喰いついた。

 モモンガ自身強さよりもロールプレイに拘り、ネタビルドでロマンを求めるプレイヤーだった。加えて珍しいアイテムを集めるコレクター気質なところもある。

 この世界のアイテムのレベルはどれも低い。ユグドラシルでは使い物にならない物の方が多いだろう。だが、物語に登場する程の武器と聞いてモモンガは興味を持った。

 

 

「えっ、本気ですか?自分で言っといてなんですけど、あるかどうかも分かりませんよ?」

 

「四本もあるんだ、一本くらいは本当にあるんじゃないか? それに物語に出て来る物には大抵モデルがあったりするからな。その通りとはいかずとも、原典となった物なら見つかるかもしれんぞ?」

 

「うーん、でも確かにそうですね。冒険ってそういうものですよね。どうせ探すなら夢のある物を探しましょう!!」

 

「ふふっ、こういうワクワクするのは久しぶりだな。まるであの頃の仲間達と……」

 

 

 笑ったと思ったら急に黙ってしまったモモンガ。明らかに様子が変わり、ツアレはモモンガの顔を覗き込むようにして声をかけた。

 

 

「モモンガ様? あの、どうしたんですか?」

 

「いや、何でもない。嘗ての仲間のことを思い出しただけだ。いくつものダンジョンを共に踏破し、無数のアイテムを一緒にかき集めてきた…… 同じギルドに所属するかけがえのない仲間。そうであって欲しいと思い込んでいたけど、俺に本物の仲間がいたかは分からないがな……」

 

「モモンガ様……」

 

 

 仮面に隠された素顔――それは表情も何も無い骨だと分かっている。それでもツアレにはモモンガが悲しみを隠しているように思えた。こういった時なんて声をかけたらいいのかツアレには分からず、少しだけ会話に空白が出来た。

 

 

「なんてな、所詮は昔のことだ。さぁ、目標も決まったし早速出かける準備を始めよう!! 私は道具を鑑定する魔法も使えるから偽物をつかまされる事はないぞ。コンプリート目指して頑張ろうじゃないか」

 

「そうですね、伝説の装備を集める冒険。きっと凄い話になります!!」

 

 

 きっと過去に何かあったのだろう。

 モモンガの抱える何か。大切に思っていた仲間との何か。今のツアレにはそれに触れる勇気は無かった。

 しかし、モモンガが気を遣ってわざわざ明るく振舞ってくれているのだ。今はこのままその勢いに乗っかり、この先のどうやって探すかを二人で話し合うことにする。

 

 

「そうと決まればまずは情報収集だな。私はその話自体に全く詳しくはないからな、取り敢えず十三英雄の本を買い漁るか」

 

「いろんな種類がありますから、沢山買わないといけないですね。そういえばモモンガ様って文字が読めるんですか?」

 

 

 以前、街中で立ち入り禁止の看板を無視して突き進もうとしていたことを思い出した。

 当時のツアレも読み書きが完璧にできる訳ではなかったが、看板で使われるような重要な単語くらいは知っていた。モモンガに教材を買ってもらって勉強した今なら大体は読めるようになっただろう。

 

 

「いや、読めないぞ。マジックアイテムを使えば読めるから問題はない」

 

「モモンガ様こそ勉強した方がいいんじゃ……」

 

「勉強っていうのはな、若い時にしか身に付かないんだよ。だからツアレは今を大事にして頑張るといい」

 

「それっぽいこと言ってますけど、たぶん面倒なだけですよね」

 

「ははは…… それよりもだな、この後はリ・エスティーゼ王国の王都に行こうと思うがどうだ?」

 

「はい、それでいいですよ。王都なら本も沢山あると思いますし、行ったこともないので少し楽しみです」

 

 

 ツアレに確認を取り、特に問題無さそうだったので次は本屋巡りになるだろう。

 モモンガとツアレの次なる目的地はこうして決まった。

 

 

 

 

 王国の某所。

 まるで獣の雄叫びのような、それでいて悔しさを滲ませる声が辺りに響き渡っていた。

 

 

「くそっ、くそっ…… 畜生がぁぁぁ!!」

 

 

 全身痣だらけで叫ぶスキンヘッドの男――『屍収集家(コープスコレクター)』にボコボコにされたゼロである。

 

 

「負けた…… 言い訳のしようもない程に負けた。どうしようもない真実、俺がアイツより弱かった。ただそれだけの事だ…… だが、だがっ、奴は俺にトドメをささなかった!!」

 

 

 自分では勝てぬと悟ったゼロは這いずるようにあの場から逃げ出した。自分からケンカを吹っかけておいてなんと無様だろうか。

 思い出すのは過去の弱かった自分。

 何も守れず、奪われるだけだった日々。

 

 

「何故だ!? 弱者は強者に奪われる。強者は他者から奪うのみ、それが真実のはずだ!!」

 

 

 しかし、遠く離れた所まで逃げ延び、冷静になった時に気づいてしまった。アイツは自分をいつでも殺せた。だが殺さなかった……

 

 ――自分は見逃されただけだと。

 

 

「違う、違う…… もう何も奪われない為にも俺は強くなったんだ!! 鍛えて鍛えて鍛え抜いた!! 殴って殴って殴り続けた!! 俺は、俺はっ!!」

 

 

 見逃されたという事実――自分にはまるで奪う程の価値など無いと言われてるようで。

 奪わないという選択――それを出来ることが真の強者の在り方なのだと言われているようで。

 自分より弱い者を倒し続けて最強になれたと驕っていた。

 しかし結果は残酷である。自分は昔から何も変わっていない、本当の自分は強くなんてない。そう感じた自身の気持ちをゼロは必死に否定し続けた。

 

 

「そうだ、まだ俺は生きている。ならばまだ負けてない…… アイツから逃げたのは俺の心が、精神が弱かったからだ。ならば鍛えればいい!!」

 

 

 そこからのゼロの修行は苛烈を極めた。

 過酷な環境を彷徨い歩き、自身の弱さを捨て去ろうとした。

 それは他人から見れば一種の自殺行為とすら思えるものだった。

 

 ――何十、何百というアンデッドを殴り倒した。

 ――何千、何万という岩を叩き壊した。

 ――雪山の中を何の装備も付けずに走り続けた。

 ――出会った魔物は全て殴り倒した。

 

 

「グォォォォォォォッ!!」

 

(この程度ではダメだっ!! もっと自分を追い込むんだ!! 死の恐怖、さらにその先すら超えてみせる!!)

 

 

 ――雄叫びを上げながら雪山の斜面を拳だけで掘り続けた。

 ――毒草や有毒生物をロクな調理もせずに食べ続けた。

 ――木や岩が落ちてきても避けず、凍えるような滝に打たれ続けた。

 

 

「…………」

 

 

 来る日も来る日も数々の難行に挑み続けた。

 厳しい修行を繰り返す毎日。いつしかゼロの全身に刻まれていた呪文印(スペルタトゥー)は歪んでいった。複数の動物の呪文印が混ざり合い、別の物へと変化した。

 

 修行を始めてから一体どれほどの時が経っただろうか。

 顔から険しさが消え、眠るように座禅を組み続けていたゼロが唐突にその目を見開く。

 

 

「……そうか。殴らぬ事が、暴力に屈しない心こそが強さだったのか」

 

 

 ゆっくりと立ち上がり、雲一つない空を見上げて決意を言葉にした。

 

 

「ならば俺は今日より名前を捨て、拳を封印しよう。武力を使わずに弱者を護ろう。この世の不幸を、理不尽に涙する者をゼロにする為に立ち上がろう」

 

 

 ――ゼロ、覚醒。

 

 

 ゼロは悟りを開いた。

 色々やり過ぎておかしくなったとも言う。

 

 

 

 


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