押絵があるので苦手な方はご注意を
──Hamartia Scarlet──
太陽が地平線から沈み、代わりに月が、夜が辺りを支配する。これからは私達、吸血鬼の時間。そして、私が唯一外に行ける時間帯。
昨日、原初のルーン学を読み終えたから、今日はウロに会いに行こうと思っている。ウロは私が本を読み終えたら権能を一部譲ってくれると言っていた。だから、早くそれが欲しい。時間は限られているから、南の街に行くのは急がないと。
「ティアー? どこ行こうとしてるのー?」
エントランスで外に出る準備をし、いざ外に出ようと扉を開けると、後ろから聞きなれた声がする。いつも聞く優しくていたずら好きな子どもっぽい声⋯⋯お姉ちゃんの声だ。いつもはバレずに行けるのに、よりにもよって一番付いてきそうなお姉ちゃんに会ってしまった。
「⋯⋯ううん。どこにも行かないよ? 外の空気を吸いたいな、って」
「ならどうして日傘を手に持ってるのかなぁ?」
うぅ、話しかけられた時に見えないように隠したのに、しっかり見てたんだ⋯⋯。できれば連れて行きたくない。私が力を求めているのも恥ずかしいからバレたくない。それに、お姉ちゃんは自分が守る側だと思っているから、力を手に入れたいとか、支配したいとかは反対されそう。私だってお姉ちゃん達を守りたいのに、いつも、2人とも私を危険な目に合わせないようにしている。⋯⋯私が姉だったら気兼ねなく2人を守れたのに。でも、お姉ちゃん達に甘えれるのも妹だから、っていうのがあるから妹で良かったけど。
「ね、私に教えてくれないの? 何を隠してるのかなぁ?」
「⋯⋯お姉ちゃん、ごめんなさい。教えられない。その代わり、帰ったら何でもするから今は何も言わないで、ねっ?」
「だーめっ。教えてくれないと行かせないよ?」
妹だから甘えれて良いとは言ったけど、妹だから下に見られて悪いというのもあった。姉妹という上下関係は絶対に覆らない。要は、お姉ちゃん達を押し倒すことができても言うことを聞かせることはできない。そもそも気まぐれなお姉ちゃんだから、もし私が姉でも聞いてくれそうにないけど。
「⋯⋯どうしても、ダメ?」
「どうしてもだよ。貴女1人でどこかに行かせるなんてできないよ」
「分かった。⋯⋯なら、強行手段にでるね?」
私はお姉ちゃんにそう言って、バレないようにポケットからルーンの石を取り出す。そのルーンの石に描かれた魔法は
「へぇー? 珍しくティアが強気だね。でも、私を倒して行けるかな?」
「お姉ちゃんは倒したくない。だから、バイバイ。⋯⋯
「あ、その手が──」
途端に破裂音のようなものが響き渡り、目の前にあった景色が全て変わる。お姉ちゃんの言葉だけが最後に聞こえ、私は紅魔館を後にした。
「それで? 姉に見つかったからテレポした結果、わたしの家の天井を空けちゃった、と?」
「まさか上に出るとは思わなかった。⋯⋯ごめんなさい」
「はぁ、全く⋯⋯。
そう言いながらも、得意の権能を使って穴が空いた天井を無かったことにしている。より正確に言うと、その部分だけ時間を巻き戻して、元の状態に戻しているみたいだ。あの力が手に入れば、私にもあんな時空魔法みたいなことができるのかな。それにしても、権能で直せるなら、手伝うこともない気がするのは気のせい?
「ティア、返事は?」
「あ、はい⋯⋯」
「⋯⋯そんなに怒ってないから、元気出して。そんな顔されるとわたしが悪いみたいでこっちが困るから」
「わ、分かった。いつも通りにしてるね」
ウロは珍しくそう言ってくれたけど、その次の瞬間には「いつも通りでもいいけど騒がないでよ」と諌めてくる。怒ったり優しくしてくれたり、本当にお姉様に対するお姉ちゃんと同じだ。いつもお姉ちゃんの相手をしてるお姉様の気持ちが少しだけ分かった気がする。
「⋯⋯で、用事は何かしら?」
「原初のルーン学は読み込んだ。魔法も覚えた。一部でもいいから権能をちょうだい」
「あらそう。分かったわ。はい、手を出して」
「⋯⋯あれ?」
想像していたのと違う。魔法を見せて、とか。どれくらい覚えてるのか実践してみよう、とか。とにかく何かしらの証明くらいは見せる必要があると思っていた。なのに、実際はどうだろう。ただ「分かった」と一言だけ言って「手を出して」なんて⋯⋯。拍子抜けにも程がある。
「早く手を出して。要らないの?」
「だ、だって。もう少し何かあるものだと思ってた。私が本当に読んだかどうか疑わないの?」
「なら聞くけど、初めて会ってからもう2年以上経つわよ? 1000ページもないのに、読むのにそれだけかかる方に驚いているくらいよ。それに、貴女⋯⋯悪魔にしては純粋過ぎるわ。いや、悪魔だから純粋か」
少し意味は分からないけど、何となく馬鹿にされた感じはする。それにあの本、内容が小難しいから読むのにそれくらい時間がかかっても仕方ない。それに、一日中本を読んでいるわけでもないんだし。私がただの暇人とでも思っているのかな。実際そうだけど。
「とりあえず、嘘じゃないことくらい分かるわよ。これでも今の100年と前世からの記憶があるんだから。今貴女が何を考えているか、とかは知らないけど。ああ、でも。姉が好きなのは分かりやすいから気を付けなさいよ。それを利用されたら大変だから。⋯⋯私の経験則よ」
「⋯⋯ウロもお姉さんがいたの?」
「お姉さんどころか妹も、兄も弟も誰だっていたわよ。それで痛い目見るのはいつだって自分になるのよ。⋯⋯何かあってからじゃなくて、何かある前から守りなさい」
どうしてだろう。今のウロの言葉が凄く重たく、悲しく感じる。理由は分からないし、その言葉の意図も真意も分からない。なのに、どうして⋯⋯同情してしまうんだろう。その気持ちが分かってしまうんだろう。⋯⋯分からない。本当に、全く以て分からない。
「さぁ、そんな話は後でいいわ。手を出して。ああ、少し痛いけど我慢なさいよ?」
「痛いのは大丈夫。⋯⋯痛いのが心じゃなければ」
「あら、面白いこと言うわね。安心して。痛いのはその腕だけだから」
ウロの言う通りに右手を前に出すと、ウロはその手を口まで持ち上げ──いとも容易く喰いちぎった。吸血鬼の身体とそれに劣る魔女の身体。そんな違いなどお構い無しに、まるで骨のない肉を食べる時みたいに。血が溢れ、滴り落ちる。喰いちぎった私の肉を飲み込みんだところで、ウロは深呼吸して息を整える。
「再生するのは少し待ってよ。これからが、本番だから──ぐぅっ!」
次に、私の手を持っている方とは逆の、ウロ自身の手首に噛み付いた。そして、迷わず喰いちぎり、手から血を流させる。その血を私の血が流れる手首の上から流すと、私の中に何か『異物』が入ってくるのが分かった。それが終わると、ウロは私の手を離し、権能で私とウロ自身の怪我を治してくれた。
「はぁ、いったいわぁ⋯⋯。一部の譲渡は、血から血へと受け渡す。普通、血が入るとは思わないんだけど、何故か血が入ってくれるらしいわ。まぁ、別に体液なら何だっていいんだけど、これの方が貴女もいいでしょ? ちなみに、全て渡す時は両者の同意の上で自分の心臓を食べさせればいけるらしいけど⋯⋯わたしは少し違うとか。わたしの権能はわたしの存在と同義。故に、全てを永久的に受け渡すのは不可能。あくまでも一時的だったり、今世だけだったり。少なくとも、他竜と違ってわたしが、わたしの権能が無くなることはない」
まさか、最初に思っていたウロを食べることで権能の受け渡しが可能だったとは。でも、同意が無ければできないなら、意味はない。ただ美味しいかどうか分かるだけかな。⋯⋯それはそれで気にはなるけど。ウロもどっちかと言えば食べたい方だし。
「⋯⋯権能、本当に私のものになったの?」
「一部だけね。全てはわたしの目的が達成したらよ。今回渡したのは永続性の一部。完全体ではないわよ。それは今のわたしには無理だから。次の権能を渡すのはそれを使い慣らしてからね」
永続性⋯⋯確か、『永遠や死と再生を司る力』だったかな。不死になれる力。⋯⋯でも、永続性の一部なら、効果は再生力が高くなるくらいかな。それなら、まだまだ充分じゃない。やっぱり、ウロの願いを叶えてあげないと、私の願いも叶わないんだ。
「ああ、そうだ。そう言えば、貴女の能力を聞いてなかったわ。もし相性が良ければ能力と権能を組み合わせることも可能なの。わたしも前世よりずっと前の頃、試した時があって、成功したから」
「⋯⋯力を吸収する能力。お父様には力を強奪する能力とも言われた。でも、吸収した力は10分しか使えない。食べれば20分は使えるけど」
「ふーん⋯⋯。なら、一度奪った能力ならいつでも使えるようになるかもしれないわね。永続性、死と再生を⋯⋯すなわち破壊と創造も使えるから。まぁ、完全な永続性なら、一生使えてもおかしくはなさそうだけど」
能力なんてお姉ちゃん達に似てないし、使う機会もなかったけど⋯⋯使い勝手が良くなれば使っていきたいかも。それに、ルーン魔法とか吸収して狩りをしてみたいし。
「一先ず、その再生力に慣れておきなさい。慣れればどうやって戦うかも、退くべき時も分かるようになるから」
「分かった。⋯⋯ウロ、色々とありがとう。私はまだ、何もしてないのに」
「お礼なんていいから。いずれ結果を出せるようになればいいのよ」
ウロはお礼を言われるの、慣れてるのかな。お姉様とかなら、今の言葉を言えば顔を真っ赤にして恥ずかしがるのに。まぁ、お姉様じゃなくても、私だって嬉しくは思う。やっぱり、数えきれないほど生きているおばさんなだけあるなぁ。
「今失礼なこと考えてたな?」
「ふぁ!? か、考えてないよ?」
「⋯⋯あっそ。ならいいけど。とりあえず、用が済んだなら帰りなさい。わたしも暇じゃないから」
「いじわる。あ、そう言えば、お姉ちゃんが火を吹く竜を見たと言っていた。何か知ってる?」
それを聞いた途端、ウロの表情が変わる。難しい顔をして、ブツブツと何かを呟いている。
「⋯⋯もしかして、ウロじゃない?」
「残念なことにわたしは竜でも火とか吹けないから。代わりに不変の権能があるってだけで」
「代わりの権能が火よりも凄い」
「まぁね。でも、火の方が良かったわ。⋯⋯今となってはこれでもいいけど」
ウロの話を聞く限り、竜は個体によって別々の能力でも持っているのかな。能力と権能の違い、私には分からないから、もしかしたら違うかもしれないけど。
「それと思い出した、竜のこと。西にある島、その島の王様に仕える7人の騎士の中に、召喚した竜⋯⋯ワイバーンに乗る竜騎士がいたわ。あいつら、世襲制貴族の一員だからか、魔法使っても特例で許されてるのよね⋯⋯。羨ましいわ。仕えるとか嫌いだけど」
「ふーん⋯⋯そっか。教えてくれてありがとう。⋯⋯あ、それとね」
「何よ、まだあるの?」
「どうせなら一緒に住もっ? 私も移動が大変だし、一緒に住めば楽しいよ? あ、でもね、能力のことは知られたくないから、お姉ちゃん達には私の友達として紹介するね」
その時初めて、ウロの表情が見たこともないほどの驚きに変わった。でも、すぐさま元の表情に戻り、深く考え込む。ウロには数えれるほどしか会ってないけど、あのウロの顔は初めて見た。困惑の中に悲しみがあって、戸惑いというよりは⋯⋯なんていうんだろう。哀愁漂うというか⋯⋯とにかく、凄く⋯⋯理由も分からないのに、ウロの気持ちが分かる。⋯⋯ああ、孤独の寂しさ。その顔には、そんな気持ちが込められているように見える。
「⋯⋯ありがたいけど、ごめんなさい。わたし、他の吸血鬼と会いたくない。代わりに移動の方は、わたしの魔法で楽に行き来はできるようにするから」
「わ、分かった。⋯⋯じゃあ、もう帰るね。ありがとう、ウロ」
「気にしなくていいよ。また今度ね」
ウロに別れを告げ、ウロに作ってもらった移動のルーン魔法で家へと帰る。
帰る途中、どうしてもあの時のウロの顔が忘れることができなかった。ウロの気持ちが理解できても、何故か心のどこかで私には救えないということが分かる。⋯⋯孤独の寂しさは知ってるはずなのに、辛さも身に染みて分かっているはずなのに。それなのに、私には救えない。⋯⋯今はまだ。これからはウロとも仲良くなってみよう。そして、その孤独を、いつかきっと癒してみよう。
そして、隙あらば、一度くらいは食べてみよう。
「ティーアー?」
「わっ!?」
家に帰るとすぐ、お姉ちゃんに見つかった。背後から捕まって、逃げられないように拘束される。手足や翼をばたつかせて、拘束を解こうとしても、お姉ちゃんの馬鹿力には敵わない。逆に力が強くなって、より一層逃げられなくなった。
「お、お姉ちゃん? 離して、ね?」
「そんな可愛い声しても無理だよー! 今度こそは離さないからっ!」
さっき置いていったのを根に持っているみたいだ。お姉ちゃん、いつもはそんなに根に持つタイプじゃないのに⋯⋯。そんなに嫌だったのかな、私に放っていかれるの。あ、言葉で言ったら確かに嫌だ。でも、お姉ちゃんだっていつも人間狩り行く時私を放って行ってるのに。
「むぅ⋯⋯。お姉ちゃん? 離してくれないと、怒るよ?」
「ティアの怒った顔も見てみたいなぁ。ね、見せて? 早く見せてよー」
「う、うぅ⋯⋯」
今のお姉ちゃんには何を言っても離してくれなさそうだ。怒ると言っても、煽ってきて本気にしてくれない。一層のこと、怒って暴れてみようかな。でも、無闇やたらにお姉ちゃんを傷付けるのも⋯⋯。
「あ、そうだ。ティア、出ていく時に言ったこと、もちろん覚えてるよね?」
「え? もしかして、何でもするってこと? でも、あれはお姉ちゃんがダメって⋯⋯」
「出ていくのがダメってこと。別に何でもするのはダメじゃないよ? それに⋯⋯」
お姉ちゃんは私を振り向かせ、そこで目と目が合う。透き通るほど綺麗で真っ赤な瞳に、私は吸い込まれそうな魔力を感じる。もちろん比喩だけど、世の中には魔眼なるものがあるから、本来は目を合わせるなんて危険極まりない。それでも、お姉ちゃんなら信頼できる。お姉ちゃんを信用している。もしお姉ちゃんが魔眼とか使ったとしても、それはそれで良いとも思っている。お姉ちゃんのことを好きだから。
「私を放って行ったのも事実だし、何でもするってのも貴女が言ったこと。ちゃんと責任取ってよね。ま、今日は一緒に寝るだけで許してあげるけど⋯⋯次はないからね?」
「⋯⋯うん、分かった。一緒に寝るね」
「ふふっ、素直でよろしいっ! さ、そうと決まったら早く行こー」
お姉ちゃんに手を引っ張られ、地下の部屋へと向かう。いつも一緒に寝ているから、責任を取るなんてあってないようなものなのに。⋯⋯本当に、お姉ちゃんは優しいんだなぁ。
心の中でそう思いながら、私はお姉ちゃんに引っ張られるまま、身を委ねる────