招カザル来訪シャ~頼れる相棒は世界を喰らう者~   作:あったかお風呂

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卑怯者 後

 集いの泉にてフレイズの報告を待つベルフラウとアティの頭上から翼が空気を扇ぐおとが聞こえると、フレイズが空から現れた。

 

「帝国軍は森の中にいました。ですが……」

 

「……何かあったんですか? もしかしてまた火事を……?」

 

「いいえ。帝国軍たちは例の……白い異形たちに襲われていたんです」

 

 白い異形たちによる帝国軍襲撃はこれで二度目となる。

 未だに正体が分からない白い異形たちの行動原理に疑問を抱きつつも、アティが心配したのはアズリアのことだった。

 

「アズリア……。無事でしょうか……?」

 

「こんな時に敵の心配ですの? 彼らが帝国軍を抑えてくれているのなら、私たちからしたらありがたいことじゃないかしら?」

 

「それは……そうですけど」

 

 ベルフラウの言う通り、現在は敵対している関係だ。

 それでもアティは心の内で同期の無事を祈らずにはいられなかった。

 

 

 

 先ほどまでは帝国軍が行進する足音しか聞こえなかった静かな森は──。

 悲鳴と絶叫が響く地獄となっていた。

 

「ぎゃああああああああ!?」

 

 逃亡しようとする帝国兵の背を切り裂く白い前足は赤く染まり。

 濃い緑色に茂る草や葉には血しぶきがかかり、一部を赤黒く染める。

 

「撤退だ! 撤退しろ!! クソッ! また……こいつら……!」

 

 命令を無視して一部の部下を連れて出て行ってしまったビジュを追いかけていたはずのアズリアは突然白い異形たちに襲われ、倒れていく部下たちを目にしながらも撤退命令を出すことしかできない。

 動けるものたちは動けないものを背負い、その顔を恐怖で凍らせながらも襲撃者から逃げる。

 

 前回もそうだった。

 逃げようとする帝国軍たちの背中を無感動に見つめる異様な襲撃者たち。

 攻撃するときも無感情にその前足を振るっていたように見える白い異形たちを振り返り、その口元を引き攣らせた帝国軍たちは今自分が生きていることに感謝しつつ祈る。

 二度とあの化け物たちに出会いませんように、と。

 

 

 

 

 

 フレイズの報告を聞いたベルフラウたちは集いの泉に続々と集まる護人たちが全員そろったことを確認すると、帝国軍への対応を話合いはじめる。

 

「肝心の帝国軍が襲撃を受けているとはね……」

 

「でもよぉ、それなら様子見でいいんじゃねぇか? あの白い連中が始末を付けてくれてるんだろ?」

 

 様子見を提案したヤッファに反論したいらしく顔をムッとさせたアティが口を開こうとすると集いの泉に小さな乱入者が現れた。

 

「たた、大変ですよぉー! ヤンチャさんが……つかまったですよぉ!」

 

 慌ててやってきたマルルゥによって伝えられたのは、スバルたち島の住人が帝国軍によって人質に取られてしまったということだった。

 

 

 

 風雷の郷に駆けつけたベルフラウたちが見たのはスバルやゲンジ達、人質となった島の住人たちとビジュ達帝国軍の姿だった。

 

「ヒヒッ! 待ちかねたぜぇ……! 赤髪と……クソガキィ!」

 

 ベルフラウは自分を睨むビジュの目線に負けず、瞳に強い意志を込めるとビジュを批難した。

 

「この卑怯者!! 恥を知りなさい!! 村に火を付けたのもあなたなんでしょう!」

 

「まあ……半分はそうだなぁ……」

 

「残りの半分……最初の一件は僕がやったんだよ」

 

 半分は自分がやったと自白したビジュに続いて名乗り出たのは黒い髪の青年、イスラだった。

 

「イスラさん!? どうしてあなたが……」

 

 イスラを海岸で拾い、時折世話を焼いていたアティが驚愕する。

 記憶を無くしながらも、島の子供たちと楽しげに過ごすイスラの姿をアティは知っていた。

 だが……それが……。

 

「全部、嘘だったっていうんですか……?」

 

「仲間同士、疑うことをしない君たちだから騙されるのさ!」

 

 イスラは自分は悪くないとでも言うように笑いながら言ってのける。

 

「卑怯者!!」

 

「卑怯? 利口なだけさ。体面ばかり気にする姉さんとは違ってね」

 

「姉さん……まさか!?」

 

 イスラの髪の色や顔立ちからよく知る人物を連想したアティは気づいたようだった。

 

「アズリアの……!?」

 

「気づいたみたいだね。僕の名前はイスラ・レヴィノス。帝国軍諜報部の工作員であり、アズリア・レヴィノスの弟さ!! さて、さっそく取引と行こうか。魔剣を渡してもらうよ」

 

 人質をとられているアティはイスラの要求を断ることが出来ない。

 前に進み出た帝国軍の兵士に魔剣を渡して見せる。

 それを見たイスラが合図をすると、ビジュが人質の一人スバルを解放した。

 しかし、少し待っても他の人質を解放する様子はない。

 

「おい、何のマネだ……」

 

 カイルがイスラを睨み付けるもイスラはそれを意に介した様子はない。

 

「品物ひとつに対して人質が一人。全員を解放してほしいんだったら、別の対価を用意してもらわないとね?」

 

「……これ以上、何を望むって言うんですか?」

 

 イスラの横暴に歯を食いしばるアティの問いにイスラは口元を歪ませ、楽しげに答えた。

 

「そうだね……君の命、かな?」

 

 

 

 イリにはイスラの言葉の意味が分からなかった。

 論外、取引にもならない。

 イリだけではない。

 イスラの言葉を聞いた誰もが馬鹿馬鹿しいと思ったことだろう。

 ──アティ以外は。

 アティはイスラの前へと進み出る。

 つまりそれは──。

 

「ちょっと!? こんなふざけた提案を聞き入れるんじゃないでしょうね!?」

 

 アティの選択を信じたくないベルフラウの悲鳴が響く。

 

「(自己犠牲……無意味……理解不能)」

 

「自分でも馬鹿だなって思っているんです。でも……私にはやっぱりあの人たちを見捨てることは出来ないから。ベルフラウさん、ごめんなさい。こんな先生で。軍学校の合格、見届けてないのに……」

 

 

「そんなこと!」

 

 アティから謝罪を受けるベルフラウは悲痛な表情を浮かべる。

(私はイリのこと、仲間だと思ってます!)

 その光景を見ていたイリの思考の中に、何故かアティの言葉が響く。

 

「ギギギ……」

 

(もっと一緒に居たいと思ってます!)

「ギシシ……」

 

(もっと知りたいと思ってます!)

「ギリリ……不能……理解不能……」

 

(私たちと一緒にイリなりの答えを探しませんか?)

 

 ベルフラウに謝ったアティはその隣に浮かぶイリにも頭をペコリと下げた。

 

「イリも……ごめんなさい。約束、守れそうにないです」

 

「ギシッ! ギリリリリリッ! ギシャアアアアアアアアアアアアア!」

 

 アティの言葉を聞いたイリは自分でも気づかないうちに咆哮を上げていた。

 

 

 

 アティが命を差し出すことを選び緊迫していた状況の中、突然響いた咆哮の発生源に注目が集まる。

 当の発生源は異様な威圧感を放ちながらも、アティの隣まで移動する。

 

「イリ……? どうして……?」

 

「君は……ベルフラウの護衛獣だったかな?」

 

 アティとイスラの言葉に答えないイリはその身から発する威圧感を高めていく。

 イスラは高まっていくイリの威圧感に気圧されるが、人質がいることを思い出し自身の恐怖心を落ち着かせる。

 

「なにをするつもりかは知らないけど、こっちには人質がいるってことは忘れないでほしいね!」

 

 自身を安心させる意味もこもったその言葉をイスラが発したと同時、突如風が吹き荒れた。

 帝国軍人たちに風が纏わりつき、動きを封じていく。

 

「な、なんだってんだこの風は!?」

 

 ビジュたちが風を振り払おうともがいている間に人質たちとの間に竜巻の壁が出現し、帝国軍と人質たちとを分断した。

 

「この結界がある限り、お主らは郷の者たちには指一本も触れられはせぬ!」

 

 凛としたよく通る声が響くと黒髪をたなびかせて風雷の郷の鬼姫ミスミがその姿を見せる。

 ミスミの結界によって帝国軍はせっかくの人質を失ってしまった。

 

「この女……余計な真似を……!」

 

 ビジュがミスミを殺気がこもった目で睨みつけるが、ミスミはからかう様に笑った。

 

「妾のことを気にしている場合かの……? 目の前におっかないのがいるようじゃが……」

 

「ギシィイイイイイイイ!」

 

 帝国軍は人質を失ったのだ。

 威圧感を放つ蟲の召喚獣から彼らを守る物はもうない。

 

「あの護衛獣がなんだ……。あいつらにはもう剣の力はないんだ……!」

 

 そういうイスラの言葉は自分に言い聞かせているようにも聞こえる。

 

「人質がいなくてもこちらが有利だ! アティ、君を殺して……」

 

「イリ! お願い! 先生を助けて!!」

 

 ベルフラウがイリと誓約したサモナイト石に想いと共に魔力を込めていく。

 

 ベルフラウとの繋がりから魔力を受け取ったイリの体に魔力が渦巻く。

 そしてその渦巻く魔力が口元に収束していき──。

 

「なっ!? に、逃げ──」

 

「やっちゃって!! 『破滅セヨ!!』」

 

 ──ビームとなって放たれた。

 

 

 

 紅い破滅の閃光が過ぎ去ると、そこには暴力的な破壊によって削られた大地と吹き飛ばされ倒れ伏す帝国軍たちの姿だけがあった。

 

「すごい……」

 

 すぐ近くでそれを見ていたアティが茫然としていると、アティを心配したベルフラウたちが駆け寄ってきた。

 

「先生!!」

 

 泣きじゃくりながら抱きついてくるベルフラウを抱きしめ、仲間たちに囲まれるアティは皆に心配をかけたと頭を下げる。

 

「もう……先生……本当に心配したんだから……」

 

「……これで終わりだと思ったかい?」

 

 倒れた帝国軍たちの中からイスラがよろめきながらも立ち上がる。

 

「てめえ! まだ……」

 

「ちょっと想定外だったけど……。切り札はとっておくものだよね」

 

 イスラの言葉と同時に伏せられていた切り札、召喚術師たちが姿を現す。

 そして全員が召喚術のためにサモナイト石に魔力を込めはじめた。

 

「まさか……召喚術の一斉射撃!?」

 

 ヤードが気づくがもう遅い。

 

「あはははは! 今更気づいても手遅れさ!」

 

 笑い声を上げたイスラの言葉通り召喚獣たちが呼び出され──。

 

「ギシッ! ギシシシシシ!」

 

 イリの嘲笑とともに──消え去った。

 

「……は?」

 

 消えた召喚獣たちを見たイスラは呆けたような声を上げる。

 何が起こったのか理解できないイスラだったが、未だに嗤いつづけるイリを見て誰によるものかは理解したようだった。

 

「お前っ! なんなんだよ! 一体何をした!?」

 

「……それで? 切り札とやらはそれでおしまいですの? 私のイリの前では無駄だったようですわね?」

 

 激高するイスラに気をよくしたベルフラウは自分がやったかのように胸を反らし、『私の』を強調しながらも煽って見せた。

 

「……撤退っ!」

 

 悔しそうに唇を噛みながらイリを睨み付けるイスラだったが、打てる手がないことを理解しているようだった。

 

 

 

 逃げ去る帝国軍を見て歓声を上げるベルフラウがイリに抱きついていると、カイル一味がベルフラウに近づいて来た。

 

「ベルフラウもイリもお疲れ様!」

 

「大活躍だったじゃないの!」

 

「それじゃあ……胴上げといこうか!」

 

 呑気にベルフラウとイリの胴上げを始めたカイル一味を余所に、ヤードやアルディラたち召喚術に心得があるものが集まり話し合いを始めた。

 勿論話題は先ほどイリが起こした現象についてだった。

 

「かつてエルゴが異世界の侵略にさらされるリインバウムの人々に、異世界の住人を送り返す『送還術』を授けたと言われています」

 

 無色の派閥で召喚術の探求を行っていたヤードがそういうとアルディラが続けた。

 

「そして送還術は今の召喚術の原型となった……。でも送還術は今はもう失われた遥か古の技術のはずよ」

 

「アレが送還術だって言うなら……。どうしてイリが使えるんだ?」

 

「ソレニ、アノイリョクノショウカンジュツ……。いりハイッタイ……ナニモノナノダ?」

 

「なんにせよ、警戒はしたほうがいいでしょう。あの時の威圧感……あれはあまり、良いものではありません」

 

 キュウマがそう締めくくると、一同は頷くのだった。

 

 

 

 その日の夜、アティはベルフラウの部屋を訪れる。

 

「ごめんなさい。ベルフラウさんもイリも……」

 

「本当に心配したのよ! 何もなかったからいいけど、二度とあんなことはしないで!」

 

 ベルフラウに叱られてヘコむアティだったが、自分の心を正直に明かした。

 

「ううっ……でもまた誰かを助けるためだったら、同じことをしてしまうかもしれません」

 

「……呆れた。本当にどうしようもない馬鹿よ、貴女」

 

「ギィイ!」

 

 ベルフラウに賛同したのかイリも声を上げる。

 

「イリ。今日はありがとうございました。もしかしたら今頃私はここにいなかったかもしれないから……」

 

「感謝しなさい! イリが頑張ってくれたんだから」

 

 ベルフラウがイリを撫で始めると、アティも続いて撫で始める。

 二人に撫でられるイリはムズ痒そうに体をよじさせていた。

 

 




●イリ
力の片鱗を見せ始めたベルフラウの相棒。
ベルフラウ専用召喚獣。

・ユニット召喚

・串刺シノ刑ニ処ス 
単体無属性Cランク術。

・破滅セヨ 
直線範囲無属性Bランク術。

・未開放
  

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