──Remilia Scarlet──
今日は誕生日会が行われた。例年通り、そしてキリのいい年ということで、それは盛大に執り行われ、妹ら家族も私のことを祝ってくれた。毎年のように繰り返し、それを何百年も。飽きないか、と聞かれれば私は『NO』と答えるだろう。私にとって誕生日は、祝われる日であると同時に『平穏の象徴』であるから。なんの問題もなく、家族みんなと一緒に迎えられる誕生日を嬉しく思わないはずがない。
ティアに出会えて。フランに出会えて。美鈴に出会えて。スクリタに出会えて。パチェに、メイド達に……。他にもいっぱい。他の吸血鬼と比べれば少ないだろうが、色々な人に出会えた。楽しみ、苦しみ。愛し、愛され。果ては殺され、蘇り。様々な出来事を再確認し、平穏無事であることを祝う日。それが私にとっての誕生日だ。
そして、その体験をしてきたこの土地とも、もはや100年も共にすることは無いだろう。『幻想郷』と呼ばれる土地。神秘が薄れ、忘れ去られる運命にある私達は、そこへ赴くしか生きる術はない。それ以外に、これからも平穏を自覚する生誕祭を迎える方法は無い。
「美鈴。貴女はいいのかしら?」
「えっと、突然どうしました? お嬢様」
そうと知りながらも、私は誕生日会の後片付けをする美鈴に尋ねていた。いや。確認していた、と言った方がいいだろうか。
「貴女も聞いてるでしょうけど、いつかこの世界を離れ、遠い地に行くことになるわ。この土地が惜しくなったり、他の土地に行きたいなら今のうちよ? 元より貴女は放浪の身。決闘で引き入れたとはいえ、それも数百年前の話よ。充分仕事をしてくれたし、暇を出しても良くってよ?」
「……お嬢様。私を試しているようであれば、私の未来を見てください。私が貴方様の下を離れる未来がありますでしょうか?」
と言われても、私もそこまで明確な未来が見えるわけじゃない。ただそれでも私は、彼女の言葉を理解した。そして静かに「無い」と一言、断言した。
「私が貴方様と出会い今年でちょうど380年。最初に出会った時はここまで長い付き合いになるとは思っても見ませんでした。が、ここまで共に過ごしてきた以上、家族にも似た繋がりができたと思っていたのですが……」
「聞いてみただけよ。もちろん貴女も家族の一員よ。そこに嘘も偽りも無いから安心してちょうだい。……ここまで優秀な貴女が、こんな場所に居ていいのかしら。なんて、ふと思ってね」
美鈴なら、この世界に残っても生きていけるほどの力がある。神秘性なぞ関係ないほどの体術に、積み上げてきたメイド術。充分な力を持ちながら、衰退の道を辿る吸血鬼とともにいる。傍から見れば、それは非合理的に見えるだろう。
「私は望んでここにいるのですよ? ここが一番、居心地がいいですからね。お嬢様、逆に私の方から聞かせてください。私は、ここに居てもいいでしょうか?」
「ええ、もちろん。どれだけ居ても構わないわ。貴女の好きなだけ居てちょうだい。……ティアも貴女のご飯、毎日のように楽しみにしてるしねぇ」
「ふふ。はい、ありがとうございます、お嬢様」
丁寧にお辞儀をする美鈴に対して、内心嬉しい気持ちが溢れてくる。頼もしい従者を持ったと。信頼できる家族を手に入れたと。改めて実感した。
「……こちらこそ、ありがとうね、美鈴。さて。次はパチェのところでも行こうかしら」
「おや。珍しく妹様方とはお遊びにならないのです?」
「さっき散々妹達に祝われて、遊ばれたのよ。もう遊べる体力残ってないわ……」
「あ、あはは……」
あの娘達と遊ぶとなると、結構な体力を消費する。まだ私も若い方だと思うのだが、あの娘達の底知れない体力には付いていけない。子どもというのは、やはり元気な存在だ。元気すぎるのも考えものなのだが。あの娘達に関してはそれでいいだろう。見ていると私も楽しいし。
「ってわけで、行ってくるわね。美鈴、貴女もたまには休暇くらい出していいのよ? いつも精一杯働いてくれてるんだから。誰も文句なんて言わないわ」
「門番仕事なんて結構休めますよ。誰も来ませんしね。だからご安心くださいっ」
「ふふ。ならいいわ。……いえ、仕事怠慢に近い気がするから良くはないけども」
「あ。え、えーっと……」
「いいわよ。別に何も咎めはしないから」
それに、美鈴はやる時はやる女だ。彼女を突破できる侵入者なんてそうそういない。侵入できる者が居たとすれば、それは私が相手すべき者だろう。それほどまでに、彼女には絶対の信頼を持っているのだから。
「今度こそ行ってくるわ。いつも通り、門番仕事よろしくね」
「ええ、お任せください!」
手を振り美鈴と別れ、次は図書館へと足を運んだ。
やってきた大図書館。地下にあるというのもあって、外からの音はなかなか入ってこない静かな場所だ。静かという特徴のせいか、ここを気に入る家族は意外と多い。一部の妖精メイドに加え、パチェやスクリタなんかもここに居るのをよく見る。パチェは純粋に本が好き。スクリタはティアを避けている。という理由がそれぞれあるのだろうが。
しかしフランに任せたが、いつ説明するのだろうか。……なんてことは、任せてしまった私が考えることではないだろうが。黙ってても話しても、またひと騒動ありそうだ。
「パチェ、いるかしら?」
「いるわ。何かしら?」
図書館に来てみると、いつも通りパチェは本を読み、ゆったりと座っていた。飽きもせず本を読んでいるのは、単純にここにある大量の本をまだ読み切っていないのだろう。館の主である私でさえ、その総量は把握してないから致し方ない。
「移住の件、どうなっているかしら。見立てとかは……」
「全然、ね。ここまで広い館を丸ごと転移、なんて術式はどれだけ探しても存在しなかった。こんなに大量にあるのだからもっと探せば1つくらいはあるかもしれないけど。それを見つけるのも大変ね。もっと小さな、部屋だけの転移なら可能なのだけど。それだとこの館とおさらばすることになるわね。それは嫌でしょう?」
「ええ。それは最後の手段ね」
歳の数だけ暮らしてきた館だ。できることならそのまま、死ぬまで共にするのも悪くないだろう。それに『幻想郷』と呼ばれる場所に、私達が暮らせる場所があるかどうかも定かではないのだから。極論、奪えばいいのだが。
「一番の問題は幻想郷との縁が無いことね。極東にあると言われてるから、美鈴なら少ない可能性はあったのだけど。彼女も知らないと言ってたわ。つまり八方塞がり。どうにかして、その土地の物品やら行ったことある人とか、見つけ出さないといけないわね。じゃないと、下手すると転移できない。最悪の場合は……いえ、これは言わない方が気が楽でいいわね」
「ちょっと。それだけ言われると不安になるじゃない」
「それでも聞いて知らなきゃよかった、なんてなるよりはマシじゃないかしら」
それはそうだが……。くっ。そう言われると知りたい気持ちと知りたくない気持ちがどちらとも溢れてくる。いや。どうせ聞いてもはぐらかされたりするだけだ。知らないままでいるしかないか。調べるのも面倒だし。
「ああ、それにもう1つ。幻想郷についての資料も少なすぎる。あっちでの不測の事態に対しても、考えうる可能性を出せばキリがないわ」
「ふうむ……。ああ、そういえばパチェ。ノリで一緒に居たけども、このまま貴女も付いてきていいのかしら。知らない場所に行くのは不安じゃない?」
「貴女にとって私はノリで居る存在なのね……。安心なさい。元より付いていくつもりよ。じゃないと手伝わないわ」
それもそうか、と心の中で呟く。付いていくつもりが無いなら、手伝う必要も無いわけで。恩返し、なんてする柄でもないしね。
「危険かもしれない場所よ?」
「それでもここに残るよりいいわ。私に居場所なんて、もうここ以外に存在しないのだから」
「ふふふ。そう。後から後悔しても知らないわよ?」
「そうならないよう、貴女が頑張ってちょうだい」
「貴女も頑張りなさいよ」
呆れつつもそう返す。友達とは、こういう仲なのだろうか。ふとそんなことを思い、思わず笑みが溢れてくる。
「……気持ち悪い顔してるわよ、貴女」
「ふふ、そうかしら?」
「……はあ」
今まで友達らしい友達が居なかったが、やはりこういう仲も悪くない。パチェの訝しげな目を他所に、私は嬉しく思って。彼女の後ろから、暇潰しにと本を覗き込んでいた。
これから起こることに対する不安から、目を逸らすように────