──Hamartia Scarlet──
「ウロ。まだ着かないの?」
「時間はいっぱいある。無理して急がない」
この山はとても広い。見つかることを恐れて森の陰を移動してるせいもあって、月が見えないから時間の流れもわからない。
「……ティア。何か近付いてる」
「うん? ……ほんとだ」
その声に一度立ち止まる。耳を澄ますと聞こえてくる茂みの揺れる音。音を聞く限り、ウロの言った通りこっちに向かって来てるみたい。
「ここの人かな?」
「かもね。やり過ごせそうならやり過ごそう。ティア、こっちに来て」
ウロは私の手を引っ張って、近くの茂みに身を潜めた。私が勝手な行動をしないようになのか、隠れたあとも私の手を離さない。子どもじゃないのにね。でも手を握られてるのは大切にされてる、って気がして嬉しいからいいや。
「……近い。ティア、静かにね」
音に集中するウロの邪魔をしないように口を塞いで頷く。でも思うんだよね。いちいち注意する必要ないよねって。子どもじゃあるまいし。
「──あれ?」
「うん? どうしたの?」
茂みをかき分け、ウロが見てる方に目を向ける。そこに居たのは──
「てぃあ!」
「わっ!? えっ、スィスィア!?」
視界いっぱいに広がる黒い髪と、私を包み込む柔らかい感触と、締め上げられるような硬い尻尾の感触。私が反応するよりも早くスィスィアが私を抱きしめてた。
「てぃあいたー」
「うん。居るよぉ」
甘えて頬擦りするスィスィアが可愛くて。思わずその黒い髪を撫でて感触を堪能する。
「どうやって付けてきたの? というかティア。全員操作してるものと思ってたけど」
「てぃあの匂い辿った!」
「そ、そう。凄い特技だ……」
呆れた様子で返すウロと元気いっぱいなスィスィア。対照的な2人を見てるといつもの風景を見てるようで思わず笑っちゃいそう。
「スィスィアは操る前から友達だから。操るなんてしないよ。それにスィスィア
「うん? うん!」
「……なんの夢かわかってないみたいだけど?」
ウロの言葉に反応して、目の前の少女が頬を膨らませる。どうやらその言葉が気に入らなかったみたい。
「アタシはてぃあの味方! てぃあの夢なら手伝う!」
「えへへ。嬉しいなぁ」
こうして私を好きでいてくれるスィスィアはとても可愛いと思う。可愛くて、思わずその場で食べちゃいそうになるほど。彼女の血は好きだし、竜の血が流れてるのもあって相性いいからね。
「そっか。……いいや。先を急ごう。スィスィアは付いてくるの?」
「てぃあと一緒がいい!」
「じゃあ一緒に行こうー」
ウロと2人旅だと思ってたけど、スィスィアも一緒ならもっと楽しくなる。ウロって移動中は口数少ないから面白くないんだよね。
「ところでティア。先行させた吸血鬼はどうなってる?」
「え? うーんと……」
あまりにも数が多いから、集中しないと全体を把握できないんだよね。そんなことを思いつつ探ってると見えてくる吸血鬼達の位置。……あれ思ったより近いや。
「この先、数分くらい飛んだ先にいるよ。うん? なんでだろ。止まってるや」
「その吸血鬼の状態まではわからない?」
「うーん……わかんないや」
操作するためのきっかけを創って入れただけだし、そんな難しいことまでは分からないんだよね。もうちょっと凝ればよかったなぁ。
「……全員止まってるなら事故が起きて動けなくなったか、みんな倒されたかのどっちかだ。きっと後者だから注意して」
「適当に襲わせてるからそれなりに強い妖怪相手じゃ倒せないんだよねぇ。どんな相手か楽しみ」
「たのしみー」
「わたしは楽しくない」
ウロに言われた通りに周りを警戒しながら進んでいくと、開けた場所に出た。周りは木々に覆われてるけど、もっと高いところから見たら一目瞭然の場所。そんな場所の中心に倒れてる吸血鬼達。見る限り気絶してるだけだし、危険な状態ではなさそう。
「ん。仲間しかいない?」
「いや……何かいる気配を感じる」
「んー……ここかな。
宙にルーンを描いて、気配を感じた場所へ光線を飛ばす。すると1つの影がすっと光を避けて広場に出てきた。
「あやややや。危ないですね。当たったらどうするつもりですか?」
黒く短い髪の上に小さな赤い帽子。手に持ってるのは扇子かな。形が少し違うけど。出で立ちは人間みたいだけど、耳が微妙に尖ってたり、妖力も感じる。美鈴みたいな人と姿が変わらない妖怪だね。初めて見る妖怪だ。いやそれよりも。
「当てるつもりでやったのに。凄いね、避けるなんて」
「ええ、遅かったもので」
それを言われると腹立つなぁ。別に本気じゃなかったけど、だからと言って遅いわけじゃないもん。ただ相手がそれ以上に速いだけで。これだけ速いと真っ直ぐ襲う相手は相性悪いだろうし、吸血鬼を倒したのはこの人で間違いなさそうだね。
「貴女は?」
「ただの天狗ですよ。そう言う貴女は吸血鬼ですね。容姿も一致しますし、間違いなさそうです」
どこからか紙を取り出し、眺める天狗という妖怪。私と見比べてるみたいだけど、どうしてだろう。
「まぁ、いいや。邪魔だから退いて?」
適当に怪我させたら退くでしょ。なんて軽い気持ちでルーン文字を綴り、無数の光線を浴びせる。
「お隣の2人も吸血鬼……というわけではなさそうですね。片方は人よりですね」
ただお喋りしながら軽やかに避ける天狗。まるで意に介さない姿に苛立ちが募る。
「むっ。ぜんっ……ぜん当たんない!」
おかしいな。
「ティア。無視して先に行く方が──」
「おっと。させませんよ」
扇子らしきものを掲げる天狗の姿が見えた。そして、それをこっちに向けて振り下ろす。
「ちっ……」
「ッ……なに!?」
次の瞬間、裂ける皮膚。血もほとんど出てないし、痛みもない。不思議な斬撃を喰らったみたいだ。何か飛ばしたんだろうけど、何も見えなかった。
「ティア、これ鎌鼬。風を使って足止めしようとしてる。面倒な相手だ」
「よくわかりましたね。先に通していいとは言われてないですから。それなりに邪魔はしますよ」
再び扇子を構える天狗。次に振った時には、天狗の方から風が吹き荒れる。
「あっ」
「うわっ!? っと、スィスィア、大丈夫!?」
「うん……!」
バランスを崩して危うく飛ばされそうになるスィスィアの腕を掴み、飛ばされないように地面に降り立つ。まるで嵐の中に居るみたい。真っ直ぐ飛ぶのも困難な移動しにくい風。厄介この上ない。
「ウロは──」
『大丈夫! 飛びにくいけど、翼なんて邪魔なものないわたしに風は関係ない!』
いつの間にか、白い竜の姿になったウロが宙に浮かんでた。数メートルほどの小さな竜が、流れに逆らって泳ぐ魚のように飛んでる。
「なんで竜!?」
「あやややや。これは驚きです! まさか……こんな時に龍を見る機会が来るとは」
突然の変化に相手も驚いてるじゃん。うん? 別のことで驚いてるのかな、あっちは。よくわかんないけど。
『ティア! 早いとこ勝負決めないと、天狗の仲間が集まってくる!』
「うん! じゃあ私も……」
「──何か秘策があるのかい?」
『ほら来た!』
いつからそこに居たかわからない。
「初めて会うね」
嵐の中、私達の後ろでその人は立ってた。
「だけど私はあんたの事をよく知ってるよ、ティア」
薄い茶色のロングヘアーに、動きやすそうな軽快な服装。私と同じ紅色の瞳で、頭から大きく生えた2本の奇妙な角。鎖の付いた変なアクセサリーを身に付けた奇妙なファッション。
「心の中では止められるとわかってても騒動を引き起こしたのは、できないことを諦めたいからだね」
私と同程度の身長しかない子どもみたいな娘だけど、不思議と威圧感がある。きっとそれは、その小さな身体に秘めた大きな力のせい。
「姉を好きと言いながら、何も言わないのは止められたくないから。本当は全部気付いてるのに。できないことを諦めたいくせに、止められるのを嫌ってるなんておかしな話だね。でも、矛盾を感じててもやめるつもりはないんだろう?」
「てぃあ、アタシに任せて!」
指を噛んで無理矢理血を流すスィスィア。風の中で飛び散った血は風に導かれるように後ろの少女に向かい──血は剥き出しの刃へと変わる。
「え……」
「あんたは認めたくないだけだ。姉に自分を否定されること。無理な願いもあるってこと。わざわざ思い出の品を身に付けてるのも、否定されてないって自分に言い聞かせたいだけだね」
刃は少女に当たるも、血が出ることはなかった。ただの拳の一振りで刃は地面に落ち、少女は平然と話を続けてた。
「文。ご苦労だったねぇ。あとは私に任せて帰っていいよ。上には私から言っておくさ。どうせこいつらは山に害を及ぼせるわけじゃないし、そのつもりもないんだしねぇ」
「ええ、はい。元々そういうお話でしたからね。私は大人しく帰りますよ。鬼の邪魔をしちゃあとが怖いですし」
風がピタリと止み、文と呼ばれた天狗は闇の中に消えてった。それにしても文天狗っておかしな名前。まぁ、いいや。今は新しく現れたこっちを優先。こっちも面倒な相手っぽいし。
「ところでさっきから何か言ってたけど、私は貴女のこと知らないんだけど」
「そうやって目を逸らす。悪いところだね。私は萃香。伊吹萃香。山の四天王の1人。ずっと見てきたよ。貴女がやってることをね」
「つまりストーカーだね」
監視されてたなんて気付かなかった。そんな気配も感じなかった。だけど、私のことは本当に知ってるみたい。何かの能力で気付かなかったのかな。
「興味を持ったからね。あんたの力に。ティア、私と勝負しようじゃないか。勝てば通してやるよ。負けたら一生ここで立ち往生だ。ああ、他の2人は好きにしな。興味がなければ山にとって害もない。先に行こうが帰ろうが、どっちでもいいよ」
手を振って「さっさと決めな」みたいな動きをする萃香。いかにも強者の余裕って感じがする。
『……ティア、わたしは先に行くよ。時間はあっても、これ以上邪魔が入ると予定が狂う』
「うん。いいよ。すぐ追い付くから」
『ん。頑張って、ティア。相手は鬼。幻想郷の中でも強力な種族の1つ。……本気でやんないと本当に死ぬよ』
その言葉を最後に、ウロは山の頂上を目指す。私には萃香が強いとか関係ない。なんだか腹が立つし絶対倒す。
「アタシはてぃあと一緒に戦う!」
「ふふん。ありがとうね、スィスィア。でも無茶はダメだよ」
本気じゃないと死ぬらしいけど、スィスィアには死んでほしくないから。無茶はしてほしくない。私が守ってあげないとね。
「じゃあ本気だね、最初から」
久しぶり。でも感覚は忘れてない。
「ああ。その姿だよ。私が見たかったものは」
全身に力が漲る。視界の端で白い鱗に覆われた自分の手が見える。……あれ、白い。確か大蛇と戦った時はほとんど赤い鱗だったはずなのに。
「……なんだい? 自分の身体がそうなるのは初めてじゃないだろ?」
「なんかいつもと違ってたから気になっただけ。気にしないで」
色なんてどうでもいいや。力はこっちに来たお陰で以前より遥かに上がってるみたいだし。
「じゃあ……勝負しよっか」
「おっと。持ってる力は全部使ってもらわないとね。オロチから奪ったものもあるだろ」
「……よく知ってるね。ってことは、あそこに居たの貴女なんだ」
「そういうことになるね」
ずっと泳がされてた気分。だけど関係ない。一瞬、目の前の世界が赤く染まった。それが消えると同時に、頭の中に突然湧いたイメージ。これは、萃香が見てる景色だ。初めて使うけど、2つの視点を見るというのは気持ち悪い感じがする。
「……へぇ。こんな感じになるんだねぇ」
以前私が受けた力に動じる様子は一切ない。あの時の私は普通じゃいられなかったのに。視界が半分消えるとか、普通はもっと慌てると思うだけどね。
「降参するなら今だよ。これ、知ってると思うけど未来見えるから」
「驕るなよ。吸血鬼風情が、我ら鬼に適うと思うな」
「そっくりそのまま返す。鬼が私達吸血鬼に勝てると思うな!」
萃香は勢いよく、飛び出した────