──Hamartia Scarlet──
お姉ちゃんに魔法を教えてもらってから3年が経った。ルーン魔法はそれなりに上達して、模様は全部覚えたし、石を作れるようにもなった。今は石以外にも描いて戦えるように練習している。面倒くさがり屋な私が3年も魔法を勉強しているのは、お姉ちゃんに追いつきたいから。お姉ちゃんに追いついて、早く召喚魔法を覚えたい。
召喚魔法で創りたいのは決めてある。もちろんお姉ちゃんと同じ剣と、お姉様と同じ槍。それに、弓も使いたい。ちなみに、これをお姉ちゃんに言ったら「強欲すぎじゃない?」と言われた。確かに魔力が低いから多くは創れないけど、私はまだまだ足りないと思う。だって、3つだけだから。できるなら、もっと沢山創ってみたい。
「お姉ちゃんって、どうして幽閉されているの?」
そうして魔法の練習に励む私は、ふと気になったことをお姉ちゃんに尋ねた。それは純粋な疑問だった。よくよく考えれば私はお姉ちゃんがどうして幽閉されているのか知らない。今まで聞いたこともなかったから。
「ん? ⋯⋯そうねぇ。ティアも知ってた方がいいかもしれないね。じゃ、ちょっと見てて」
「ルーンの石?」
「そ。見ててね」
お姉ちゃんは適当にルーン魔法の描かれた石を取ると、遠くの方へと投げた。そして、右手を向けたかと思うと力強く握る。すると、石が大きな音を立てて破裂した。石は粉々に割れてしまい、石というよりは砂になってしまった。
「うわぁ⋯⋯凄い! お姉ちゃん、どうやったの!?」
「あれっ、もっと怖がったりすると思ったんだけどなぁ。これが私の能力だよ。ありとあらゆるものを破壊できるの。原理としては物体には最も緊張している部分、『目』があるの。『目』は触れるだけでその物体を破壊できるから、それを手に移動させて握るだけ。握れば勝手に壊れるの。小さい時は自由に使えなかったから幽閉されたんだよ」
お姉ちゃんの言う通りなら、私もその『目』を見つけれれば、簡単に物を破壊できるのかな。そう思って手元にあった石を色々な角度から触ってみるも、壊れる気配はしない。私に『目』を見つけることも触ることもできないらしい。
「あはは。やっぱりティアは可愛いね。多分、『目』は表面的なものじゃないと思うよ。物によって場所も形も微妙に違うしね。概念的な何かなんだとは思うけど⋯⋯」
「そっかぁ⋯⋯。ねぇねぇ、お姉ちゃん。私にもその『目』はあるの?」
「あるよ。でも、生き物は複雑。変な形してるし、数が多かったりするし」
私にも『目』はあるんだ。でも、複雑で数が多いということかな。部位ごとに幾つもあるのかな。それとも、お姉ちゃんの言葉そのままの通りに、複雑に絡み合ったりしているとか。どれもお姉ちゃんの視点が分からないから、想像の域を出ない。⋯⋯あ、面白いこと思い付いた。
「お姉ちゃん! 感覚共有の魔法とか使えない?」
「突然だねぇ。図書館でも探ればその手の本は見つかるかもしれないけど⋯⋯どうして?」
「お姉ちゃんと五感を共有してみたい」
「うわぉ、どストレート。でも、うーん⋯⋯」
どうしてだろう。お姉ちゃんは頭を抱え込んで悩む仕草を見せた。もしかして、私との感覚共有が嫌だったのかな。それとも、他に何か理由があるとか⋯⋯。
「私ね、幽閉されている理由は能力のせいだけじゃないの」
悩んでいたお姉ちゃんが口を開いた時、その表情はいつもより落ち着いていて、静かだった。所謂、真面目モード。たまに見せるそれは、真面目な話の時にしかしない。真面目なんだから当たり前だけど。
「10歳くらいには能力を自由に使えるようにはなってた。でもね、私⋯⋯ふとした時に意識が消えるの。で、気付いたら一面血の海。それも自分の血じゃない。多分、眷族とかメイドの血ね。⋯⋯親に言われたわ。狂気に支配されている。やはり外に出すのは危険だ、ってね」
「狂気⋯⋯?」
狂気って、要するに狂うっていうことかな。でも、狂うって結局どういうことだろう。お姉ちゃんの場合は意識がなくなって、気付いたら殺しているから⋯⋯気を失っている時は危なくなるってこと?
「そ、狂気。目から光が消えて、妙なことを口走って、とにかくいつもの私じゃないらしいよ。自覚はないから詳しいことは分からないけど。とにかく、もしティアがそんな私を見たら、遠慮せずに攻撃していいからね。どうせ私は記憶なんて残らないし」
「⋯⋯分かった」
「じゃ、魔法に戻ろっか。ルーン石の組み合わせだけど⋯⋯」
とりあえず、いつもの優しいお姉ちゃんじゃなかったら、攻撃して無理矢理抑え付ければいいのかな。あっ⋯⋯記憶が残らないということは、裏を返せば何をしてもいいということになるのでは。もしそうなら、念願の夢が叶いそう。いつもはお姉ちゃんに嫌われたくないから抑えている願い。仲良くなればなるほど言い出せなくなったし、ある意味チャンスなのかもしれない。だからといって狂気に支配されたお姉ちゃんは見たくないけど。やっぱり⋯⋯優しいお姉ちゃんの方が好きだから。
お姉ちゃんの能力を教えてもらった次の日。今日もお姉ちゃんが部屋に来て、魔法を教えて⋯⋯ということにはならなかった。今日は珍しく、お姉ちゃんが部屋に来なかったのだ。出会ってだいたい35年。毎日欠かさず来てくれていたお姉ちゃんが、今日初めて私の部屋に来てくれなかった。
心配になった私は、意を決してお姉ちゃんの部屋に遊びに来た。心配になったと言っても、お姉ちゃんの容態を心配したというよりは、私のことを嫌いになってないかを心配している。嫌われるような行動はした覚えがないのだけれど。でも、やっぱりそっちの方が心配になってしまう。またひとりぼっちになるのは嫌だから。
「⋯⋯お姉ちゃーん?」
お姉ちゃんの部屋には今まで来たことがなかったけど、部屋の位置はお姉ちゃんに聞いたことがあるから知っている。だけど、その部屋の扉をノックしても名前を呼んでも返事は返ってこない。中から何か小さな音は聞こえるのに。
「お姉ちゃん、入るよー?」
部屋を開けると、そこは薄暗く広い真っ赤な世界が広がっていた。床や壁は所々赤くなっているけど、私の部屋よりも殺風景で、ベッドやお洋服入れなど生活するのに必要最低限の物しかない。そのせいか、無駄にスペースが多い。でも、お姉ちゃんは色々な物をプレゼントしてくれた。だから、お姉ちゃんの部屋にも同じような物があってもおかしくないのに、無いのはどうしてだろう。
そう思いながら部屋を見回していると、部屋の奥で横たわる、綺麗な紅い水たまりを作る
「お姉ちゃーん? どっこいっるのー?」
何か手がかりはないかと、
「⋯⋯ティア。遊びに来てくれて嬉しィ。せっかくだからー⋯⋯一緒に遊びましョ?」
「え⋯⋯うん! 何して遊ぶの?」
様子はおかしいけど、優しそうだからいつものお姉ちゃんと変わらないかもしれない。それに、お姉ちゃんからの誘いを断るなんて私にはできない。⋯⋯少し喋り方がおかしかったり、明らかに遊びで使わなさそうな爪を露わにしているのが気になるけど。
「そうだネー⋯⋯じャ、吸血鬼ごっこ。先に動けなくなった方が負けネ!」
「えー、うーん⋯⋯やっぱり待──わっ!?」
全くルールを把握していない内に、お姉ちゃんが爪で襲いかかってきた。運良く飛び退いて避けることはできたけど、お姉ちゃんの目は見失うことなく私の方を向いている。
「アハハ! 凄いワ! 流石私のティア! もっと避けテ!」
休む暇もなく、お姉ちゃんは妖力の塊を投げ付けてきた。それは小さく広範囲に散らばり、腕で身体を守っても防ぎ切れない。それに痛い。生まれて初めて、こんな痛みを味わった気がする。
「っ⋯⋯! お姉ちゃん、痛い⋯⋯」
「大丈夫! 私と同じだかラ、
肉片を指差し、次に私を見て嬉しそうに笑う。何となくだけど、これが狂気ということは実感できた。なら、早く戻そう。こんなお姉ちゃんも好きだけど、私はもっと優しいお姉ちゃんが食べ⋯⋯好き。あ、でも、この機会に願いは叶えておこう。
「⋯⋯お姉ちゃんが負けたら、食べてもいい?」
「いいヨ! でも、ティアが負けたら、ティアは私のモノネ!」
それはそれで有りかもしれない。でも、ごめんなさい、お姉ちゃん。私はお姉ちゃんのことを
「
ルーンの石を取り出し、それに魔力を注ぎ込む。注ぎ込んだ時点で身体が軽くなったのを感じた。そのままの勢いでお姉ちゃんへと近付くと、真っ直ぐ向かってくる爪を躱し、懐から2つの石を掴み取り、お姉ちゃんの胸に手を触れる。
「ごめんね⋯⋯
「冷タ! 何ヲ⋯⋯ッ!」
お姉ちゃんの身体は鈍くなり、私が触れた部分から僅かに凍り付く。初めて憎しみに近い目をお姉ちゃんに向けられた。でも、構ってはいられない。お姉ちゃんが油断していた今だけがチャンスだ。それに、しばらくは動けるはずがない。
「本当にごめんなさい⋯⋯。私を嫌わないでね?」
「え⋯⋯あぁぁッ!」
両手を頭に回し、首筋にガブリと喰らい付く。その瞬間、温かい血が喉を潤す。しばらくこのままでいたい。そう思った矢先、お姉ちゃんを抑えていた左腕の感覚が無くなった。そして、鋭い痛みが走る。
「うあ、あぅっ!」
今までにない痛みが頭の中を支配する。恐る恐る左手を見ると、そこにあるはずの
「⋯⋯キュッとしてドカーン。痛いヨ、ティア。お姉ちゃんの言うこと聞いテ」
私の魔法も破壊して自由になったお姉ちゃんは、いつの間にか私を見下ろしていた。吸血したことで怒らせてしまったようで、静かな姿が逆に怖い。
「う、ぁぁぁぁ⋯⋯! はぁ、はぁぁ⋯⋯! 痛、い⋯⋯」
「その程度で死ななイから大丈夫。ティアは私の妹、もっと頑丈だから⋯⋯試してみよっカ?」
とても怖い笑顔。それを視認したと同時に、次は右足の感覚が無くなる。生暖かい液体が肌に飛び散るのが分かった。
「アァァァァ!! あぁっ、ぁぁぁぁ⋯⋯! お、お姉、ちゃん⋯⋯!」
「フフフ、可愛い顔⋯⋯。痛イ? 苦しイ? でも、大丈夫。これからもっと楽しいことが起きるヨ? もうずっと⋯⋯アナタを離さなイ⋯⋯」
これは大変だ。まだ思考できているうちに何とかしないと、お姉ちゃんに死ぬまで弄ばれる。でも、何もできない。魔法は効かないし、痛みが激しくて身体は右手と左足以外は動かない。
「いや、いや⋯⋯! お姉ちゃん⋯⋯!」
「なあニ? 諦めて、私のモノになロ?」
何とか、本当に何とかしない、と⋯⋯? あれ。アレは何だろう。
そう思って、私はソレに右手を伸ばす。
「掴め、る⋯⋯?」
「え⋯⋯? あ、アアアアァァァァァァ!! ⋯⋯あ、ああ⋯⋯」
その何かを握り込んだ瞬間、お姉ちゃんがその場で崩れ落ちた。理由は分からないけど、どうやらお姉ちゃんの中で何か起きたらしい。ピクリとも動かなくなった。でも、息はしているから死んではいないみたいだ。一先ず安心するも、私も傷を治すのに精一杯で動けない。痛みはあるけど、予め吸血していたからか、幾分かマシだ。
「⋯⋯あ、れ? 私は⋯⋯て、ティア!? 大丈夫!?」
「あ、お姉ちゃん⋯⋯」
隙あらばじっくりと味わってみようと思ってたのに、お姉ちゃんはすぐに起きちゃった。まだ吸血しかしていないのに⋯⋯せっかくだから食べてみたかった。
「ど、どうし⋯⋯も、もしかして! て、ティア⋯⋯ごめんなさい。ごめんなさい⋯⋯ごめんなさい⋯⋯」
自分と私の姿を見て全てを察したらしい。返り血に染まった手で私を抱きしめ、小さな声でそう繰り返す。とても辛そうな表情で、目からは涙がこぼれ落ちている。そんな顔を見るくらいだったら、やっぱり狂ったお姉ちゃんなんて見たくなかった。やっぱり、私はいつもの嬉しそうなお姉ちゃんが一番好きだ。
「お願い、泣かないで。傷の治りが遅いだけで、私は大丈夫だから。お姉ちゃんは悪くないよ? それに、傷も何か食べたらすぐに良くなると思うから心配しないで」
「私が悪くないわけ⋯⋯! ⋯⋯そ、そうだ。もしティアが良かったら、私を食べて。回復魔法は使えないから、せめてもの償い。お願い⋯⋯それで、私を許して⋯⋯!」
どうしてだろう。願ってもない状況なのに嬉しくない。あれだけお姉ちゃんのことが
なら、もしかして⋯⋯。うん、飢えや渇きは感じない。やっぱり、食べなくても満たされているからみたいだ。食べることだけが、好きということじゃないらしい。
「ううん。やっぱり食べなくても大丈夫みたい。その代わり⋯⋯お姉ちゃん。許してあげるから、もう少しこのままでいて。私を抱きしめてて。今はそれだけでいいや⋯⋯」
「わ、分かった! このまま、このままね⋯⋯」
食べることだけが飢えや渇きを満たすわけじゃない。初めてそう気付いた。それでも、いつかはお姉ちゃんを食べてみたい。次は血だけじゃなくてお肉も。好きにはたくさんの種類がある。今のこの状況と食べたいという感情。もしかしたら、もっと他にもあるかもしれない。それをお姉ちゃんから発見したい。できるなら、お姉様からも。
「お姉ちゃん。私、お姉ちゃんがお姉ちゃんで良かった。もしもまたお姉ちゃんが狂っても大丈夫。私が何とかする。だから⋯⋯約束して。私を嫌わないで。私を1人にしないで。ずっと、ずっと一緒に居て、ね?」
「⋯⋯うん、もちろんだよ。約束するね」
お姉ちゃんはようやく笑ってくれた。嬉しそうな顔に戻ってくれた。どうしてその表情を見せてくれたのか私には分からないけど、今はただ、抱擁してくれていることだけが嬉しい。
そう言えば⋯⋯昔、お姉ちゃんに聞いたことがある。悪魔の
何故か、それが何よりも嬉しかった────
狂気とは誰を指していたのでしょうか。
それはともかく、ティアのルーン魔法集はいずれ行う人物紹介の時にでも行いますね