東方罪妹録   作:百合好きなmerrick

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後日譚「情愛的な愛情」

 ──Tia──

 

「行ってくるわね。咲夜。後片付けよろしく」

 

 お姉様は食事が終わった直後、そう切り出した。咲夜はいつも通り丁寧に返してお姉様の食器を片付け始める。

 

「今日もまた行くのぉ……?」

 

 私は未だ残ってる山盛りのご飯を横目にお姉様に語りかける。

 

「ごめんね、ティア。謹慎が明けたら連れて行ってあげるから、ね?」

「……そういうことじゃないのに」

 

 我ながら不満ったらしい言葉。だけどお姉様は気づいてないのか私の頭を撫で、笑顔を向けてくれた。

 

「永遠なんてないのよ。だからティアも一緒に行けるようになるわ。その時は是非、一緒に行きましょうね」

「……うん、わかった」

 

 聖母みたいな慈愛たっぷりの笑顔を見せられるとさすがの私も何も言えない。

 

「うん? そういえばお姉様」

 

 考えてふと思い出した。ここまで成長して未だに聞いたことがなかったこと。

 

「あら。まだ何かあるの?」

「ちょっと話が変わるけどね。お母様ってどんな人だった?」

「お母様? ああ、言ってなかったかしら」

 

 お姉様の顔には若干の戸惑いが見えた。が、すぐにそれは消え去って。いつも通り平然とした顔に戻る。

 

「数年しか一緒にいなかったから朧気だけども、それでもいいかしら」

「うん」

「そうねえ……優しい方だったわ。美徳を兼ね揃えた気高い人でもあったわね。でもどうして突然?」

 

 懐かしむように頬に手を当て話すお姉様。お姉ちゃんは会った記憶が無いって言ってたから、この館でお母様を知るのはお姉様のみ。もう500年近くも前だから鮮明に覚えてるわけじゃないだろうけど、それでも聞いてみたかった。

 

 私を産んでくれた人。私に姉を与えてくれた人。私を罪とともに誕生させた人。別に恨みを持ってるわけじゃない。会ったことない人を恨むなんて馬鹿げてる。あぁ、でも私を閉じ込めたお父様は全然会ってないけど恨んでるかも。って考えるとそこまでおかしなことじゃないのかな。

 

「……もう行っていいかしら?」

「あっ。ごめんね」

 

 なかなか返事をしない私に痺れを切らしてちょっと機嫌が悪くなってるように見える。下手に止めて怒らせるのも嫌だね。

 

「唐突に気になってね。じゃぁお姉様。行ってらっしゃいっ」

「え、ええ。行ってくるわね」

 

 急な手のひら返しに驚いてるように見えたけど、お姉様は笑顔で手を振り出かけてしまった。きっと行き先はあの紅白巫女の神社だ。いつも咲夜と一緒だけど、咲夜は片付けが終わってから行くのかな。

 

「……ってもう居ないかぁ」

 

 気づいたら咲夜も消えてて。残ったのは最後までご飯を食べてた私だけ。お姉ちゃんも今日はスクリタと約束があるって話だし、また一日中暇な時間が続きそうだ。

 

「まぁいっか」

 

 残ったご飯を頬張って。今日は何をしようと私は1人物思いにふけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日課となった紅魔館の散歩。適当にぶらぶら歩いて、中の探索が飽きた私は日傘を片手に紅魔館の庭に出ていた。そこで見つけた1つの見慣れた影。

 

「美鈴。いつもご苦労さま」

 

 花壇の傍で屈む美鈴に目線を合わせ、笑顔で挨拶。すると彼女は笑顔でこんにちはと返してくれる。

 

「珍しく昼から起きてるんですね」

「ん。朝からだよ。お姉様とご飯食べてしばらくぶらぶらしてたの」

 

 いつも適当な時間に寝て起きてを繰り返してると、本来の睡眠時間と大きなズレが生まれることがあって。私の生活リズムはぐっちゃぐちゃ。まぁ私は気にしてないんだけど。お姉ちゃんからは「せっかくの綺麗なお肌が台無しになるから気を付けて」と口を酸っぱくして言われてる。

 

「美鈴はいつもの仕事中?」

「ええ。ご覧の通りです」

 

 片手にジョウロを持ってるあたり、どうやら彼女もまた日課であるガーデニングの最中だったらしい。私と違って美鈴のはお姉様から与えられた立派な仕事なんだけどね。

 

「ティア様はお散歩中ですか?」

「だね。お姉様が行っちゃって暇してたから。お姉ちゃん達もなんか用事あるとかで遊べないらしいし。まぁ、今の時間は寝てるだろうしねぇ」

 

 睡眠の邪魔をしてまで遊ぼうとは思わない。お姉ちゃんを誘って暇を潰そうなんて借りを作るようなもの。暇な時間なんてこれから先何日もできるから、たった1日で音を上げてお姉ちゃんに借りを作ると後が大変だ。

 

「ねぇ、美鈴。これなんの花?」

 

 ふと目を落とすと見えた紅魔館にそぐわない青い花。周りを見渡せば紅魔館らしい紅色や黄色い花なんかもあるから、特別にこの色を育ててるわけじゃなさそう。

 

「こちらは竜胆ですね。お嬢様がせっかくだからこの国で見れる花が欲しいと申しまして。それで集めてきたものの1つですよ」

「へぇ。お姉様が……」

 

 紅魔館の外見を気にしてのことかな。今まで集めてた覚えはないけど、どんな心境の変化があったのか。しかし今はそれよりも──目の前にある綺麗な花に見蕩れてしまう。元々キレイなものに目がなかったから、ちょっとした花でも心が揺さぶられるような。そんな気がして。

 

「綺麗な花だねっ」

「ふふ。ええ、そうですね」

 

 私の語彙力じゃこの綺麗なものを表現しきるなんて無理難題。だけど率直な感想しか出せない私に、美鈴は微笑んで返してくれた。

 

「ところでティア様。聞きました?」

「え? なにを?」

「今日お嬢様主催のパーティが開かれるそうですよ」

「ふーん……そうなんだ」

 

 お姉様からは何も聞いてない。まだ帰ってないから美鈴が聞いたのは今日じゃないよね。いつもなら朝一緒にいた時に言いそうなものだけど。ああ、そういえば咲夜は連れて行ってなかったんだ。置いていくの珍しいって思ったけど、用意させるためだったのかな。でもそれだと一緒にいた時に言わなかった理由ってなんだろう。

 

「詳しい話は知らされてませんが、今回は門番ではなく料理の手伝いをしろと咲夜さんに言われてます。なので盛大なパーティだと思いますよ」

「へぇ、盛大な……」

 

 沢山の人が集まる、と。お姉様はなんの前触れもなくそういう催しを開催することがある。今回も特別なものじゃなくてその類いのものだろう。だからより一層謎が深まった。私に教えてくれなかった理由。いや、複雑なことじゃなくて、単に忘れてただけかな。その可能性が一番高そう。ただ……。

 

「楽しみですねっ、ティア様」

「ん。……うん。そうだねっ」

 

 お姉様ならやりかねない最悪な可能性が脳裏に過ぎるも、美鈴の笑顔を見て吹き飛んだ。美鈴の笑顔は今朝見たお姉様を彷彿させるもので慈愛のようなものを感じる。それを見ると悪い考えも消えちゃうわけで。

 

 考え過ぎと今までの思考を切り落とし、私は美鈴と談笑を続けることを選んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 憂鬱になりながらも窓から見える遠くの喧騒を眺める。

 

「はぁ……。絶対あとでもう1回暴れてやる……」

 

 お姉様の帰宅後話を聞いてみると、どうやらパーティは紅魔館近くの湖のほとりがメインらしい。野外パーティというやつだ。つまり謹慎中の私は参加できない。お姉様はその場の勢いでそうと決めたらしく私に謝ってた。美鈴も知らなかったとはいえ期待させてしまったと謝ってくれた。美鈴はいい。だけどお姉様は許さない。言わなかったのは忘れてたとはお姉様の談。だけど実際は気まずくて言えなかっただけに決まってる。

 

 なんで私は憂さ晴らしに暴れて、お姉様に相手してもらえたから気が晴れた。でもやっぱりまだ暴れ足りない。パーティが終わってお姉様が帰ってきたら絶対暴れてやる。そう心に誓った。

 

「寝込みでも襲おうかな……」

「物騒ね。ケンカしたの?」

 

 ふと漏れた小言に反応した声。近づく足音の方へ目を向けると見えたのは紅と白の派手な衣装。何度か会ったことがある巫女だ。

 

「なんだ巫女かぁ」

「なんだとは何よ」

 

 特段今話したいという人でもなかったから、思わず言ってしまった。けど巫女は気にしてない様子で、適当に流してるように見える。

 

「どうして居るの?」

「食べ放題と聞いてたのに出てくるのが遅いから。あんたのとこの姉に聞いたら、自分で取って来いって言いやがるのよ。だから自分で取りに来たってわけ」

「へぇー」

 

 あまりにも興味が無いとわかる返事に巫女は変わった顔をせず、どこか掴みづらい表情のまま。お姉様が仲良くしてる相手だから嫉妬心があったのに、雲みたいに掴めない性格に気がそがれた。

 

「妖精メイドにでも頼めばわざわざここまで来ることなかったのに」

「頼んでも来ないから来たのよ。それで厨房ってどっち? 広すぎてわからないわ」

「このまま真っ直ぐ行けばいいよ。わからないのによくここまで来れたね……」

「勘よ」

 

 さも当たり前のことのように話す。勘だけで迷路みたいなこの館を移動するなんてやっぱり普通の人間じゃない。私も初めて咲夜の能力で広くなった紅魔館を探索した時は迷ったのに。

 

「ああ。そういえば萃香のやつが探してたわよ。じゃあ私はこれで」

 

 巫女は去り際にそう言葉を残した。いつか必ず爆発するとわかってる爆弾を残して去られた気分だ。

 

「萃香は苦手なんだよねぇ……」

 

 初めて出会ったのはここに来た時。第一印象こそ触れれば壊れそうな細い肢体に、控えめな肉体を見て可愛いと思った。食欲をそそられて食べてみたいとも。──あの時食べたけど。でもスィスィアを傷付けたり、心を見透かしたように語ったりして印象は変化した。そして決定的なのが私の心を言い当てたこと。もちろん全部が当たってたわけじゃない。だけど心が疲れ切ってた私にはダメージが大きく、あれ以来強い苦手意識を持ってる。

 

「嫌いなわけじゃないんだけど……」

 

 萃香はどっちかと言えば好きな方だ。友達というわけじゃない腐れ縁みたいなもの。あ、でも縁を切りたいとは思ってないから、腐れ縁ってわけでもないのかな。ただ謹慎中でも外に連れ出そうと遊びに誘ってくるのはやめてほしい。まぁ執拗に誘ってくれるのは嬉しいんだけど……。

 

「うん? 誰が嫌いなんだい?」

「うわっ!?」

 

 さっきまで誰も居なかったはず。そう思って振り返ると霧のように朧気に形を取る萃香の姿があった。次第に形がハッキリとしていき、あの時と同じか細い身体の少女となる。

 

「萃香……」

「なんだい?」

「わざとでしょ」

「ははは! あんたをビックリさせたくてね。思った以上に可愛い反応するじゃないか」

 

 お姉ちゃんみたいな笑みを浮かべてる。萃香の瞳に映った私は怒った顔というより不貞腐れた顔で。それを見た萃香は再び笑みで顔が歪んでいた。

 

「ははっ。その顔が見れただけでやった甲斐があったってもんだよ」

「……もう。今度会ったら私が驚かせるからね」

「ああ。楽しみにしてるよ」

 

 きっと心の底から思ってるんだろう。そう思わせる純粋な笑顔。萃香は私を好んでる。気に入られてるんだ。それなら私は苦手意識を克服しないと。私を好んでくれるこの人に悪いね。

 

「ところでなんの用? 巫女が言ってたけど、私を探してたんだよね」

「先に質問に答えてくれないか?」

「嫌いなんて言ってない。それでなんの用?」

 

 萃香は訝しげに目を向け、1つため息をつく。どうやらこれ以上聞くのを諦めたようだ。

 

「あんたを遊びに誘いに来たんだ。外は楽しそうだよ?」

「謹慎中。外には出れないよ」

「ああ。まだ終わってなかったのかい」

 

 早く終わってほしいとは思うけど、まだまだ解かれる気はしない。正直私自身、外に出て人を襲わない保証ができないからね。あまりにも可愛い子がいれば襲ってしまうかも。それこそお姉ちゃん似とかいたらヤバいって自信がある。

 

「っていうことで家の中でゆったりするの、私はね。萃香は遊んできていいよ」

「だがあんたは家でゆっくりするより遊びたいと思ってる。だろ?」

「……」

 

 あぁ、やっぱりしばらくは苦手意識を克服するなんてできないか。萃香のこういうところが苦手なんだから。私は心を読まれることが苦手だった。今はそれほどじゃないけど、お姉ちゃん達に隠し事してる時はより敏感に反応してしまって。それもそうだ。だって隠したいことがあるのに、それを看破されてしまったのだから。多分あの時のことがトラウマになってる。だから萃香に苦手意識を覚えてるんだ。

 

「うん? 黙ってどうしたんだ?」

「ううん、なんでもないよ。確かに遊びたいとは思ってるけど……遊んでくれるの? 外の方がきっと楽しいよ?」

「私はいいのさ。あんたと遊ぶためにここに来たんだからねぇ」

「……ふふっ。嬉しいなぁ」

 

 萃香の不気味なほど純粋な笑顔に、思わず笑みがこぼれた。苦手意識はあっても、彼女のまるで友達みたいな気安さに助けられている自分がいる。──いや彼女は私のことを友として認識しているのかな。じゃないと私を遊びになんて誘わないよね。もし本当にそうだったとしたら、とても嬉しいや。

 

「わかった。じゃあ遊ぼっか。まだ暴れ足りないしね。ちょっと付き合ってもらうよ?」

 

 だから嬉しさが表面に出た調子のいい自分の声に驚きはなかった。

 

「ああ。いいさ。いつものお遊びだね」

「うん。広いとこ行ってから──派手に暴れようねっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 萃香と遊んで疲れた私は癒しを求めて寝床に戻る。私の目にさえ暗く見える地下に続く階段を抜け、お姉ちゃんの部屋を通り過ぎた先。そこに私の部屋がある。まるで牢獄のような場所にある部屋。私が知らないだけで実際牢獄なのかも。

 

 牢獄のような場所でも私の部屋に変わりない。それに小さな頃から必要なものは全部貰えたから、生活には困らなかった。物足りないとは思ったけど、きっとお姉ちゃんが来なくても私は地下で過ごすことができてたかもしれない。可能性の話だから、試してみないとわからないけどね。楽しいことを知った今の私じゃ無理だろうけど。

 

「にしても疲れたなぁ……」

 

 お風呂に入ってもう寝るだけ。なんて思って緊張が解けてた私は、室内の物音にも気づかずに扉を開けていた。

 

「──てぃあ!」

「えっ?」

 

 部屋に入ると視界いっぱいに彼女が広がる。温かな感触に覆われて、お姉ちゃんとはまた違った柔らかい彼女の身体を肌で感じる。

 

「久しぶりー」

「ふふっ。久しぶりだね。スィスィア」

 

 笑顔で友を受け入れた。するりと黒い尾が蛇のように私の足に巻き付く。

 

「野外パーティは終わったの?」

「まだ騒いでたよ! アタシは真っ直ぐ来たのー」

 

 無邪気に答える彼女が愛らしくて、思わず黒い髪に手を伸ばし撫でた。黒い髪は彼女の性格に似つかず、手入れが行き届いてる。髪に触れれば甘い香りが漂う。ずっとこうして撫でたい。そう思うほど可愛い竜の子。

 

「スィスィアはほんとに可愛いよね。貴女が私の妹だったら良かったのになぁ」

「いもーと……? てぃあは友達だよ!」

「ふふっ。そうだね」

 

 姉は2人いるけど、妹はいなかった。妹が欲しいと願ったことはある。だけど、実際妹ができたとしたらスィスィアみたいな私に甘えてくれる子がいいなぁ。お姉様やお姉ちゃんにじゃなく私だけに甘える純粋な子。願ってもお母様が私を産んですぐ死んだらしいから、無理な話なんだけど。

 

「てぃあは」

「うん?」

「いもーといる?」

 

 彼女は純粋な瞳を私に向けながら尋ねた。どっちの意味とも捉えれる曖昧な発音だが、意図して言ってるようには見えない。

 

「居ないよ。私が末妹だからねぇ」

「アタシもいっしょー!」

 

 そう言って抱きしめる腕に力が入る。どうやら答え方は合ってたらしい。上機嫌な様子を見るに、お揃いという言葉が欲しかっただけなのかもしれない。

 

「スィスィア。今日は泊まり?」

「そうしたい! けど……」

 

 私に巻き付いていた尻尾から力が抜けた。彼女の表情は寂しげでこれから懺悔する人間みたいだ。

 

「にぃが忙しそうだから。戻らないと」

「ミフネアが? まぁそりゃそっか」

 

 スィスィアの兄は地底に降りて一緒に来た吸血鬼達の面倒を見てるとか。そんな話をお姉様に聞いた記憶がある。そこまで多くないけど、まとめたり率いたりするのは私には無理だ。だから凄いことだなぁなんて思ってる。

 

「ごめんね、てぃあ……」

「ううん。いいんだよ。お兄さんのこと、支えてあげてね」

「うん!」

 

 元気いっぱいな彼女を見てると心が落ち着き安らぐ。萃香と遊んで身体と心が疲れ、癒しを求めてた私にはちょうどいい。

 

「帰るまで何かして遊びたいところだけど……今日はちょっと疲れちゃって。このまま私を癒してくれる? スィスィア」

「うん! てぃあを癒してあげる!」

 

 ぎゅっと抱きしめて頬擦りする彼女を見てると、やはり妹を連想する。このまま彼女を妹にさせようなんて悪い考えが出てくるも、頭を振って思考を追い出す。友達と言ってくれた彼女を裏切って幻滅されたくない。今のまま慕ってくれるのが一番なんだから。私を好きでいてくれる今を大切にしないと。

 

「てぃあ、好き!」

「うん。私も大好きだよ」

 

 甘い香りが私を覆う。これが一生続けばいいのに。そう思っても叶わないことだとわかってる。ただ今は萃香と遊んで疲れてるから。癒されたいと思ってそう願ってるだけ。本当にそれだけのこと。

 

「スィスィア。しばらくの間、抱きしめてていい?」

 

 彼女を自分の寝床に誘って、甘えるように両手を広げる。すると彼女が優しく微笑んだのが見えた。

 

「いいよ! てぃあの好きなようにして!」

「ん。ありがとう」

 

 スィスィアに包まれ、彼女の体温に集中したい私は目を閉じる。優しく撫でられ眠気に襲われるも、この温もりを手放したくない私は抗い続けた。いつしか現実と夢の区別が付かなくなった私は、優しい温もりに身を委ねる。きっと春の陽だまりとはこんな暖かさのことを言うんだろう。私はそう感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ハマルティア。

 

 私の名前。罪という意味の名前。でもティアだけなら涙という意味にもなるとお姉様に聞いた。私は綴りが違うじゃないと否定し、お姉様が複雑な表情を見せたのを覚えてる。私は罪あってこその私。もう既に済んだことで、受け入れたこと。だから私は気にしてないのに、お姉様は時々()を気にかける。それが私には……よくわからなかった。

 

「ティア」

 

 また名前を呼ばれた気がした。今感じているのはある種の愛情だろうか。あぁ、違う。温もりだ。スィスィアとは違う愛情(温もり)。名前の呼び方もスィスィアの子どもが友達を呼ぶそれじゃない。慈愛に溢れた……親が子を想うような──

 

「お母様……?」

 

 だからだろうか。私がそう呼んだのは。夢と現実の狭間で、確かに聞こえた私を呼ぶ声。それに反応した私はそう口にしていた。

 

「え? ああ、寝惚けて……。ごめんなさいね、起こしちゃったかしら」

「ほえ? ……お姉様?」

 

 目を開けて飛び込んできたのはお姉様の顔だった。外で見せる館の主じゃない顔。家族と一緒に居る時に見せる──幻想郷へ来る前の顔で、お姉様は私の隣に居た。子どもっぽい笑みじゃなくて、情愛に満ちた微笑みとも捉えれる笑顔。その顔でお姉様は優しく語りかけてくる。

 

「今日は……その。ごめんね。貴女と一緒に過ごせなくて」

「ん……スィスィアは……?」

 

 いつの間にか消えた友達を案じてそう聞いた。いつもなら私に一言言ってから帰るのに。なんて思ったけど、そういえば眠ってたんだっけ。どこまで現実で、どこから夢なのかハッキリしない。今でさえも。

 

「夜が明ける前に帰ったわ。疲れてたと聞いたけど、本当だったのね。ピクリとも動かなくて心配したのよ」

 

 夢心地のまま何を返していいかわからず、じっとお姉様の目を見つめる。暗闇で薄らと見える紅色の瞳。気のせいなのか、ほんのり明るく見える。まるで夜空に浮かぶ赤い星みたいな……。

 

「やっぱり……」

「うん?」

「怒ってるわよね。貴女のことを考えずやってしまったものね。ごめんなさい、ティア」

 

 お姉様が動いて布の擦れる音が聞こえた。ひんやりした腕が私の背中に回って、私を抱擁する。お姉様の身体はひんやり冷たいのに、何故か温かく感じる。

 

「怒っては……ないよ?」

「でも暴れてたじゃない」

「あれは……怒ってた」

 

 でも今は違うと伝えると、目に懐疑的な感情が見えた。本当のことなのに信じてないみたい。気持ちは分かるけど。

 

「萃香と遊んで、スィスィアに慰めてもらったから……。今は大丈夫。もう怒ってないよ」

「それならいいのだけど……。不満があるなら言っていいのよ? 今は2人きりなんだから」

「だからないって……」

 

 強いて言えば今こうして疑われてるのが不満だ。だけどそれ以外のことはもう怒ってない。発散できたし、お姉様には謝ってもらった。どうして不満があると感じるのだろう。

 

「……うーん、なら何かしてほしいことは?」

「してほしいこと……?」

 

 そこまで聞いてようやくわかった。お姉様は罪悪感を感じてるんだ。私に許してほしいわけじゃなくて自分が許せない。何か対価を差し出して自分を許して楽になりたい。それなら、私も甘えよう。お姉様が憎いわけじゃないから、早く自分を許してもらおう。

 

「それなら……このまま一緒にいてほしい」

 

 そう思った私は今の願望を口にする。お姉様は一瞬目を丸くさせるも、すぐに思いやりの篭った優しい目付きになる。

 

「ええ、わかったわ。安心なさい。どこにも行かない。ずっと一緒に居るわ」

「……そう言って、神社に行くくせに」

「それは……う、うん。ごめんね?」

「ふふん。……いいよ、別にね」

 

 お姉様はこの館の主。外との交友関係を保つのは大切なことだ。それを知ってるけど、私はわがままな妹だから。知っててもお姉様に甘えたい。お姉様を独占したい。だってお姉様は私の──

 

「優しいわね、ティアは」

「……私はそう思わないけどなぁ」

 

 真っ直ぐな目をしてたから、言葉に嘘はないとわかった。でもどうしてそう思うのかはわからない。私は私自身優しい性格をしてるとは思わない。異変で反省して、今までの行動を省みてそう結論づけたから。

 

「いいえ。貴女は優しい子よ。反省できるいい子よ」

 

 私の思った言葉を話して、心を読んでるみたいだ。未だ夢を見てるようで曖昧だから、もしかしたら口に出てたのかもしれない。

 

「ティア。いつか一緒に、外にお出かけしましょうね」

「うん……約束だよ」

 

 お姉様は約束よと微笑む。しかし私の謹慎が解かれるのはいつになるんだろう。まだまだ先な気がする。その時、お姉様は覚えてるのかな。

 

「ティア」

「うん? ……ぁ」

 

 私の背中に手を回したまま、抱き寄せるように優しく頭を撫でられた。私の不安なんて見透かしてるみたいな、壊れ物を扱うような優しい手つきで。

 

「大丈夫。悪魔の契約は絶対なのよ?」

 

 どうしてわかるの。そう言いかけて、言葉に詰まる。理由なんてわかってた。お姉様とは長い付き合いになる。考えなんて手に取るようにわかるんだ。だって私はレミリアの妹で。レミリアは私の姉。でも血の繋がりだけじゃない強い絆があるから。

 

「ありがとう……お姉様」

「いいのよ。私は貴女のお姉ちゃんなんだから」

「お姉ちゃん……」

 

 その言葉に些かの齟齬を感じた。間違ってないはずなのに。お姉ちゃんはフランのことだとか、そういう齟齬じゃない。あぁ、そうか。これはきっと……。

 

「どうしたの?」

「ううん。……お姉様って、お姉ちゃんって言うより……母親みたいだなぁ、って」

「え?」

 

 今気づいた思いを姉に打ち明ける。お母様は私に生を与えてくれた人。だけど私を育ててくれた人としては、お姉様こそ母親と感じる。私を見守り、育てて、愛してくれた人。何度も言うようだけど、お母様に恨みはない。ただ見た覚えのない人より、お姉様を母親のようだと感じているだけ。

 

 もしお母様がいればどんな世界になってたんだろう。お姉様はお母様のことを美徳を兼ね揃えた人と話してた。なら私をお姉様と同じように愛してくれたのかな。想像しても、もう居ない人だからわからない。答えが出るはずもない。私が死んだら、お母様に直接聞いてみよう。同じ場所に行けるかは……わからないけどね。

 

「私がお母様ねえ……。そんな歳に見えるかしら」

「見た目……? そうじゃないよ?」

 

 見た目なら同年代にしか見えないと話すと、お姉様はお母様も若く見えたと返す。お姉様が悩むってことは、本当に同年代にしか見えないくらい若かったのかな。

 

「それでどうして私がお母様に?」

「それは……私にとってお母様は産んでくれた人。母親は……私を育ててくれたお姉様だから」

「育てたって言われるほどのことはしてないけどねえ」

「私にとっては……だよ」

 

 ずっと守ってくれたから。そういう意味では私の育ての親はお姉ちゃんもなのかな。でもやっぱり、母親となるとお姉ちゃんよりもお姉様だ。お姉様がお母様に感じた美徳を、私はお姉様に感じてるんだから。

 

「私としては姉と呼ばれる方がいいのだけれど……」

「うん? もちろん……お姉様はお姉様だよ?」

「そういうことじゃなくてね。……まあいいわ。早く寝なさい。起こしちゃったのは私だからあまり強く言えないけど。もう夜が明けてるのよ?」

「ん。……そうだね」

 

 地下に窓がないとはいえ、お姉様はきっとパーティが終わってからここに来たはずだ。だから日が昇ってると聞いても不思議に思わない。

 

「おやすみなさい、ティア」

「うん。おやすみ……」

 

 お姉様の腕の中で私は目を瞑って──余計なことを考えてしまった。

 

 私はこの温もりを手放したくないと考えてる。確かな現実として受け入れたい。もしかしたら、これはそういう願望が見せる夢なのかもしれない。

 

「お姉様」

 

 不安に駆られた私はお姉様を呼ぶ。

 

「うん? どうしたの?」

「……ううん。なんでもないよ」

 

 返ってくる言葉を聞いて。抱きしめて体温を感じて。目を開いて姿を確認して。お姉様の声を聞き取って。嗅ぎ慣れた姉の香りで。

 

 これが夢じゃないと実感して安堵する。

 

「──大丈夫。ずっと一緒よ」

「うん」

 

 まるで母親になだめられるようにして、私は深い眠りにつく。傍で眠るお姉様に包まれながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んぅ……」

 

 誰かに抱かれたまま眠ってたらしい。何か包まれてるような感覚を肌で感じた。目を開けると青っぽい紫色の髪が見えた。そこで思考がハッキリしてきて、昨日のことを思い出す。

 

「お姉様……」

「ん……? ティア……おはよう」

 

 寝惚けた眼で私を見つけ、途端に笑顔になる。釣られて私も頬が緩んだ。

 

「うん。おはよう、お姉様」

 

 お姉様の笑顔を見て私は思う。こんな日が続けばいいのに。願いは口に出さず、胸の中に秘めたまま。結局永遠なんて無いんだから。今見てる世界を大切にしよう。と、私は思うのだった。

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