東方罪妹録   作:百合好きなmerrick

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87話「不遜な偽善者」

 ──Ouroboros──

 

「願いは何?」

 

 上下関係をハッキリさせるためか、常にわたしよりも上に飛び続ける姿は威圧的。しかし、わたしのお願いを聞いてくれるくらいには寛容で。ただ朧気な眼でわたしを見つめる姿はどこか興味無さげで鷹揚にも見える。矛盾しそうでしてない立ち振る舞いは、長い年月を生きたことで築き上げたものかもしれない。

 

『とりあえず──』

「待って。その姿は気に食わない。人に戻ろう」

『……はい』

 

 相手は幻想郷の最高神。破壊も創造もお手の物。龍神の言葉は全て『お願い』じゃなくて『命令』。従わなければきっと──すぐに死ぬ。

 

「これでいいですか?」

 

 龍神に会うならこっちの方がいいと思ったんだけど。どうやらお気に召さなかったらしい。仲間意識よりも「真似されて腹立つ」って感情の方が勝ったようだ。

 

「うん。これで同じ」

 

 え。『同じ』? ……よくわからないけど、予想は外れたみたいだ。

 

「あと言葉遣いも気に入らない。変に取り繕ってるように見える。(わたくし)はいつも通りの方が見てて面白い」

「……う、うん」

 

 どうやら自分にとって快か不快かで決めてるらしい。でも相手の顔が全く変化しないから、表情から何も読み取れない。これ言葉間違うとわたし死ぬかな。難しい。今のうちに先に死んだらごめんって謝っておこう。

 

「ところで今回あなた達がやった異変──」

「やったのはティアでわたしじゃないです」

「言葉」

「…………わたしじゃない」

 

 やりづらい。注意されるだけでもヒヤヒヤする。

 

「うん。やっぱり最初からそうするつもりだった?」

「それは……ティアのこと?」

 

 聞かなくてもわかるけど。間違えたら大変だから。

 

「そう。私に会っても夢は叶わないのに唆して、力も全部渡して、混乱を引き起こして。あなただけがここに辿り着くようにした」

「……間違ってない。わたしはわたしが帰れるなら、どうでもよかったから」

 

 あの娘が力を持ってから。わたしが少しでも帰りやすくなるように。

 

「でも不思議。私は他人の心まではわからないから言うけど、それにしては行動がおかしい」

「何が?」

 

 龍神の朧気な眼はじっとわたしを見つめてた。全てを見透かしてそうなのに、心は読めないというのだから驚きだ。

 

「わざわざ混乱を起こす必要はない。あなたは私に会うのが目的なら、ただひたすら真っ直ぐ山を超えればいい」

「天狗がいたから、そう簡単に山を通れなくて」

「問題ない。だって、私にさえ着けば終わりなんだから」

 

 龍神の言う通り、彼女にさえ会えれば終わりだった。だけどあまりにも不確定要素が多かったから。より確実に行きたくて。

 

「叶わないことを唆すなんて、ただの嫌がらせ」

「……ティアも気付いてる。夢が叶わないことくらい。みんなが自分の夢を止めようとするくらい。ただ認めたくないだけで」

 

 最後にティアに会った時確信した。ティアは紅魔館を足止めするなんて言いつつ、夢には賛同してくれるなんて矛盾したことを言ってたから。だからきっと、彼女は気付いてる。自分のことはもちろん。

 

 ──きっと、わたしのことも。

 

「認めたくないのはあなたも同じ?」

 

 グイッと近付く龍神の顔が、手が触れるほどに近くなる。

 

「時折彼女を疎かにしてたのは、どうして? って思ったけど、よく考えると今も同じ状況」

「今は萃香が通せんぼしたから、先に来ただけ」

 

 別に間違ったことは言ってない。

 

「でも雲の中に私の使いがいることしか話してない。きっと彼女はここに来ても雲の中を探して私を見つけれない」

「唆したことがバレたらわたし殺されるし、言うわけないよ」

「殺されると思ってるなら、鬼が邪魔するなんて小さな可能性にかける? 鬼が邪魔しなければ一緒に来てた。ただ、それならあなたはひっそりと上を目指した」

 

 龍神の瞳がわたしの顔を覗き込む。なのにわたしは動くことができず、目を逸らすことしかできない。

 

「その顔は殺されると思ってない。やっぱりただの嫌がらせ。あなたがあの吸血鬼の子に嫌がらせする理由は?」

 

 これは命令。言わなければ殺される。ただ、わたしは──

 

「……ふん。あの吸血鬼に嫉妬してる」

「さっき心はわからないって言ってなかった?」

 

 言い当てられたことで、反射的に言ってしまった。しかし、心を読むなんて。神様は言ったことに責任を持つだろうから、嘘はつかないと思ってたけど。

 

「言った。ただ私は創造神だから」

 

 雑に返された。便利な言葉だ。

 

「ふん。意外と寂しがり屋なんだ。ウロボロスは。だから誰かに会いたくて本なんて書いて。ご丁寧に自分の場所も添えて」

「なんで記憶読んでるの!? ってか、あの時のわたし独りの時間が長くて、どうかしてただけだからやめて」

 

 黒歴史を掘り返されてる気分。顔が熱くて、赤くなってるのが触らなくてもわかる。

 

「素っ気ない態度を取ってたけど、そう。本当に嬉しかったんだ。人に会ったのは何年ぶりだった? 魔女狩りから逃げた? そう。貴族だった。王に? うん、仕えたらまた別の未来があった」

「うるさい」

「ようやく本音」

 

 段々と相手が最高神だとかどうでもよくなってきた。なんでここまで来て過去のことを掘り返されてるんだわたし。

 

「あの子に嫌がらせするのは、吸血鬼の子があなたにとってそれ以上に想う人の血縁だったから。嫉妬心が膨れ上がったと」

「…………」

「どうして自分じゃないか? それは運命。悲しいこと」

 

 淡々と言葉を繋げる龍神。どことなく楽しんでるように見える。この人も独りだったから、話し相手ができて楽しんでるんじゃないだろうか。竜宮の使いとは事務的なことを話すくらいだろうし。

 

「嫉妬しながらも相手にされるのが嬉しくて。ついお願いされたことに応えようとした」

「そういうわけじゃない」

「何よりもあなたにとっては妹みたいな存在だった。ふん、そう」

「……思ってるだけで実際は違う。彼女に言ったことなんてない」

 

 手のかかる妹みたいとは思ってた。別に血縁があるわけじゃない。ただ純粋な頃のわたしを見てるようで。彼女を見てると、レミリアが重なるように見えて。ただわたしには……ティアを超える自信も。ティアを心の底から賞賛する真心も。……全部を話す勇気もなくて。

 

「ティアが嫌いなわけじゃない。……素直になれなかった。ティアはわたしを好きでいてくれたけど、それを返せるほどわたしは素直になれなかった」

「違う」

「むぐっ」

 

 話の途中で手で口を塞がれる。今間違いなく本心を話してるから違うことなんて……。

 

「私に言う意味がない。言う相手は他にいる」

「……うん」

 

 それもそうだ。暴露された流れで言っちゃったけど、これは……この答えは本人に伝えないと。……なんでわたし、心読まれたからって初対面の神様に言っちゃったんだろなぁ。

 

「ウロボロス。あなたの望みは? 結局聞いてない。待たせないで」

「え、えぇ……」

 

 突然の話題転換。それに結構理不尽なことを言われてる。ここまで来たらもう殺される心配はしてないけど。

 

「わたしとわたしの仲間を……元の世界に戻してほしい。それと、今回の異変だけど……」

「ウロボロス、勘違いしてる。妖怪の賢者達は私に永遠の平和を誓った。今それは脅かされてるわけじゃない。児戯の範囲。だから私は関与しない。問題を追求もしない」

 

 意外な返答。でもよく考えると当たり前な話で。龍神は博麗大結界を張った時を最後に姿を消したとか。それはおそらく、姿を見せる必要がなかったから。見せる気もなかったからなんだ。

 

「完全な調和が取れた世界に興味は無い。新しいモノが生まれないから。だからあの子の夢を叶えるつもりはない。変わらない人間は許しても、変化しない世界は要らない。目指すのは勝手。好きに目指して遊んでいい」

「……流石龍神様、と言うべき?」

「要らない」

 

 龍神にとって幻想郷の異変は日常と変わらない『なんの変哲もない一日』なのかもしれない。……創造神の考えることなんてわたしにわかるわけない。考えるだけ無駄か。

 

「あと気になった。あなたとあの子の最初の約束、覚えてる?」

「うん? ……うん、覚えてるけど」

 

 最初と言えば、きっとあの契約(約束)のこと。

 

 

 

『わたしの目標は死ぬまでに世界の真理を知り、東の国のある場所へ行くこと。それに協力するなら、不変の権能について教えてもいい』

 

『分かった。約束する。だから、ウロも約束守ってね』

 

 

 

 忘れるわけがない。ティアと最初に交した約束。だってあれは、悪魔との契約だから。忘れると大変なことになる。

 

「世界の真理、知ることができた?」

 

 意外な質問。わたしにとって、世界の真理を知るなんてついでだった。今まで繰り返し生きてきた意味が知りたかった。どうしてわたしはそんな運命に囚われてるのか知りたかった。それだけの事。答えが見つかるはずがないことも知ってた。答えがあるはずもないことも知ってた。

 

「今回も無理だった」

 

 だからわたしは、そう答えた。

 

「ふん、そう」

 

 龍神の表情からは何も読み取れない。何も変わらない表情だから。

 

「いい。お願いは聞いた。元よりこの世界にとっての不純物も混ざってるし許す。ただし異変が終わればあの子の権能は取り上げる。権能は吸血鬼の身に余るもの。これ以上の行使はバランスを崩す」

「……わかった」

「あなたの仲間は先に送る。あなたは責任を果たしたら送る」

「……うん」

 

 正直なところ──わたしはホッとしてた。あれだけ、嫉妬してたのに。……都合がいいと我ながらよく思う。ああ、そうだ。あれだけ聞いておかないと。

 

「1つだけいいかな」

「いい」

「ここまで聞いてくれたのはどうして?」

 

 単なる疑問。龍神にとってこの行動に意味は無いかもしれない。食事をとるくらいの当たり前な行動かもしれない。だけど、聞いておきたくて。

 

「あなたは同族の好。あの子は変化を与えてくれるから」

 

 返ってきた答えはこれまた不明なもので。これ以上の答えはくれそうにない。

 

「やっぱり龍神様の考えはよくわからないや」

「推し量れろうとするのが間違い。ウロボロス。あの子の異変はもう終わる。あなたが出る必要もなく。存分に見届けたら、またここに来るといい」

「わかった。……また、あとで」

 

 私が言葉を返した時には、目の前に居たはずの龍神は消えてた。何も無くなった雲の上で、わたしは静かに地上へ戻る────

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