──Hamartia Scarlet──
「スクリター」
「……何? ティア」
一呼吸置いて返ってくるお姉ちゃんと同じ声。お姉ちゃんの部屋に、探している人は居た。
「おはよー。寝てた?」
「うン……。何か用事?」
「ん。ちょっと気になることがあって」
スクリタが居たのはお姉ちゃんの部屋。お客さんが来ている間は図書館に居座り、帰ってからは自分の部屋で静かに寝ていた。昔と違って、大人しいスクリタ。やっぱり違和感はそのせいなのかな。私を避けるのも、そこに理由があるのかな。今まで何を考えてても私の目的に支障はないと思ってた。けど、気になったからには知らないと。気付いても何もしないはずだけどね。
「最近ずっと避けてるよね。どうして?」
ベッドから静かに起き上がるスクリタに近付く。明らかに警戒してる所作。隙だらけに見えて、反撃する気満々な反抗的な瞳だ。
「本を読みたいのニ、いつも邪魔してくるかラ」
「それは遊んでくれないスクリタが悪いよ。私はただ遊びたいだけなのに」
「だからってワタシの自由奪わないデ」
「……むぅ」
私はただ遊びたいだけなのに。自由を奪いたいわけじゃないのに。どうして私の思い通りになってくれないんだろう。
「用事が済んだラ、寝ていイ?」
「もうすぐご飯だからすぐ起きることになるよ。それに寝かせないよ? 本当のこと話してくれるまで」
「諦め悪いよネ、ティア」
「正直に言ったら諦める。言わないなら言わせるよ?」
「やってみれバ?」
スクリタは立ち上がり、警戒をしてる。ううん。それどころか、爪を露わにして戦闘態勢だ。そんなに言いたくないんだ、スクリタ。
「そっちがその気なら、私も手加減しないよ? あ、安心してね。武器はもちろん使わないから」
「妹が姉に勝てるわけなイ。退かないなら迎撃するだケ」
「言うね。お姉ちゃんが呼びに来るまで
「人の気も知らないデ……。本当に勝手な妹だネッ!」
そう言って振りかぶった爪は、私の頬を目掛けて。ただ吸血鬼の目には遅く感じる。
「どっちがっ!」
「うぅ……ッ」
難なく腕を掴んで受け止め、その勢いでスクリタを組み伏せる。床に押し付けてる間も抵抗されるけど、あまりにも弱々しい。幾ら身体が元は人形とはいえ、弱過ぎる。普通の人間を相手してるみたい。
「……ねぇ、スクリタ、張り合いないんだけど」
「うるさイ……」
私に抑えられたままそっぽを向いてる。なんでこんなに弱いんだろう。私が強くなり過ぎたわけでもないだろうし。能力も何も使ってないから、身体能力に変化は無いはずだし。
「あの……もしかしてさ。弱いのと秘密にしてること、何か関係ある?」
「……最近身体動かしてなかったかラ、そう感じるだケ」
「もしかして、力出ない? 最近一緒になってないから?」
「…………」
何も言わない。ってことはそうなんだ。ちょっと私の中に居るだけでいいのに。まだバレたくないから少し操作はするけど、それだけなのに。どうして頑なに言わずに、私を拒むんだろう。
「図星なんだ。じゃあ吸収を拒んでるってことだよね。一緒になるの、いや?」
「……イヤ。もう支配されたくなイ。自由でいたイ」
「そんなつもりは無かったんだけどなぁ。……でも嫌だから拒んで死ぬとか馬鹿げてるよ?」
「もう少しの辛抱だかラ」
私と一緒に居ることが自由じゃないみたいに言って。確かにその通りかもしれないけど、だからってスクリタが死ぬのは私が嫌だ。私の中に居れば安全なのに。幻想郷に行くのだって、あと数日かかる。それまでに消えない保証は無いだろうに。なんで。なんで拒むの。
「意味わかんない。……スクリタ。もうこのまま私に吸われて。あと数日、私の中に居れば安全だよ」
「……ティアの中に居るだけデ、自分が自分じゃなくなル。中に居るだけで侵食されル。それが怖イ。だからアナタの中に居るのはイヤ」
「だから死ぬってのは私が嫌」
「死にたいわけでモ、死ぬわけでもなイ! ただワタシは……ワタシを大切にしたイ。これ以上自分を失いたくないかラ」
私と一緒に居たら、スクリタがスクリタじゃなくなる? どういうことだろう。そんなに、私と一緒に居るのが嫌なのかな。私が居るとおかしくなっちゃうのかな。
「やっぱり……よくわかんないや。私は私。何も変わらない。アナタだって、きっと何も変わらないよ?」
「憶測でワタシは自分を賭けることができなイ。ワタシがアナタの中に居た時と今、全然違ウ。今のワタシは今が大切だかラ。戻るのはイヤ……」
「……はぁ。埒が明かないね。アナタは組み伏せられて抵抗できない。私はこのまま力づくで吸収することができる。有利なのは私って明らかだよね。なんでそれでも抵抗しようとするのかな、スクリタ」
圧倒的な力の前じゃ何もできない。だから私は力が欲しい。スクリタだってわかってるはずなのに。
「……まだ負けてないかラ」
「あっそ。ほんと負けず嫌いだよね、うちの家族全員。……じゃあ、おやすみ」
馬乗りになったスクリタの首に手を伸ばす。後は触れて、能力を行使するだけ。それだけで、スクリタを救える。
「ティア!」
後ちょっとのところで私の思考を遮る声。何も悪いことはしてないのに、思わずビクッと身体が震えて、止まってしまった。
「……お姉ちゃん」
扉の前に居たのはお姉ちゃん。そういえばもうすぐご飯だった。運悪く呼びに来ちゃったらしい。あ、ううん。別に私は悪いことしてないから、怖がる必要ないんだけど。今この状況、傍から見ると勘違いされそうだし。
「何してるの? ティア、スクリタ」
「スクリタの力が消えてきてるの。だから吸収しようとしてるんだよ、お姉ちゃん」
「あー……バレたんだ、スクリタ。それで騒動一歩手前になってるんだね。……うん、ごめん。私も残り数日ってなって気が抜けてたかも」
あの言い方。それにこの落ち着いた反応。ああ、お姉ちゃんは知ってたんだ。
「お姉ちゃんも知ってたんだ。なんで言ってくれなかったの?」
「ティアだって私に秘密にしてることあるよね? それに私はお姉ちゃんだから。できる限り妹の要望には応えたかったからね。黙っててごめんね、ティア」
「……お姉ちゃんの意地悪。でもいいや。お姉ちゃんに説明する手間が省けたから。ねぇ、このまま吸っちゃっていいよね?」
スクリタの首に手をかけつつ、お姉ちゃんに疑問を投げかける。
「ダメ。私が行くまでの数日間必ず持たせると約束する。それまで一緒に居て、本当に危なくなったら吸収してでも遅くないでしょ? それじゃダメ?」
「むぅ……お姉ちゃんは私よりスクリタの方が好きなの?」
「どっちも好きだからこう言ってるの。スクリタが死なず、ティアに吸収されない。どっちの願いも叶うでしょ?」
「…………」
その通りだけど、それだと確実じゃないのに。……でも、お姉ちゃんを敵に回したくない。だって私の願いは……うん。私の『今の願い』はスクリタが死なないこと。なら、それを優先しよう。私の願いのためにも。
「分かった……。でもね。毎日妖力だけ渡し続けていい? スクリタが消えないように」
「フランを介してなラ……ううン。やっぱり直接でいいヨ。信用してないみたいで悪い気がすル……シ」
「そっか。なら、いいよ。お姉ちゃんに免じて、妖力を渡すだけにするね」
「うン、約束するヨ」
その言葉を聞いて、スクリタの上から退き、首から手を離す。スクリタの手を引っ張って、彼女を起こした。
「……ん。一応仲直り……だよね? ならご飯の時間だし行こっか」
「うん……分かった」
「うン」
一先ずはこれでいい。本当に危険な時はスクリタを吸収しよう。幻想郷に行くまで、ずっと私の中に居れば安全だろうから。ただ、今しばらくは、傍に居てあげないとね──────