──Hamartia Scarlet──
数日。パチュリーが家に来てから数日経った。彼女は図書館の近くに部屋を借りると話していたけど、何があったか部屋で見かける事はなく、図書館で眠ってる姿をよく見る。起きている時もまるで司書のように図書館の一角を陣取るなど、居候なのに結構自由に暮らしてる。お姉様はそれを面白そうに見てるから、私も許してあげてる。
それに、稀に本を開いたまま寝てるところや、届かない本に手を伸ばして転けてるところを見ると、なんだか和やかな気持ちになるし。こんな人がいても悪くないかな、と思ってしまう。
「ティア。暇ならそこの棚にある本を取ってちょうだい。一番上、右から3番目の」
夜ご飯を食べ終わったすぐ後。ウロの家に行く用事もなく、暇を持て余していた私は図書館に来ていた。そんな私を好都合だと捉えたパチュリーは私にそう命じる。少し面倒だったけど、どうせ暇だったから本へ手を伸ばした。
「私は小間使いじゃないんだけどなぁ。はい、どうぞ」
「ありがとう」
パチュリーに本を渡すと、暇を持て余していた私は彼女の横から本を覗き込む。そこには難しい言語がびっしりと書かれ、パチュリーも眉間にシワを寄せていた。
「その本、面白い? 私が見る限りギリシャ語⋯⋯それも古典ギリシャ語だから読みにくいと思うよ? 内容は短くて簡素だからまだマシだろうけど⋯⋯」
「あら、ギリシャ語読めるの?」
パチュリーの質問に首を振る。私は生まれて此の方1つの言語しか喋れない。ウロに東洋の難しい言語を覚えさせられた事もあったが、あまりにも難しくて単調な文しか分からない。最終的に「どうせ行ったら分かるようになるし、やっぱり覚えなくていい」と言われた時はさすがの私も少し怒った。謝ってくれたから許してあげたけど。
「古典ギリシャ語ね。もちろん、読めないよ。辞書片手に数週間かけてようやく読める程度。だから、読みにくいって言ってるの。すぐ読みたいなら分かる言語で書かれた本を読んだ方がいいよ。魔導書を読みたいのは分かるけど、特にその本は内容が曖昧だし、意味不明な事ばっかり書いてるし。分かる人が読めば分かるんだろうけど」
少なくとも、私が知る限りではこの本を理解できる人を知らない。本を出してるウロに見せた事があるけど、彼女も理解できないようだった。もし理解できる人がいるとすれば、それはとてつもない天才か、その内容を熟知してる──。ともかく、私の周りで理解できる人はまだいなさそうという事だけは分かってる。
「じゃあそっちの──この本の隣にあった──本を頼もうかしら。こっちの本はまた今度、言語を覚えてからにするわ」
「あ、読むんだ⋯⋯。頑張るね、貴女。私は途中でつまんなくなるから、絶対続かないや」
「怠惰ねえ」
「そんな酷くないよー? むしろ努力家だよー?」
パチュリーの発言に心でも読まれてるのかと一瞬ビックリした。でも、今はもう家族だからそんな魔法使うわけないし、使われてる気配もないから読んでないか。⋯⋯いよいよ私、顔を見られてなくても感情を読まれるくらい隠すのが下手になっちゃったのかな。
──それは困るから、後で対策練らないとね。バレたらヤバいしー。
「そうかしら? 姉なのに言われてからやってるところしか見た事ないわねえ」
「ん?」
私の悪口を言っていいのは私の姉か家族、そして友人だけ。もし知らない奴なら吸い殺そう。そう思い、誰が言ったのかと背後を振り向けば、そこには愛する
改めて思えばこんな場所まで侵入を許すほど美鈴は弱くもサボり魔でもないから、部外者がここに居るなんて有り得ないんだけど。
「なんだ、お姉様か」
「なんだとは何よ」
「ううん。別にー」
決して何も悟らせまいと笑顔を作って誤魔化す。お姉様は気付いてか気付いてないのか、ため息をついて呆れていた。そんな顔も食欲を唆るほど愛おしいから、別に悪いとは思わない。
「貴女、悪い笑顔してるわよ? まるで悪戯し終えた後みたいに」
「そうだね。お姉様に似た顔してる」
お姉様にそう言ったのはもう1人の姉の
「誰が悪戯っ子よ」
「誰もそんな事言ってないけどー?」
「ふーん。私にはそう言ってる風に聞こえたけど?」
「そこまでよ! こんなところで喧嘩なんてしないでよ。今、私、読書中」
パチュリーは慌てた様子もなく、子供に説明するかの如く片言でその場を諌めようとしていた。普通なら逆効果なのに、2人は大人気ないとでも思ったのか渋々怒りを収め、煽りをやめた。それも仕方ない。だってパチュリーと2人は400歳くらい年が離れてるから。そんなに離れてたら、恥ずかしくて怒るに怒れない。
「はー⋯⋯。あ、そうだ。パチュリー。改めて自己紹介するよ。私はフランドール・スカーレット。姉レミリアの妹で、ティアや双子のスクリタの姉だよ。よろしくね!」
「お姉ちゃんってパチュリーと会った事なかった?」
「食事とかで会った事はあるけど、ちゃんと話した事はなかったからね」
「そうね。知ってるだろうけどパチュリー・ノーレッジよ。⋯⋯双子の妹、もといスクリタの姿が見えないわね。喧嘩でもしてるのかしら?」
そう言えば、と辺りを見渡す。今──というか最近は──彼女、私の中に帰ってくれないから、私の中にいるわけじゃない。それに昔はともかく今は
「疲れてるからって部屋で休んでるよ。最近、よく疲れるんだってさ。心配だけど、本人は大丈夫だと言ってるし、私から見ても命に関わるような状態じゃないからゆっくり部屋で休ませてるよ」
「ふーん⋯⋯。1人だけ、というのも不思議だけど、神秘が薄れてる影響かしら。あいつらもよく考えつくわねえ⋯⋯」
一体何の話をしてるんだろう。神秘ってなんだろう。昔、ウロが同じような言葉を使ってた気もするけど、なんだったっけ。
「ねえ、パチュリー。それってどういう事?」
最初に疑問を口にしたのはお姉様だった。お姉様も『神秘』という単語を知らなかったのかな。と思ってたけど、お姉様の次の言葉で私の考えは否定された。
「それって?」
「あいつら、って部分。貴女は神秘が薄れた理由、知ってるの?」
「あれ。ねぇねぇ、話を遮るようで悪いけど、神秘って何? 聞いてる限り文字通りじゃない事は分かるけど⋯⋯」
「ああ、不安にさせないように黙ってようかと思ってたけど、その単語を知ったなら遅かれ早かれ知ってしまう。なら、今ここで話した方がいいわね。⋯⋯ちょっと待っててね」
お姉様は意味深にそう告げた後、フラっと本棚の方へ歩み寄る。そして、一直線にとある本棚の前に行ったかと思えば、何かを探し始めた。どうやら、神秘についての本を探してるらしい。口では大層な事を言いながら、上手く説明できないんだ。そういうところも可愛いから好きだけど。
「⋯⋯レミリアが探してるうちに説明するわ。まず初めに、神秘の対義語はなんだと思う?」
「んー? えーっと⋯⋯人知とか?」
「秘密にする、って意味なら周知の方が合ってるんじゃない?」
「ええ、そうね。一般的な対義語は人知とか周知とか、人の知恵や人に知れ渡ってる知識の事を指すわ。でも、ここで言うところの神秘の対義語は『一般常識』よ」
どういう事だろう。確かに人に知れ渡ってる知識という意味なら、それは一般常識と言っても差し支えないかもしれない。だけど、肝心な神秘の意味が分からないから、それが何を意味するのかは分からない。
「神秘とはつまり人間が理解できない、どうしてそうあり、そうなるのか分からない。そんな人間の認識、知識では推し量れない事を神秘と指す。それが時代と共に薄れているのよ。人間達の開発、発明、科学と呼ばれるものの進歩によってね」
「で、それが薄れたらどうなるの? お姉様の言葉から察するに、それが薄れたら私達が不安になるような事になるみたいだけど」
お姉ちゃんは未だに本を探すお姉様を横目でチラリと見た後、呆れた顔を浮かべながらもパチュリーの方へ向き直す。
「神秘による秘匿性は、この世に満ちるマナや妖怪達の力に繋がる。人間の信仰がこの世界のマナに関係するから、なんて話もあるけど、詳しい説明は私にもできないわ」
私より400歳近く若いのに、そんなに説明できてるんだから充分じゃないの。それとも、今の人間の子供ってこんな話を当たり前に話せるほど、教育が進んでるのかな。⋯⋯疲れそうだし、人間じゃなくてよかった。
「ともかく、それが薄れれば⋯⋯後は分かるわね?」
「⋯⋯妖怪の力って事は、私達の力が弱まるんだね」
「ティアの言う通りとは思うけど、それって仕方ないんじゃないの? 時代が進むにつれて人間の科学? が進歩するなんて当たり前。止めようがないじゃん。それがお姉様の疑問──神秘が薄れた理由って事?」
どんどん話に追い付けなくなってきた。つまり、どういう事だろう。えーっと、お姉様は神秘が薄れる理由が気になってた。そして、お姉様が危惧してたその理由は人間の発展⋯⋯って事じゃなさそうだね。今のパチュリーの顔を見る限り。
「いいえ。人間の発展によって神秘が薄れるのは遅かれ早かれ決まってた事よ。レミリアが危惧してるのは、最近になってそれが異様に早く進んでるという事。つまり、異様な早さで妖怪の力が衰え、世界に満ちるマナが低下してるのよ」
「⋯⋯科学の発達が異様な早さで進んでるだけじゃないの?」
「それもあるけど、何よりも問題なのが人間達が神秘を否定し始めたからよ。レミリアが話していた神秘が薄れた理由もそこにあるわ」
神秘というものは人間が否定するだけで弱くなるような不安定なものなんだ。それに生かされてる私って⋯⋯。まぁ、それが無くても生きれるようになれば問題ないわけだけど。
「ある国は魔女狩りを推進し、ある国は宗教を捨て、またある国では魔法に通じる種族を殲滅しようとしてるとも。まるで打ち合わせていたかのように、最近になって各国で一斉に神秘の否定を推し進めているのよ」
「⋯⋯それは私達を危惧して?」
「その私達の枠組みが吸血鬼ではなく妖怪達、という意味なら正解よ。活性化していた彼らに対抗するため、排除するため。⋯⋯まあ、一斉に、それも世界も至るところでほぼ同時に、なんて何か大きな意志を感じるけど。それは私の知るところじゃないわね」
そう言い終えると、何かを聞くよりも先に、まるでもう話は全て言い終わったと言わんばかりに、パチュリーは本を読み始めた。いや、この様子だと本当に知ってる事は全て話し終えたのかな。
「ともかく、今は使い魔の召喚魔法を覚える事に専念するつもりだから、神秘の問題は貴方達に任せるわ。私もそれが終われば協力するから、そこは心配しないでちょうだい」
「⋯⋯そっか。なら、よかった」
居候なのだから、何か危険が迫れば無理にでも協力してもらうつもりだったけど。本人にその意思があるなら尚良い。問題は裏切ったりしないか、という問題だけどそれも心配なさそうだ。さて、次の問題は神秘云々だけど⋯⋯そっちはお姉様が対応してくれそうだけど、今度ウロにも相談しないとね。
「ようやく見つけ⋯⋯じゃなかった。説明できるわ。さて、まず神秘とは──」
「あっ。もういいよ。ありがとうね、お姉様」
「え、うん⋯⋯」
お姉様、たまに情けないほどカリスマ力っていうのかな。その力が落ちるから、心配だけど⋯⋯お姉様なら、最後にはなんとかしてくれるよね────
さて、今回で終了したアンケートに関しては後ほど活動報告にて上げさせていただきますね。
オリキャラ生存or死亡ルート(詳しくは50話で)
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生存ルート
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死亡ルート