──Izayoi Sakuya──
お嬢様に雇用されてからしばらく経つ。美鈴の跡を継いでメイド長と呼ばれるようになったけど、なかなか大変な毎日だ。部下である妖精メイドの数は多いけれど、その質はお世辞にもいいとは言えない。見ていなければサボるなんて当たり前だし、清掃も行き届いていないことが多い。中には優秀な者もいるけれど……数は少なくかなり貴重。
大変なのは他にもあって。その中でも一番大変なことと言えば、この館は広すぎる。住人の数も多いけれど、それ以上にこの屋敷の部屋は多いし広い。それに加えてお嬢様に命じられ、時間操作を応用した空間拡張能力も使っている。お嬢様はそれなりに傲慢というか、見栄を張る傾向があるから、家を広くして見栄を張りたいだけなのかしら。
「なんだか少し、不満そうな顔してるわねえ」
「そんなことはありませんよ、お嬢様」
お嬢様の書斎を掃除中、お嬢様はそんなことを口にする。ただ私としては、約束通り衣食住は提供されているし不満はない。さっき思った広すぎることや優秀な人員の不足以外には特に。よく考えればもう少し出てきそうだけども。それでも名前が無い頃に比べれば大分マシだ。
「ふうん。それにしても人間の成長は早いわね。もう私の身長、追い越しちゃってるし……」
「お嬢様達が遅すぎるだけです。人間とは常日頃、徐々に成長するものですから」
「へえ。……確かに成長してるわね。安心してメイド長を任せられるくらいだし。ああ、そうだわ」
はっとお嬢様は何かを思い出したかのように顔を上げる。
「咲夜、後で図書館に行きなさい。清掃ついでにね。パチェが呼んでいたわ」
「パチュリー様が? 分かりました」
「貴女……『どうして?』とか『何故?』なんて疑問を聞かないわよね」
人間の主人と感性が違うせいだろうか。レミリアお嬢様は不思議なことを尋ねてくる。そんなこと、思っても主に対して聞くことはない。何かあれば了承して受け入れる。それが私の知る従者像だから。そして普通はそうじゃないだろうか。絶対服従を誓った従者が主に対して口答えとも取られるようなことを口にしてはいけないだろう。
「ふむ。ではどうしてそのようなことを思うのです?」
「う、うーん……ふと思っただけよ? 特に意味があるわけじゃないわ。ただ……そうねえ。貴女は従者である前に家族の一員なんだから。私に対しても、疑問を持ってもいいのよ」
「そうですか。では心に留めておきます」
「なんか軽いわね? 別にいいけど」
それにしてもお嬢様の部屋は他と違ってある程度整理されている。日頃から自分で簡単に掃除しているのかしら。なんて、考えてる暇があったら図書館に行って、パチュリー様の用事も済ませておきましょうか。
「それでは行ってきますね」
「あえ? 掃除は?」
「今終わらせたところです。それでは」
「う、うん。……相変わらず早いわねえ」
時を止め、長い長い廊下を急ぐ。最初来た時よりも一段と幅が広く、奥行きのある廊下。私の使った空間拡張能力の影響だ。無意識に使っていた時間操作。幼い時からあって、先祖も時間に関係する能力を持っていたという。まさか空間にまで手を出せるとは思ってなかったけど、やってみればできるものらしい。
「……着いたわね」
──時止めを駆使していると、いつの間にか図書館の目の前にまで来ていた。体感だとそれほど変わらないけど、懐中時計を見てみるとお嬢様の部屋を出てからそこまで時間は経っていない。
「失礼します」
「メイド長? どうしました?」
図書館の扉を開けると、図書館の清掃をしていたらしい小悪魔と目が合った。ティア様によると、目を合わせるだけで魅了できるらしい。ただ本人曰く、目を合わせなくても魅了はできるらしいけれど。ティア様とは仲がいいのか悪いのか、よく分からない悪魔だ。
「パチュリー様に呼ばれて。パチュリー様は何処に?」
「ああ、彼女なら奥の机で本を読んでますよ。案内しますね」
小悪魔に誘導されつつ図書館の中を歩く。小悪魔が毎日のように清掃しているとはいえ、広すぎるためか未だにここは埃っぽい。私も1年に1度の大掃除には手伝っているんだけど……それでもなかなか完全に綺麗にはならない。理由は恐らく、常日頃から換気しないせいなんだけれど。
「パチュリー様ー。メイド長を連れてきましたー」
「ん? ああ、ありがとう」
パチュリー様は私達の姿を見ると、読んでいた本を閉じる。そしてその眠たそうな眼を私達に向けた。
「それじゃあコア。掃除の続きお願いね」
「はいはーい」
「……パチュリー様、如何されましたか?」
小悪魔が下がると、私はパチュリー様にそう尋ねた。わざわざ下がらせるということは、聞かせたくないのかしら。……もしくはただ単に、清掃を早く終わらせてほしいだけかもしれない。
「こんばんは。貴女、時間操作以外にも空間拡張を使えるわよね。それも、見ている限りかなり安定したものを」
「はい。時間と空間は密接に関係している。だからその気になれば空間を弄ることも可能じゃないかしら。と、お嬢様に教えられましたので。実際、その気になってみたところ、空間を広げることはできました」
私自身、専門的な知識を有してるわけではないので、仕組みについては理解していない。ただできるからしているだけであって。
「その成り行きは知ってるわ。レミィに言ったの私だから。それで、どう? 空間拡張だけど、苦労なく使えてる?」
「時間操作と変わらず普通に使えていますよ。それがどうかしましたか?」
「ふむ……。レミィに聞いているかもしれないけど、近々引っ越すのよ。ここではない場所にね。だけど今まで、転移するための術式は、この館を取り囲むことができなかった。要は私の魔術だけじゃ、紅魔館を丸ごと転移させるのは無理だったの」
確かにお嬢様には引越し先のことや、そのためには準備が必要など聞いていたけれど。今まで空間拡張能力を使わされていた理由がなんとなく分かった。
「そういうわけで、貴女にも協力してもらうわ。貴女を見る限り、異常も疲れも見えないしね。問題なく使えることでしょうし。私の術式に、貴女の能力を組み込ませてもらうわ」
「具体的には何を手伝えばいいのでしょう?」
「私の術式を館を囲むくらい大きく広げてほしいの。貴女の能力で、空間を拡張するのと同じ感覚でね。それだけでいいわ。その時はこの館の拡張も止めていいわよ」
ただ広げるだけなら、なんとかなるかしら。私の時間操作は、物体にも影響を及ぼすことができる。その要領で、その術式というものも拡張していけば問題ないはずだ。
「分かりました。お任せください、パチュリー様」
「ありがとうね。レミィ的には急ぎたいようだから貴女が来てくれて助かったわ。未だに書物を漁っても、この手の広大な術式は存在しないのよねえ。多分純粋な神性を持つ神なら可能みたいなんだけど……無い物ねだりね」
「メイド長ー。お話終わりました?」
先ほど下がったばかりの小悪魔が、ゆらりふらりと戻ってくる。何か用件がありそうながら、その足取りはかなり軽い。急ぎの用事ではないみたいだ。
「ええ、私の話は終わりね」
「だそうなので。小悪魔、どうしました?」
「レミリア様から。客人が来たのでおもてなしを、とのことです」
「……そうですか。パチュリー様、それでは失礼しますね」
「ええ、また来てね。今度は手順を説明するから」
小悪魔が軽いだけで、どうやら急ぎの用事だったようだ。すぐに時を止め、私は応接室へと急いだ────