では、お暇な時にでも
──Hamartia Scarlet──
背後では竜が暴れている。竜は人間も眷属も関係無く、尻尾や足が届く範囲なら何もかも破壊し尽くす。まるで意思を持つ災害。あらゆる生き物が、その災害に飲み込まれていく。私達は逃げる事しかできず、お姉様を探し回っていた。
それから数分も経たず、お姉ちゃんやコアと一緒に空を飛んでいると、前方から見慣れたシルエットが現れた。その姿が誰かすぐに分かると、私はその人の名前を叫んだ。
「お姉様ぁ!」
一度安心できれば、その気持ちを抑える事ができない。私は溢れる気持ちを我慢できずに、文字通りお姉様へ飛び込んだ。
「ティア、フラン! 良かった⋯⋯!」
傷の無い私達を見て安堵したのか、お姉様はホッと胸を撫で下ろす。こんなに安心してるお姉様を見たのは初めてだ。もしかしてだけど、何か悪い
「お姉様、ティア。楽しそうなところ悪いけど、あの竜を何とかしよう? 馬鹿みたいに強くて大きいの。『目』も見えないし、魔眼持ちらしくて⋯⋯」
「目を合わせれば身体が硬直して、動きが止まっちゃうの。人間なら数秒で死ぬんだって」
「何それ怖い。⋯⋯見る限り弱点らしい部位は無いけど、どうしましょうか。よく絵本で見る話だと、口の中に入って内側からー、ってのがあるけど?」
「お姉様、それを言っても誰がするの⋯⋯」
お姉ちゃんの言う通りだ。少なくとも、私は食べるのは良くても、食べられるのは嫌だ。それもお姉様やお姉ちゃん以外には。それに、口から入っても、噛み砕かれて死ぬか、消化される気がするし。
「⋯⋯何か別の作戦ある人って居る? 3人寄れば文殊の知恵、って言うけど」
「4人ですよー。私も居ますのでー」
「ことわざよ。気にしないで。⋯⋯ここで長話するのも時間の無駄ね。行き────」
「レェミィリィアァ!!」
お姉様が来た方向から紫色の髪をした女性が飛んできた。その女性の周りには、小さな4色の人型の生き物が浮いていた。どれも姿形は異なるけど、似たような魔力を感じる。それを詳しく考える前に、殺気を感じたから慌てて剣を作り出し、お姉様の前に出た。殺気を感じたのはお姉ちゃんも同じらしく、私よりも前に出ている。
「あー⋯⋯まだ追ってきたの? 2人とも、下がっていいわよ。今は争う時じゃない」
「な、何よあの竜!? レミリア、また貴女何か⋯⋯」
「よく見て。私の眷属も食われてるのよ? 味方なわけないじゃない」
「むしろ、人間の味方だと思ってた。救恤の人が召喚した竜だから」
私がそう話すと、紫髪の女性は有り得ない、という感じの驚いた顔を見せた。しかし、すぐさま疑り深い表情へと変わる。
「あんな竜、見た事無いわ。私を騙そうとしてないよね? っていうか、この娘達がレミリアの妹なのね。当たり前だけど、姉よりも小さい⋯⋯」
「手を出したら殺すわよ。そもそも、この娘達に勝てるわけないけど」
「話遮るのごめんね。竜はヨーコという人の力を借りた節制の人が召喚した。ついでに、救恤の人はヨーコに投げられて、竜に喰われた。多分、もう生きてない」
「なっ⋯⋯!?」
畳み掛けるように言葉を発すると、いよいよ紫髪の女性は絶句する。思考が追い付かないのか、1人でブツブツと小さく呟き、自問自答し始めた。周りの魔力を感じる生き物達は、そんな女性を心配してか、何か語りかけている。
「さて、あの娘は放っておいても大丈夫でしょう。そもそも、気にしてる余裕は無いわ。ティア、触れれば魔眼の力も奪える?」
「うん、大丈夫だと思う。他の魔眼持ち相手は奪えたから。後、応用で相手の力も消せるよ」
「よし。なら、ティアは最後に動きを止める役割ね。自分の能力だとしても、相手を見ただけで殺せる程強力な能力⋯⋯制止くらいできるはずよ。フラン、最大火力ってどのくらい出せる?」
「ん、最大火力? それなら──」
お姉様に聞かれてすぐ、お姉ちゃんは見せびらかすように巨大なレーヴァテインを作り出す。両手で何とか支えれる程の大きさらしく、自分でも制御し切れてないように見える。
「──お姉様以上、かな」
「へえ、言うじゃない。なら、トドメは私とフランに任せてちょうだい。後は、囮役だけど⋯⋯」
「お嬢様ぁぁぁぁ! 無事ですかぁぁぁぁ!」
「⋯⋯適役が居たわね」
お姉様が来た方向とは逆方向から、美鈴が物凄い勢いで走ってきた。美鈴も飛べるはずだし、何故飛ばないのか分からない。もしかしたら、飛ぶよりも走る方が速いのかな、美鈴は。
「はぁ、はぁ、はぁ⋯⋯お嬢様!」
「騒々しいわねぇ。自分の持ち場はどうしたのよ?」
「私は門番である前に従者です。ですから、お嬢様の身を案じ⋯⋯」
「はあ⋯⋯だからって持ち場を離れるのはどうなのよ? でも、そうね⋯⋯」
お姉様の表情が、険しいものから優しいものへと変わる。美鈴がここまで来てくれた事を、内心とても喜んでいるらしい。私も、美鈴が来てくれて⋯⋯家族にまた会えてとても嬉しいな。
「家よりも家族を大切に思ってくれてる事が分かって私も嬉しいわ。ありがとう、美鈴」
「い、いえ。有り難きお言葉⋯⋯!」
「別にいいわよ。家なんて、壊れようが、爆発しようが、また作り直せばいいのよ。ところで美鈴。あの竜の注意を引けるかしら」
「え、竜って⋯⋯あれですよね?」
美鈴の指差す方向には、未だ暴れる赤い竜の姿がある。口からは炎を吹き、その尻尾はムチのようにしなやかで、簡単に人を殴り殺している。美鈴の言いたい事は分かる。私でも炎を受ければただの火傷じゃ済まないだろうし、尻尾で叩かれれば死ぬかもしれない。
「あれね。でも、大丈夫よ。今は他のに気が取られてるみたいだから。⋯⋯いつそれが私達に向くかどうか分からないし」
「わ、分かりました。⋯⋯集中しないと、ですね」
「あのあの、私はどうしましょうかー?」
「ん、貴女⋯⋯。妖精メイドはできる限り、死なないように妹達の援護をお願い」
少しだけ、お姉様の表情が曇り、目が僅かに紅く光ったように見えた。お姉様の目が光るのは能力を使った時が多い。だから多分、何か見えたんだと思う。
「⋯⋯はいはーい。了解でーす」
コアはあまり気にしてないのか、笑顔でそう答えた。でも、いつも以上に爽やかな笑顔に見える。
「もう何も無い? さて、善は急げよ。作戦が決まったから──」
「待って! ⋯⋯レミリア。1つ提案がある」
「⋯⋯あったのね。何かしら、マジョラム」
小さい生き物と話してたマジョラムと呼ばれた紫髪の人が、お姉様を呼び止めた。先ほどの殺意は何処へやら。その女性からは落ち着いた雰囲気を感じる。だけど、いつの間にか小さい生き物達は居なくなっていた。小さくて可愛い生き物だったから、もう少し観察したかったのに。
「どうやら、ここから出れないらしいの。正確には紅い館を中心として半径3kmくらいの結界が張られているみたい。ちょうど黒い雲の大きさと同じくらいよ。だから、ここから出るには元凶らしいあの竜を倒す他無い。しかし、私達人間だと勝てる程相手も弱くない」
「⋯⋯なるほど。それで? 本題は何かしら」
マジョラムは黙ったままお姉様に近付き、何も言わずに右手を差し出す。
「⋯⋯一時休戦。協力しましょう。精霊に他の騎士達へ状況を伝えに行かせた。少しすれば、ここに全戦力が集まるはずよ」
「あら、私を恨んでたんじゃないの? 協力するの?」
「恨んでるわ。だからこそ、お前なんかと一緒に死にたくないの。今は騎士として、より多くの仲間を守り、生き残る事が先決よ」
マジョラムの目には、私から見ても決意が見て取れた。何処と無く、お姉様に似た目。色も形も違うけど、その奥にある光はとても似ている。ああ、なんだか⋯⋯人間の中では珍しく、食べてみたいと思える人。
「⋯⋯まあ、いいわよ。たまには人間に協力するのもいいわね」
お姉様は差し出された手を握る。その時のお姉様は、何故か嬉しそうに翼を動かしていた。
「交渉成立ね。囮役は多い方が良いでしょう? 私達がサポートするから、あの竜を倒して。あれは間違いなく憤怒の竜よ。ここで倒さないと、その脅威はいずれ人の街にも及ぶわ」
「憤怒の⋯⋯? 何それ。まあ、とにかく。これ以上被害が拡大しないうちに、誰かあの竜の気を引けない?」
お姉様の言葉を聞いた途端、みんなの視線が美鈴へと向いた。それにすぐさま気付いた美鈴は、勢いよく首を振って否定の意を示す。
「なんでみんなしてこっちを見るんですか!? 1人は絶対に無理ですからね!?」
「まだ何も言ってないわよ」
「お姉様、私、先行ってもいーい?」
「ダメ。絶対ダメ。貴女は最後よ」
お姉様って、どうしてこんなに過保護なんだろう。私の事をいつまでも子供として見てるのかな。もしそうなら、この戦いが終わった後、もう子供じゃないって事を⋯⋯見せれたらいいな。
「⋯⋯コア、適当に撹乱しに行かない? 美鈴は本番の時、動けないと困るし」
「もちろんです! フラン様が行くなら山でも谷でも、どこへだって付いて行きます!」
「⋯⋯山は無いけどねぇ」
「お姉様? どこ見て言ってるのかな?」
「別に? 何でも無いわよ」
お姉様、明らか胸を見てた気がする。お姉様やお姉ちゃん、そんなに胸の事が気になるのかな。些か過剰反応し過ぎじゃないかな、っていつも思う。やっぱり、お姉ちゃん達は小さいからかな。お姉様が大きい方が良いと言ってたし。
「ふーん。ま、いいや。じゃ、行ってくるね。コア、行くよー」
「はいはーい。一生付いて行きますねー」
「だから重いって。全く、ティアもそうだけど、私の周りってこんなのばっかなのかな⋯⋯」
凄く聞き捨てならない事が聞こえたけど、詳細を聞く前にお姉ちゃんは赤い竜の居る方向へ飛び立った。コアも後を追いかけるようにして飛んだけど、その時の顔が爽やかな笑顔に見えた。
「ねぇ、レミリア。⋯⋯戦う前っていつもこんな感じなの?」
「こんな感じって⋯⋯何が?」
「いやいや。貴方達、気が軽すぎない? 普通、もっと真剣にというか、重いものだと思うけど⋯⋯」
「これくらいがちょうど良いのよ。戦争なんて、いつ何処で誰が死ぬかなんて分からないんだし。いつだって明るく楽しく、ね?」
お姉様はこちらを見て笑顔でそう言った。つられて私も笑顔で頷く。
「価値観が違うのかしら。人間と吸血鬼では。⋯⋯あら、来たみたいよ」
「思ったより早かったわね。⋯⋯さあ、ここから反撃開始ね」
遠くから近付く多くの影。それを背に、お姉様はグングニルを作り出し、手に構えた────
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皆様、いつもありがとうございます(*・ω・)*_ _)