東方罪妹録   作:百合好きなmerrick

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66話「奇妙な運命」

 ──Remilia Scarlet──

 

 パチェの詠唱。それと同時に、真っ赤な液体で描かれた文字が淡い輝きを放つ。赤い文字が青白く発光したかと思えば、部屋中に眩しい光が溢れかえった。

 

「っ!? ちょっとパチェ! 何をしようとしてるの!?」

 

 視界が光に遮られながらも、パチェの方へ目を向ける。眩しすぎてほとんど目を開けられないが、彼女の姿だけは薄らとシルエットとして見える。ただ彼女はと言うと、真っ直ぐと魔法陣の方を見つめていた。

 

「⋯⋯召喚よ。準備は終わったから、そろそろ私専属の従者も欲しい、って思ってね。言ってしまえば悪魔の召喚よ。私の今の魔力じゃ、下級の悪魔が限界だけど」

 

 淡々と語ってるが、悪魔の召喚は基本取り引き契約。それも破格なものを要求される場合が多いのだけど、本当に大丈夫なのかしら。下手すれば、悪魔に魂を売りかねない。だからといって、召喚術式が発動し、すでに魔法陣が反応した──悪魔を喚んでしまった今の状況では止めようがない。外部からも、ましてや術者ですらこうなっては止めれないのだ。

 

「大丈夫なの!?」

 

 だからこそ、私はただ一言。パチェにそう聞いた。彼女は聡明な魔女だ。下級とはいえ悪魔の召喚。そのリスクは百も承知だろう。それを知って召喚しようとしてるのだから、私が無理に止めるわけにもいかない。友達なのだから、信じないという選択肢はない。

 

「ええ、大丈夫よ。心配ご無用。術式は完璧。準備も万端だった。⋯⋯確実に成功するわ」

 

 その言葉を裏付けるかのように、光る魔法陣に何かの物体が生成され始めた。その姿は光で朧げながらも、人の形をしてる事くらいは分かる。ただそのシルエットは人間ならざる者。悪魔らしい翼のシルエットが薄ら見える。

 

「あらあらあらあら。私を呼び出したからには男性かと思ってたんですけどー⋯⋯。まさかこんな小さな女の子だとは。珍しいものですねぇ」

「⋯⋯貴女が、悪魔? 思ってたよりも可愛らしい姿をしているのね」

 

 光が消え失せた時、魔法陣の上には1人の女性が立っていた。赤い長髪に、頭に付いた蝙蝠の羽のような触覚。さらに、私達に似た大きな翼。背丈は私よりも大きいが、顔からは幼い印象を受ける。そして何よりも目を引くのが⋯⋯サキュバスなのか、衣類の面積が少ない事。この場の誰よりも際どい服を着ている。と言っても、私もパチェも高価なドレスだったり魔法使い特有のローブだったり、まともな服を着てるから当たり前だけど。

 

「想定よりも上ではあるけど、それでもまだまだ下級の悪魔⋯⋯小悪魔と言ったところかしら」

「褒め言葉として受け取りましょう。ええ、その通り。私は小悪魔です。ではご主人様。貴女のお名前は?」

「名前? それを聞きたいなら、先に自分から名乗りなさい。そして、私に仕えなさい。それで交渉成立。教えてあげるわ」

 

 パチェがいつになく上から目線で偉そうな態度だが、悪魔を相手にする時はこの会話で間違ってない。特に今回のパチェのような主従関係を結ぼうとする時は尚更だ。今のうちにどちらが上かハッキリさせなければ、気付けば主従関係も逆転する。それだけならまだいいが、下手をすれば死んでしまう可能性だってある。悪魔は契約に絶対で、結ぶのは至って簡単。しかし、悪魔との契約は危険なものだ。

 

「なかなかつれないご主人様ですねぇ。お若いのによくやりますわ」

「さあ。私が貴女を呼び出した主よ。契約に従い、私に名前を、そして私に仕える意思も表しなさい」

 

 パチェは大きく手を振りかざし、その指先を魔法陣へ向ける。すると、瞬く間に小悪魔を囲むようにして結界が浮かび上がった。パチェが大丈夫と言ってたのはこれがあるからか。召喚した時に抵抗、反抗されないよう結界を張るのは定石。パチェは魔女としても魔術師としても、まだまだ幼く未熟だと勝手に思って心配してた。しかし、これだけ悪魔の対策を十全に整え、予備知識を持ってるのなら、心配するだけ杞憂というものだ。

 

「ふむ。契約は受けてもいいですが⋯⋯その前に1つ聞いてもいいですか?」

「⋯⋯ええ、それくらいならいいわよ」

 

 何を企んでいるのか、小悪魔は辺りを見回すとそう告げる。一瞬目が合ったような気もした。パチェは警戒してるのか少し考える仕草を見せるも、大丈夫と判断したらしい。すぐさま肯定の意を伝えながら頷いた。

 

「では、貴女に」

「⋯⋯あ、私?」

 

 小悪魔が指さしたのはパチェではなく私。どういう事なんだろうと考えていると、小悪魔は続けて口を開いた。

 

「もしかしなくても、貴女はレミリアお嬢様ですよね?」

「え!? ど、どうして⋯⋯知ってるの?」

 

 悪魔が住む世界──魔界にまで私の名前が広がってるのだろうか。人間ならともかく、悪魔にまで私達の名が知られてるのは嫌だなあ。どうせろくでもない事しかしないんだし、あいつら。この小悪魔が私の昔の知り合いとかだったらその心配も薄れるんだけど。⋯⋯絶対初めて会う悪魔だからなあ。

 

「今絶対初対面の人なのにー、とか思いましたよね!?」

「そんな軽くはないけど⋯⋯って、どうして分かったの?」

「あー、やっぱりー! 初対面じゃないからですよ!」

 

 一体何を言ってるんだろう。昔何処かで会ったことがあるだろうか、と思考を巡らせるが見当もつかない。私はこの小悪魔を一度も見てないはずなんだけど⋯⋯。逆にこっちの娘は違うらしい。会話の内容からしても一方的な出会いではなさそう。よっぽど影の薄い娘だったのだろうか。

 

「絶対失礼な事を考えてる顔ですね、それは! いつもレミリア様方を見ていた私には分かりますよ!」

「うわあ⋯⋯面倒な奴ねえ。その性格、その言い方。確かに私達を見ていた従者か何かでもおかしくないわね。でも、悪魔を従者にした覚えも、従者だった覚えもないわ。この館の悪魔は私と私の姉妹。それ以外居ないわ」

 

 私が知る限り、それは私が産まれる前から変わらないはずだ。そもそも血統主義の吸血鬼は好んで他の悪魔を雇う事はしない。それはどの種族よりも自分達が一番と信じてる事。個体数が少なく裏切りや闇討ちの可能性を考えての事。など、様々な理由があるらしい。しかし、私は単純に今まで他の悪魔と会う事が少なかったのが原因だろう。いくら他の悪魔でも、優秀ならば受け入れて損は無いと考えてるから。

 

「あー⋯⋯そういえば、レミリア様には言ってませんでしたね」

「なにを?」

「私が悪魔だという事です。実は妖精メイドの1人としてここ紅魔館に紛れ込んでいたんですけどねぇ。ちょっと力を使い果たしちゃって、魔界に撤退を余儀なくされたんですよね。本当は帰りたくなかったのに、長い年月も⋯⋯。って、ここまで言ってなんですけど、覚えてますよね? 戦争の事は」

 

 戦争といえば、やっぱりアレだろうか。大量の人間がここまで攻めてきたあの戦争。もう何百年も前の話だが⋯⋯それを知ってるとは。力を使い果たしたという話と合わせると、その戦争に居て力を失ったという事か? そんな昔に居た従者なのだろうか。

 

「もう、忘れっぽいお嬢様ですねー!? フラン様に会わせてください! フラン様なら絶対分かりますので!」

「えっと、でも今フランは⋯⋯」

「えっ?」

 

 最近スクリタが疲労してるのに、こんな騒がしく本当に知り合いかどうかも分からない娘と会わせてもいいのか。でも、これを約束しないで暴れられても困るしなあ。ここはフランに判断を委ねてみるべきか。

 

「⋯⋯話の途中で悪いけど、結局契約は受けるの? それとも断るの?」

「おっと、失礼しましたご主人様。では最後に1つだけ。フラン様は生きてますよね?」

「ええ、生きてるわ。フランは元気ね」

「ふむ⋯⋯そう、ですか」

 

 私の言葉に違和感でも感じたのか、小悪魔は顎に手を当て考える仕草を見せる。私は誤魔化しても嘘はつかない。フランは元気だ。昔から、相も変わらず。ただ、フランの片割れであるスクリタは⋯⋯。

 

「では、契約を受け入れましょう。主は変わっても私の思いは変わらず。後でフラン様に会わせてくれますか?」

「ええ、いいわよ。それくらいはね」

「では、後で私の名前を伝えてくださいね!」

 

 名前か⋯⋯。悪魔のくせに、自分から教えていいのか。いや、本人がいいなら別にいいか。

 

「そう、名前は⋯⋯なんて言うの?」

「──コア。私の名前はコアですっ」


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