東方罪妹録   作:百合好きなmerrick

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86話「不羈奔放な百鬼夜行」

 ──Hamartia Scarlet──

 

「さぁ始めようか!」

 

 最初に行動を始めたのは萃香だった。真っ直ぐと。ただ避けることもできない速度で。

 

 私に迫り、その拳を向けた。

 

「いったぁ……!」

 

 なんとか受け止めるも手が痛い。思考が追い付かない。見える未来(イメージ)も早すぎるから対策を立てる暇もない。

 

「よく防いだね」

「てぃあに触るな!」

 

 未だ手首から流れる血を使って剥き出しの刃を創り──萃香へ向けるスィスィア。

 

「触れてほしくないなら守ったらどうだい?」

 

 その切っ先が触れることなく、空を切るのが視界の端で見えた。

 

「あんたの事もよく知っているわよ。ここに来てからずっとティアを探してたね。兄が止めても聞かずにさ。独りは怖いのね。自分に共感してくれる相手が居ないと不安なんだね」

「うるさい!」

 

 怒りを露わにして萃香に向かっていくスィスィア。

 

 今の間に。そう思って三本の矢を創り出す。

 

「でもそいつはあんたの事見てないよ。便利な道具としか見てない」

「──うるさい!」

 

 刃を素手で受け止め、力任せに握っただけでそれを折る。その時の彼女の口元は笑みで歪んでた。

 

「あんたは私に全く敵わない」

「きゃっ!」

 

 驚いた隙を付いて、萃香は彼女の首を掴む。暴れても気にしてないみたいで、そのまま徐々に力を強くしてるのが見えた。

 

「ティア、あんたも本気出さないと──」

「グシスナウタル」

 

 創り出した三本の矢は手から離れると萃香に向かって一直線。矢に合わせて私も萃香へと近付く。

 

「ふん。まだ舐めてるのかい?」

 

 スィスィアを投げ飛ばして「かかってこい」と言わんばかりに私を睨みつける。

 

 スィスィアを盾にしないのはきっとプライドが許せないからだね。お陰で気が散らない。

 

「舐めてないけど私のスィスィアをぞんざいに扱わないで」

 

 スィスィアはその場で蹲って咳をしてるけど、特に問題はなさそう。だけど、私のモノ以外が私のモノに手を出されると凄く腹が立つ。

 

「言うねぇ。だけどしてほしくないなら止めないと……ね?」

 

 矢は三方向から囲むように直進したけど、萃香は難なく全てを掴み取る。視界が半減してるのに。

 

 ──まぁ、知ってたけど。

 

「それにこんなもので──わっ!?」

 

 矢が音を立てて破裂する。その瞬間を狙って宙で身体を捻り、自分の尾を彼女へと叩き付けた。

 

「ごほっ。……小細工なんか効かないってわからないのかい?」

 

 私の尻尾を素手で掴む萃香。でもその拳は血で滲んでる。きっと棘の付いた私の尻尾を無理矢理受け止めたから。でもそれよりも……鞭みたいに鋭い一撃でも、その程度しか傷つかないなんて。とても頑丈だね。

 

「小細工相手に血が出てるみたいだけど?」

 

 少し意外だった。だけど不安は見せない。そう思って挑発的に笑って見せる。

 

「こんな程度で喜ぶあんたじゃないだろ? じゃ……ほーらー、よっ!」

「うわっ!?」

 

 ブンブン振り回されて、気付けば私は木にぶつかって倒れてた。傷はすぐ治るけど、頭とか背中とかなんかガンガンするような痛みが……。

 

「あっ」

「休憩してる暇はないよ」

 

 見えた未来のお陰で一瞬早く、迫ってた萃香の蹴りを避ける。

 

「危なっ……いねっ!」

「おっと」

 

 追撃が来る前に避けた勢いで尾を振るも、萃香は余裕の笑みを浮かべて受け止めてた。

 

「使い慣れてる感じがするね。それって元々あんたには付いてないよね?」

「私のモノだからね。私の思うままに動いてくれるの」

「へぇ。だけどこのまま掴まれてちゃ、また投げ飛ばされるんじゃないか?」

「やってみたら?」

 

 その言葉が引き金となった。再び投げ飛ばされたらしく、景色が滅茶苦茶に。

 

「っ……と」

 

 でも言ったらこうなるってわかってた。空中で受け身をとって体勢を立て直す。

 

「ティア! 受けてみな!」

 

 正面に向き直った直後、萃香は地面を思いっ切り殴ってた。そして見えた未来の私。

 

「危なっ!?」

 

 地面がいきなり盛り上がって、槍のような形状となって襲いかかる。未来を見たお陰で危うく当たるところを避けれた。

 

「アハハハハ! 面白いねぇ!」

「むぅ。ルイン!」

 

 咄嗟に槍を創って──それに描くルーン文字。萃香目掛けて力いっぱい投げ付ける。

 

「雲集霧散!」

 

 萃香が手を払うと突然現れる霧の壁。ルインは壁にぶつかって破裂するも、霧に阻まれて萃香には届かない。

 

太陽(シゲル)プラス宿命(ウィルド)!」

 

 続けざまに光線を放って初めて霧が散って跡形もなく消え去った。

 

「はぁっ!」

 

 消えた壁の向こうから、赤い拳を握った萃香。

 

「──っ」

 

 危険を感じて手を前に出した刹那──萃香が放った拳は炎となって私に襲いかかる。

 

 ただ酷い火傷を負ったけど、手を先に出して吸収したこともあって、傷はすぐに治る。

 

「熱っ! ほら、返すよ!」

 

 熱を吸収して萃香がやったように殴って炎を放った。

 

 ただ萃香には効いてないようで、炎をものともせず真っ直ぐ向かってきてる。……ただ視界は一瞬遮れた。

 

「そんなこともできるんだねぇ!」

「お返し!」

「ん?」

 

 萃香の背後から、小さなナイフを手に襲うスィスィア。視界を遮った甲斐あって、ナイフは萃香の腕に刺さるも頑丈な身体に刃は通らない。

 

「スィスィア! 抑えてて!」

「うん!」

 

 私の声を聞いた彼女は萃香に刺したナイフを抜き──萃香に手のひらを向けて、向けた手にナイフを突き立てた。

 

「おぉ! 思い切りがいいね!」

「うるさい! てぃあ、今のうち!」

 

 萃香の浴びた返り血が鎖に変化して、萃香を拘束する。

 

 一瞬しかできないことは百も承知。でもちょっとだけでも時間が稼げるなら。

 

「やぁっ!」

 

 爪が萃香の背中に触れ──すり抜けた。

 

「見えただろ? 効かないのも」

 

 萃香の身体が霧みたいになって、私の腕は彼女の霧の中で留まった。

 

「うん。だけどこれでいいの!」

 

 萃香の霧を吸い取る。全部は無理みたいだけど、触れた部分だけなら吸い取れる。

 

「おっとっと。そういやそんなことできたんだね」

 

 すぐに距離を置かれたけど、ちょっとだけでも奪えたら私のモノ。彼女の能力もわかったし、少量でも今の私ならずっと同じ力を使える。ただ循環性を使うには少なすぎて、相手の能力を完全には奪えてない。

 

「油断してる!」

 

 距離を置いた萃香を追ったスィスィアは血塗れた手で萃香の胸ぐらを掴む。

 

「──スィスィア!」

「きえて!」

「おっと」

()()()()()!」

 

 見えた未来を止める暇もなく──

 

「ぅあ!?」

「っ──!」

 

 ──スィスィアの腕が破裂した。破裂した腕からは純粋なエネルギーの塊が弾け、爆発する。

 

 至近距離に居たスィスィアも萃香も同じように吹き飛ばされた。

 

「スィスィア!」

 

 慌ててスィスィアに駆け寄ると、その半身は焼け爛れたみたいな傷を負ってて。急いで循環性を使って身体を元通りに巻き戻していく,

 

「スィスィアのバカ! なんでやったの!」

「うん……? てぃあの役に……立ちたくて……」

「もう! ……ううん。もう寝てて。あとは私がやるから」

 

 また同じことを繰り返しそうだから。傷だけは治して、スィスィアをそのまま寝かせる。大切な私のモノなんだから、綺麗なままでいてほしい。幾らでも治せるとは言っても、傷付いた姿はあんまり見たくない。

 

「スィスィア、ゆっくり寝ててね」

 

 寝てる彼女に口付けして。立ち上がって、飛ばされた萃香の方に向き直る。

 

「凄いねぇ。広範囲のエネルギー弾かな。確かに霧相手でもそれごと吹き飛ばせば怪我は負うよ。血を物体に変えるだけと思ってたけど、そんなものにも変えれるんだねぇ」

 

 ずっと未来が見えてたから気絶すらしてないのは知ってた。だけど、その姿にはちょっとだけ驚かされる。

 

 萃香は少し怪我をした程度で、スィスィアと違って致命傷じゃない。傷を負ってないも同然の姿をしてる。……服は大ダメージを負ってるけど、まぁ大丈夫……そうだね。ってか気にしてないや。

 

「……スィスィアは体内でも体外でも、体液ならなんでも変えれるから」

「ちょっと見直したね。あんた程じゃないけど、私を驚かせてくれた。この異変が終わったらちょいと褒美でもやろうかね」

「萃香。大蛇と戦ってたのを見てるなら知ってるよね。ちょっと本気で怒ったから、攻撃はもう届かないよ」

 

 大蛇と戦ったのを見てたのが彼女ならきっと知ってる権能──循環性。使えば時間は巻き戻って繰り返される。つまりは攻撃が一生届かない。

 

 権能は使うと集中力が大きく削られるから、龍神に会うまではあまり使いたくはなかったんだけどね。

 

「私に怒るのはお門違いだと思うけどね。やったのはそこの娘だよ」

「知ってる。だからこれは八つ当たり!」

 

 これ以上の小細工は無し。萃香に真っ直ぐ向かう。

 

「いっちょ試してみるかね!」

 

 対する萃香は地面を踏みつけ、周囲に衝撃を走らせる。ただその衝撃が私に向かうことはなくて。

 

 来る寸前で時間が巻き戻って衝撃波はその場に留まる。やがて近付けば、衝撃波は生まれる前に戻って消えた。

 

「これはどうかな!」

 

 続けて手を上に伸ばす。その手の上には周囲の石や土が集まり──1つの大きな岩となる。

 

「喰らいな!」

 

 岩は真っ直ぐ落ちてくるけど、私に当たる直前で萃香の上に戻る。近付けば近付くほど、岩は元通りの石へと戻っていく。

 

「無駄だよ!」

「くっ」

 

 飛んだ勢いを利用して萃香を蹴りつけ、ぶっ飛ばす。尻尾を掴まれて振り回された私のように、萃香は木にぶつかって倒れ込む。

 

「いったいねぇ……おっ」

「これはスィスィアの分!」

 

 暇を与えず、木にもたれ掛かる萃香の顔目掛けて拳を振るう。

 

「ぐっ……! やるじゃないか」

 

 その時初めてまともに血を吐いた。口から流れる血を拭い、私を睨みつける萃香。その姿を見てると……やっぱり可愛く見える。

 

「そのまま眠っちゃってもいいんだよっ!」

 

 間髪入れずに爪を露わにして殴り付ける。このままいっぱい血を流させて──

 

「くっ」

「うぐっ!?」

 

 痛い。何が起きたか一瞬わかんなかった。気付いたら腹部に鈍い痛みがあって。それが萃香の拳を受けたからと気付くのに時間はかからなかった。

 

「見て気付いたよ。それ、自分が攻撃する時は使えないんだろ?」

「へ、へぇ……。よくわかったね?」

 

 距離を取って少しだけ様子を見る。傷は無くても痛みは続いてる。だけど萃香もお腹から出血してるのが見える。狙いが多少ズレたけど、しっかりダメージは入ってる。

 

「でも気付いたところで意味無いよ。私が攻撃するまで、貴女もできないんだから」

「相打ち覚悟ならあんたに攻撃は通るんだろ? それなら充分さ!」

 

 先に行動に移したのは萃香。再び赤くなった拳のまま私に向かってくる。

 

 先に攻撃を使わせれば、私は攻撃を受けずに萃香を傷付けれる。

 

太陽(シゲル)!」

 

 そう思って光線で牽制しつつ、萃香に向かっていく。

 

「効かないねぇ!」

 

 光線は萃香に当たっても弾かれる。怪我をする様子もない。

 

「はぁっ」

 

 地面に手を置き、前に回転すると同時に萃香に向けて尻尾を振り下ろす。

 

「喰らいな!」

 

 萃香はタイミングを合わせて拳を振るい、拳からは炎が吹き荒れる。

 

「おや」

 

 ──萃香の炎は届かない。代わりに私の尻尾も届くことはない。

 

 繰り返す時間の幅を変えながら繰り返すうちに、彼女と私の攻撃の時間に差が生まれ始め、それが段々と大きくなる。

 

「無駄!」

「くっ!?」

 

 やがて炎が届くより早く私の尻尾が萃香の肩に直撃し、炎が見えるよりも早く私は萃香を叩いた勢いを使って距離を離す。

 

「巻き戻す時間も私の思うまま! これで……っ。というかもういい加減倒れてくれないかな!?」

「やだね! あんたが先に倒れるって言うなら考えるけども」

「誰が負けるもんか!」

 

 長時間じゃなくても考えることが多すぎて。どんどん集中力が削られてく。もはや未来を見るのと権能を使うのを並列処理できなくて、大蛇の魔眼はただの視界を奪う能力になってる。

 

「これでも喰らいな!」

 

 萃香が地面を叩いたら、地面から突然出てくる霊魂みたいな弾幕。循環性を使って受けないように巻き戻し続ける。

 

「あとこれも──鬼神燐火術!」

 

 萃香がどこからともなく取り出した紫色の瓢箪を飲んだかと思えば、口から青白い炎を吹き出した。それらは素早く私に向かって飛んでくる。それも、同じように循環性を使って時間を戻していく。

 

 相手の力が強いのもあって、こっちも加減できない。──そろそろヤバい。

 

「さぁ最後だよ!」

 

 私の心配を嗅ぎとったのか、萃香は両手を広げ、周囲の熱を自分の上へと集めていく。できた熱の塊は大きく、ここまで熱を感じるほど。

 

「──太陽(シゲル)プラス宿命(ウィルド)っ!」

 

 集中力とともに循環性が解ける未来が見えて。それならばと周囲の弾幕を循環性で極限まで戻した後──光線を大きな熱の塊へ向けて放った。

 

「うわっ」

 

 光が熱を貫いた瞬間に光が爆発し、そして吹く熱い風。

 

「やっぱり使い慣れてると言っても借り物の力だね」

「──っ!」

 

 反応できず、萃香が私の首を掴み──地面に叩き付けられる。

 

「このまま倒れな!」

 

 私を掴む腕が熱い。そんなことを考えてる間に、身体が宙に浮く。萃香が私を掴んだまま宙に浮いたらしい。

 

「やぁっ!」

「いっ……!」

 

 再び地面へと落とされる。全身を激痛が襲う。しかし萃香はまだ私を掴んだまま。

 

「やば……!」

 

 なんとかしないとヤバい。そう察したのもつかの間。

 

「このまま落ちな!」

 

 萃香は私を持ち上げたまま空高く飛び──急降下していく。

 

「この……っ!」

 

 なんとか抵抗しようと思った。それで目に付いたのが無防備な首筋だったから。

 

「っ……!?」

 

 敢えて抱き着いて距離を縮め──その首筋に噛み付いた。萃香の顔は見えないけど、手に力が入ったのがわかった。

 

「い、今更何しようが……遅いね!」

「うっ……がはぁ……!」

 

 強烈な熱と痛みが身体中を襲った。大きく息を吸うと、萃香から牙が、腕が離れる。傷が即座に治っていくのを感じるけど、痛みも熱も引かない。

 

「っ……はぁ。まさか空中で噛んでくるなんてね。吸血鬼は考えることが恐ろしいんだね」

 

 萃香は憎々しげに私を見つめていた。その首からは血が流れ出て、手で抑えているのが見える。

 

「……吸血鬼だよ。吸血するのは当たり前」

「そうかい。……どうやらそろそろ終わりそうだね」

 

 私が立ち上がると、萃香は抑えるのをやめて構える。鬼も再生するのは早いみたいだけど、体力も血も限りがあるから、そろそろ限界が近いみたい。

 

「そろそろヤバいんじゃないかい?」

「萃香も……立て続けに攻撃して疲れてるんじゃない?」

「そう言うあんたこそ……フラフラじゃないか。能力が解けて視界も元通りになってるみたいだけど?」

「最後だし解いてあげたの!」

 

 いつの間に解けたんだろ。でも、正直見る気は起きない。自分とは別の視点で未来を見るのって意外と疲れるし。どうせもう、私も相手も小細工とかできないから。

 

「じゃ、最後はとっておきだね」

「とっておき、ね。いいよ。受けて立つ」

 

 あとは全力で、自分の全てをぶつけるだけ。権能も能力も全部純粋な力に変えてぶつける。きっと萃香もそれを望んでるから。

 

「四天王奥義」

「えっ」

 

 大きくなった。萃香が突然、私よりも大きくなった。

 

 いや、わかってる。これは萃香の能力。ってかこれどこまで大きく……。

 

「ティア! しっかり受け止めなよ!」

「ぁ──うっ」

 

 それは不意にやってくる。一撃目の拳を受けた私の身体は宙に浮く。

 

 ただの拳が、かなり効いた。萃香も全力を出してるとよくわかる。

 

「二歩目!」

 

 宙に浮いた私の身体を、一撃目より大きくなった萃香が上空へと叩き上げる二撃目。空高く打ち上がった私を、萃香は身体を大きくしながら射程圏内に収める。

 

 なんとなくわかった。さっきと同じように、これは三発目が本命。それならばと。身体が痛むのを無視して、私は自分の中の能力へ集中する。

 

 ──萃香に勝つために。

 

「これが正真正銘の最後の技さ! ── 三歩(さんぽ)壊廃(かいはい)!」

 

 三撃目。二撃目よりもさらに大きくなった萃香が、熱の篭った拳で、上空で避けようのない私に向かって放つ。

 

「──私もこれが最後!」

 

 身体を捻り、萃香へと拳を向ける。

 

「力で私に勝てると思うな!」

()()()()

 

 吸血したのは攻撃のためじゃない。吸血した血を使って、鬼の力を解放する。同時に権能の完全性によって強化した萃香の能力『萃める力』で自分の拳に力を集める。

 

「へぇ! それだけで敵うとでも──」

「彼女の分があれば超える!」

 

 ──そしてスィスィアから借りた『体液を物質やエネルギーに変換する力』を使って。

 

「っ──!?」

 

 私と萃香の拳がぶつかった瞬間。生半可じゃない衝撃が起きた。熱が広がり、エネルギーが弾けて。私も彼女も飛ばされる。

 

 地面に倒れる吸血鬼達がゴロゴロと転がっていくのが。木々が大きく揺れるのが。空気が異常に振動するのが。五感で感じ取れた。

 

 ただそれも全部一瞬の出来事。

 

「……ふぅ」

 

 衝撃が収まったあと、私は空中に浮かんでた。殴った右腕は無くなってたけど、右腕全部の血液を力に変換したんだから仕方ない。ただ権能の力もあってすぐに元通り。……服までは元通りにいかないけど、これはあとで時間巻き戻して戻しておこう。

 

「さて……」

 

 辺りをキョロキョロ見渡して。地面に横たわる萃香を見つけて近付く。

 

 ボロボロなのは見てわかるけど、致命傷になるような傷は負ってない。改めて頑丈な身体だなぁ、って思う。私なんてすぐ怪我するのに。まぁ、すぐ治るんだけどね。

 

「いやぁ……驚いたね。いきなり額に角が生えたかと思うと、右腕が爆発したよね?」

「角は多分萃香の力吸収したから。爆発はさっきスィスィアがやったエネルギーの放出。あれを私の力で使ったの」

「はは……なるほどね。あいつが退場したあの時に吸収してたのか」

「うん」

 

 空を見上げる萃香に戦う意思は感じられない。だけど念の為。

 

「私の勝ちでいい?」

「ああ。今回は譲ってあげるよ」

「そっか。はぁ……」

 

 頷く萃香を見て安心したせいか息が漏れる。久しぶりに本気で戦ったこともあって、結構手こずった。こっちに来て初戦がこれとか、幻想郷のレベルの高さが恐ろしい。

 

「なんだい? まだやりたかったのかい?」

「元気ならね。もう集中力残ってないからまた今度。……ふぅ、スィスィア。ゆっくり休んでね」

 

 横になって眠るスィスィアの髪を撫で、ウロが向かった先に目を向ける。

 

「萃香。スィスィアと、他の吸血鬼のこともよろしく」

「負けたからそれくらいはいいけど……他の吸血鬼ってこいつら以外もかい?」

「できるならお願い。……そういえば私のこと監視してたんだよね。その力使って、他の子ってどうなってるかわかる?」

「できないね。そんな便利なものじゃないよ」

 

 私にバレずに監視し続けるだけでも充分便利だと思うけどね。能力的に、霧になって様子を見てたんだろうけど。

 

「でも、そうだね。最初は勝てても、次第に押され始めると思うよ。鬼は私だけじゃないからねぇ。ただ安心しな。きっと死ぬことはないよ。操られてても、運が良ければ私とあんたみたいになるんじゃないかなぁ」

 

 最後の言葉で安心できた。けど、私的にそれ以上に気になるのは。

 

「他にも居るんだ。萃香みたいな人じゃなければいいなぁ」

「そんなに気に入ってくれたなんて嬉しいね」

「違うから」

 

 やっぱり萃香と話してると調子が狂う。ウロも待たせてるだろうし、早く行こう。

 

「もう行くのかい?」

「うん。ウロが先に行ったから。追い付かないと」

 

 戦いが終わった今、私は先を急がないと。

 

「あんたの夢は叶わないとしても?」

「……どうしてそんなこと言うの?」

 

 疲労が溜まってるせいで、元気を見せる余裕が無い。

 

「本当のことだからさ」

「なに? また喧嘩する?」

「やりたくないんじゃなかったっけ?」

 

 倒れながらも萃香は挑発的な目で私を見てる。気に食わない……けど怒る気にもならない。

 

「……食えないヤツ」

「それを言う相手は間違ってるね」

「美味しそうというか、美味しいのに食べたくない人なんて初めてだよ」

「私もそうやって判断する奴は初めてだね」

 

 こういう相手ほどいつもなら食欲が湧くんだけどね。ただでは食べられてくれなさそうで。でも、今は食欲すら湧かない。歩くのもヘトヘトなくらい、疲れてる。怪我はなくても気力とか精神力とか。そういうのが足りない。

 

「私は負けたからねぇ。もう傍観しておくよ。ただ夢は叶わないとだけは言っておくよ」

「あっそ。じゃあスィスィア達お願いね」

 

 話してると嫌になるから。急ぎ足で私はその場を去ろうとする。今の元気じゃ、早足にもなんないけど。

 

「ティア。この異変が終わったらまた遊ぼうねー。次は決闘以外の遊びでもいいからさぁ」

 

 背後から聞こえる陽気な声に手を振って答え、私は山の上を目指した────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──Ouroboros──

 

 雲の上のさらに上。龍の住処があるという。実際に見たことはないし、聞いただけの記憶。

 

 薄れる記憶の断片を頼りに、雲を抜けるも、雲の先には雲が広がるだけ。

 

『もっと上か……』

 

 ティアに話した竜宮の使いにも会えないまま天界も、雲を通り過ぎてしまった。これだけ広いと探す気力も湧かず、結局わたしは龍の世界を目指して飛び続けてた。

 

 龍の姿で向かえば、何かしらの反応は来ると思ってたけど、考えが甘かったらしい。未だに反応どころか、天界を超えてからは誰も見てない。

 

『龍神……どこ居るの』

 

 小さな呟きも空の中では意味を成さず。別の手段を考えた方がいいかな。なんて思った時だった。

 

「ウロボロス。何しに来た?」

 

 目の前に現れた小さな少女。一見するとただの人間なのに、不思議とその存在を確信する。魅入ってしまうほど美しく透き通った銀色の髪は、相手を魅了するためにあるんじゃないか、って思うほど手入れが行き届いてて。一目見て、やっぱりティアには会わせない方がいいな、って思った。

 

 わたしは知らないけど、この少女の記憶はある。繰り返してきた人生の中、彼女は見たことがあった。

 

『初めまして、龍神様。今日はお願いがあって来ました。同族の(よしみ)でお願いしていいですか?』

「馴れ馴れしい。願いは何?」

 

 辛辣に返すも表情の変わらない龍神は、静かに私の願いを聞いた────

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