東方罪妹録   作:百合好きなmerrick

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81話「色鮮やかで瀟洒な関係」

 ──Hong Meilin──

 

 紅色の館を背に、辺りを見渡す。近くには霧がかってる湖に、あとは森のみ。視界に動くものはなく、小さな生き物以外に気配も感じない。安全な場所に転移できたんだなあ、ってしみじみ思うのです。

 

 咲夜さん経由でお嬢様に任されてから十数分が経ちましたが、脅威らしきものは何も来ず。背後にはパチュリー様の結界を構えるも、正直なところ私って凄く暇してるようでお嬢様達に申し訳ない気持ちがあります。お嬢様達が頑張っているであろう時に、私は門前で待機。いえ、門番も大切な仕事ということはわかっているのですが──

 

「敵が来てほしいというのは不謹慎ですよねー……」

 

 何よりも一番なのはこのまま脅威が来ることなく終わること。そうすれば、館は安全なままですし、お嬢様達に心配されることもありませんし。ただ敵が来てくれれば「しっかり仕事しましたよー」みたいな顔できるんですけどねー。最近は本当に世界が平和になったのか、前の世界でも目立った侵入者は咲夜さんくらいでしたし。これでは商売上がったりですよ、全く。

 

 このままじゃ廃業しますかね? お嬢様には多大な信頼を寄せていただいている手前、それでは困るんですよね。いや本当に平和なのはいいことだと思いますけどね、ええ。

 

「──とか思ってたんですけどね。こんな夜中に何用?」

 

 近くの茂みが揺れた。まるで巨大な化け物でも来たかのように周囲が静まり返った。そして何よりも、3つの大きな気配を感じた。お嬢様に雇われて数百年。幾度となくお嬢様目当ての外敵を退け、侵略者を止めてきた。長年の戦闘で培われた五感はいつだって全幅の信頼を置いている。

 

「あれ? あなた方は……」

 

 観念して姿を表したのは──吸血鬼。お嬢様と同じ種族の少年少女。見覚えのある顔だから、恐らくは別の手段でここへ来た方達。ただ館に居る人達やお嬢様達と違って、その顔には意志らしきものは感じない。感じるのは……威圧感と敵意。それと、小さな……いや。こっちは気のせいかな。

 

「一体どこへ行ってたんですか? お嬢様達が探していましたよ」

 

 距離を縮めつつも警戒は解かない。殺意はなくとも敵意を感じる。そんな相手に、結界は触れさせない。魔法には疎いしどんなものか聞いてないけど、触れれば即お嬢様らに伝わるだろう。理想はお嬢様らに心配されることなく問題を処理すること。だが相手はお嬢様の招いたお客様。だから、結界に触れるより先に、敵対行動を取った途端に倒す。

 

「ごめんね、めーりん」

「──っ」

 

 思考が遅れた。眼前に迫る腕に既のところで受け流す。力が強いけど、お嬢様ほどではないから受け流すことは容易い。ただそれよりも気になるのは。

 

「声は違いますが、その話し方はティア様ですか!?」

「…………」

 

 返答はない。代わりに返ってくるのは抑えた少年の後ろからやってくる、残り2人からの暴力。

 

「いや3対1って流石にキツいっ!」

 

 咄嗟に受け流すなんてできなくて、慌てて全身に気の渦を巡らせ、放出する。

 

「っ……!」

「ぁ……」

 

 小さな声が漏れる。放出した気を受けて、3人ともある程度距離が離れた。ただ全然効いてる気はしないけど。

 

「これ防御技ですし当たり前ですよね!」

 

 ただ一瞬隙が生まれればいい。一番手近な吸血鬼の身体に拳を置く。そして集中。反撃が来るまでの一瞬の間に、できる限り気を練る。

 

「ぁ……っ!」

「──はァっ!」

 

 襲いかかる爪が、皮膚に触れようとするその刹那。急いで集め練った気を直接相手に流し込む。流し込まれた吸血鬼は眩い閃光を放って吹き飛んだ。ただ反撃は喰らっていたのか、右手から赤い液体が滴り落ちる。

 

 気を直接受けた吸血鬼は……起き上がってこないようだ。なんだか上手い具合に決まったけど、これ意外と吸血鬼相手に特効だったりして。

 

「あぐぁ!?」

 

 とか油断してると、復帰した少女に思いっきり左肩を牙で抉られる。再び気で振り払おうとするももう一方の吸血鬼がさっきの仕返しとばかりに腹部に突き立てられる鋭い爪。そして吹き出す鮮血。

 

「っ……このっ……」

 

 気が乱される。力任せに振り払おうとしても、流石はお嬢様と同じ種族(吸血鬼)。そう簡単に退いてはくれない。

 

「っ……ふう……っ」

 

 腹部に深々と刺さり抉られる爪。執拗に組み付かれ、噛まれる肩。痛みに耐えながら落ち着いて気を練る。多少の出血は顧みない。落ち着き、練って、痛い、けど……守るために。

 

「すぅ……」

 

 波紋のように拡散する、身体中から溢れ出る気の波。波はゆっくりと広がって、徐々に吸血鬼を引き剥がす。

 

「ふぅ……」

「っ」

 

 何重にも広がる波紋は次第に強さを増し、ものの数秒で吸血鬼を完全に引き剥がした。未だその場に波紋は残り続けて吸血鬼を阻むも、集中力が切れればすぐにでも消えてしまう。

 

 不意を打って1人倒せたまではよかったですが……これ、手の打ちようがないのでは。彼らは距離を取っているけど、私の気もいつまでも続くわけじゃないし。……って、そっちは──

 

「待ちなさい!」

 

 吸血鬼は距離を置いたまま、結界へと足を踏み入れようとしていた。

 

 ──絶対に守る。

 

 そんな気持ちが溢れて、手を伸ばしかけたところで相手の思惑に気付く。いや、気付かされた。

 

 1人の吸血鬼が結界に触れる直前で踵を返し、こちらへと手を伸ばす。その指先にあるものはナイフのように鋭くて。

 

「っ……!」

 

 鋭い爪が頬を掠める。流れ落ちるものも気にせず拳を握って、その胸部を力いっぱいに殴打する。

 

「くぅ……しまった……」

 

 先に入っていた1人。それにもう一方の殴った相手も後ろに退いたことで、2人にも結界内の侵入を許してしまった。これはあとでお嬢様に怒られてしまいますね、きっと。

 

 しかし、吸血鬼らは入るだけ入って、再びこちらに向き直って対峙している。まるでこちらの注意を引いているような。いや、このまま私にとどめを刺そうとしているのかも。

 

「……このままやられるつもりはありませんよ」

 

 少し血を流しすぎた。けど、吸血鬼らが結界に触れた今、異常はお嬢様達に伝わったはず。それまでの時間稼ぎくらいはやらせてもらう。

 

「さあ、来なさい!」

 

 地面を強く蹴って構え直す。相手は2人。油断ができない相手。さて、どうやって……。

 

「美鈴、無茶しすぎよ」

「あ──」

 

 唐突に耳元で囁かれた優しい声。時間が止まったかのように思考が停止した。否、実際に止まっていたのだろう。気付けば吸血鬼らの周囲に飛び交う無数の銀の刃。

 

「お客様とはいえ、私の部下に手を出したら半殺しにしますよ?」

「咲夜さん!」

 

 全ての切っ先は吸血鬼らへと向き、身体中に突き立てられていく。数秒も経つことなく、その刃は四肢を貫き、動かないようにか的確に関節にナイフを通していた。まるで糸の切れた人形のように、吸血鬼らは静かにその場に倒れていた。

 

「全く。その様子だと本当に無茶したのね。昔『何かあったら頼れ』と話していた貴女はどこへ行ったの? 頼れと言うのなら、自分も頼りなさい。……今は私がメイド長なんですから」

「あ、あはは……。ありがとうございます、咲夜さん。……ところで大丈夫なんでしょうか。この人たち……」

「前の世界ならともかく。急所は避けてあるし、銀のナイフじゃないから痛いだけで済むわ。でも早く中に運んで治療してあげないと」

 

 倒れた3人の身体から血が流れている。しかし銀だと思ってたけど、違ったんですかこれ。咲夜さんのイメージは銀が強くて、思わず銀だと思ってました。それくらい、容赦のない顔をしていましたし。

 

「まあ……生きているなら良かったです。この人たち、なんだか操られてるようでしたし……」

「うん? というと?」

「見るからに意思なんてない顔でしたし、何も答えてくれませんし。それに……」

「……それに、何?」

 

 意思がないのに結界のことを認識して利用したり、何よりも──僅かながら感じたものは、悲しみに近いもの。ただこれは気のせいかもしれないので、咲夜さんには言えませんが。もし違ったら、混乱させてしまうだけになってしまいますし。

 

「ティア様の喋り方で、私に謝っていましたから」

「ティア様……。そうですか」

 

 意味深に表情が曇る。何を思ってるのか私には推し量ることはできませんが、この顔は何か思い当たることがある様子。

 

 だけど、どうしてティア様のように喋ったのでしょう。謎は深まるばかりで要領を得ない。

 

「……一先ず運ぶわよ。どうやらもう、攻撃する意思もないようだし。美鈴、貴女も一旦中で休みなさい」

「いえ傷はありますが私は妖怪なので──」

「休みなさい」

「……はい」

 

 咲夜さん顔が怖いですよ。なんて言えるはずもなく、気迫に押されて頷いてしまう。正直なところ、お嬢様よりも咲夜さんを怒らせる方がよっぽど怖い、と私は思うのです。

 

「この人たちを中へ運び終わったら私は裏にも来てる吸血鬼の相手をしてくるけど、貴女は休んでおきなさいよ。私が許可を出すまで戦闘は禁じます」

「は、はい。……でもあの。門番は……?」

「お嬢様が帰ってくるまでは妖精メイドに監視をさせるわ。どうせあの娘達寝てるか休んでるかしてるもの。戦わせるわけじゃないし、貴女みたいに結界の外で守るわけでもないから安心なさい」

「お嬢様、どこへ行ったんです?」

「ティア様を探しによ」

 

 なるほど。大切な妹であるティア様を探しに行ったのなら……って。

 

「私その話今初めて聞いたんですけど!?」

「……あ。そういえば言ってなかったわね。お嬢様から命じられたあと、すぐに貴女は仕事していたから伝え損ねていたわ」

「咲夜さん!?」

 

 すっごく大切な情報だと思うんですけど。もしや私ってそんなに信頼が……。

 

「そ、そんなに落ち込まなくても。言ってなかったことは謝るわ。でも、しっかり仕事をしてくれて助かってるのよ。ありがとうね、美鈴」

 

 申し訳なさそうに笑う咲夜さん。……両手には吸血鬼を引き摺っているから、やっぱり怖く見える。

 

「そのお言葉だけで救われます……」

「そんなに思い詰めていたの……?」

「あいえ! そういうわけじゃなくてですね!」

「……?」

 

 頑張ったあとに褒められるというのは、いつになっても嬉しいことです。

 

「いいわ。……これで吸血鬼の方は最後ね。美鈴、早く戻って手当てしなさいよ。あとで様子を見に行くから」

 

 その言葉とともに姿を消す咲夜さん。気付けば吸血鬼らも全員消えている。いつの間にか、運び終わっていたらしい。

 

 このままここに居ても咲夜さんに怒られますよねきっと。……大人しく帰りましょうか────

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