──Sakuya Izayoi──
「咲夜。死を受け入れると言うならば、これから貴女は死ぬまで私の従者となりなさい。──そして貴女の力、私のために使いなさい」
何を言い出すかと思えば、何を言ってるんだろう。この吸血鬼は。たかが口約束にそこまで信用を置けるんだろうか。わたしが嘘を付いてるかもしれない、という可能性を考えないのか。暗殺されるかもしれない、という恐怖心は無いんだろうか。
ううん。そもそも、種族が違うのだ。根本的に思考が違っているんだから、何を考えても意味が無い。わたしにとっての当たり前は、この吸血鬼にとっての非常識かもしれないし、その逆だってあるんだから。
「咲夜。返事は?」
「……その前に、1つだけよろしいでしょうか?」
「いいわよ。何かしら?」
「わたしはあなたを殺そうとしました。それなのにいいんですか? 従者として雇っても」
「別にいいわよ。貴女は私を殺そうとしても、私の家族には手を出さなかったようだし。貴女から、全く血の匂いがしないのよねえ」
「そうですか……」
自分は良くて、家族はダメ。これだけ聞けば、わがままなお嬢様なのに。吸血鬼は傲慢というイメージが強かったが、この吸血鬼は若干イメージとズレている。仲間思いな吸血鬼、か。そういう悪魔もいるんだ。
「それで、返事は?」
「……分かりました。既にわたしは不要とされた身。あなた様に付き従いましょう」
そこまで言うなら、受け入れてもいいかもしれない。必要最低限の衣食住が得られるだろうし。
──それにもう、わたしだって居場所は無いんだ。今更何処に居座ろうと、何かが変わることなんて無い。生きる意味を無くしたわたしにとって、ある意味好都合かもしれない。このまま、吸血鬼達とともに人間達に忘れられるんだろうから。
「ふふっ。素直に受け取ってくれるのね。約束してしまったからには、もう破れないわよ?」
「はい。元よりそのつもりです。先ほども言った通り、わたしの本来の役目は主君に仕える使用人。その役目が失われている今、わたしとしては次に仕えるべき主君を探すべきだったんでしょう」
「あら? 貴女の主君はもう既にいないのかしら?」
「はい。ここへ来たのもそれが理由の1つです」
元主は、既にこの世にはいない。わたしを守ってくれていたあの人は、もう死んでしまった。新たな主に引き継がれた結果、わたしはただの道具となってしまった。もはや居場所を失ったと同義なわたしの次の主は異種族、というのも酔狂で面白いかもしれない。
「ふーん……そうなのね。深くは追及しないわ」
「ありがとうございます」
「ただ、忘れないでよ? 貴女はもう私の従者であり、家族なの。何か困ったことがあれば遠慮なく相談してくれていいし、逆に不満があれば言ってくれていいわ」
「と言われましても、出会ってすぐでまだあなたのことをそれほど知りません」
吸血鬼の殺害命令を受けた時、教えられたのは吸血鬼の数や種族としての弱点。あとはこの館の位置情報など大まかなものばかり。殺す対象の詳細なんて、教えられていない。
「ああ、そうだったわね。では改めて自己紹介から始めましょうか。私の名前はレミリア・スカーレット。この館、紅魔館の当主でありスカーレット三姉妹の長女。能力は『運命を操作する』程度のものよ」
「別名、紅い悪魔。妹には北欧の吸血姫含め2人の吸血鬼。簡単なプロフィールは既に把握しています。わたしが詳しく知らないのは、内面の方です」
と言っても、能力の方は初めて知ったけど。吸血鬼……いや、レミリア様にわたしの攻撃が尽く破られた理由はそれなんだろうか。運命操作。それだけ聞けば、かなりチートじみた厄介な能力だ。ただ、運命操作なんて便利なだけの能力でもないだろうけど。
「ああ、そういう……。それは一緒にいれば自然と分かるものよ。それより貴女のことも聞かせてほしいわね?」
「そうでしたね。十六夜咲夜。……先ほどあなた様に頂いた名前以外に、呼称はありません。強いて言えばメイド。それがわたしの呼び名でした」
「随分と雑な連中ね。人間って」
「……名前とは言わば個性です。そういったものは、わたしには求められませんでした」
そして、わたし自身も求めていなかった。受け取るはずだった名前を断って、ただの『無銘』として生きていた。『生き方を変える』という点では、この『十六夜咲夜』という名前を貰えたことは喜ぶべきことなのかもしれない。
「わたしの能力ですが、時を操作する能力です。代々わたしの血族は『時間』に関係する能力が発現する稀有な血族でしたが、わたしほど強力な能力は初めてとのことです。できることは先の戦闘で見せたような時間停止。物体の時間加速や減速。他にも時間に関係することならば、時を戻すこと以外なら大抵のことはできます」
「改めて聞いてみてやっぱり思うのは、とても強いという感想ねえ。にしても、時止めを使えるなら大量のナイフで囲ってしまえばよかったじゃない」
「人間の手は2本だけです。10本程度ならともかく、囲うほど大量のナイフなんて持てません」
それに誰にもバレずに潜入するつもりだったから、軽装になるのは必然。結果的に気付かれたとはいえ、吸血鬼の鋭い五感を警戒して挑んだのだ。小さな音すら漏らさないために、ナイフなんて必要最低限の本数しか持ってきてない。
「そ、そう。それなら時間停止中にナイフを刺したりとかは?」
「時間停止中に物体に干渉できません。物理現象には全て時間が付き纏います。時間がなければ干渉することもできません。ちなみに身の回りの時間だけを操作することはできましたので、ナイフを至近距離に置くことは可能です。ただそれも、レミリア様には肩に当たっただけで終わりましたが」
「……意外と不便なのね、時間停止能力も」
「はい、その通りですね」
全てが上手く、便利に働くなんて全能でもないんだから。メリットとデメリットが常に両立する。能力なんてそんなものだ。何を期待していたのか、レミリア様は呆れた様子でため息をついていた。こうして見れば、同い年くらいに見えてしまう。
「……まあいいわ。まずは館のみんなと挨拶。それからしばらくの間は美鈴から館の案内や仕事を教えてもらいつつ、この館での生活に慣れてもらうわね。部屋は適当な空き部屋を使ってもらうとして……何か必要なものはあるかしら」
「必要なもの、ですか……」
そういえば、今まで何かを求めたことは無かった。ただ、今何か欲しいか、と言われても何も思い付かない。強いて何か必要とすれば……。
「衣食住。生きていけるだけの衣食住が欲しいです」
「……夢のない娘ねえ。もっとわがままな望みを願ってもいいのよ?」
「では銀製のナイフを大量に。悪魔に対して有効な武器はこれ以上にないですから」
「変わった娘。武器なんて持たなくても望めば守ってあげるわよ?」
「守るのは従者の役目です。あなた様の従者として雇ってもらう以上、そこは譲れません」
従者が主に守られるなど、あってはならないこと。自分の命と引き換えにしてでも主は守れ。そう教えられたんだ。だから、わたしはそうするつもりだ。
「あらそう。……それなら、死なないようにしなさいよ。主たる私との約束よ?」
「はい。善処します」
「善処じゃなくて守りなさいな」
「……はい、守ります」
殺されそうになった相手だというのに。徹底的に守るつもりらしい。本当に、変わった吸血鬼だ。……そういう生活も、意外と心地良かったりするんだろうか。
「さて、そろそろ紹介しに行きましょうかねえ。まだ昼くらいのはずよね。だからまずは美鈴だけ。残りはまた後日、紹介するわね」
「はい、承知しました」
「今から会うのは門番兼現メイド長の美鈴よ。食事も彼女に任せているから、貴女の上司みたいな妖怪ね」
「それなら入る時に会いましたよ。寝ていたので、素通りしましたが」
「……はあ。それは説教しないといけないわねえ。疲れるのもわかるけど、主としては見逃せないわ」
彼女に悪いことをしてしまったかもしれない。そんな申し訳程度の小さな謝罪を胸に、入り口へと向かうレミリア様の後ろに付いていく────