ちなみにチョコ云々は1970年代に生まれたらしいけど、深い事は気にしないで読んでください(
──Hamartia Scarlet──
今日、2月14日はバレンタインデーという日。本で見た話だと元々は269年にローマ皇帝の迫害下で殉教した聖ヴァレンティヌスに由来する記念日で、その歴史はローマ帝国の時代にまで遡るらしい。それがいつの間にか、世界各地でカップルの愛の誓いの日となってた。そして、ある辺境の地ではチョコを送る風習があるとか。
どうしてそうなったのか詳しく知らないけど、一緒に本を読んでたお姉ちゃんはその事を認知してる。更には「ティアも私にチョコ作ってくれる?」と言われたから、作らないわけにはいかない。多分、冗談半分で言ったんだろうけど、半分は本気だろうし、絶対に作らないとね。お姉ちゃんのを作るなら、ついでにお姉様のも。
「っていうわけで、メーリン。チョコの作り方教えて」
そういうわけで、メーリンのところに来た。お姉ちゃん達にはサプライズとしてビックリしてほしいから、誰にも悟られないように今日は早めに起きた。多分、この時間に起きてるのは美鈴だけだと思う。まぁ、早く起きて今もちょっとだけ眠たいんだけど。
「え、ええ!? ちょ、チョコですか?」
「うん、チョコ。作れるよね?」
「チョコは⋯⋯作った事がないので⋯⋯。元からできてる板チョコなどを使えば簡単に作れますが、今はカカオ豆しかありませんし⋯⋯」
「あぁ、そっかぁ⋯⋯」
これは予想外すぎる。メーリンならきっとチョコも作れると思ってたのに、まさか作った事がなかったなんて。よくよく考えればチョコは西洋で生まれたものだし、中国の妖怪である美鈴が知らないのも当たり前だけど。
「あ、で、ですが、カカオ豆はありますので、時間さえかければ作れますよ!」
「本当に⋯⋯?」
「は、はい! 作り方は知ってますので! ま、まぁ、失敗する可能性は高いですけど⋯⋯」
不安しかない。でも、お姉ちゃんは私のチョコを楽しみにしてるはずだ。なら、作らないという選択肢はない。失敗を恐れたら前には進めないとも言うし、何事も挑戦だ。
「ううん。やってみよう。メーリン、手伝って」
「分かりました! すぐに材料と道具を持ってきますね!」
そう言い残して、メーリンは食料庫へと走って向かった。
お姉ちゃん達の事を思っても、まだ一抹の不安は残る。それが消えるのは多分、作り終えた時だろ思う。だからこそ、お姉ちゃん達が喜ぶようなチョコを作らなければ。その使命感を胸に、私は決意を固める────
──Remilia Scarlet──
今日も夜早く起きて妹達の寝顔を拝もうと地下に向かうと、ティアだけが居なかった。フランと一緒に寝てるわけでもなく、既に起きて何処かに出かけたのだろう。
そう思いながら、いつも通り書斎へと向かってる時の事だった。
「メーリン〜! 失敗したぁ〜!」
「だ、大丈夫ですよ! これでもまだ手はありますから!」
妹の泣き叫ぶ声が調理室から聞こえた。無意識に身体が反応し、気付いた時には槍を持ってその部屋に入ってた。思えば、会話の内容から敵が居るわけではないのに、ティアの危機を感じたのだ。
「ティア!? どうしたの!?」
「あ、お姉様ぁ⋯⋯! ごめんなさい⋯⋯! 失敗したぁ⋯⋯」
部屋に入るなり涙目になったティアが抱き着いてきた。何が起きたのか分からず、しばらくただ呆然としていた。が、我に返ると槍を消して妹を優しく抱き締め、その頭を撫でる。
「ビックリしたじゃない。どうしたの?」
「あ、あのね⋯⋯」
同じ身長だというのに、何故か涙目と上目遣いで私を見つめてくる。こんな顔をされたら、とても甘やかしたくなる。もし今ここで自我を失えば、姉妹の一線を超えてもおかしくない。それ程の感情の高揚を感じる。
「チョコ、失敗しちゃったの。きっと作れるって思ったけど、やっぱり無理だった。メーリンに教えてもらったのに、途中まで成功してたのに、最後の最後で、眠気に負けて、間違ってお湯を入れちゃってぇ⋯⋯」
「えーっと。とりあえず泣き止みなさい。話が読めないわ⋯⋯。どうしてチョコを作ろうと思ったの?」
「今日、バレンタインだから⋯⋯」
バレンタイン⋯⋯聞いた事が無い。だが、そのバレンタインというのがチョコを作るきっかけになったのは分かる。それがきっかけだとしても、ティアは料理に興味を持ってたから、遅かれ早かれ作ってたのは間違い。だから、一度や二度の失敗なんて気にしなくてもいいと思うのだけど。
そこは性格が出てるのだろう。まあ、子供らしくて可愛いと思うが。
「バレンタインって何かしら? 私にも教えてちょうだい」
「す⋯⋯好きな人に、チョコを送る日なの。お姉様の事、好きだから⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯え、ええ?」
今一瞬、世界中の時間が止まったような気がした。ティアの言葉は、それだけの衝撃を私に与えたのだ。思わずティアの身体を強く抱き締めて、その耳元で小さな声で囁いた。
「⋯⋯ティア、いいのよ。失敗してもいいの。気持ちは伝わったから。貴女の気持ちだけでも充分嬉しいわ」
「ぐすっ⋯⋯本当に?」
まだ泣き止んですぐだからか、泣きじゃくりを繰り返してる。本当に可愛い。このまま愛でて倒したい。もう理性なんて捨てて、この滑らかな首筋に──
「ティア!? 大丈夫!?」
「ふぇっ!? ふ、フラン⋯⋯?」
突然聞こえた大きな声と扉の開閉音。その方向を振り返ると、その場に居たのは心配そうな顔をしたフランだった。しかし、私の顔を見ると一転して怒りに満ちた顔を見せる。あまりの形相に多少なりとも警戒する。
「ティアの泣く声が聞こえた。⋯⋯お姉様、何かした?」
やはり、と言うべきか。私がティアに何かして泣かせたとでも思ってるのだろう。馬鹿馬鹿しい。私が妹を泣かすわけないのに。だが、これ以上フランとの溝を深めればティアを悲しませるのは間違いない。フランが痺れを切らす前に誤解を解かなければ。
「何もしてないわよ。私もさっき来たところなの。で、ティアが泣いてるのを見つけて⋯⋯」
「ティア、美鈴。本当なの?」
「姉を信用しないわねえ⋯⋯」
少しカチンと来たが、ここで怒っては元も子もない。それにフランの気持ちも少し分かる。大切な妹が泣いてるのだから、極度に心配するのも無理はない。
「あ、本当ですよ! ちょっと料理に失敗しまして⋯⋯」
「うん。そうなの。それで、ちょっと悲しくなっちゃって」
フランのあまりの気迫に何も言えずに呆然としていた美鈴とティアは2人してフォローしてくれた。フォローとは言え、元々私が原因ではないのだが。
「⋯⋯そっか。ごめんね、お姉様。勘違いして」
「いいえ。いいわよ。⋯⋯って、さっきまで寝てたはずよね? どうしてティアは泣いたなんて分かったのよ」
「愛の力。ティアが何処で泣こうと、絶対に気付く自信がある」
さらっと凄い事を言ったな、この娘。地下からここまでどれだけ離れてると思ってるのか。確かにそれで気付けるなら、何処に居てもティアが泣けば飛んできそうだ。何かの契約でそうさせられてるようにしか見えない。
「ん⋯⋯? どうしてさっきまで寝てたとか分かるの?」
「⋯⋯愛の力、かしらね」
「あっ、ふーん。あまり聞かないでおくかー」
有り難い。が、後で詰め寄られそうだ。しばらくは2人で居る事を避けようそうしよう。
「で、ティアはチョコ失敗しちゃったの? どれ?」
「え? こ、これだよ。あのね、お湯入れちゃって、溶かしてる途中のチョコが固まらなくなっちゃって⋯⋯」
「あ! で、ですが、この状態でもクッキーなどにすれば美味しいですよ!」
「ふーん⋯⋯。ちょっと貰うよ」
フランはそう言うとチョコになるはずだった何かを手に取り、口に放り込んだ。しばらく口をモゴモゴさせた後、無表情のまま頷く。
「お姉ちゃん⋯⋯?」
「うん、やっぱり美味しいよ。まだ食べれるし、このままでもいいよ?」
あの顔は明らかに無理をしてる。表情に出さまいと必死に堪えてるようにしか見えない。それでも、フランはティアが傷つかないようにと、強がってるようだ。
「⋯⋯お姉ちゃん、ありがとう。でも、メーリンの言う通り、クッキーにした方が美味しいからそうするね。それに、身体に悪いよ。お姉ちゃんにはもっと長生きしてほしいから」
「そっか⋯⋯。ティアは優しいんだね。好きだよ、そういうとこ」
「うん⋯⋯ありがとう」
「あっ! では、私はクッキーを焼く準備をしてきますね!」
場の空気に耐え切れなかったのか、美鈴はその場を立ち去った。稀に美鈴の『気を使う程度の能力』を『空気を読む力』だったかと思ってしまう。度々気を使わせてる気がするし、今度お礼に何かするとしよう。
「ねぇ、お姉様。お姉様も一緒にクッキー食べようね。それと、来年は頑張るから、期待して待っててね!」
「ええ、楽しみにしてるわね」
「え? 私は?」
「もちろん、お姉ちゃんもね!」
ティアの甘い答えにフランも「ふふん」と鼻を鳴らして笑った。やはりと言うか、相変わらずと言うべきか。うちは末妹に甘い家族だ。姉も従者も、誰もが溺愛して守ろうとして。何処の家でも、末っ子に甘いものなのだろうか。
「ティア様! 準備が完了しました!」
「ありがとう、メーリン! じゃぁ、お姉ちゃん達は食堂で待っててね。すぐに作っちゃうから!」
「ええ、頑張りなさい」
「了解っ。また後でねー」
ティアや美鈴と別れ、フランと一緒に食堂へと向かった。
その後食べたティアのバレンタインクッキーは、フラン曰く先ほどとは打って変わって美味しい物だったらしい。私も食べてみたが、初めての料理とは思えない程美味しく感じた。そして、初めての末妹の手料理に、私は心を癒された────
ちなみにティアは小悪魔属性持ちだったり⋯⋯。