──Remilia Scarlet──
「お嬢様、追加で確認してほしいものが……」
「はあ……そこに置いてちょうだい。後で目を通すわ」
私がそう言うと、妖精メイドは山のように大量の書類を置いて出て行く。
最近になって、またこういう仕事が増えてきた気がする。領地を縮小したとはいえ、各々の生活に最低限必要な量は確保したままだ。それ故に領地内の産業管理。外部の同族達との交渉。更には食料確保のための実力行使。前者2つは書類上の手続きとはいえ必須なもの。最後のものは俗に言う実力行使。まあ私としては最後が一番楽だが。当主というのは、あまりにも忙しい。
「フランみたいな分身が欲しいわ……」
誰も居ないのに、思わずそう呟いてしまうほどに。身体を動かすのは好きだが、頭や手を動かす仕事。特にこういった何の変化も無い単調な仕事は好きじゃない。それでも当主としては放っておけない仕事だから、やめるわけにもいかない。本当は妹達みたく自由気ままに遊びたいんだけど……。
「レミリア、居ますか?」
「あら。……何処から入ってきたのかしら?」
不意に呼ばれた名前。声が聞こえた方を見れば、扉の前に1人の少女が立っていた。彼女には見覚えがある。確か名前は『ウラ』だったか。そんな変な名前だったはずだ。しかし、誰かが来たなんて話は聞いてなかったが。いつの間に、どうやって入り込んだのだろうか。
「ああ、居た。居なければどうしようと思った。お久しぶりですね。何十年? いやもっとかな?」
「忘れたわ。けど、貴女のことは覚えているわよ。こんな場所に何の用かしら?」
覚えてると言っても、警戒を怠る理由にはならない。そもそも家族以外の誰かを信用するには、それなりの時間が必要。そして、この娘はその時間を共にしてないのだ。
「お仕事の話。と言っても、貴女にとっても必要なものです」
「……はあ」
「あれ。どうしました?」
「いえ、なんでもないわ」
仕事中にさらに仕事の話、と。今日はそういう日なのだろうか。今日は疲れそうだし、また今度妹達に癒されるとしよう。
「それで? どんな話かしら?」
「幻想郷に行くための縁を結びました。あなたの妹、ティアと共に。よって、必要とされる縁は既に確保済みです。後は転移の準備のみ。それもいずれ、手に入ることでしょう」
「……どうしてそれを知っているのかしら。幻想郷に行く話はティアがしてたかもしれない。けれど、貴女に転移の準備が終わってないとか、縁が必要とか、そんな話したかしら?」
私の記憶に間違いがなければ、それを彼女に話した覚えはない。ティアにさえ、話したのは旅行から帰ってきた後のことだ。そういえば、旅行に行ったのは何十年も前の話。どうして今になってこの話を持ち出したのか。
「わたしも魔女の端くれ。そこへ行くために何が必要か。どれくらい大変かくらい把握しています」
「そう。……旅行に行ってから随分と経ってるわよね? ティアと縁を結んだってことはそれのことでしょ。今更それを話したのはどういうこと?」
「準備が必要だったのです。わたしも今は1人で暮らしてるわけじゃない。だから、色々と準備を」
「ふーん……詳しくは話してくれないのね」
「……ごめんなさい」
そう素直に謝られるとこっちが悪い気がしてくるわね。それでも話してはくれないと。それも仕方ないか。彼女とは長い付き合いではあっても、出会った回数は数えれるほどしかない。正確な数なんて覚えてないけれど。
「……あ、それと」
「まだ何かあるのね?」
「はい。幻想郷には敵対しうる勢力があります。恐らくは侵略を許さず、争いになる。その可能性を考えてください。妹のためを思うならば、並大抵の戦力だけでは安全を確保できない。そう思った方がいいです」
妹のため、か。私がその言葉に弱いと知ってか知らずか……。どちらにせよ、その言葉を持ち出されては私も話を聞かなければならない。簡単に話を蹴ることができない、と言った方が正しいか。
「つまり、紅魔館の戦力だけで行けば死ぬかもしれないと?」
「断言すると、はい。少なくともわたしの見立てでは、倒せはしても数で負け、全滅して終わりです」
「ふぅん。それで? こちらの勢力はともかく、どうして幻想郷の勢力を知っているのかしら?」
「実際に見て、対峙。その結果分かったことです。幻想郷を取り巻く結界は、近付く必要はあるものの、自由に出入りできる者もいます」
どうやら、それが自分だと言いたいらしい。そしてわざわざ私の妹と一緒にそこへ行ったのはこのためか。
「そして、1人で行っては追い返されて終わり。……つまり、わたしもそこに行きたいが、1人じゃダメなので協力してほしいです。飽くまでも互いの利益を得るためのビジネスパートナーとして」
「どうやら私のことをよく知ってるようね? 1人ということは、ティアに縁だけ繋がらせて、侵入は自分だけ。万が一に備えてたということかしら?」
「……はい」
うちの妹は旅行と称され、上手いこと利用されたらしい。私を協力させるために。ただ、悪いようにはされてないみたいだ。それならまだ許容できるが……。
「まあいいわ。転移魔術の術式は、短くても後数年かかるらしいわ。戦力に関しては協力を仰ぐとして。貴女の目的は何かしら? それを話せない人と行くつもりはないけれど」
「わたしは個人でも転移が可能。だけど、話しておきます。日程も合わせたいですし。わたしは、元いた場所に戻りたい。そのために幻想郷を経由する必要があるだけ。……あなた達の邪魔にはならない。むしろそれまではどんな協力もするつもりです。ですから、幻想郷に行く際は、到着まで一緒に行動を共にしたい、と思ってます」
別に付いて来たければ勝手にしていいと思ってたのだが。まあ協力してくれるならばそれでもいいか。裏切れば殺せばいい。例えティアの友人だろうが、家族に危険が及ぶようならば排除する他ない。もちろん度合いによるが。
「ふむ。いいでしょう。付いてくるくらいいいわよ」
「ありがとうございます、レミリア」
「お礼を言われるほどじゃないと思うけど。話は終わりかしら。そろそろ仕事を進めないといけないのだけれど」
「はい。終わりです。……ありがとうございました」
「だからお礼は……って、もう居ないじゃない」
ちょっと目を離した隙に、もう部屋を出ていたようだ。彼女の姿は、跡形もなく消えていた。
「……さて、終わらせないと」
これが終わったらミフネア達他の吸血鬼に話を持ち掛けなければ。そんなことを思いながら、再び1人になった部屋で、私は黙々と作業を続ける────
──Hamartia Scarlet──
「ティア、ここに居たんだ。こんばんは」
「うん? あ、ウロ! 久しぶりー」
お姉様に会おうと廊下を歩いてたら、途中にウロに会った。最後に会ったのは旅行の時だから、もう随分前になる。にしても、相変わらず見ていると血が欲しくなってくるなぁ。
「うん。あなたの姉と約束を取り付けた。だから、もうしばらくすれば夢が叶うよ。あなたと、私の夢が」
「おぉー! 本当に!? ありがとう、ウロっ」
ようやく叶うんだ。この力をより完璧にすることができるんだ。私は、お姉ちゃん達の救いになることができるんだ。そう思うと思わず笑みが零れてくる。嬉しいって気持ちが、抑えられなくなってきた。
「でも、本当にいいの?」
「なにがー?」
「姉に相談してない」
「いいよ。お姉ちゃん達ってね、傲慢なのに時折謙虚になるの。だから、私の願いも拒否してくると思うの」
自分の想像を超えるような力は、きっと拒絶される。だから、問答無用で送ってあげないと。これも全てお姉ちゃん達のためなんだから。時間はかかるけど、きっと受け入れてくれる。いや、受け入れるしかない。
「……あなたの一番上の姉も傲慢だったけど、あなたも相当。姉に嫌われるかもよ?」
「うん? どうして?」
「いや。えっ……」
「うーん? まぁ、大丈夫っ。お姉ちゃん達が私を嫌いになるはずなんて無いんだから」
そう、絶対に。私が好きなんだから、私を嫌いになんてなるわけがない。それに、これはお姉ちゃん達のためにやることだからね。そのために私は……。
「そっか。……人のためのことならば、とでも思ってるのかな。まぁいいや。頑張って。去った後は関係無い。思う存分やればいい」
「うんっ。応援ありがとう!」
「別に応援してるわけじゃ……。ううん。応援はしてる。けど、今のは違う」
「うん? そうなんだ」
まぁどっちでもいいんだけどね。さて、
「じゃあね。わたしは帰るよ」
「遊んでいかないのー?」
「いかない。あまり長居したくないから」
「そっか。バイバイー」
「またね」
そう言ってウロは、出入り口の方へと歩いていく。その背中を見送って、私はお姉様の居る部屋へと向かった────
レミリアに全く名前を呼ばれないウロちゃん……