──Remilia Scarlet──
「レミィ、今よ!」
水の魔法だろうか。透明な液体が目の前にいる吸血鬼を包み込んでいた。水の中で足掻く吸血鬼の少女は、目に光がなかった。拘束されながらも目の前の敵に向かって腕を振っているその姿にはまるで意思が感じられない。それは人に動かされる人形のように。……同族というよしみもあることだ。
──極力苦しまないように。
そう思って、グングニルを持つ手とは逆の拳でその小さな顔を勢いよく引っぱたく。もちろん首が飛ばないくらいに手加減しつつ。
「っぁ……」
小さく息が漏れたのか彼女の口元に泡が見える。そして、パチェが無力化したのを確認したからなのか、水の拘束もすぐに解かれた。同時に少女は支えるものが消えたことでその場に崩れ落ちる。
「パチェ。回復とかできる?」
「応急手当くらいならね。任せなさい」
「……お姉様がこうして人殴ってるの初めて見たかも」
背後では勘違いさせるような発言をする妹。私だって好きでしてるわけじゃないのにね。
「……やっぱり強いですよね、レミリアさん達って」
「そう? 相手が同族で手加減してただけでしょ、貴方は。私はパチェの協力もあったからすぐに終わっただけよ」
状況だけ見ればミフネアが襲われているのは歴然だった。それでパチェも迷いなく相手を拘束できた。
「いえ、僕は単純に防戦に徹するのが手一杯で……」
「ふーん……。いいわ。あとでパチェに手当てしてもらいなさい。貴方も怪我してるみたいだし」
「い、いえ。傷は軽いですから大丈夫ですよ!」
「遠慮せずに治されてなさい」
怪我された状態で動かれるのも目障りだ。それが原因で死ぬなんてなったら後味が悪い。そんな私の気持ちを察したのか、ミフネアは渋々首を縦に振る。
「それで? どうして同族に襲われていたのかしら。相手は誰かに操られてるようだったけど」
「僕も急に襲われたもので……。ただこの方は僕と同じくレミリアさんとは別ルートでここへ来た吸血鬼です。僕やこの方がここに来たのは少しズレてて昨日だったんです。それで、昨日の段階では特に異変もなかったのですけど……。今日初めて出会った時にはこんなことに……」
いつ操られたのかはわからない。だけど、少なくとも今日のうちというわけね。……私達が来たタイミングと被ってしまうのが残念だわ。
「その娘ってティアと会ってたかどうかわかる?」
「ティアさんと……ですか? いえ、それはわかりませんが……スィスィアはこちらへ来る前にティアさんと遊ぶと会いに行きましたよ」
「妹さんが? ……そういえばその妹さんは?」
「それが……」
気恥しそうに視線を落とすミフネア。何か言いづらいことなのかしら。
「あの娘に襲われる数分ほど前に、ティアさんの匂いがするとかでどこかに消えちゃいまして……」
「犬かな?」
「大抵の動物は人より優れてるわよ、嗅覚」
「別にそういう能力を持ってるわけじゃないので、人より優れてるだけだと思います。それで、見失っちゃいまして」
よくティアと遊んでる印象がある娘だ。そこで匂いを覚えたとしてもおかしくは……いえおかしいわね。吸血鬼ってそんなに嗅覚優れてる種族じゃないわよね。
「それで? 本当にティアを探せると思うの?」
「わかりません。ですが、普段から人一倍匂いに敏感なところはあるので、もしかしたら……」
「ふーん。もっと早く来てれば一緒に行けたのね」
もうこの際どうして匂いだけで辿れるのかはどうでもいい。スィスィアが本当にティアを見つけることができるなら、彼女を見つけることでもティアを探すことができる。手がかりが増えたと喜ぶべきね。
「スィスィアはどの方向へ行ったとかわかる?」
「それならわかります。山へ入ったのを追いかけてる最中に襲われましたから。なので山の中には居るかと」
「ちなみにパチェ。ティアの……他の吸血鬼でもいいわ。気配は感じる?」
「山だけに絞ってもここは広すぎて探知できないわ。それこそすれ違うくらいにならないとね」
つまり地道に探す他ないわけね。まだ日も登ってないけど、今日中に探すのはやはり困難かしら。いや、それでも私の妹だ。探さなければ。
「ミフネア。せっかくだから貴方もティアを探すのを手伝いなさい」
「へ? ティアさん一緒じゃないんですか? あいえ。確かにティアさん見ないなー、とは思ってましたけど……」
「行方不明よ。家にも帰ってないし、多分吸血鬼達を扇動してどこかで暴れてるわ」
「せ、扇動して……? 僕が言うのもなんですが、ティアさんってそんなことする人でしたっけ?」
ミフネアの言うことも尤もだ。だけど彼女は「思い立ったが吉日」とでも言わんばかりの行動力を持っている。魔女に唆されて思い付いた、というだけでも大きな行動を起こす可能性は大いにある。
しかし、その行動で何が得られるのかしら。それだけが未だにわからない。そして、それがわかったとしたら私は一体どうするのか。それさえもまだわからない。
「そうねえ……。貴方のティアに対するイメージって?」
「そ、それは……何にも縛られずに自由で、強くて凄くかわ……カッコよくて」
「ああ、うん。そこまででいいわよ」
これ以上喋らすとそのうち『好きなんです』とか出てきそうだわ。彼が好きなのは知ってるけど、改めて聞くつもりもない。ティアが付き合うとか結婚とか絶対まだ早いもの。
「あの娘は自由過ぎるのよ。自由にさせすぎたとも言えるけど。そのせいで、行動を起こす時は早いわ。ほら。以前貴方の家を奪還した時みたいにね」
「あ、あー……。あの時はお世話になりました」
「お礼は昔聞いたから。……ほんと、我が妹ながら、恐ろしいほどに行動力が凄いのよね」
せめて彼女の目的さえわかれば。もしくは目指す場所さえわかれば、先回りすることができるかもしれない。ただこのまま地道に探して、あの娘の目的が達成されればどうなるのかしら。……そうなったらもう、手遅れだったりするのか。
「──そう。やはりあの吸血鬼は貴女の妹なのね」
それは妖艶で美しい声。ただそれ以上にどことなく……危険を感じるほど不気味な感じ。
聞き慣れない声に思わず距離を置く。私以外のみんなも、突然のことに驚きを隠せないらしい。それもわかる。だって、今の今まで気配を感じなかった。これだけの妖力をすぐ後ろに近付かれるまで気付かないわけないのに。
「何者? 普通の人じゃないよね」
フランもパチェも警戒してか、いつでも攻撃できるようにと準備しているのがわかる。
「失礼。驚かせてしまいましたわ」
ただ相手はそんなこともお構い無しに落ち着いた表情で話している。ただその顔は何故か私でも気味が悪くなる。
「まず自己紹介を。私の名前は八雲紫。この幻想郷に住む妖怪の1人ですわ」
金色の長い髪を持つ少女は、金色に輝く怪しげな眼で私を見つめる。
「貴女の妹のことでお話がありましてね。ここで話すのもなんですから、貴女の館で話しましょう?」
「……ティアを知っているの?」
「ええ。もちろんですわ。あなた方もご存知かもしれませんが、幻想郷では現在吸血鬼達が妖怪を襲うという異変が起きています」
「……えっ? 吸血鬼が?」
まるで「初めて知った」みたいな反応をしてしまったが、ミフネアが襲われてた状況を考えるとその話は嘘ではないだろう。……そうなると、誰がそうさせているのかという話に繋がるけど。
「その顔……どうやら思い当たる節はあるようですね。ええ、お察しの通りですわ。貴女の妹──ティアと呼ばれる吸血鬼。此度の異変はその娘が元凶です」
「じゃあ貴女は……」
フランから殺意を感じた。尋常じゃないほどの敵意。ただ1つの言葉で、私の妹はこの妖怪に無理な戦いを挑む。……その時はきっと、私も同じように戦いを挑んでいるけど。
「ご安心を。あの娘に危害を加えるつもりはありませんわ」
「それじゃあ一体……」
「この続きは貴女の館で。その時に、そのお話も含めて説明しましょう」
クスリと笑みを浮かべる紫と名乗る少女。その表情に返すように頷くも、私は最後まで不信感を拭えなかった────