東方罪妹録   作:百合好きなmerrick

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64話「嫉妬な大蛇」

 ──Hamartia Scarlet──

 

「あっ⋯⋯え?」

「おい! ティア、しっかりしろ!」

 

 右目がない。視界が半分足りない。距離感が掴めず、それだけでも不安になる。

 

『美しいの。其方が見る景色は。全てが新鮮で、初々しく⋯⋯綺麗だ。だからこそ欲しい。そう思うのじゃな? 其方の見る景色からは、妾はそう感じるのじゃ』

「⋯⋯返して」

 

 右手に剣を、左手に槍を。両方に能力で硬化させたガラスを纏う。早く取り戻さないと。私の(もの)だから。私のモノは、誰にも決して奪わせない。

 

「返してっ!」

「待て、ティア! ──ちっ」

 

 イラの抑止も跳ね除けて、蛇の頭に一直線。武器を真っ直ぐ突き出して、無我夢中に突進。これから距離感が掴めなくても関係ない。だって、突き進めばいつかは当たる。

 

『無駄じゃ。()()()()

 

 けど、そんな簡単にはいかない。刹那、目の前が真っ暗になる。

 

「く、はっ⋯⋯!」

 

 気付けば私はその巨大な尾に叩き落とされていた。まるで邪魔な虫を払うかのように、いとも容易く。かなりの衝撃だったのか、思うように身体が動かない。早く回復させないと。と思ったのも束の間。目前までその尻尾が近付いていた。

 

「⋯⋯あっ」

 

 けど、それから私を守るように、イラが立っていた。

 

「だから待てとあれほど⋯⋯! もう、面倒だな、お前は! 」

 

 目の前で、イラの肢体が発火する。焚き火の如く凄まじい炎が彼女の身体で揺らいでる。色からして火竜の類いだとは思ってたけど、人間体でも炎出せるんだ。

 

燃えろ(ケオ)!」

 

 イラが右手を突き出すと、火炎放射のような炎の柱が迫り来る尻尾に向かって直進した。

 

『さっき言ったじゃろ。無駄じゃ、とな』

「っ⋯⋯!」

 

 文字通り、火力が足りない。蛇は意に返さず尻尾を振り下ろし、イラは燃やすのを諦めて両手でそれを支える。踏ん張る足の下では地面がヒビ割れ、僅かに沈んでいた。

 

『潰れはせぬか。なんとも頑丈な生き物だ。竜という種族は。元に戻れば空洞は崩れるが、妾と張る事もできよう。何故せぬ?』

「この深さで竜になろうものなら⋯⋯妹分が生き埋めになりそうだからな⋯⋯! それに竜にならずとも貴様を倒すくらい訳無いわ!」

 

 上から来る脅威をなんとか押し返し、イラは力いっぱいに拳を振るう。流石の巨体でも本物の竜の一撃は効いたのか、跳ね返るようにして後方へ仰け反った。

 

『むっ。ならば巨体にものを言わせよう』

 

 周りを囲う蛇の身体が迫り来る。飛んで逃げようにもあの尻尾があっては邪魔されてしまう。だけど、このままでも絞め殺される。

 

「ティア! もう回復してるだろ! 早く手伝え!」

「う、うんっ!」

 

 手伝えと言われてもどうすればいいんだろう。さっきのイラみたいに手で抑えて抵抗する? いや、絶対に力負けする。歪竜化した状態の私ですら一発で落とされた。そんな力の差が歴然な相手と力比べなんて、結果が目に見えてる。

 

「⋯⋯⋯⋯」

「ティア!? どうした!?」

 

 なら、能力を奪ってみる? いや、相手の能力が目を奪うだけならこの状況を打破できない。一瞬止める事ができても、関係なしに殺される可能性は高い。⋯⋯ああ、そうだ。私はウロから幾つも権能を貰ってるじゃないか。なら、悩む必要はない。私にできない事はないんだから。

 

「⋯⋯大丈夫。こんなの、力で対抗する必要はない。私には権能があるんだから、不可能は有り得ない」

 

 迫り来る蛇の身体にそっと手を触れる。触れた瞬間に理解した。不完全な竜では力で対抗できない。恐らく、今の身体ならイラでも。だけど、私の不変の権能は通じる。だって、ここが西洋と違って龍が神として信仰の厚い地だから。時代が変わり信仰が薄れても、西洋で使うよりは力を発揮できる。

 

『なっ⋯⋯!?』

「⋯⋯なるほど。ウロの力か。お前も慣れたものだな」

 

 迫る蛇の身体は動きを止めない。だが、私達を絞める事はできない。何故なら、そこまで辿()()()()()()から。循環性。それは永劫回帰、繰り返す力。迫るそれはすんでのところで時間が巻き戻る。例えるなら、ウロに見せてもらった『ビデオ』なるものみたいな。幾ら進もうとも私が触れた時点に戻り、そこから進む事は未来永劫ない。まぁ、それは本来なら、なんだけど。

 

『時間の巻き戻し、しかもこれほどの力⋯⋯権能か!? これは読めまい⋯⋯! 何故其方が権能などという大それたものを持つのじゃ!?』

「譲り受けたから。ちなみにね、貴方の身体は支配下だから。幸い顔だけ逃れてるみたいだけど、それだけじゃ何もできないよね? じゃぁ、このまま嬲り殺される? それとも協力してくれる? さっき触れた時についでに能力は奪っておいたから、半分くらいは目標達成したんだけど」

『ほう? ⋯⋯ふんっ、本当のようじゃな⋯⋯』

 

 ああ、よかった。少し諦めてくれたみたい。流石に絞めようとは思わなくなったみたいだ。正直、締め上げを何百回と繰り返されたら私の不完全な循環性だと突破されちゃう。だから、止めてくれてよかった。もし試されてたら、本当に死んじゃってたかもしれない。いや、私は死なないけど。イラがね。

 

『だが、それがどうしたのじゃ?』

「え?」

 

 おっと。凄く嫌な予感がする。まさかまだ何か力を隠し持ってる? 私が意識して奪った力は『視界を奪う能力』だけ。それ以外のものを隠し持ってるとすれば、気付かずに奪ってない可能性もある。どうしよう。目的は達成したし、今のうちに逃げた方が⋯⋯。

 

『──力無き者に一切の救い無し。八衢(やちまた)行く手を阻み。(ふなと)を定めし龍は導く。大いなる力を以て。蛇はその道筋を進み行く。⋯⋯天に剣を』

 

 大地が揺れる。空洞の中で、空中に黄金に光る数多の剣が現れる。それは数え切れないほど多く、全ての切っ先が私達を狙ってる。思い出すのは串刺し。友達のお父さんが呼ばれてたあだ名。それが今、私達で再現されようとしている。

 

「イラ、逃げよう! なんか口上述べ始めた! これ知ってる! 私も高度な魔法使う時必要だからね! 絶対危ないヤツだよアレ!」

「そうは言ってもあいつの身体で出口は塞がれておるぞ!」

『海に矛を』

 

 確認しようと慌てて振り向くと同時に、どこからともなく水が流れ出し、足場を水浸しにした。だけど、それよりも気になった事があった。入り口の空洞とは別に、少し上の方に別の空洞⋯⋯つまり出口があった。だけど、一瞬。気のせいかもしれないけど、そこに人影が見えた気がした。

 

「あれ、人が⋯⋯」

「人だと? そんなもの、ここにいるわけが⋯⋯!」

『地に──っ!?』

 

 私の見た方向を見て蛇の動きが止まり、攻撃を中断した。やっぱり、誰か居たんだ。それも、攻撃を止めてしまうほどの誰かが。見た感じ私と同じくらいの背丈だったような気もするけど、確かじゃない。⋯⋯うーん、気になる。

 

『⋯⋯命拾いしたようじゃな。今すぐここを立ち去れば、命までは取らん』

「うん? 急に気持ちが変わったか? 一体何を企んでおる?」

『其方が決めるのは、立ち去るか否かじゃ。それ以外の事を強欲にも求めるではない』

「もし、立ち去らなかったら?」

 

 その質問をした途端、蛇は私を睨み付けた。どうやら私の質問が気に入らなかったようだ。

 

『殺すか、殺されるか。2つに1つじゃ』

「⋯⋯能力貰ったままだけど、帰っていいの?」

『其方は返せと言われて返すのか?』

「ううん。返さないよ? だって、目を奪うだけじゃないでしょ? この能力」

 

 私の能力はウロのお陰もあって奪えば奪った能力の詳細を知れる。それで分かった事だけど、能力の本質は目を奪う事じゃない。私が欲しかった、先を視る力⋯⋯それも視る側の行動によって変わる、起きる事を限定させる事ができる力。この力1つでも、ここに来た価値があった。だからこそ、もう手放したくない。

 

『⋯⋯ふんっ、まあよい。妾が持とうと最早宝の持ち腐れ。其方が死ぬまで、勝手に預かっておれ。用はそれだけじゃな? では、さっさと立ち去れ!』

「うん。蛇さん、ありがとうございましたっ。さっ、気が変わらないうちに早く行こっ!」

「⋯⋯あ、ああ。そうだな」

 

 何はともあれ、無事に帰れるならそれが一番。蛇も出入口を塞いでいた身体を退けてくれたし、逃げるなら今のうち。不意打ちで襲いかかってくる可能性も捨てきれないから、警戒は怠らずに急いで帰ろう。

 

「でも⋯⋯なんだったんだろう」

 

 結局、あの影の正体は。攻撃を突然やめた理由は。分からない事が多い。

 

「どうしたのだ?」

「ううん、なんでもないよ。早く帰ろっか」

 

 私は力を取り、知る事を捨てたのだから、最早答えは得られない。潔く、諦めて先へ進もう。そう決意して、私はその大空洞を後にした────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──??? ──

 

『⋯⋯これでよいのか? しかし、汝がここに居るとはな。驚きじゃ』

 

 1人残った大空洞の中で、大蛇はそう呟く。

 

「旧友に会いに来て悪いか? 相手が強ければ強いほど面白いだろー?」

 

 暗い洞窟から現れたのはティアよりも幼き少女。真紅の瞳に薄い茶色のロングヘアー。その髪は先っぽで1つに纏められ、大きな赤いリボンを付けている。その大蛇同様にヒトでは非ず。頭の左右からは身長に不釣り合いに長く奇妙に捻れた角が生えている。

 

『⋯⋯汝の要望故逃したが、後で取り替えすのじゃぞ? 妾の能力故な』

「ああ、分かってるよ」

 

 その小さな少女──鬼は不敵に笑みを浮かべ、紫色の瓢箪を口にする。

 

「いやぁ、楽しみだねぇ⋯⋯。退屈も少しは凌げそうじゃないか⋯⋯」

 

 空洞内に、嬉々とした静かな声が響き渡った────




ちなみに大蛇の魔眼、実は別の小説の主人公に使おうとしてた魔眼だったりします。没になったけど勿体無いということでこちらで使いました。
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