──Remilia Scarlet──
「お姉様! 早く行こっ。絶対あれティアだから!」
「フラン! 慎重になりなさい!」
それは数分前のこと。山の奥から響いた衝撃音。ティアを見つけるため山を登ってた私達にとってそれは『疑念』が『確信』へ変わる瞬間だった。並の吸血鬼じゃ起こせないような力の表れ。それが並の吸血鬼じゃなくて、自分よりも強いティアだと気付くのは、それを知ってた私やフランだけじゃなくて。
「レミィ。あの音がした先。居るわよ、ティア」
魔法で捜索を続けてたパチェが気付き。
「うン……。ティアの気配確かにすル」
何かを感じ取ったスクリタが続いて気付き。
「ティアさんが、そこに……」
そして、周りの反応を見て確信したミフネアが気付いた。
「ほらやっぱりティアだって! 急がないと!」
「フーラーン! オネエサマが言ってるんだから待っテ!」
「スクリタはお姉様お姉様ばっかり!」
「2人とも落ち着きなさい」
喧嘩になりそうに2人を仲裁して。ここまで来ればティアなのは確定しても、遭遇の早さに少し驚いてる。私達が全速力で山を登ったとしても、ティアはそれよりも前に山を登ってるわけだし。例え戦闘が長引いてたとしても、終わったのは数分前。ティアの全速力を私達が追い付けるものだろうか。
「パチェ、ティアはどのくらいの速度で先を進んでるの?」
「せいぜい歩くくらいの速度ね。多分さっきの衝撃は誰かと戦ったわけだし、疲れてるんじゃないかしら」
「なるほどね。なら余裕で間に合いそうね」
それと同時に納得と心配。紫が間に合うと言ったのはこういうことだったのね、という納得。そして、ティアが大きな怪我を負ったのではないか、という心配。彼女は強いから死ぬ心配まではしてないけれど、速度が落ちてるのはきっと怪我を負ってその回復に力を使ってるから。
「ところであれ……下に誰か居ないかしら」
「ん?」
パチェの言葉でみんなが彼女の指す方向へと目を向ける。
「──えっ、スィスィア!?」
兄だからか、彼はすぐさまその正体に気が付いた。
一番最初に気付いたのは兄であるミフネア。止めるより早く一目散にスィスィアの居る地上へと向かってた。
「……降りましょうか。倒れてる同族を見捨てることはできないわ」
「わかったわ。どうやら他にも吸血鬼と……あれは誰かしら」
パチェの指差す方向には私達と変わらない程度の小さな少女。ティアと戦った相手なのか、その服はボロボロで。座り込んで、笑顔で私達に手を振っていた。
「スィスィア! 大丈夫ですか!?」
「安心しな。その娘は気絶してるだけだよ。傷はティアが治してたからね」
スィスィアに寄るミフネアを、角の生えた少女は気さくに答える。
「あんた達は知ってるよ。ティアの仲間だね。それとも家族って言った方がいい?」
周りを見れば激しい戦闘があったとわかる。周囲の木々は折れてるのもあって、開けたここも、所々地面が抉れたり、逆に盛り上がってたり。一体どんな戦い方をしたのやら。
「パチェ。他の吸血鬼達は大丈夫そう?」
「ええ。怪我はあるけど……命に関わるほどじゃないわね。ただ早く治してあげないとね……」
あの衝撃だ。怪我を負うくらいは想定してた。けど、よくもまあ無事に生きてるなと思う。ティアが戻したのか、それともただ単に運が良かったのか。
さて、ティアは急げば間に合う。この状況は気になるし、きっと戦った相手ならティアの情報も得られるはず。
「貴女は?」
「私の質問は無視かい。私は鬼の萃香。まぁ……この世界の住人だね」
「萃香って言うんだ。ねー、私の妹……知ってるみたいだけど、何があったの?」
フランが割り込んで萃香の前に立つ。両方に殺意は感じないけれど、フランの方はティアを傷付けた可能性があるからか敵意が少々漏れている。
相手に戦う意思は感じれないのだから、あからさまなことはしないでほしいのに。
「私は気持ちよく遊んでただけね。いやぁ……楽しかったね。あんなに楽しいのは久方ぶりだったねぇ」
「あの、何があったか、って質問に答えてほしいんだけど……」
どこか遠くを見ながら話す萃香。フランは困惑しながらも話を続ける。
「言ったじゃないか。ああ、具体的にね。ティアと戦って負けたから道を譲ったのよ。だから、次の止める役はあんた達だね。安心していいよ。飛べばすぐ追い付くだろうからね」
「ティアは無事なんだね?」
「ああ、そうだね。傷はすぐ治ってたよ。それで勝ったからって、私に吸血鬼の面倒見るように頼んで行っちまったね」
「そっか。……よかった」
小さく息を吐いて安堵するフラン。
萃香もそんな約束を律儀に守るなんて、義理堅い性格なのかしら。いえ、怪我して休んでただけかしら。
「レミィ。吸血鬼だけど……命に関わるわけじゃないけど、下手に動かせないし、もうしばらくは治療に専念しないといけないわ。だから、任せていいかしら」
親友の言葉。それは私の同族のために、自分を置いていけ、ということで。正直パチェが居るか居ないかでティアを止めれる確率も、心の余裕もかなり変わる。だけど、同族を放ってもおけない。
──パチェはきっと、私達を信頼してるからそんなことを言ったわけで。
「わかったわ。任せなさい」
「もう行くのかい? じゃあ私も行くとするね」
「あら。ここでこの子達を見てくれるんじゃなかったの?」
「私が任されたのはあんた達以外の吸血鬼だよ。こいつら以外にも居るから見て来ないとね」
ティアと戦ってまだ余力を残してそうな萃香が居るから、パチェを置いていっても安全だと思ったんだけど。
「レミィ。私は大丈夫だから早く行きなさい」
そんな心配に気付いたのか、パチェは手を振ってそう話す。パチェがそう言うなら、と思うも心配は拭えない。
「心配なら私からこの山の妖怪に言っておくよ。まぁ、大丈夫だとは思うけどねぇ」
紫色の瓢箪に口を付ける萃香。どうやらお酒が入ってるらしく、離れてても強烈な匂いが伝わってくる。
この世界の妖怪である萃香も大丈夫と言うなら、きっとそうなのね。
「お酒の匂い凄イ……。オネエサマ。大丈夫って言ってるし早く行コ」
「そうだね。あまりモタモタしてるとどんどん距離開いちゃう」
そして、2人の妹に急かされて。
「わかったわ。急ぎましょうか。パチェ、頼んだわよ。……ミフネアも来るならパチェに任せて来なさいよ」
「は、はい! ……パチュリーさん、妹をお願いしますっ」
ミフネアも付いてくることを選んで。……ティアが好かれてるのは、嬉しいような嫌なような。
「ええ。任せなさい。早く終わらせて、みんなで帰ってきなさいよ」
仲間の命を親友に託して。私達は先を急いだ。妹のために。私達のために。
「お姉様、あれ」
フランの声で気付く。山を登って、頂上近くの開けた場所に辿り着いた時。
今にも飛び立ちそうな、白い翼を広げる吸血鬼。白い翼に、白い尻尾。肌が見える部分はほぼ鱗に覆われて、まるでミフネアの妹のような姿。いつもと違う姿。
だけど、私には確信があって──間違えるはずのないその名前を口にする。
「ティア」
彼女は声に気付くと翼を閉じて、ゆっくりとこちらへ向き直る。そして、私達と目が合うと。
「──どうしたの? お姉様」
いつもと変わらない無垢な笑顔でそう言った。その顔は、同族を操ったり、操った吸血鬼で館を襲ったとは思えない。悪びれた素振りは見せず、普段通りに。
「私ね、これからやらなくちゃいけないことがあるの。だからね──邪魔しないで?」
今まで反発したことのない妹が。静かに闘争心を剥き出しにしていた。
どれだけ取り繕うとしても。表面上は敵対心を見せなくても。その心は私達が止めようとしてることを予感してるように感じた。
「ティア! ……この世界の妖怪とね、話をつけたのよ。私達はもうここで安全に暮らせるのよ。だから……戻ってきて、ティア」
「そっか。うん、安心して、お姉様。私ね。力を手に入れたんだ」
まるで聞いてない。適当に返して、自分の言いたいことを言う姿はいつも通りだけど。今回に限ってはそれが悲しく思えた。
「これからもっと強くなるよ。だからね、大丈夫。──もう誰も死なないよ」
その目は私をじっと捉えて。確信した。彼女の原動力は私がきっかけだと。私が死んだから、夢を願ったと。ただそれもただのきっかけに過ぎなくて。きっと彼女は、私が死んでも死ななくても、最終的にそれを望んで実行してただろうと。全人類の夢を。叶えることができない夢を。
「私が全部守ってあげる。もう苦しいことも悲しいことも起きないよ。だって……私が全部管理してあげるから。私が管理すれば、きっと誰も争わない平和な世界が来るよっ。お姉様もそんな世界になるのが夢なんでしょ?」
満面の笑みで告げる。不意に思い出すのは、父親の言葉。
──罪深き悪魔。
「ティア。後悔してほしくないの。だから戻ってきて」
「後悔なんてしないよ。……お姉様には言ってないっけ? 私ね、色んな力を持ってるの。それで不老不死も夢じゃないの。現に私は今、不老不死なんだよ。これをみんなに共有してもらってぇ……あっ。安心してね! 悪い人が不死にならないように、私が全部選んで管理してあげるから! だからね、安心してね? お姉様」
妹は、強欲に傲慢な願いを口にした。自分のことを心の底から信じてる、といった顔で。
「あれ。お姉様? どうしたの? どうして返事してくれないの?」
ずっと避けてたこと。ずっと思ってたこと。それを改めて実感する。今の関係が崩れるのが怖くても。妹に嫌われるのが恐ろしくても。私は彼女を……しっかり叱ってあげるべきだった。妹を。禁忌を犯した妹を……叱って、赦してあげることができなかった。だから、今こうなってる。
ティアが罪深いわけじゃない。私がティアを、そうしたんだ。と、私は今のティアを見てそう感じた。
「私を好きって言ってくれて。私をいつも信じてくれて。……どうして、今回も肯定してくれないの?」
全部見過ごして。全てを見なかったことにして。だから、ティアは今もいつも通り。悪びれないのも。ティアが自分を信じるのも。……私が今まで、姉らしいことをできなかったから。
「お姉様。……レミリアお姉様?」
「──今回ばかりはダメよ。不老不死になって、世界が滅びてもずっと生き続けて。そうなったら『生きてる』ってことしか残らない。ただ生き続けるだけの人形なんて。きっとその結果残るのは虚無や後悔。そんな未来を妹に体験してほしくない。……貴女に後悔してほしくないから、私は貴女を止めるわ。だから、帰ってきなさい。ティア」
「……イヤ。どうしていつもみたいに『わかった』って言ってくれないの。お姉ちゃんは? お姉ちゃんは……」
見るからに不機嫌な顔をして。縋るように、フランへと視線を向ける。
「夢のこと? 私はどうでもいいよ。不老不死なんて」
「どうでも……どうでも?」
「うん。どうでも。だから、ティアが不老不死になりたいって思うなら止めないし、私をそうしたいって言うなら、それもいいよ」
「フラン!?」
思わぬ答えに横で声を荒らげるスクリタ。ただフランは気にしてないみたいで。
「なら、お姉ちゃん──」
「でもね。ティアは私と一緒に居た日々って楽しくなかったのかな、って思うの」
「え?」
意外な答えが返ってきたティアは、少しだけ戸惑いがちに。
「た、楽しかったよ! お姉ちゃんと一緒に居た毎日が楽しいの。嬉しいの。だから、それを永遠にしたくて……」
「私はね。いつ死ぬかわからないから毎日が楽しくて特別になってると思うの。明日死ぬってわかったら、今日は特別な日にしようって意識するでしょ? 明日死ぬから豪勢な食事を取りたいとか。普段通りに生活しようとする人も『明日死ぬならちょっとは贅沢しよう』って思うよ、きっと」
「それは……どう、だろ……」
口籠るティアを気にせず、普段通りに
「死なないってわかったら、きっと楽しくなくなるよ。だって、その日を大切にしないんだもん。どうせ次の日が永遠にあるんだから。わざわざ『今日』っていう1つを大切にすることなんてないよね? 『これから死ぬってわかってる人』と『これからは死なないってわかってる人』じゃ、『今』に差があるよ」
「…………」
何も返さない。ティアは何を思ってるのか、視線を落としてる。
「ティアだって、数が限られてる方が大切にするでしょ? 私がプレゼントした……そのネックレスみたいに」
「これは……っ」
見るからに動揺してるのが見てわかる。ティアの扱い方は、本当にフランの方がよくわかってると思う。……私も姉なんだから、しっかりしなければ。
「ティア。ワタシは束縛されるのキライって知ってるよネ? 不老不死とか管理とカ、束縛だと思ってル。だからワタシもこっちに付くヨ」
「スクリタ……」
悲しげな声を出して。それも、仕方ないと思って。今まで否定されることが少なかったティアを否定してるわけだから、悲しく思うのは当然のことで。
「ティアさん。僕は正直、難しい話とかよくわかりません」
ミフネアが、静かに口を開いた。
「僕は……不老不死が間違ってるとか、そんなことは思ってません。ですが、ティアさんがレミリアさんを喪う悲しみを知って、こんなことをやろうとしてるなら止めたいです。悲しみを……1人で全部背負ってるような……そんなのはあんまりじゃないですかっ」
「ミフネアまで……なんで、そんなこと言うの。私は……誰にも負けない強さを……」
「ティアさんが死ぬのは見たくないです。でも、それ以上に……ティアさんが悲しみを背負って生きる未来は見たくないです!」
珍しく決意の籠った口調で彼は言い放つ。
「ミフネアもどうして止めようとするの? ……家族じゃない他人なのに」
「それは……」
鋭い言葉に、一瞬考える仕草を見せるミフネア。そして──
「僕は……。僕はっ。ティアさんが……好きです! だから……貴女が苦しまないように、止めたいんです!」
「はあ!? 何どさくさに紛れて告白してんのよ! 貴方! ティアにまだ彼氏とか早いから!」
いつも牽制してたのに。とうとう不意をつかれてしまった。ティアに結婚とかまだ早いから、絶対。まだ500歳も行ってない子どもなんだから。
「私も好きだけど、なら余計に止める意味わかんないよ!」
「えっ!? すっ……!?」
「ティア!?」
本当にこの妹は。……やっぱり私、育て方を間違えたんだわ。いつもはティアがいいなら、とか思ってたけど。こうやって目にすると、やっぱりまだティアには早いと思うから。
「いや……多分ミフネアやお姉様が思ってる意味じゃないと思うよ」
「そうだネ。だってティアみんな好きって言うシ」
そして妙に落ち着いた妹2人。きっと慣れてるんだろう。こうやって、妹が勘違いするような発言をすることに。
「……いいよ、もう」
諦めた感じで……ティアは小さく呟いた。
「ティア……わかってくれたの?」
「邪魔しないで、って言ってもどうせ聞かないんでしょ。だから、もういい! 家族だろうが好きな人だろうが、みんなのためだから。今嫌がっても、絶対あとで良いって思えるから!」
彼女の言葉を聞いて、淡い期待が音を立てて崩れ去る。
「私が勝ったら言うこと聞いてもらうから。大丈夫だよ。──死なないように死ぬほど痛いで済ませてあげるから!」
「そう。……じゃあ覚悟しなさい。貴女が負けたらちゃんと叱ってあげるわ! それと……姉に勝てる妹は居ないのよ!」
「私より弱いくせに! ──ミストルティン!」
ティアの手に現れた大きな弓。ティアがそれを番えたと同時に──光が拡散して。
「っ、お姉様!」
光から庇うようにフランが私の前に飛び出し。
「──フラン!」
光が、フランを貫いた────