ダンジョンに穢れ持ち種族が潜るのは間違っているのだろうか?   作:どらむすいいよね

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敗北のち剣姫

「ヴモオォォォォォ!!」

「うわぁぁぁぁぁ! 助けて、シルヴァさぁぁぁぁぁん!!」

 

 剛毛に包まれた筋骨隆々な男の体に血走った真っ赤な目を持つ牛(がしら)の存在に追われる白兎はその名を呼ぶ。 死のデットヒート、探究心と大いなる好奇(ぼうけん)心から5層に降りたベルを襲った災厄。

 

 追いつかれたら殺される、そのため、彼はひたすらに迷宮を走る。 「こんなところで終わりたくない!」 ベルは足掻いた。

 

 しかし無情にも、その終点が見えた。 必死に走り回ってその結果である。

 

「ほわぁぁぁぁ!!?」

「ヴォォォォォ!」

 

 振り上げられた腕に思わず目を瞑り、無駄だとわかっていても頭を腕で守る。 しかし、死は来ない。 直後に轟音。

 

 その魔物はダンジョンの壁を壊そうと殴りつける。 というのも、実はベルのことは眼中になかったりするのかもしれない。 そこへ

 

「ベル、生きておるかぁぁぁ!!」

「!」

 

 その凛とした声が響く。 翼を広げ、超低空飛行で飛翔しながら猛スピードで突っ込んでくる者がいた。 シルヴァリアである。

 

「起きよ、アヤメアマツ!」

 

 二剣を抜剣して、魔物の背中を切りつける。 しかし、鈍い感覚がシルヴァリアの手に伝わる。

 

「ヴモッ?」

「んな、かすり傷じゃと!?」

 

 斬った、たしかに斬った。 しかし振り向いた牛頭は「何かした?」と言わんばかりの間抜けな声を出す。

 

「ッ! なんで5層にミノタウロスがおるのじゃ!?」

「ヴモォォォォ!」

 

 攻撃したことにより、敵と判断されたシルヴァリアに振り下ろされる腕を、バックステップや敵の懐に潜り込んでかわしながら、彼女はミノタウロスを自分に引きつけて誘導する。

 

「いつまで腰を抜かしておるつもりじゃベルゥッ! ワシが引きつけておる間に、はよ逃げんかっ! 」

「あわわわ…!」

「ダメじゃ、パニックに陥っておる――ッ!」

 

 ベルに意識を向けて、回避が疎かになる。 自身に迫るミノタウロスの拳を、シルヴァリアは咄嗟に翼を広げ、自身の盾の代わりにした…が。

 

 ヘギッと言う音と共に10mの距離は吹っ飛ばされる。 加えて、ダンジョンの壁に叩きつけられ、肺の中の空気を全て吐き出す感覚に見舞われる。

 隣にはベルがいる。 どうやら気を利かせてそちらに飛ばしてくれたようだ。

 

「がっは…ッ?!?」

「し、シルヴァさん…?」

 

 シルヴァリアの翼は縮小し、その場にうつ伏せに崩れる たったの一撃でその威力、一撃で戦闘不能となった。

 

「ヴォモッ…」

 

 嗤った。 ミノタウロスが嗤う。 重音の足音を響かせながら自分に近づいてくるのがわかる。 さぞかし楽しいことだろう。 弱者を潰すその感覚は、しかしタダでシルヴァリアがやられるわけがない

 

「油断大敵じゃぞ、クソ牛…《ディメンション・ソード》…!」

 

 ぎらりと目を見開き、シルヴァリアの速攻魔法が隙だらけのミノタウロスに炸裂する。

 

 その剣、[疾風剣・天]から伸びた魔力の剣はたしかにミノタウロスの体を…抉った。

 

「ヴォモォォォォ!?」

「勝ったと思って油断したのが運の尽きじゃぁ!」

 

 魔力の剣を突き刺され、驚嘆で一瞬動けなくなっていたミノタウロス。 その隙にシルヴァリアは畳み掛ける。

 

「――ディメンション・ソード! ――ディメンション・ソード! ――ディメンション・ソード! ――ディメンション・ソードッッッ!!!」

 

 精神力の持つ限り乱発する、アマツから次々と魔法が飛ぶ。 手応えはある、手応え、は。 しかし、相手は健在。 皮を確かに裂いた、肉を抉った、角を削った。 しかし相手は健在。 驚異的な耐久(アビリティ)でシルヴァリアの魔法を物ともせずに動いているのだ。

 

「くぅ、この化け物め…! これならどうじゃ! ――ディメンション・ソード!」

 

 何度めか、放たれた魔法は、ミノタウロスの目を狙った。 ミノタウロスは侮った、侮ってしまった。 直後に激痛がミノタウロスに走った。 魔法の次弾がはじき出され、それをかろうじて拳で殴り、破壊する。

 

「ヴモォォォォォッッ!!」

 

 怒りの雄叫びをあげるミノタウロス。 その声はベルと――気丈にも攻勢を取っていたシルヴァリアの心を圧し折った。

 

「ディメンション…(格が違いすぎじゃろうが…!)」

 

 理不尽極まりない、そのステイタス差。 中層はこれほどなのか、しかし、構うものか! とシルヴァリアは自身の諦めかけの心を叱咤して再び魔法を準備する。

 

 しかし…その前に。

 

「ごめんなさい、シルヴァさん…」

 

 少年は、立ち上がった。

 

 ☆

 

「お主は何も悪くなかろう、ベルよ」

「このまま、シルヴァさんに庇われ続けるのは嫌なんです…僕は、僕は…男なんです! 泣きそうな顔してる女の子を守りたいって思うのはおかしいですか!?」

 

 言われて気がついた。 俺の頬を雫が伝っている…ああ、そうか。 やっぱり…怖いんだな、俺も…

 

「…わかった。 男を立てるのも女であるワシの役目よな…無茶はするでないぞ、ベル」

「はい!」

 

 痛みも引いた。 ポーションを呷り、体を癒し俺も立ち上がる。 ミノタウロスは、地を蹴って力を溜めている…突進か…

 

 ソードワールドでもあの突進は食らうとキツかった。 最初期のシルヴァリアが何度か事故死しかけた事もあったから、気を抜けない相手なんだ…どこの世界でも、中ボスクラスの魔物は。

 

 理不尽なステータス差を今あるものを最大限に引き出し、生き残る最善手を打つ…コイツは、どこの世界でも変わらない。 さて、翼は…ダメだ、ダメージの蓄積がひどいが、

 脚は折れてないから動ける。 体はガタつくが、いける。

 

「あやつの突進…避けれるか、ベルよ」

「避けてみせます! そのあとはシルヴァさん、魔法はあと何回撃てますか?」

「二回かの…正直立ってるのも辛いのじゃ」

「なら、一発だけミノタウロスが反転した時に顔を狙って撃ってください。 そのあとは僕がカバーします!」

「一か八かの勝負…やらずに死ぬくらいなら、派手にぶちかますかな!」

 

 ベルの案に乗る。 その直後、ミノタウロスが突っ込んできた。 直線的な突進…タイミングは…

 

「――今じゃ!」

 

 2人してその場から飛び退いた直後に炸裂音。 壁に突っ込んできたミノタウロスは壁を吹っ飛ばした。 穴までは出来ていないが、それでも大きなクレーターが…凄まじいなおい。

 

「シルヴァさん!」

「任せよ!」

 

 振り向いたミノタウロス。 そのもう片方の目を狙い

 

「《ディメンション・ソード》ッッ! …!」

 

 魔法を放つ。

 

 ミノタウロスは両手をクロスさせて、魔法を弾く。 そして再びこちらに突進しようとモーションをかけた瞬間。

 失った左目の視界外。 その目の前にはベルがいた。

 

「うあぁぁぁぁぁっ!」

 

 情けない、でも力強いその雄叫びを上げて。 手にしたナイフを健在の、残っていたミノタウロスの目に突き込んだ。

 

「ヴォモォォォォ!!?」

「ぐ、うわ!」

「ベル!?」

 

 ナイフから手を離し、すぐに距離をとったベルだったが、暴れ出したミノタウロスの攻撃を避けて、砕かれた地面から飛んだかけらがベルを襲う。

 

 剣を手に。 そのかけらを打ち落として。 すぐに逃走の準備をする…と金色の風が吹いた。

 

「よく、頑張ったね」

 

 そう言いながら、その風は煌めく剣を片手に…暴れまわるミノタウロスに向かっていく。

 

 その剣舞は、美しかった。

 

 流れるように、ミノタウロスの拳をひらりひらりとかわして、大ぶりな攻撃を避けながらその背中を切りつける。 仰け反ったミノタウロスが。そこかと言わんばかりに振り下ろした拳に剣を突き立てて。 そのまま骨と腕と肉を切り裂いていく。 そして、心臓部分を切り抜けて、肩から剣が抜けていく。

 

 ミノタウロスの上半身は斜めにずり落ちて…血桜を咲かせて灰に変わり、崩壊していった。

 

 コロリとその場に魔石が落ちて…静寂が訪れる。

 

「…あの、大丈夫ですか…?」

「…えっと…」

 

 その日。 俺というか、ベルは運命の出会いを、果たす。

 

 “剣姫”の二つ名を持つオラリオでその名を知らぬ者はいない、第一線級の冒険者。 “Lv5”のアイズ・ヴァレンシュタインとの出会いだった。


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