招カザル来訪シャ~頼れる相棒は世界を喰らう者~   作:あったかお風呂

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ベルフラウとイリにとって大事な転換点。


3.暗雲
乱レタ振リ子


 機界集落ラトリクスの中央管理施設に呼び出されたベルフラウとアティは困ったような表情のアルディラから相談を受けていたのだった。

 

「最近、クノンの様子がおかしいのよ……」

 

 そう切り出したアルディラによると最近のクノンは口数が少なく、どこかアルディラを避けているような節が見られるそうだった。

 そしてアルディラにはその理由が分からないらしい。

 

「だからあなたたちに声をかけたの」

 

「うーん……。ごめんなさい、私にも見当がつかないです」

 

「分からないなら、本人に聞けばいいのよ」

 

「クノン本人に……? でも……」

 

 ベルフラウが提案するがアルディラには不安があるようで躊躇いを見せる。

 

「分からないことをいつまで考えていても仕方ないわ。そうじゃなくて?」

 

「それもそうですね。不安だったら私たちも付き合いますから」

 

 ベルフラウとアティの言葉を聞いたアルディラはおずおずと頷いたのだった。

 

 

 

 クノンのいるリペアセンターに到着したアルディラはベルフラウたちが見守る中、意を決してクノンに声をかける。

 

「ねぇ、クノン……少し話があるんだけど……」

 

「……何か特別な話なのでしょうか?」

 

「えっと……特別というわけではないんだけど……」

 

「でしたら、私は作業がありますので失礼します」

 

 アルディラの話に取り合おうとしないクノンが立ち去ろうとすると見かねたアティがクノンを呼び止める。

 

「待ってください! ちょっと話くらいは……」

 

「話し相手ならあなたたちがしてくだされば充分でしょう? 機械である私よりもあなたたちのほうが向いているはずです」

 

「あなたねぇ! 向いているとか向いてないとかそういう問題じゃ……!」

 

「私は看護人形です! 治療のために開発された人形なのですよ。それ以外の役目など……!」

 

 ──不要。そう続けようとしたクノンは突然胸を抑えだす。

 胸を抑えて苦しんでいるようなうめき声を上げるクノンを見たアティは慌てて傍に駆け寄る。

 

「どうしたんですか!? 一体何が……」

 

「……心配はいりません。これを解決する方法は解っていますから」

 

 クノンの右手がバチバチと音を立てると紫電が迸る。

 電流が迸りスタンガンと化した右手は──心配して駆け寄ったアティの腹を打ち据えた。

 

「なっ!? 先生!?」

 

「ギィイ!?」

 

「クノン!? 待ちなさい!?」

 

 身体を痙攣させて倒れていくアティとベルフラウたちの悲鳴を背にしながらクノンは走り去っていった。

 

 

 

 スクラップ場。

 壊れた機械の山と機械を粉砕する巨大な装置が鎮座するそこがクノンが向かった場所だった。

 

「自分を破棄します。この胸の真っ黒な痛みを知られるわけにはいきませんから」

 

「やめなさい! クノン! 馬鹿な真似はやめて!」

 

 追いついたアルディラはこの場所に来たクノンの目的を察して叫ぶ。

 

「そうです! あなたがこんなところに来る必要はないんですよ!」

 

 身体から痺れが抜けきらないアティだが必死に声を上げる。

 それを聞いたクノンはアティを睨むと叫び出した。

 

「ずるい! ずるいです! あなたたちはずるいです! アルディラ様と一緒に『うれしい』と感じることが出来る!!」

 

 叫んだクノンは止まらない。

 クノンの中枢である思考回路が生んだ言葉を吐き出し続ける。

 

「私には出来ないのに……! 羨ましい! 妬ましい! 私がいくら望んでも手に入らないのに……! あなたたちが憎くて……許せなくて! 殺してしまいそうになる!」

 

『殺してしまいそう』という言葉を聞いたベルフラウたち目を見開く。

 それほどまでに彼女は追い詰められていたのかと。

 

「だから……! こんなことを考える人形は処分しなければなりません! こんな欠陥品は……!」

 

 自身を欠陥品だと評したクノンは自分を破棄しなければならない理由を述べる。

 

「誰かを憎いって思うことは誰にもあることです! あなたは壊れたんじゃない、初めて知った感情に戸惑っているだけなんですよ!」

 

 クノンが語ったその理由に納得できない者が進み出る。

 赤い髪を揺らし、躊躇いのない足取りでクノンに近づいていく。

 

 そして──空から降り注いだ閃光がクノンの体を貫いた。

 

 

 

 光に貫かれて膝を付くクノンを見たベルフラウたちは驚愕と共に後ろを振り返る。

 下手人はわかっている。

 ずっと沈黙を続けていたベルフラウの護衛獣──イリだ。

 

「イリ……? どうして……?」

 

 自身の護衛獣の凶行に動揺したベルフラウの問いにイリは呟きで返す。

「ギシィィ……理解不能……」

 

「何を……」

 

「妄想……空想……絵空事……機械ニ感情ナド存在シナイ!」

 

「そんなことありません! クノンはあんなに悩んで……! 苦しんで……!」

 

 クノンの叫びを聞いていたアティは反論するがイリは即座に切り捨てる。

 

「ギギギ……錯覚ダ……機械ニ感情ナド分カラナイ。他者トワカリアエルハズモ無イ!」

 

 イリには理解できなかった。

 機械は感情を理解できない、他者とわかりあえない存在のはずなのだ。

 ──自分と同じように。

 それなのに感情を持ったかのように苦しんでいる。

 それなのに感情を持ったかのように叫んでいる。

 ありえない。

 あってはいけない。

 そんなことはあってはならないのだ。

 ──自分には理解出来ないのに。

 

「我ト同ジヨウニ! 他ヲ理解デキナイ、ワカリ合エナイ存在ナノダ! ギシッギシシッ! ギシギシィイイイイイ!」

 

 イリの嘲笑がスクラップ場にこだまする。

 嘲笑が響く中、イリの言葉からクノンは一つの答えにたどり着いた。

 

「イリさまも同じなのですね……私と同じように……真っ黒な痛みに苦しんでいる」

 

「黒イ痛ミ……? 否定! 断固否定! ソンナモノハ存在シナイ! ……不快! 超絶不快! ギリキシィイイイイイ!」

 

 イリの咆哮とともにスクラップ場が振動する。

 

「な、なんなの!? イリ……なにをするつもり……」

 

 イリに抗議の声を上げようとしたベルフラウだったが目の前の光景を目にすると口をあんぐりとあけてしまう。

 何かに釣り上げられたかのようにスクラップの山が浮かび始めたのだ。

 そしてスクラップは糸のようなもので結合し始めた。

 

「これは……!?」

 

 アルディラは目を見開き、普段の冷静さを忘れ驚愕してしまう。

 結合していくスクラップは段々一つの形へと変えていく。

 

「ギシィイイイイ! 存在消去! 超絶不快! 壊レタ機械人形! 『コレ』ノ一部トナルガイイ!」

 

 巨大な竜のような形となったスクラップは羽のようなものを広げると自らを構成する金属を軋ませて咆哮を轟かせた。

 

 

 

 竜が振るった巨大な腕を躱し、アティは剣で斬りつける。

 

「全然効きませんよ!?」

 

 スクラップとはいえ鋼鉄で作られた巨大な相手だ。

 剣で斬りつけたところでたいしたダメージにならない。

 

「だったら召喚術で……!」

 

「駄目よ! イリに送還されてしまうわ!」

 

 召喚術を使おうとしたアティだがアルディラに制止される。

 つまり、どうしようもないということだ。

 

「狙いは私です……。私は自分を破棄するつもりでしたから……私のことは構わず……」

 

 そもそもここに来た自分の目的を考慮し、最善の選択をクノンが提案する。

 

「そんなこと出来るわけがないでしょう!!」

 

「そうです!! 破棄なんて絶対にさせませんから! 絶対に守って見せます!」

 

「あ……」

 

 それは二人に却下される。

 二人の必死な表情を見たクノンは自分の中でこみ上げるものを感じていた。

 

「ギシシッ! 無駄! 抵抗ハ愚カ! 反逆愚カ! 大人シク差シ出セ!」

 

 アティとアルディラの抵抗を見たイリは嗤う。

 あの不快な機械人形を守ろうとする意味が分からない。

 諦めて差し出せばいいのだ。

 そうすればあの機械人形の望み通り、スクラップの仲間入りをさせてやるというのに。

 イリは竜を操り、クノンを鉄くずへと変えるべく次の手を打つ。

 竜の口が大きく開き、口内に組み込まれたスクラップの機能が作動する。

 かつてレーザー兵器だったそれがエネルギーを充填し始めるとイリはクノンが物言わぬジャンクになるのを想像する。

 

 ──だから気づかなかった。

 不快に思ったクノンを消すことに夢中になるあまり気づかなかった。

 

「ねぇ? イリ?」

 

 その声が聞こえて始めて知覚した。

 顔を俯かせ、幽鬼のように接近したその存在に。

 怒りに肩を震わせるその存在に。

 

「悪い子には……お仕置きが必要よね?」

 

 いつもとは違う低い声にイリは違和感を覚える。

 

「ギシィイイ……オ仕置キ……? 見ルガイイ! 出来損ナイノ機械ガ誅殺サレルノヲ!」

 

『悪い子』を暴走したクノンと解釈したイリにベルフラウの怒りは頂点に達し──。

 

「見るがいい、じゃないわよ……! このっ! 馬鹿っ!」

 

 ベルフラウが杖を振り上げる。

 召喚術用のそれは──鈍器となってイリの頭を打ち据えた。

 

 

 

 杖で殴打する鈍い音が聞こえ、浮いていたイリが墜落すると同時に竜が崩れていく。

 金属が擦れる音を悲鳴のように響かせ、アティたちを苦しめていた脅威は物言わぬスクラップの山へと戻っていった。

 

「ねぇ……イリ。どうしてこんなことしたのよ?」

 

 ベルフラウが地面に伸びるイリにあの行動の理由を聞いているとアティたちも傍にやってくる。

 

「……理解不能」

 

「それじゃわからないわよ! ちゃんと話しなさい!」

 

「……」

 

 答えようとしないイリと焦れるベルフラウを見かねたアティは口を開いた。

 

「イリ自身にもわかっていないと思うんです」

 

 そして語り始めた。

 以前のイリとの会話を。

 ベルフラウを守った理由が分からないと言っていたことを。

 ベルフラウのことをどう思っているのか分からないと言っていたことを。

 

「つまり……イリには感情が分かっていないということですの?」

 

「だから嫉妬したのね。機械であるクノンが感情を見せたことに……」

 

 ベルフラウは戸惑い、アルディラは納得する。

 ある意味、同類とも言えるクノンの変化にイリは嫉妬していたのだ。

 

「機械ではない、生き物でも感情がわからない……そういうこともあるのですね」

 

「イリはベルフラウを守ったんでしょう? 大切な人を守る理由なんて決まって……」

 

「ギィイ……理解……不能……」

 

「それが分からないなんて……もしかしてイリはずっと一人ぼっちだったの?」

 

「我以外ノ存在ハ不要……必要ガ無イ……」

 

 ベルフラウの質問をイリが肯定する。

 つまりベルフラウと出会う前のイリはずっと一人で生きてきたということだった。

 

「そもそもあなたは何者? 遥か古の技術、送還術を使える存在なんてただ者じゃないわ」

 

「……」

 

 アルディラの質問にイリは沈黙でもって答える。

 

「ねぇ、イリ。教えてほしいの。あなたが何者なのか。私はイリのことちゃんと理解したいから」

 

 ベルフラウに見つめられるとイリは観念したのか話し始めた。

 

「……ギィイ。我ハ他ヲ喰ラウ者。全テハ我ノ贄ニ過ギヌ。故ニ我以外ノ存在ハ不要」

 

「……自分以外の周りの生き物は全員食べてきたってこと?」

 

「だから一人ぼっち……だったんですね」

 

「感情が分からないのはそういうわけなのね。今から食べる食事の感情を理解する必要も、わかりあう必要もないもの」

 

 ベルフラウたちは理解する。

 イリが感情を理解していなかった理由を。

 イリにとっては周りの全てが食材。

 食材の感情を理解しようとする者がいるだろうか? 

 食材とわかり合おうとする者がいるだろうか? 

 つまり、そういうことだ。

 周り全てが食材故に誰とも触れ合わず、食べることしかしてこなかったイリには感情など理解出来ない。

 

「でも……! 今は私がいるわ! いままでは感情を学ぶ機会が無かった……そういうことよね?」

 

「その通りです! わからないなら、機会が無かったならこれから勉強すればいいんです」

 

 学ぶ機会が無くて分からないならこれから機会を作ればいい。

 これから学べばいい。

 そう考えたベルフラウとアティにクノンも続く。

 

「機械の私でも感情を理解することが出来ました。イリさまも出来るはずです」

 

「クノン……あなた……」

 

「ごめんなさい、アルディラ様……。心配をおかけしました」

 

 クノンがアルディラに頭を下げるとアルディラは強くクノンを抱きしめる。

 

「もうあんなことしようとしないで……」

 

 アルディラの瞳から涙が溢れて頬を伝って流れていく。

 抱きしめられるクノンの思考回路からは感情があふれ出して嗚咽が止まらない。

 

 

 

 泣いて抱き合う二人を見ながらベルフラウはイリに声をかける。

 

「イリも、もうあんなことしないこと。これから一緒に知っていきましょう?」

 

「……ギィイイイ」

 

「勉強のことなら任せてください。先生の専売特許ですからね」

 

 アティが自分を忘れるなと言わんばかりに言うとベルフラウが笑う。

 

「もう、先生。勉強なんていうと堅苦しいですわ」

 

(あなたは完全なんかじゃない。何も知らないだけよ)

 笑い合う二人を見つめるイリの中でかつて自身を打倒したものたちの言葉が蘇がえり、その言葉はイリの中にストンと落ちて染み込んでいった。

 

 




ベルフラウたちのイリへの認識は周りの生物を全て食べてきた孤独な肉食動物的な認識です。
孤独なライオンみたいな。

全て(世界)を食べるほどの規格外な存在であることなど想像もしていません。



・VSイリ率いる廃物竜
 勝利条件
リーダーの撃破
 敗北条件
クノンの戦闘不能




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