では、暇な時にでも⋯⋯
──Remilia Scarlet──
淡い月明かりが差し込むテラスで、私は1人、紅茶を飲んでいた。近くに居たメイドに紅茶を入れさせたはいいものの、美味しいとは言えない。もう少しメイドの育成にも力を入れた方がいいと思うが、そんなことに力を注ぎたいと思う者はこの館にはいないだろう。今の当主は領地拡大に目が眩み、他のことなんか気にしてはいない。私を立派な当主に仕立て上げようとしているのも、権力保持や拡大のためだろう。そんなことをしてもお母様は戻ってこないのに、一体何を目的としているのか。
「はあ⋯⋯」
最近、憂鬱だ。人間の街を襲いすぎた結果か人間達は報復に来るし、妹達には未だに会えない。妹達と最後に会ってからもう20年以上経つ。能力の制御もできていい年なのに、2人はまだ幽閉されている。私は今65歳だから、2人は60歳と55歳かしら。20年も経ったから少しは変わっているかもしれないけど、まだ私のことを良く思っていてくれたら嬉しい。もしそうでなくても、私は2人を見捨てたりはしないけど。
「れ、レミリア様! ご主人様が遠征から帰ってきました!」
慌ただしくやって来たのは妖精メイド。その程度の報告で、とは思ったが、どうやら様子がおかしい。
「⋯⋯あらそう。それで? 何をそんなに慌てているのかしら?」
「そ、それが⋯⋯どうやら人間達に負けたらしく、初めて失敗したと言って機嫌が悪いようです」
「お父様が負けた⋯⋯?」
どんなに嫌いな父親でも、その力だけは本物だ。飛べばどんな乗り物や動物でも追い付けないし、山を砕くほど力は強い。悪魔を多数召喚できる魔力と驚異的な身体能力は──かなり嫌なのだけれど──本当に親なのだと実感できる。唯一の弱点の日光は朝に行動しなければ大丈夫だから、大概の敵は相手にもならないはずだ。⋯⋯まあ、本当はあいつが負けても勝っても、利益と不利益は紙一重だからどっちでもいいのだが。
「は、はい。ですので、今は近付かない方が良いかと⋯⋯」
「⋯⋯そう、ありがとう。下がっていいわよ」
「は、はい!」
元気な声で返事をし、妖精メイドは戻っていった。わざわざそれだけを言いに来たメイドはおかしな奴だが、よくよく考えればそうでもない。要は、何か切っ掛けがあるだけで爆発する状態ということだ。メイドにとってもそれだけは避けたいから、何かあった時に一番対応できるであろう私に伝えたのかもしれない。
「⋯⋯今夜は嫌な予感がするわ」
私の能力は常に見れるほど有能なものでもない。稀に見れない時もあるし、突拍子もなく見ることもある。その見える未来も時間もバラバラで纏まりはない。だが、近く短い未来なら常に見ることも可能だ。私はその未来を見続け、悪い事態が発生することを操ることで防いでいよう。
そう考えた矢先に、衝撃的な映像が頭の中に過ぎった────
──Hamartia Scarlet──
「ティア。上に行ってみない?」
「⋯⋯え?」
いつも通りお姉ちゃんの魔法レッスンを受けている最中、お姉ちゃんがとんでもないことを口にした。ここで言う『上』というのは、間違いなくこの地下の世界の外、つまり地上のことだと思う。私達は幽閉されているから、基本的に地下以外、自由に行動することは禁じられている。もしも破っているのを見つかったら、ただでは済まない。お姉ちゃんもそれを知っているはずなのに、どうしてそんな提案をしたのだろう。
「あ、上って言っても図書館ね。あそこならまだ地下だから、行ってもいいとは思うの」
「としょ⋯⋯かん?」
図書館と言えば、本がいっぱいある場所のことかな。私達が住んでいる館にはそんな場所があったんだ。今までこの地下の世界以外は行ったこともなかったから、知らなかった。もしかしたら、もっと他にも色々なものがあるのかな。
「そ。そろそろルーン魔法も次の段階に進みたいの。複合と重複。多様なルーン、同一のルーンを合わせて使う高位の魔法。それさえ終わったら⋯⋯召喚魔法を教えてあげるね」
「本当に!? うわぁーい! ありがとう!」
「わっ」
ようやくお姉ちゃんに認められた。そう思うととても嬉しく、思わずお姉ちゃんに抱きついていた。小さく戸惑うような声が聞こえた気もするけど、拒んではいないから良いよね。
「⋯⋯ふふっ、よしよし。良かったね」
私の気持ちでも察してくれたのか、頭を撫でてくれた。やっぱりお姉ちゃんは優しい人。これからもずっと一緒に居たいと思えるし、これからもずっと食べてみたいと思える人なんだな。
「うん! 私ね、召喚魔法を使えるようになったら、お姉ちゃんと同じ剣にするの! 私の能力を使った剣だよ。きっとお姉ちゃんも気に入ってくれると思う!」
「私が使うわけじゃないから、ティアが私好みにする必要はないんだけどなぁ」
「そうなの?」
「そうだよ?」
お姉ちゃんが使わないのは百も承知だったけど、お姉ちゃんの好きなように創れば褒めてもらえると思っていた。正確にはまだ創ってはいないけど。まあ、それでもお姉ちゃんの好きそうな剣を作ろう。そっちの方が私としても創りやすいと思うから。
「そっか。それよりもお姉ちゃん。お父様は大丈夫なの? 見つかったら怒られそうだよ?」
「昨日、メイドちゃんから聞いた話だとまた他の領地に行ってるらしいよ。だから、今日は帰ってこないと思う」
「なら大丈夫だね!」
また前みたいに怒られるのは嫌だから、居ないで良かった。もちろん、お姉ちゃんもそれを分かってて行くつもりだったのだろうけど。
「そういうこと。じゃ、早く行こっか。誰にもバレないうちに⋯⋯ね」
「うん、分かった!」
お姉ちゃんに手を引っ張られ、初めてこの地下の世界から一歩だけ足を踏み出す。図書館も地下だから、本当に、ほんの少しの一歩だけ。でも、いつかもっと大きな一歩を踏み出してみたい。そして⋯⋯叶うことなら、外の世界も見てみたい。その時はもちろん、お姉ちゃんやお姉様と一緒に。
そんな大それたことを考えながら、私達は図書館へと向かった。
初めて図書館に足を踏み入れた。お姉ちゃんの部屋や私の部屋よりも何倍も何十倍も広く、地に足をつけている状態だったら、奥まで見渡せない。もちろん、本棚のせいで見えないのもあるけど、それでも地下とは比べ物にならないほど広いのは分かる。本棚の高さもおかしいし、数も半端ない。私の部屋にある本の何万倍⋯⋯いや、そんな量じゃないかな。本当にここの本は数えきれない量だ。
「どう? びっくりしちゃって声も出なかったでしょ。私も初めてここに来た時はびっくりしたよ」
「⋯⋯うん。お姉ちゃんは前にもここに来たことがあるの?」
「まぁね。メイドちゃんに頼めないような危険な本とかその他色々を借りる時に来るの。場所はそれとなく聞いてたしね」
流石お姉ちゃん。ずる賢いというか、抜け目ないというか⋯⋯とにかく凄い。でも、メイドちゃんに頼めない危険な本って何だろう。それだけはとても気になる。
「さ、ティア。魔法の本を取りに行こっか。確か禁書とか多い場所にあるから、下手に本を触っちゃダメだからね?」
「うん。でも、どこか知ってるなら、メイドちゃんに取らせに行っても良かったと思う」
「あの娘、たまにしか来ないから。それに、下手に行かせて誘惑に負けたら危ないし」
せっかちなお姉ちゃんに手を引っ張られて図書館の奥へと進んでいく。途中に誰にも会うことなく、着いた先はごく普通の棚の前。だけど、その棚から感じる魔力はとても奇妙で、気味が悪い。お姉ちゃんが言っていた禁書はこの棚にある本のことかな。⋯⋯言ったら絶対に止められるから言わないけど、少し気になる。ちょっとだけ見てみたいなぁ。
「えーっと、ルーン魔法のは⋯⋯どれだっけ。この棚なのは間違いないんだけどなぁ」
「お姉ちゃん、探してる間、他の本を見ていていい?」
「いいよ。でも、魔力を感じる本は取っちゃダメだからね。危険なものが多いし」
お姉ちゃんから許可をもらったし、とりあえず気になった本から読んでみよう。面白い本もあるかもしれないし。そう思って、お姉ちゃんからあまり離れていない位置の棚に向かった。
「ケルト神話、ギリシャ神話⋯⋯日本⋯⋯。微妙な本ばっかり」
神話は物語としては面白いけど、出てくる神様は食べたいとは思えないから好きじゃない。私達悪魔と敵対しているし、自分勝手だし。でも、神様の持つ武器だけは違う。神様じゃなくても面白そうな武器を持っている人は好き。食べたいとはまた別の感情だから、多分興味深いに近い感情だと思う。
「⋯⋯弓なら、どの神話がいいだろう」
せっかく見つけた本だし、模範できそうな弓を探してみよう。
「ここで何をしている」
そう思った瞬間、背後から嫌な声がした。食べたいとも思えない、一緒に居たいとも思えない、そんな声。でも、お姉ちゃんやお姉様の次に知っている人の声。
「⋯⋯お父様?」
振り返ると、顔を真っ赤にしたお父様が居た。私がここに居るのを知って怒っているのかな。それに、嫌な目をしている。狂化していたお姉ちゃんに向けられた憎しみの感情が宿った目の何十倍も嫌な目。お姉ちゃんは狂化していても私を心の底から嫌いにはならなかったけど、お父様はそうじゃないみたい。私のことを、心の底から嫌っているのが分かる。
「どうしてここに居る!? 最近妙に魔力が増えているようだが、オレを殺そうとでも画策していたか? そうはさせんぞ! オレは負けん! アイツら人間のように、オレを殺すよりも先にお前を殺してやる!」
「どうして⋯⋯っぐ!?」
首を絞められたまま本棚に叩きつけられる。その衝撃で本は棚から音を立てて崩れ落ちた。足掻こうにもリーチが違う。力も違う。足をばたつかせてもお父様は物ともしない。
「は、はははは! そうだ、何故今までこいつを殺さなかったのか! こいつはいつオレを殺そうとしてもおかしくない奴だ。予言通り、罪深き悪魔なのだから! マリアンヌ、ようやく仇を討てる。この罪深き悪魔を地獄に落とせ──ぐわぁぁぁぁ!?」
「あっ──はぁ、はぁ、はぁ⋯⋯」
大きな破裂音とともに、生暖かい血が私に飛び散る。そして、お父様の手が私から離れた。彼は無くなった右腕を掴みながら、私から目を逸らす。
「ふ、フランンンン! 貴様ァァァァ!」
「⋯⋯汚い手でティアに触れるな。ティアに危害を加えるなら、お前を殺すぞ」
そう言ったお姉ちゃんの顔は、今までにないほど怒っていた。ドス黒い殺気を放ち、言葉の端々に怒気を含んでいる。でも、その殺気や怒気は私には一切向けていない。逆に心配した目を向けられ、無傷な私を見てお姉ちゃんは少しずつ落ち着きを取り戻している。
「やってみろ! お前の能力なぞ、オレの速さの前では話にならぬ!」
「キュッとして⋯⋯っ!?」
宣言通り、お父様は目にも止まらぬ速さで破壊される前にお姉ちゃんを蹴り飛ばす。お姉ちゃんは本棚に身体をぶつけ、その場で倒れ込んでしまった。当たりどころが悪かったのか全く動かない。
「お姉ちゃん⋯⋯!」
「これで邪魔者は居なくなった。フランには後でお仕置きするとして、お前には死んでもらおう。お前は⋯⋯危険な存在だ。いずれはマリアンヌのように、オレや跡継ぎであるレミリアさえ殺そうとする。お前は罪深き悪魔。今その気が無かろうと、いずれはそうなる生き物だ」
「どうして⋯⋯どうしてそうなるの? どうして私は罪深き悪魔なの?」
何を言っているのだろう。私がお姉様を殺す? ただお母様を殺しただけで、どうしてそこまで決め付けられるのだろう。分からない。全く分からない。ただ単に、私が憎いから因果関係を作ろうとしているだけにしか見えない。
「何故か分からぬか? 産まれながらにして親殺しという禁忌を犯し、暴食を繰り返して次は強欲にも我が地位を奪おうとした。それだけでも罪深い。それに、これで分かったのだ。過去に出会った魔女の予知は当たっていたのだとな。お前をこのまま生かしていては危険だ」
徐々に近付くお父様の残った方の腕に、薄らと輝く剣が現れる。その剣は禍々しく黒く光り、その切っ先は私へと向けられていた。その剣の周囲の空間は魔力で歪み、見ただけで危ないものと分かる。
「この剣は魔力を封じる魔剣。名などないが、お前にくれてやるには勿体無いほどの剣だ。魔法で何をしようと無駄だ。そのまま潔く死ぬがよい」
「あ──ヤァァァァァァッ!!」
避ける暇もなく、剣の切っ先が私の胸を貫く。深々と食い込み、叫び声を上げ続けても痛みは和らぐことはない。頭の中に死という感情が蓄積されていく。
痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い⋯⋯痛い!
どうすれば生きれる? どうすればこの剣から逃れることができる? 考えても考えても思い付かない。剣はすでに刺さっていて抜くことなんか無理だし、魔力を封じられているのは本当みたいだからルーン魔法も使えない。
「アァァァァァァッ!」
剣がゆっくりと回され、傷口が徐々に広がり、痛みも広がる。
叫び続けても誰も助けに来てくれない。お姉ちゃんは倒れているし、眷属やメイドはこんな場面を見ても助けてくれるはずはない。今の当主はお父様なのだから、その決定に従うに決まっている。ならどうする?
「ぁ、⋯⋯もっと⋯⋯」
そうだ。魔力が使えないなら能力を使えばいい。力を吸おう。力を奪おう。お父様が私のことを強欲と言うのなら、もっと強欲になろう。魔力を封じる剣は能力を封じはしない。
「な、何を⋯⋯なぁ!?」
お父様の手から、どんどん剣が消えていく。私の能力は触れていれば、喰らっていれば力を吸い取れる。例外なのはお姉ちゃんだけ。意識すれば、この剣だって容易く貰うことができる。
「⋯⋯
「ぐぁ!?」
咄嗟にルーン文字を描き、熱の光線を飛ばす。それはお父様の左肩を貫き、壁を貫通して遥か彼方へと飛んでいった。
「き、貴様ァァァ! もはや1秒たりとも生かしてはおけぬ! 我が剣で⋯⋯な、なんだ!? どうして剣が出ない!?」
「⋯⋯⋯⋯」
お父様が困惑した表情になる。どうして魔法を使えないのか理解できていないようだ。私が何の力を吸ったと思っているのだろう。どうしてまだ気付かないのかな。私が吸い取った力はお父様が作った剣の『魔力を封じる』力だ。それをルーン魔法を通してお父様に使った。これで剣を使うのは──
「⋯⋯! ふ、ふん。なんだ、使えるではないか。調子が悪かっただけか」
とか思ってたけど、時間切れみたい。まだ魔力を封じる力は持っているけど、ルーン魔法を介しただけでは少ししか持たないみたいだ。まあ、私を刺していた剣を抜いた瞬間に私も使えるようになったから、仕方ないと言えば仕方ない。私の行動はちょっと寿命を延ばしただけ。お父様は臆せず、再び剣を掴み取り、こちらに歩いてくる。
「もう終わりだ。フランは倒れ助ける者もいない。先ほどのまぐれも二度は起きない。次は一思いに首をはねてやろう」
ああ。もう終わったかもしれない。首をはねられたら、流石に死ぬと思う。もしかしたら、吸血鬼の再生力で何とかなるかもしれないけど、動けはしないだろうから結局は変わらない。動けない時に確実に殺される。⋯⋯でも、まだ死にたくない。まだお姉ちゃんと一緒に居たい。まだ、私は──
「さあ、死ねェ!」
剣が迫り、怖くなって目を瞑る。が、どうしてか剣は首には触れない。
恐る恐る目を開けると──
──お父様は目を見開いて、跡形もなく消え去った自分の左腕を見ていた。両腕を無くしたお父様は、驚きや恐怖に近い目を腕を奪った人に向けていた。
「き、貴様もか⋯⋯レミリアァァァァァァッ!」
紅い槍を手に持ち、黒い翼を広げたお姉様がそこには居た。私達を空中から見下ろしていて、いつでも槍を投げれるように構えている。
「望めば叶うものね。⋯⋯間に合ったわ。貴方にティアは殺させない。貴方に温情もかけない。私は父か妹、どちらか選べと言われたら、妹を選ぶわ」
「な、何を言っている!? オレに歯向かうのか!?」
「ええ、残念だけど⋯⋯それどころか、命を奪うわ」
その目は本気だ。これで2度目の対面になるけれど、ここまで非情で、怒っていて、辛そうな目をしている人は未だ見たことがない。お姉様の声は穏やかだけど、殺気はお姉ちゃんよりも鋭く重い。やると言ったら、本当にやる人の声だ。
「な、何を言う!? オレを⋯⋯本当に殺すつもりか!?」
「そう言ったはずよ。さっきも言ったけど、私は貴方よりも妹を選ぶの。ここで見逃しても貴方は絶対にまたティアを殺そうとするわ。私には⋯⋯その未来が見えるのよ」
「な、何を言って⋯⋯! お前はまだ知らないだろうが、この悪魔はお前をも殺すバケモノだ! そう運命付けられたモノなのだ!」
お父様の鬼気迫る表情に対し、お姉様の口が僅かに歪んだ。どうやら笑っているようだけど、それは嘲笑といった方が正しいような不気味なものだ。あんな顔の人を見るのは初めてだけど、どうしてだろう。可愛いとも思ってしまった。血が流れ過ぎておかしくなったのかもしれない。
「いいえ。それは違うわ。そんな未来は見えないし、もしそれが本当だったとしても⋯⋯」
お姉様はチラリとお姉ちゃんと私に目を向ける。今のお姉ちゃんの状態や私の傷を見てか、少しばかり悲しそうな表情になった。心配してくれているということは、やっぱりまだ好きでいてくれているのかもしれない。それは⋯⋯正直にとても嬉しい。
「私はそれを受け入れるわ。まあ、そんな未来は見えないし、どうせ嘘なんでしょうけど。さぁ⋯⋯長話もお終い。さようなら、お父様。⋯⋯貴方は本当に変わってしまったわ」
「ま、待つのだ! 待て、待て待て待て待てぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
最後にお姉様は心から残念そうな顔を見せ、お父様の頭に向かって槍を投げ付けた。瞬きする間もなく、目の前に真っ赤な血が広がる。上半身が木っ端微塵に吹き飛び、ただ血を流すだけの肉塊と化したそれは、音を立てて崩れ落ちた。心臓と頭を同時に潰されたのだから、再生の兆しはない。
「はぁ⋯⋯。フラン! ティア!」
お姉様は安堵のため息をつくとすぐに、お姉ちゃんの傍に寄って安否を確認する。そして、その場に寝かせると、すぐに私の元へと近付いてきた。
「大丈夫!? 傷は⋯⋯これくらいなら何とかなるわね」
「え、う、うん⋯⋯」
胸の真ん中が貫通している気がするんだけど、本当に何とかなるのかな。痛みはあっても傷は癒えてきているみたいだから、本当に大丈夫かもしれないけど。それでも少し心配だ。痛いし、貫通してたし。どうしてお姉ちゃんやお姉様は自分の身体じゃないのに、私の身体を過大評価するんだろう。私はもっともっと強い身体が欲しいのに。
「そんなに心配そうな顔しないの。これくらいの傷ならすぐに治るわ。私の妹なんだもの」
「そう言われると、そんな気もしてきた、かな? や、やっぱりそんな気しない⋯⋯」
流れてくる血を見ていると、治る気がしなくなる。狂化したお姉ちゃんと戦った後も、かなりの時間を回復に集中していたし、この傷でそんなに集中力が持つか分からない。⋯⋯あ、でもあの時の方が酷いかも。左腕が無くなってたし。
「弱気ねぇ⋯⋯。なら少し我慢しなさい。ちょっとだけ痛いわよ」
「え、あの、お姉さ──うぅッ!?」
突然、とてつもなく熱い槍を胸に押し当てられた。確かに流れていた血は止まったみたいだけど、余計に酷くなっている気がする。
「はい、これで大丈夫。止血だけしたわよ」
「ほ、本当にこれで大丈夫なの⋯⋯?」
「大丈夫よ。人間達もやってたわ。確か⋯⋯焼灼止血法? とかいう名前だったかしら。ともかくれっきとした医療処置だから大丈夫大丈夫」
余計に心配になってきた。適当な感じが凄いし、それが本当にれっきとした医療処置なのかも疑わしい。あれ。でも⋯⋯なんだか不思議な感じ。あ、そう言えば、お姉様の様子が前と違う。前はもっとよそよそしくて、気まずい感じだったのに。いつの間にか打ち解けてるし、今のお姉様からはいつもの優しいお姉ちゃんと同じ感じがする。
「う。うーん⋯⋯はっ! ティア!? って、お姉様? ⋯⋯あの親父は?」
「⋯⋯私が殺したわ。あ、何も言わなくていいわよ。私自身が決めたことなの。あのまま放っておけば、必ずティアが死んでいたわ。私は父親よりも、妹の方を選んだのよ」
「お、お姉様⋯⋯貴女は良かったの? 貴女が殺したことが分かれば、眷属達とか⋯⋯」
お姉ちゃんの言う通り、お姉様よりもお父様の方を慕っている眷属は多いと聞く。だから、お姉様が殺すのは今思えば悪手だったかもしれない。それでも、お姉様は何故か落ち着いた表情で話を続ける。
「いいのよ。文句がある奴なんて放っておけば。何かあっても返り討ちにするわ。私はやっぱり⋯⋯お母様が遺してくれた貴方達が大切だから。貴方達のためなら何だって敵に回すわ」
「⋯⋯そっか。お姉様、ありがとう。お姉ちゃんも、私を守ってくれてありがとう」
「え? ああ、別にいいよ。私も勝手に自分で決めただけだし、そもそも結局は守れなかったし⋯⋯」
悔しそうな顔をしているお姉ちゃんの頭に、お姉様が手を触れて撫でる。お姉ちゃんは成されるがままに、その手を受け入れていた。
「終わり良ければすべて良し、って言うでしょ? あまり悲観しないで。貴女のお陰で間に合ったのだから。それと今日は2人ともゆっくり休んでいなさい。私が事後処理をしておくわ」
「⋯⋯分かった。任せてもいいんだね?」
「ええ、任せていいわよ。さあ、ティア。もう動けるでしょ? フランと一緒に部屋に行ってて。⋯⋯私も終わったらすぐに行くから」
素直にお姉様の提案を受け入れ、私達は自分の部屋へと戻った。そして、私達は今日初めて、自由を手に入れた。誰にも制されることなく、邪魔されることもない自由を。そう、私は⋯⋯ようやく手に入れた。長い年が経ったけれど、姉妹一緒に暮らせる、そんな夢のような幸せな時間を。
望むなら、叶うなら、求めるなら──ソレは全てを⋯⋯。