──Hamartia Scarlet──
生まれた時から感じていた飢えや渇きが、初めて満たされたと感じたのはそう遅いことじゃなかった。確か……もう覚えてないほど小さな時。初めてお姉ちゃんに出会った時。初めて人を好きになった時。初めて……お姉ちゃんが抱きしめてくれた時。温もりを得たことで、私は初めて全てが満たされた。そんな時に、私は物凄く『この人を食べたい』って思った。
そして夢が叶って──満足できなかった。
ううん。その時は満足できたんだと思う。だけど、大きくなるにつれて、もっといっぱい欲しくなった。ずっとお姉ちゃんと一緒に居ても。ずっとお姉様を抱きしめても。ずっと家族と平和に暮らせても。なんだか物足りない。だって、私は知っちゃったから。大きくなる度に、色んな好きになれるモノを知ったから。
そんな私がウロに永遠を貰って。やっぱり我慢なんてできなかった。
ウロから貰った不変の権能は、本当に凄いものだった。それを幻想郷に来てより一層、強く感じていた。幻想郷に来て最初に感じたのは溢れ出る力だった。魔力とも妖力とも違う新しい力。多分……これが神の──いやこの世界における龍の力。脳が痺れるくらい溢れる高揚感と溺れそうになるほどの優越感。
『なんだって思うがままにできそう』
だから、その力に対する第一印象はそれだった。今なら
みんな……永劫に、永遠に、永久に。老いないようにして。変わらないようにして。死なないようにして。またお姉様の時みたいな悲しいことが起きないように。
家族が好きな私だけど、きっともっと色んなものを好きになれる。だから、失わないように。亡くさないように。嫌われないように。もっと私が好きなモノが増えるように。もっと私を好きなモノが増えるように。そして何よりも、みんな私のモノにしたいから。
私の欲しいモノが全部私のモノになってほしいから。だから──
──私は私のやりたいことをする。幻想郷を支配して。全部私のモノにして。みんな、永遠に愛し、愛される世界にする。……きっとそれがみんな幸せになれる、正しいことだから。
「ティアおそい」
「そお?」
紅魔館を抜け、霧を掻き分け。目指した場所は紅魔館の近くにある山の奥深く。そこに居たのは見慣れた赤髪の魔女ウロ。私を見る朧気な目は、いつになく元気そうに見える。多分、ここへ来て元気になったのは私だけじゃないってことだと思う。
「どうせルーン使ってきたなら、直接飛んでくれば良かった。吸血鬼達は飛ばしたのに」
「ルーン魔術で消費するの魔力だから疲れちゃってー」
怪訝な顔で見つめられてる。嘘って思われてるのかな。嘘だけど。ただ探しものしてたらちょっと遅くなっただけ。お姉ちゃん達に気付かれないように探したから、問題なんてないし。
「……いいや。吸血鬼は適当に暴れさせて。できる限り大袈裟に。他の妖怪がわたし達の邪魔しないように。でも人間は襲っちゃダメだ。相手が本気になるし、厄介なのが出てくる。あと、減らし過ぎたら龍神への信仰も減って力が弱まるから注意ね」
「はーい。あ、始める前に1人くらい食べちゃダメ?」
「真面目にやれ?」
ただ食べるだけなら時間はかからないのに。あいや。興が乗れば時間かかっちゃうか。それはダメだね。
「それは終わってから好きにするといい。……自分でも思うけど何言ってんだろ。好きにやっちゃいけないことなのに」
「そうなの? でも好きならいいと思うよ? 相手も喜ぶし、何より私が楽しいし」
「そのお相手さんは意思ないよな」
「あ。……それもそっかぁ」
それじゃあ終わったらでいっか。やっぱりなんだかんだ言って、相手が嬉しそうにしてる時が一番楽しいしね。
「そういえばイラ達は?」
「守るものがあるより自由な方がいいから、あの娘達は龍神見つけるまで隠れてもらってる。イラがいるから心配しないでいい」
「ふーん……」
お別れしてなければ弄ってもないのに、もう別行動なんだ。ちょっと残念。イラのこと、嫌いじゃなかったのに。イラは嫌いだろうけど。
「それより早く吸血鬼達を移動させて。……ってかなんか吸血鬼多くない? もしや全員集めたな?」
「えへへー」
「褒めてないよ」
「……うん」
今日はいつになく冗談が通じないや。それだけ思い詰めてるってことなのかな。もっと気楽にやればいいのに。
「マーカー付けた時にね。ルーン魔術を使ったんだけどね。……全員同じ印付けちゃって。だからルーン魔術起動したら同じ印……つまり全員呼んじゃったっていう」
「なに大切な時にドジってんの」
ウロの顔は怒ってるというより呆れ顔。わざとらしくため息をついている。どっかで見たことあるなぁ、って思ってたらこれお姉ちゃんがお姉様に呆れてる時と同じ顔だ。
「じゃあ10人程度山を先行させて。あとの残り全部適当に暴れさせていいよ」
「わかったぁ。紅魔館にも送っていい?」
「好きにしていい。だけどどうして?」
「きっと私を探しに来ると思うから。足止めしたいなぁ、って」
適当な数行かせればいいよね、紅魔館なら。きっとビックリしていっぱい時間使ってくれるだろうし。ああ、でもあとで怒られるかな。一応謝っておこう。
「……あなたは夢を邪魔されると思ってるの?」
「うん? ……きっと、賛同してくれると思ってるけど」
「そう。……まぁいいや」
来る前に撒いた種を経由して、みんなに指示を与えていく。ウロに言われた通りに。そして、残り全員へは『適当な妖怪を殺さない程度に襲え』と。そうすると、一斉に動き出す吸血鬼達。もうみんな見えなくなっちゃった。
どうせ好きになれる妖怪もいるだろうし、あとで餞別したいから殺されるのは困る。それにあの吸血鬼……イレアナちゃんにも約束したしね。酷い記憶は残らないようにするって。殺しちゃったら、酷い記憶だもんね。
「ほんと……凄いよ、あなた。まるで元から持ってたみたいに権能を使いこなしてる」
「でもこれでも全部の力を引き出せてないんでしょ? 充分強いけど」
「うん。龍神に会って初めて全てを使えるようになる。……もっと言うと、龍神に会わないと貴女の夢は叶わない。念の為言っておくと、好きな人全員が不老不死なんて簡単じゃないからね」
それはよくわかる。だって昔の私じゃ、1人を不老不死にするのも不可能だっただろうし。この力があって初めて私は私自身を不変のものにすることができたわけだしね。ただ1つ心配なことがある。
「でもさ。本当に龍神に会ったら私の夢って叶うの?」
「なるようになる。早く行くよ」
「あ、待ってよー」
スタスタと先を急ぐウロを追いかける。なるようになる、っていうのは文字通り受け取っていいんだよね。
「ウロ、龍神の場所知ってるんだっけ?」
「具体的な場所は知らないけど、雲の中に使者が居るのは知ってる。だからまずは山の頂上目指すよ」
「クモの中かぁ。……クモの中? クモってあの雲?」
「あの雲」
雲の中に住む人が居るなんてとても信じられない。使者だから、人じゃないのかな。それでも雲の中で過ごすとか私にはできないや。だって、寒いだろうし、絶対暇だろうし。
「……ウロはさ。これが終わったら元いた場所? に帰るんだよね」
「うん。そんなところ。今更感傷に浸ってる?」
「ううん」
「そこは嘘でも肯定しよう」
悲しくなったり、寂しくなったりしてないわけじゃない。全部欲しいから、ウロも居なくなってほしくない。きっかけを作ってくれたし、お姉様の恩があるから全部見逃してあげてるだけ。それだけのこと。それだけのはずだけど、なんだろう。……上手く言葉で説明できないや。
「また会えるかな?」
「正直に言うと会えない」
「むぅ。そこは嘘でも会えるって言おうよ」
ウロの言葉を真似して返す。ウロは私と別れるの、辛くないのかな。きっと悲しいけどそれを見せたくないんだね。
「……結局のところ、今のわたしは魔女でしかない。長生きするって言っても、あなたほどじゃない。どうせわたしの方が先に逝くんだ。だから、別れが早いか遅いかの違い」
「なんだか冷たい」
「現実だもの。……吸血鬼なんだ。貴女はこれから多くの別れを繰り返す。好きな人はきっと先に逝く。嫌いな人も先に倒れる。どうでもいい人だって貴女の前から消え失せる。その代わり、出会いも同じくらい多いはず。わたし1人相手に、固執することない」
いい話と思って聞いてたら、最後に自虐だなんて。っていうか全員不老不死にするんだから、別れなんてあるはずないのに。……うん? 突き放すことを言って、自虐して。でも私のことを気にかけるような話だった。ってことはつまり。
「もしかしてあれ? 実は別れるのとっても寂しいから慰めてほしいとかそういうフリ? かまってちゃん?」
「違うから。柄にもないこと言ったね、って後悔したよ今ので」
「違うんだぁ」
ウロのことはやっぱりよくわかんないや。ただひたすら、山を登っていく彼女の背中を見てそう感じた。
「……それにしても珍しいの付けてるね。そういうの、あんまり付けてるイメージないや」
ウロは横目でちらりと私を見て話す。なんだろうって思ったけど、その視線で何を言ってるのかすぐにわかった。
「あぁ、これ?」
首にぶら下げたネックレスに手をかける。すっごい昔、大昔。お姉ちゃんから貰ったプレゼント。月の石が付いたネックレス。でも実際には月の石じゃないから不思議だよね。
「いいでしょ。三姉妹でお揃いのものなの。でもね。スクリタに悪いから、いつもは部屋で大切に保管してるの。お姉ちゃん達もたまに付けるくらいで普段はどこかに保管してるみたいだしね」
「大切なら家に置いておけばいいのに。どうして?」
「……うーん。どうしてだろう。ただ今回は肌身離さず持っておいた方がいいかなって。お守りみたいな感じ?」
「ふーん……」
わざわざ探して持ってきたものだけど、どうして探して持ってきたのかは自分でもよくわかんない。っていうか、咲夜か美鈴かわからないけど、掃除したら別の場所に置くのやめてほしい。そのせいで探すのに時間かかっちゃったし。
「一応言うけどそれ、魔力的なものは何も感じないよ?」
「わかってるもん。お姉ちゃんがくれたものだよ? 変なことしないって」
したら怒られるのわかってるしね。
「お姉ちゃんってことはフランだよね。……そっか。よかったね」
「……?」
見えたのは一瞬。だけど赤い髪が風に揺られて隙間から見えた横顔が、夜だというのになんだか輝いて見える。それこそ感傷に浸ってるみたいな。そんな淡い輝き。
「ちなみにその石……ムーンストーンだよね。そのムーンストーンの石言葉知ってる?」
「月の石って言うくらいだし月の石?」
「いやその……まぁ違うよ。長寿とか健康。あとは……幸運もあったかな」
そんな意味が篭ってるんだ。この小さな石に。それよりも、やっぱりお姉ちゃんらしいよね。長寿で健康だなんて。私達のこと好きなお姉ちゃんらしいや。
「おそらくはわたしと貴女、一緒にする最後の旅になるけど……その石の言葉みたいに、良いことがあればいいね」
「大丈夫! 絶対みんな幸せにするから、良いこといっぱい起きるようになるよっ」
「最後の旅終わったあとだよねそれ。でも……そうだね。そうなるといいね、ティア」
目の前で揺れる赤髪がどこか切なく見える。きっとお別れしちゃうからなのかな。 悲しい気持ちはもちろんある。だけど、やっぱり夢を叶えたいから。私は頑張らないと────