──Remilia Scarlet──
紅魔館。それがこの館の名前だ。そして、私はレミリア・スカーレット。この館の次期主。
私自身、女だからといって舐められるわけにはいかないので、日々跡継ぎのために精進はしている。剣術に槍術、魔法に妖力⋯⋯跡継ぎとしての武力。それに歴史や主としての仕事など、跡継ぎとしての知力。お母様が死んでからより厳しく文武両道を目指せと言われ、いつもその通りにしてきた。しかし、完璧にやってもより上を目指せと言われる。昔はそんな人じゃなかったのに。
お母様が死んでから、お父様は変わった。昔よりも厳しくなったし、領地拡大に躍起になっている。その理由はもちろん⋯⋯スクリタのことだろう。いや、今の名前はハマルティアだったか。母親を殺した彼女を、父親は嫌い、恨み、憎んでいるのだろう。それは最もな感情だ。愛する人を産まれて間もない子どもに殺されたのだから。だけど、私はそれがお母様の思いに反していると思っている。だから私はハマルティアを憎んでいないし、むしろ会ってみたいとすら思っている。多分、お母様も姉妹は仲良くしてほしいと思っているだろうから。
「レミリア様、流石です。見事な槍術でございますね」
「そう⋯⋯ありがとう。じゃあ、もう終わって──」
「いえ、まだ魔法の鍛錬が残っていますぞ」
しかし、それを許してくれるほどお父様は優しくない。常に執事やメイドなどの監視の目を付け、修業を多くして行く暇すら与えてくれない。私がいつかハマルティアに会いに行くと思っているのだ。──そんなの当たり前に決まっている。逆に妹に会いたくない理由が分からない。生まれて今まで会うこともなかったから、顔も分からないが会ってみたい。どんな危険な能力を持っていても、母親を殺していても、私の妹なのだから。それに⋯⋯お母様もそれを望んでいると思うから。
「はぁ⋯⋯。分かったわよ。早く行きましょう」
そう執事に促して、次の場所へと急いだ。
とりあえず今はまだ行けそうにない。どうにかして会いに行きたいけど、起きている時間は監視の目が厳しすぎる。それに40年近く会わなかったハマルティアに会うのも気まずい。もう1人の妹のフランに初めて会った時も気まずい空気が流れていた。結局最後までまともな話はできなかった。それからか。フランにも会いづらくなったのは。もしかしたら、ハマルティアに会ってもそうなるかもしれない。⋯⋯だが、それを言ってるとますます会いづらくなりそうだ。
「⋯⋯さて。もう寝たかしら」
というわけで、今日会いに行こうと思う。名付けて妹再会作戦。⋯⋯安直だけど名前なんて気にしている暇はない。とりあえず、誰もが寝静まっている朝に地下まで直行するつもりだ。今日お父様は領地拡大で遠出しているはずだし、この時間帯に起きている人は少ないはず。それに⋯⋯どうしてだろうか。会いに行くのは上手くいく気がする。何故なら、会って話している『未来』が見える気がするから。もしかしたら妹達みたいな何かの能力かもしれないが、詳しくはよく分からない。だけど、今はそれを信じるしかない。一筋でも会える道があるのなら、それに賭けてみたいから──。
そして、思惑通り誰にも会わずに地下まで来ることができた。まさか本当に来れるとは思わなかったが⋯⋯結果的にここまで来れたのだから良かったとしか言いようがない。地下にも幾つか部屋があるが、ハマルティアの部屋は最も奥の部屋。その前にフランの部屋を通るけど、今回の目的はハマルティアに会うことだからスルーしようと思う。絶対に聞こえてないけど⋯⋯ごめんね、フラン。
「⋯⋯これが、スクリタ⋯⋯ハマルティアの部屋かしら」
さて、考えているうちに部屋の前まで来た。元々は牢獄か何かだったらしく扉は外から鍵をかけれるようになっている。しかし、周りの壁はそこまで厚くないから意味はない。吸血鬼なら壁を破壊することくらい容易いからだ。しかし、よく考えればハマルティアは私より10歳も下だ。それに狭い部屋では好きに動けないだろう。なら、運動不足だから力はないか? いや、私の妹なのだからそれなりに強いはずだ。
「お邪魔するわよ」
ともかく考えていては時間を無駄にする。それに今は朝。寝ている可能性が高いから、もしかしたら話すこともないかもしれない。そう思い、意を決して扉を開け、中を覗く。
「⋯⋯だあれ?」
と、ベッドの上に座っていた少女と目が合った。その娘は緑色の長髪に、吸血鬼特有の紅色の瞳と蝙蝠の翼を持つ。間違いない、ハマルティアだ。しかし、身長は私とあまり変わらないが⋯⋯どうしてだ。何がとは言わないが私よりも大きい。そう言えば大食いという話を聞くから、そのせいだろうか。私よりも大きいのは姉として面目が立たない。⋯⋯私ももう少し頑張って食べないと。
「もしかして、レミリア⋯⋯お姉様?」
「え、ええ⋯⋯。初めましてね。スクリタ。いえ、今はハマルティアだったわね」
話しかけられ、咄嗟に我に返った私はそう答えた。どうしてもお母様が言っていた名前を口にしてしまう。ハマルティアは名前に聞き覚えがあるはずもなく、首を傾げていた。⋯⋯仕方ない。あの名前を知っているのは今生きている人だと私とお父様。そして、あの時出産に立ち会ったであろう眷属やメイド達くらいだ。しかし、そのメンバーは全く知らないし、その時にお母様が名前を口にしたか定かではないのだ。
「お姉様? 本当にお姉様なの?」
ベッドからゆっくりと立ち上がり、私の方へと近付いてくる。見た目は可愛い妹だが、能力は力を吸い取るもので危険らしい。さて、この場合はどうするべきか。抱き締めてあげることもできるし、拒否することもできる。⋯⋯って、私は何を考えているのだ。妹を拒絶すれば、それこそアイツらと同じではないか。お母様も妹を受け入れることを望んでいるに決まっている。
「⋯⋯ええ、レミリア・スカーレット。正真正銘、貴女の姉よ。今まで会えなくてごめんなさい」
「あ⋯⋯っ」
謝りながらも向かってくる妹をできるだけ優しく抱擁する。力を入れれば今にも折れそうなほどその身体は弱々しい。しかし、触れているだけで力を吸われるため、これでもダメらしい。だけど、力を吸われようが関係ない。私はハマルティアを、
「⋯⋯ううん。いいの。会えて嬉しい⋯⋯!」
「そう⋯⋯ありがとうね」
抱擁が終わって真正面から向き合い、とてつもなく嬉しそうな笑顔でそう言われる。若干恥ずかしい気持ちもあるが、嬉しそうで何よりだ。
「あ、お姉様。私のことはティアと呼んで! お姉ちゃんが付けてくれたあだ名なの!」
「お姉ちゃん⋯⋯? え、もしかして、フランとはすでに──」
「とっくの昔に会ってるよ。⋯⋯薄情者」
背後から声がした。恐る恐る振り返ると、昔一度だけ見た鮮やかな金色をした髪と、七色に光る宝石の付いた翼を持つ少女がそこに居た。間違いない。スカーレット家の次女、フランドール。ありとあらゆるものを破壊する能力故に幽閉されていた、私の妹だ。その顔には僅かな怒りと、隠しきれない寂しさが表れている。やっぱり、しばらく会っていないことで妹を辛くさせてしまっていたらしい。
「フラン⋯⋯」
「お姉ちゃん! 会いたかった⋯⋯!」
「うん。私も。数時間ぶりだね」
私が呟くとほぼ同時にティアはフランへと近付いて行った。しかし、その目線は私へと向けられ、いつの間にか辛そうな目に変わっていた。
「今日はもう来ないかと思ってた。どうして今日は2回も来てくれたの?」
「それは⋯⋯別に、懐かしい魔力を感じただけだよ。私に会いに来てくれたのかとばかり思ってた。だけど違ったんだね」
「え。あ、ちょっ、待っ⋯⋯!」
フランは私のことを無視し、ティアに別れを告げてその場から立ち去ろうとする。その淡々とした雰囲気は、明らかに私に対して怒りを抱いている。
「いいよ、レミリア。どうせ私のことなんか忘れて──」
「待って! ⋯⋯待って。お願いだから。少しだけでもいい。話をさせて」
「⋯⋯何?」
立ち止まってくれた。鋭い目付きで睨んではいるが、話だけでも聞いてくれそうだ。⋯⋯正直に話そう。下手に嘘をつくより、正直に言った方が無難だ。それに、嘘を言って後からバレた時が怖い。
「まず最初に⋯⋯ごめんなさい。分かってはいたけど、とても会いづらくて⋯⋯。だって前に会った時は何も話せなかったし、気まずい感じもしたし⋯⋯。また会おうにも同じことになったらどうしよう、って思ったの。それで嫌われたらどうしよう、って」
正直に話しても、フランは鋭い目付きをやめない。だが、静かに話は聞いてくれている。これは、正直な話でも気まず過ぎてスルーしようと思ったことは伏せておこう。ややこしくなる。
「怒ってるのは分かる。それに許したくないのも。でも、今日だけはお願いだから⋯⋯ティアと私と、一緒に居てくれない?」
「⋯⋯はぁ。ティアの名前出すのは卑怯すぎ。⋯⋯今日だけだからね。どうせ誰にも言わずに来たんだろうから、今日くらいしか来れないだろうけど」
「え? お姉様、そうなの? 今日しか来れないの?」
寂しそうな目をしたティアに問いかけられる。ここでイエスと答えるのは簡単だし、恐らくそれが本当になるだろう。⋯⋯だけどまた妹と会いたい。血が繋がっているのに会えないなんて辛過ぎる。それにこんな場所にひとりぼっちで居る妹を放っておけない。
「⋯⋯いいえ。きっと来るわよ。無理をしてでも貴女に会いに行くわ。そうしないと、寂しいでしょ?」
「うん。ありがとう、お姉様!」
「むぅ⋯⋯私も寂しかったのに⋯⋯」
「はいはい。フラン、貴女もね」
ふてくされるフランの頭を撫でると、彼女は恥ずかしそうに顔を赤らめる。やっぱり寂しくて怒っていたのだろう。⋯⋯寂しいのは当たり前か。2人とも、今までずっとひとりぼっちだったのだから。まあ、反応を見る限り2人は何度か会っているみたいだが。それにしてもティアといいフランといい、何とも可愛い妹達だ。素直じゃない妹と素直な妹、正反対のようだがどちらも好きになれる。
「お姉様。一緒に遊んでくれる? お姉ちゃんも!」
「今から寝ようと思ってたんだけどなぁ。ま、いいよ。レミ⋯⋯お姉様もいいよね?」
「⋯⋯! ええ、いいわよ。1日くらい寝なくても大丈夫だろうし、誰にも気付かれなければ大丈夫だから」
「わぁ⋯⋯! ありがとう!」
ようやくフランが私のことを姉として認めてくれた。いや、元から姉とは思っていただろう。ただ好かれてはいなかっただけで。だが、それも仕方あるまい。会ったのは一度きり、その時もあまり話はしなかった。だから、完全に嫌われていると思っていたが⋯⋯そうでもないようで良かった。
「じゃあ、ティアは何して遊びたいの? 私にできることがあれば言ってちょうだい」
「うーん⋯⋯じゃあ──」
「こんなところに居たのか。レミリア」
「え⋯⋯!?」
突然聞こえた予想外の人の声にビックリし、思わず声を上げる。そして、その正体を確認した私は、思わず冷や汗をかいてしまった。そこに居たのは、領地拡大で出かけているはずのお父様だった。その顔は怒りに歪み、下手をすれば今にも爆発しそうだ。
「レミリア。お前はオレの跡継ぎなのだ。こんな場所に居てはいけない」
「こんな場所って──」
「こんな場所ってどういうこと? 妹が居る場所を悪いみたいに言わないで」
フランが言い終わる前に、私はお父様へそう言葉を投げかける。初めてお父様に反抗した。だけど、ここで言わないとフランがお父様と敵対することになる。私は怒られてもいい。ただ、フランが敵対するのだけは避けないと⋯⋯誰かが死ぬ気がする。それはお父様かもしれないし、妹かもしれないが詳しくは分からない。だけど家族が死ぬのを見たくはない。
「なんだと? 誰に向かって口を聞いている! 父親の言うことが聞けないのか!?」
「妹達は何も悪くないわ! お母様だって言ってたじゃない。この娘達に悪気はない。仕方のないことだった、って!」
「悪気がないからどうした!? 危険な存在であることに変わりはない! 跡継ぎであるお前はここに居るべき者ではないのだ!」
口を開けば、跡継ぎ跡継ぎと⋯⋯。本当に馬鹿馬鹿しい。私が、跡継ぎがいるからフランやティアはどうでもいいと言うか。家族なのに、私さえいれば2人はいらないとでも言うのだろうか。やはり、お父様は⋯⋯父親は変わってしまった。お母様が死んだあの時から。
「お姉ちゃん⋯⋯」
「⋯⋯大丈夫。大丈夫だから安心して」
心配そうに私を見るティアの目は、恐怖のような感情に支配されている。それほど怖いのか、はたまた私が傷付くことを恐れているのか。どちらにせよ、これ以上この娘達と父親を一緒には居させれない。
「ふん。早く来い、レミリア。そいつと一緒に居るな!」
怒気を込めた声で叫ぶ。その怒りは私というより、ティアに向けられているようだった。お母様が死んだのは仕方のないことだと言っているのに、父親は未だにティアを恨んでいる。フランが幽閉された時はそのような素振りを見せていなかった。⋯⋯父親が変わったのも仕方のないことだが。
「⋯⋯はぁ。分かったわよ。すぐに行くから表で待ってて」
「早くしろよ。オレは地下に長居したくないのだ」
父親はそう言ってティアを一瞥すると、それ以外は何も言わずに部屋から出ていった。潔く引き下がったから良かったものの、一歩間違えたらどうなるか分かったものではない。一先ず危険は去ったから、次の策を考えて行動しなければ。妹達をこの薄暗い世界から、意味のない束縛から救うために。
「ティア、フラン。⋯⋯ごめんなさい。私にはまだ、貴方達を救えない。もしかしたら次に会えるのも何十年、何百年になるかもしれない。⋯⋯それでも私を信じてくれるなら。それでも私を待っていてくれるなら。無理はしないで。次に会うまで元気に過ごしてちょうだい」
精一杯の笑顔を作って2人に見せる。2人の顔は曇り、黙っていたが、それでも頷いてくれた。それを見届けた後、私は地下を後にし、父親とともに地上へと戻った。それからはより厳しく監視され、より厳しく跡継ぎの修業をしている。しばらくは地下に行くのも不可能だろう。
やはり私はまだ弱い。強ければ父親に対して何かできただろうが、私は何もしなかった。することができなかった。だから、私はもっと強くなろうと思う。誰にも口出しされないように強く。肉体的にも、精神的にも。そうして、2人を暗い世界から救い出す。
そう心に決めた私は、今日も一生懸命に鍛錬を続ける────
これからの道が長くとも、諦めたりはしないらしい。