東方罪妹録   作:百合好きなmerrick

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74話「完全で瀟洒な従者」

 ──Sakuya Izayoi──

 

 まだここへ来て数日ながらも、意外と充実した生活を送っていた。料理は中華系が多いけど美味しいし、掃除も完璧とは行かずとも細部まで行き届いていた。唯一不満があるとすれば生活環境の逆転だけど、暮らしていればいつか適応しそうな些細なことだけだ。

 

 今居る場所は紅魔館のキッチン。ここにはお城の調理器具と何ら変わらぬ豪華な物から、見慣れないマジックアイテムまで。種類が豊富。お嬢様曰く、マジックアイテムは先代が遺した物やパチュリー様という居候の魔女が生み出した副産物がほとんどとか。用途はその魔女とキッチンに立つ美鈴しか分からないらしく「使い道から使い方まで美鈴に聞いておけ」とお嬢様から命令されて今に至る。

 

「おぉ……。咲夜さん、凄いですね! こんなに小さいのに中華鍋を持ち上げ……おぉ!」

 

 ただ正直なところ、マジックアイテムを使う必要性は感じはしない。まず普通の調理器具で充分。それと無駄に操作手順が多かったり、危ないものが多すぎる。今のところ唯一使えるのは『振動機』かしら。振動によって物を温めるというものらしい。操作手順もワンプッシュだけだからとても便利。

 

「……美鈴さん、煩いです。あと腕力で振ってるわけでもないですからね。美鈴さんなら分かってると思うんですが」

「あ、あはは……。いやー、ほら。褒めれば伸びると言いますし……」

「子ども扱いしないでください。大丈夫ですから」

 

 それに言うほど子どもでもない。確かにまだティーンエイジャーと呼ばれる歳だけど、そこら辺の大人より家事ができる自信がある。それに殺しの技術だって負ける気はしない。お嬢様には見事に返り討ちにされたけど。

 

「そ、そうですか……。で、ですが何かあったら頼ってくださいねっ。従者歴は圧倒的に長いんですから!」

「は、はい。お嬢様にも何かあれば美鈴さんに押し付……頼れと言われています。なのでそうするつもりです」

「今不穏な言葉が聞こえましたよ!? と、ともかく不安な時は頼ってくださいね!」

「はい」

 

 最初は悪魔の館ということや、時間停止によるすり抜けをただ1人勘づいたことから、警戒してたこの妖怪、紅美鈴。ただ会ってみれば気さくというか、明るい人という印象が強くて、強いとか怖い感じは全くしない。嘘に敏感なわけじゃないけど、彼女の心に悪意といったものは感じられない。彼女は、妖怪というものの認識を根本から変えてしまった。

 

「それにしても本当に一通りのことはできるんですね。子ど……若いのに凄いですよ! メイドとして申し分ない力を持っていますし、これで私も門番仕事に専念できそうですねー」

「……え? メイドの仕事はどうするんですか?」

「まだしばらく先ですが、咲夜さんに任せますよ。代わりに私は門番に専念ですねー。あまり感じられませんが、お嬢様も神秘が薄まって以前ほど力は出せないらしいですからね。私は元々武術が得意な者なので、神秘が消えてもそこまで力は割かれないみたいなんですよ」

 

 私と戦った時はそんな素振りは見せなかったけど……あれで弱まってるんだ。それとも神秘と能力とは関係ないんだろうか。

 

「なので、メイド長は咲夜さんに譲ります。あ、とは言ってもしばらくは私も一緒にしますし、妖精メイド達の中にはよく働いてくれる人もいますからね。安心してくださいねっ」

「そうですか……。分かりました。任せられた時には、頑張りたいと思います」

 

 以前の職場と今の職場。与えられた仕事の量なら、今のところ差ほど変わらない。それどころか新規参入ということもあって、少ないほどだったから。能力のフル活用も許可されてるし、以前よりは楽のはず。違うのは、下手すると死ぬかもしれない……なんてこともないか。以前より本当に楽になってそうだ。

 

「咲夜、美鈴。お邪魔するわよ」

「あ、お嬢様。どうしました?」

「こんばんは、お嬢様」

「ええ、こんばんは。美鈴、咲夜を借りるわよ」

 

 そう言ってお嬢様は私の手を掴む。背丈も変わらないのに、相変わらずその力は抵抗できないほど強い。むしろ痛いくらいなんだけど、腕が潰れてないから加減はできる方なんだろうか。

 

「はい、ちょうど調理は終わったので大丈夫ですよ。行ってらっしゃいませー」

「……お嬢様。どういうご用事で?」

 

 お嬢様に手を引っ張られながら紅魔館の廊下を歩く。相変わらず外からの光が差さず、灯りも最小限の廊下は薄暗い。広いのもあって、私の目には突き当たりが見えないくらいだ。

 

「美鈴から聞いているかもしれないけど、貴方に美鈴の仕事を引き継がせるわ。まだしばらく先だけども。というわけで、あの時紹介できなかった妹に会ってもらうわ」

「妹……フランドール様とハマルティア様、それとスクリタ様ですか?」

「フランとティアでいいわよ。パチェに会った時にフランとスクリタには会ったわよね?」

「フラン様とティア様ですね。はい、お二人様には一度」

 

 ご主人様の妹だから、様付けは譲れない。フラン様とスクリタ様は姿はよく似た双子だったけど、性格はそこまで似ていない不思議な吸血鬼達だった。元々は1人だったとも聞くし、よく分からない吸血鬼だ。

 

「だから最後の1人、ティアね。話は聞いてるはずだし、安全だとは思うわ。……命はね」

「命は、とはどういうことでしょう?」

「会ってみないと分からない、ということよ。流石に大丈夫とは思うけどねぇ」

 

 要領を得ない回答。不安を煽って反応を楽しんでいる……というわけでも無さそう。少しだけ不安がある。ただ暮らすからには会っておくべき。と考えての案内かしら。どうせ会うなら、一緒に会った方が確かに危険も少ないけど。いや、気にしなくていいか。そこはその妹様次第。何を考えても、会ってみるまで分からない。

 

「……少し暗いから、離れないようにね」

 

 しばらく歩いていると、地下へと続く階段の前に出る。蝋燭(ろうそく)の灯りだけが頼りで、その奥先どころか足元すら見えづらい。お嬢様に手を繋がれてようやく降りれるレベルだ。

 

「お嬢様達は、こんなに暗くても見えるんです?」

「ええ。これでも夜の帝王と呼ばれる種族よ。ただ一切光が無ければ同じように見えないけどねぇ。このくらいなら、まだ鮮明に見えるわよ」

 

 その言葉が本当だと示すように、お嬢様は私の手を繋ぎながら先導し、迷わずに階段を降りていく。慎重に降りていることもあって、まず転けることはない。

 

「ここがフラン達の部屋。もう少し先にある隣の部屋がティアの部屋ね」

 

 着いた場所も光が届かない地下なだけあって、地上の廊下よりもさらに暗い。目の前にあるのは堅牢な扉。お城でもなかなか見る機会がなかった牢獄のような扉だ。

 

「普段はどっちかの部屋に居るんだけど……音がしないわね」

「音……ですか?」

 

 言われて耳を澄ましても何も聞こえない。分厚い扉だから無理もないけど。吸血鬼なら聞こえるんだろうか。

 

「いつも騒がしいのよ。今の時間なら起きてるはずなんだけどねぇ。何も聞こえないってことは居ないのかしら。フラン、入るわよ」

 

 扉を軽くノックして扉を開けるお嬢様。お嬢様が言ってた通り、中には誰も居ない。物陰に隠れることはできそうだけど、人の気配も無いから本当に居ないみたいだ。

 

「居ないわね。じゃあティアの部屋かしら」

 

 そう言って扉を閉め、隣の部屋に移動する私達。隣の部屋、と言ってもそれなりに距離がある。図書館を除いた何処の部屋よりも広いここは、一体何の用途で作られたんだろう。

 

「ティア、いる?」

「いるよー」

「お邪魔するわよ」

 

 お嬢様が部屋をノックすると返ってきたのは幼い女性の声。お嬢様が扉を開けると、緑色の髪を靡かせた少女がお嬢様に抱き着く。予想していたのか、それとも能力のお陰か。お嬢様は予知していたかのように優しく受け止める。

 

「お姉様っ」

「ふふっ。1人なの? ティア」

「うん。さっきまでずっと寝てたよ。起きたのはさっき」

 

 ティア様はお嬢様と大差ない身長だというのに、ある一部分だけは差が激しい。異常なほど大きい、というわけでないけど、ひと目で分かるくらいだ。同じ姉妹でも、食生活や生活環境が違ったんだろうか。

 

「で、お姉様。この人はだぁれ?」

「話してた新しいメイドよ」

「数日ほど前からこちらで働かせてもらうことになった十六夜咲夜です。よろしくお願いします」

 

 そう言って、頭を下げる。チラりと見えた視界の端で、ティア様は品定めするかのような視線を私に向けていた。

 

「ふぅん……メイドさんなんだ。ここに来るメイドさん、なかなか居ないから新鮮。お姉様のお気に入りなの?」

「あら、どうしてそう思うの?」

「直接連れて来たから。珍しいもん」

「まあそうね。お気に入りかって聞かれると……お気に入りね」

 

 少し嬉しい気もするけど、どうして言い淀むんだろう。妹に対して、そこまで立場が低いのかしら。

 

「そっかぁ……。さくや……だよね。ハマルティア。ティアだよー。よろしくねっ」

「ぅぐっ。あ、えっと……よろしくお願いします」

 

 そう言って突然抱きしめてくるティア様。力強くて身体中が痛い。ぎしぎしと骨が鳴っている気もする。ただ抱擁されることはなかなか無かったから、なんとなく温かくて嬉しい気もする。

 

「ふふっ……うん。なんだか美味しそうな人。食べていーい?」

「ティア、ダメよ?」

「ちぇー。人間の匂いがして美味しそうなのになぁ」

「命を捧げた身ですが、食べられると仕事ができなくなってしまうので……ごめんなさい、ティア様」

 

 どこをどう食べられるかによっても変わるけど、妖怪のように驚異的な再生能力を持つわけじゃないから。食べられるのは流石に困る。

 

「ん。……確かにそっかぁ。動けなくなっちゃったら、代わりに私がしないといけなくなるだろうからなぁ」

「そうね。それでもいいなら、いいと思うわよ?」

「……お姉様って意地悪。まぁいいや。咲夜が暇になった時にするね。ともかくこれからよろしくねっ」

「はい。これからお世話になります」

 

 少し離れて、笑顔を見せて話すティア様。それに対して私も、同じように笑顔を意識して返した────

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