では、お暇な時にでも、どうぞ⋯⋯
──Hamartia Scarlet──
スクリタが私の中に来てくれてから、約1ヶ月が経った。最初は自分の中に別の人が居るという感覚が奇妙だったけど、今では慣れてしまって、楽しいとさえ思うようになった。ちなみに、まだウロには会ってないから、身体の作り方は知らないまま。だけど、最近スクリタに急かされ、図書館の本を読み漁る毎日になっている。一向に見つかる気配が無いし、スクリタがうるさいから、今日辺りでもウロの家に行くつもりだ。
「スクリタ、貴女は何か好きな食べ物ってある?」
『突然どうしたノ』
でも、今日は夜早くからウロの家に行くことはできない。
「昨日お姉ちゃんに言われたじゃん。今日は食事会だ、って。前に街で買った物をお姉様が買ってきてくれたらしいから、今日はみんなで食べるんだって。苺とか食べれるから本当に楽しみ。あ、後ね、お姉様がワインも出してくれるんだってさ」
今日はみんなで食事会をするらしい。いつするか知らないから、今は部屋で休んでいる。
前に、街で買った食べ物はすぐに私が全部食べた。お姉様も食べたいからと少し多めに買ったらしいけど、それすらも私が食べちゃった。だから、次こそは1人じゃなくてみんなで食べるためにまた買ったらしい。最近働き詰めだったメーリンも今日は休みを貰ったらしいから、本当に楽しみだ。
『だから、ソレがどうして好きナ食べ物に繋がル?』
「食べ物って聞いてふと思っただけ。別にそんな言い方しなくていいじゃん⋯⋯」
『⋯⋯ゴメン。気が回らなかった』
「⋯⋯ふふっ、いいよ」
妹の悪いところも、謝ったらすぐに許してあげる。それが、いつも優しいお姉ちゃんがしてくれた事。スクリタも私の妹だし、同じように優しくしてあげる方が良いと思うから。
『やっぱり、今の取り消しデ。ワタシが姉だと認めるまで、謝らないカラ』
「えーっ! いいじゃん、私だって姉になってみたいもん! もちろんお姉ちゃん達の事も好きだよ? でも、姉って今の2人で充分だと思うの。だからね、妹になろっ?」
『イヤ。絶対にイヤ』
スクリタったら、頑なに拒むなぁ。諦めて私の事を姉として受け入れた方が幸せだと思うのに。良い事いっぱいしてあげるのになぁ。
『いい加減にしないと、ユメで化けて出るヨ?』
「ごめんなさい、調子に乗っちゃった。てへっ」
『思ってもないことヲ⋯⋯』
私が夢を見ていて、スクリタが起きている時、どういう理屈かスクリタは夢の中に入れるらしい。逆は無理なのに。でも、夢魔という悪魔もいるらしいし、それと似た感じなのかもしれない。
夢の中だからなのか、スクリタはどんな姿にもなれるんだとか。それで私を驚かせたりするから、本当に心臓に悪い。それでも夢を見ているのは私だから、夢だと気付けば主導権を握って好きなようにできるんだけど。夢だと気付くのは大体が起きた後だったり、気付いても時間が無かったりするから残念だ。
『気付いタら、起きるまで束縛するくせニ⋯⋯』
「いいじゃん。最初に悪い事するのはスクリタなんだし」
『だからっテ⋯⋯ッ! ゴメン、おやすミ』
「え? 急にどうし──」
「ティアー、1人で何話してるのー?」
スクリタが黙ったと思った瞬間、お姉ちゃんが後ろから抱きついてきた。私は突然の事に黙り込んでしまった。音も無く部屋に忍び込んで後ろから抱き締めるなんて怖すぎる。本当に、心臓が止まるかと思った⋯⋯。
「ううん、何でも無いよ。お姉ちゃん、どうしたの?」
「遅いから来てあげたのよ。お姉様も美鈴も待ってるから、早く行こっ?」
「うん、分かった!」
スクリタの事は本人の許しも無いからまだ言えない。だから、聞かれた時はどうしようかと思ったけど、追求されなくて良かった。あっ⋯⋯もしかして、察してくれたのかな、お姉ちゃんは。それはそれで⋯⋯嬉しいな。
「ティア? どうしたの? 早く早くー」
「あ、待ってー」
お姉ちゃんの後を追うように、走って地上へと向かった。
「ようやく来たわね」
「お待たせ。ティア、適当な場所に座っていいからね」
「うん、分かった」
食堂に着くと、そこには既に食べ物を広げて食べているお姉様とメーリンが待っていた。机の上には色々な食べ物が乱雑に置かれている。多分、置いたのはお姉様なんだろうなぁ。
そう思いながら、お姉ちゃんが座った席の隣に座った。
「ティア様ー、お久しぶりです。1週間ぶりくらいですかね?」
「久しぶりっ。あれ、そのくらい会ってなかったっけ?」
「そのくらいですよー」
働き詰めなのは知ってたけど、最後に会ってからもうそんなに経つんだ。1日1回くらいは会ってあげないと、やっぱり可哀想かな。メーリンはいっつも家を守ってくれてるわけだし。
「みんな集まったわけだし、食べましょうか」
「とか言いながら、先に食べてたよね、お姉様?」
「それは気にしたら負けよ。さあ、気にせずに食べましょう?」
「⋯⋯ま、そうだね。じゃ⋯⋯ティアー、はい。あーんしてー」
「あーん⋯⋯」
お姉ちゃんは近くにあった苺を手に取り、私の口へと近付ける。言われるがままに口を開けると、その苺を食べさせてくれた。なんだろう、この味。普通に食べるよりも、酸味が少なく、甘味が強くて口の中いっぱいに広がって美味しく感じる。それに、とっても嬉しい。
「美味しい⋯⋯。ありがとう、お姉ちゃん。じゃぁ、私も⋯⋯はいっ」
「あーん⋯⋯うんっ! 美味しいよ。ありがとうね、ティア」
「ふふっ、うん!」
お返しに私も同じように苺をあげると、お姉ちゃんは嬉しそうな顔で食べてくれた。自分が食べた時よりも、嬉しく感じる。何故か、美味しいと思ってしまう。
「仲良いですねー、妹様達」
「⋯⋯え、ええ。そうね」
「お嬢様? もしかして⋯⋯羨ま──」
「お、思ってないから!」
あっちはあっちで楽しそうだ。後でお姉様やメーリンにも食べさせてみよっかな。きっと、さっきみたいに嬉しい気持ちになるんだろうなぁ。それに、お姉様やメーリンはどんな顔をしてくれるんだろう。想像すると本当に楽しみ。
「お姉様ー、りんご切ってー」
「どうしてそこで私?」
「美鈴はいつも働いてもらってるから頼みづらい。ティアは妹だからなんか悪い気がする。ってことで、お姉様切って」
「あー、そう。なるほどね? とりあえず貸して。⋯⋯はい、どうぞ」
「さっすがお姉様。優しいねー」
お姉様は受け取ったりんごをナイフ状の魔力で切り裂き、近くにあったお皿に乗せて返した。明らかに嫌味っぽく返してたけど、お姉ちゃんはそれを知ってか知らずか笑顔で受け取り、再び私に食べさせてくれた。新たな火種が生まれた瞬間だったけど、これでも仲は良いから大丈夫⋯⋯のはず。後で喧嘩しないかが心配だけど、その時はメーリンが止めてくれるだろうし、多分大丈夫かな。
「あ、ティア。そう言えば、前にワインを飲んでみたいって言ってたわよね。出してあるから、一緒に飲みましょう?」
「うん、飲みたい! 出して出して!」
「あ、ずるっ⋯⋯。ま、いいや」
「ふっ。⋯⋯妖精メイド! 聞いたでしょ、持ってきてちょうだい。もちろん軽めで」
予め手はずを整えていたのか、よくお姉ちゃんの近くに居る妖精メイドが人数分の赤ワインを持ってきた。なんか私の分だけ微妙に量が多い気がするけど⋯⋯お姉様の計らいかな。
「じゃぁ、いただきますっ!」
「あぁ、ティア、一気に飲んじゃダメだからね? 幾ら吸血鬼と言っても──あちゃー⋯⋯」
楽しみで仕方がなかったワインを勢いよく飲み干す。すると、喉が焼けるように熱くなり、苦痛で支配される。さらには脳を通じて手足が徐々に痺れを感じ始めた。それを危機と感じた私は、急いで循環性を使って痺れと苦痛をゼロに戻して『無かった事』にする。後はゆっくり永続性と自分の再生力で喉の火傷を回復させた。
「あぁ、ゴホッゴホッ! あぁー⋯⋯ううんっ」
「だ、大丈夫? 水いる?」
「うん、いるー⋯⋯」
お姉ちゃんから水を受け取り、次こそはゴクゴクと飲み干した。水がこんなに美味しいと感じたのはこれが初めてだ。
「お姉様、やっぱりワインいらない⋯⋯」
「一気飲みするから⋯⋯。ワインはちょっとずつ飲んでいくものよ? ところで酔いとか大丈夫?」
「ヨイ? うん、何か分からないけど大丈夫だよー」
「そう、それならいいけど⋯⋯」
楽しみにしていたけど、お姉様が言う程美味しいとは思わなかった。摂取したエネルギーもほとんどさっきの熱に変わった気がするし、寒い時に飲むくらいしか楽しみ方が分からない。
「お姉様ー、次はさくらんぼ食べるー」
「切り替え早いわねぇ。はい、今度は私が食べさせてあげるわ」
「あ、またっ⋯⋯はぁ。じゃ、私は美鈴にでもー」
「あ、いいんですか? では遠慮なく」
そして、それからも長い時間、楽しくて、幸せな食事会が続いた。
食事会を終え、時間は既に朝を迎えようとしていた。それでも今日行くと決めた私は、ウロの家へとやって来た。理由はもちろん、スクリタの身体についてと、ついでに新しい権能を貰うために。貰う権能はもう決めてある。私が欲しい権能は断固として無限性。無限と不老不死を司る力というのもあるけど、スクリタのためにこれが欲しい。今のスクリタの状態を保つためには永続性だけじゃ足りない。念のためにも、無限性を手にしたいのだ。
「っていうわけで、無限性をくださいな」
「思った以上にヤバい奴だったわね、貴女。狂気を自ら取り込むなんて。わたしでも思い付かないわ、そんな事。で? ⋯⋯スクリタだっけ? わたしの声は聞こえてるの?」
『聞こえてル。でも、アナタに声は聞こえてナイんでしョ?』
「聞こえてるってさ。さぁ、早く教えて」
早くしないと、夜が明ける。帰りはウロのお陰で一瞬だけど、早く帰らないとお姉ちゃん達に心配されると思う。だから、できる限り早く終わらせて早く帰りたい。
「聞こえてるなら手間が省けるわね。身体は人形とか依り代にすればいいんじゃないかしら。馴染むのに時間がかかるけど、馴染んだ後は自由に身体を動かせるし、普通となんら変わりない身体になるわよ。もちろん、依り代の中身⋯⋯つまりスクリタの魔力が原動力になるから注意ね。魔力が切れれば活動停止⋯⋯つまり死ぬし、原動力だから動かすだけで魔力を消費するし。まぁ、吸血鬼だからなかなか減る事なんて無いから、大丈夫だと思うけど。それにわたしの権能があるから、まず死なないと思うわ」
「あ、うん⋯⋯」
凄い早口で言われたけど、人形を依り代にすれば良いという事は分かった。でも、人形なんてどうやって用意すればいいんだろう。メーリンなら家事もできるし、人形も作れるかな。
「⋯⋯人形なら、わたしが作るわよ? 権能を使った永遠を維持できる特注品。貴女はともかく、貴女の姉妹はまぁ、まだ好きな方だから」
「え⋯⋯本当に? ありがとう! やっぱり、ウロって優しいんだね」
「別に⋯⋯。貴女が協力してくれなかったら、困るのはわたしも同じだから手を貸すだけよ」
『あ、オネーサマと同じ感じがする、この竜っ娘』
何れにせよ、これでスクリタの身体については解決した。後は、権能を貰って今の状態をできる限り維持するだけ。それが今の私にできる事。これから先は、スクリタの身体となる人形を作って、それにスクリタという命を吹き込んでから考えよう。
「じゃぁ⋯⋯ウロ。いつもの、お願いね」
「あぁ、はいはい。⋯⋯あれ痛いからあんまり好きじゃないのよねぇ」
過去2回、ウロは権能の譲渡をしてくれた。これで3度目。流石に私も慣れてるから平常通り行う事ができたけど、スクリタはどういう理由か、少し引き気味だった。スクリタとやった時の方が血がいっぱい出てるはずなのに。
そして、譲渡を終えた私達は、日が昇る前に紅魔館へと帰った────
メインの話が半分という微妙な感じ。ちなみに、レミフラはいつも妹の取り合いをしているとか、していないとか。
あ、一応⋯⋯ワイン一気飲みとか本当にやめようね(
次回からはしばらく戦闘回多めになる予定。
運命が変わる分岐点の年。ティアはどうなるのか。次回をお楽しみくださいませ