招カザル来訪シャ~頼れる相棒は世界を喰らう者~ 作:あったかお風呂
海賊船内。ベルフラウの自室にて椅子に座り、机の上の紙と睨めっこをするベルフラウは何かに悩んでいるようで先ほどから唸り声を上げていた。
「うぅ……。将来の夢、ねぇ」
ふよふよと浮いて紙を覗き込むイリを横目で見るベルフラウを悩ませているのはつい先ほどの授業で出された宿題だ。
将来の夢を作文にして書いてくる。
それがアティが課した宿題だった。
「きっちりとした目標じゃなくてもいいとは言っていたけど」
未だに何も書かれていない紙を見て溜息をついたベルフラウはイリに視線を向けた。
「イリの将来の夢は……感情を知ることかしら?」
悩むベルフラウと白紙を眺めていたイリだったが、ベルフラウの質問を受けて思案を始める。
「(ギシィ……夢……目標……)」
イリは今まで、世界を喰らい己の力を高め続けてきた。
それは界の意志をも超えるほどになっても止まることがない、飽くなき欲求。
そしてそれは今も変わらない。
力を高めること、それがイリにとっての目標だ。
──だが。
感情を知ることも目標に加えてもいい、そう考えたイリはベルフラウの問いに頷いていた。
イリが頷いたのを見たベルフラウは嬉しそうに笑う。
「そうよね! 私もイリに知ってもらいたいもの!」
そしてベルフラウは何かに気づいたのかハッとした表情になる。
「そうだ……! そうよ……! それよ!」
「ギィイ?」
「夢よ! 私の……目標!」
そしてべルフラウは何も書かれていなかった紙に文字を書きこみ始める。
その目はとても真剣で迷いがない。
ただひたすら想いを書き綴る。
ベルフラウのイリへの想いを。
作文を書き終えたベルフラウは自分の心の中のモノを吐き出したせいか、心なしかスッキリしたようだった。
「あの……ベルフラウさん。ちょっといいですか?」
ノックの音とアティの声が聞こえるとドアを開けて迎え入れる。
「皆さんにお話があるんです。だから集いの泉に集まってほしくて……」
ベルフラウがイリ、アティと共に集いの泉に到着するとすでにカイル一味が待っていた。
それを確認したアティは早速話を始める。
「私たちだけで遺跡を調査しませんか? 私はこの剣と遺跡の真実を知りたいんです」
アティは遺跡を巡ってアルディラとファルゼンが殺し合おうとしている場面を見ている。
帝国軍との戦いもこの剣を巡ってのことだ。
「何も知らないまま誰かを傷つけるよりも、全てを知ったうえで傷つくほうがずっといいです!」
「そういうやつだよな、お前は」
カイルはしょうがない奴だ、とでも言うようにため息をつく。
カイルたちの目的は魔剣の処分だ。
そのためにも魔剣の真実を知ることは不可欠。
つまり利害は一致している。
当然、カイル一味は賛同した。
「しょうがないわね……私も協力してあげるわ! イリも、いいわね?」
「ギィイ!」
アティに目を見つめられたベルフラウはアティの自己犠牲精神に呆れながらも放っては置けないのか賛同する。
それに倣い、イリも声をあげた。
「それじゃあ……皆さん! お願いします!」
一同は向かう。
島の中心部……島の全てが秘められた遺跡へと。
遺跡の入り口である識者の正門にたどり着いたベルフラウたちだが、その扉は閉ざされている。
だがアティには確信があるようだった。
魔剣ならこの扉を開けられると。
アティが剣を掲げるとそれに呼応し、扉が開いていく。
そしてそれと同時に剣の魔力に当てられたのか、島の亡霊たちが姿を現す。
「亡霊……!? 予想はしていましたが……」
ヤードの言う通り、島の中心部だけあって遺跡はかつての島でおこった戦争でも最も戦いの激しかった場所。
亡霊の出現は予想できたが、実際に見てみるとやはり不気味なのだ。
現れた亡霊たちとの戦闘のためベルフラウたちは武器を構えるが……。
「……襲ってこねぇぞ? ……怯えてんのか?」
亡霊たちは何かに怯えたように透けている体を縮めて震えていた。
彼らの魂を縛るもの──それよりももっと恐ろしい存在に怯えて。
それの目に入らないように。
それが過ぎ去るのをただひたすらに待つ。
死を経験した彼らだからこそ、敏感だった。
「……襲ってこないなら、早く入りましょう? 彼らの気が変わらないとも限りませんわ」
震える亡霊たちを不思議そうに見つつも、ベルフラウたちは遺跡内部に侵入した。
遺跡内部、識得の間。
薄い紫色の床と壁に覆われたそここそが島の中枢。
その部屋の色合いはベルフラウたちに不気味さを感じさせた。
識得の間に入ったベルフラウたちは部屋の中にある装置を目にする。
ヤードは注意深く装置を観察すると、驚愕の声を上げた。
「サプレスの魔法陣とメイトルパの呪法紋、シルターンの呪符を組み合わせている。異なるそれらの世界の力をロレイラルの技術で統合……制御しているというのか。これならとてつもない魔力を目的に応じて変換して引き出すことが出来る」
それを聞いたアティが驚愕する。
当然だろう。召喚術の心得があるものならすぐに気付く。
四つの世界の力を操るもの。
すなわち、エルゴの王。
かつてリインバウムを救ったとされる昔話のような存在。
それに匹敵するだけの力がこの遺跡にあるということだった。
この遺跡に秘められた力に驚愕しつつも、覚悟を決めたアティは進み出る。
「……やってみますね」
魔剣の力を解放したアティの髪が白く染まり、碧色の光と魔力が溢れ出る。
そして──魔剣と遺跡が接続された。
『長かった。断たれた回路を繋ぐための部品を見つけ出すまでの時は……』
『同じ形、同じ形の魂……これぞまさに適格者なり!』
『封印を解き放つ鍵よ! 新たな核識となりて断たれし共界線<クリプス>を再構築せよ!』
識得の間に声が響く。
それと同時にナニカがアティの頭に入り込んだ。
「あああっ……うああああっ……。アアアアアアアアアアアアアアアア!!」
ナニカが入り込み、アティの頭に割れるような痛みが走る。
絶叫するアティの姿をその目でとらえたベルフラウたちはアティと魔剣を引き離すべく動き出す。
「書き換えの完了まで邪魔はさせない」
アティを助けるべく動き出した脚は突如放たれたレーザーによって止められてしまう。
「それが、私の最優先任務」
姿を現したのは機界集落の護人、アルディラだった。
「不要な人格を削除し、システムに最適化する。それが……継承」
「アルディラ!? どうして……。それに、削除って!?」
人格の削除という不穏な言葉を聞いたソノラは今アティに行われていることを理解したようだった。
その目を濁らせ光を無くしているアルディラはソノラの言葉に答えない。
「あの目……本来の意志とは違うものに操られているみたいね」
アルディラの目を見て判断したスカーレルはそう告げるが、アルディラを止めなければアティを助けることなど出来ない。
その証拠にアルディラは遺跡の防衛機構にアクセスし始める。
送還術を扱えるイリがいる現状、それはアルディラにとっての合理的な最善手だった。
「ロック・オン」
機械の駆動音と電子音とともに狙いを定めたのは……召喚術を妨害する存在、イリだ。
「……シュート!」
「イリ!? アルディラ!! やめて……やめてよ!!」
防衛機構の銃口がイリと傍にいる自分に向いていることに気づいたベルフラウが叫ぶが既に放たれた光線はイリとベルフラウに迫り──。
「オオオオオオオオオオオオオオオ!!」
──雄叫びを上げてイリ、ベルフラウとレーザーの間に割って入った大鎧によって防がれた。
「ブジ、カ? フタリトモ……」
そう言うファルゼンの鎧はレーザーの直撃を受けて所々に罅割れが見られた。
「無事ですけどっ! あなたが……!」
助けられたベルフラウだが破損のみられるファルゼンの鎧を見て当然、心配をする。
「大丈夫ですよ。傷つけられたのはこの鎧だけですから」
透き通るような女性の声が聞こえたかと思うと鎧は光の粒となって霧散し、代わりに一人の少女が現れた。
ファルゼンが女の子だった……その衝撃に一同が驚愕する中、少女は告げる。
「私は今度こそ……! アルディラ義姉さんを止めて見せます!」
ファルゼンがアルディラを止めている今がアティを救出するチャンス。
それを察したベルフラウたちはアティの元へと向かう。
「俺に任せろ! おらぁあああああ!」
アティを殴ってでも剣と引きはがそうとするカイルが拳を振るうが──。
『脅威を確認。オートディフェンサ作動。魔障壁展開』
──弾き飛ばされる。
床に背を叩きつけられたカイルが上体を上げて目にしたのはアティを覆う光の壁だった。
「これじゃあ……先生に近づけないじゃない!!」
絶望の声を漏らすベルフラウを更なる絶望に追い詰める声が響く。
『照合確認完了。継承工程は読み込みから書き込みへと移行……』
その声が告げるのは書きこみ……つまりは人格の削除が行われるということだった。
「このっ! このっ! 先生を返せぇえええ!」
ソノラの銃撃も。
「止まりなさいよ!!」
「召喚術でもビクともしない!?」
ベルフラウとヤードの召喚術も。
全てが無意味。
全てが阻まれ、ベルフラウたちの無力な叫びだけが識得の間に響いていた。
「ギ……ギシィ……」
真っ暗だった。
ただどこまでも続く闇だけがアティの視界に広がっていた。
何も見えない、何も映らない。
自分がナニカに上書きされ、消えていく。
その感覚だけは感じることが出来た。
「消えるんですね……私……」
自分の中の『自分』が占める割合が減っていく。
別のナニカに変わっていく。
「昏い……。寒いです……。怖い……怖いよ……。こんな……一人で……消えて……」
──消えたくない。
そう思った時、初めて自分以外の声が聞こえた。
「ギシシッ! 我ハ他ヲ奪ウ者! 我カラ奪ウナドッ! 言語道断! 傲岸不遜!」
傲慢さを感じさせるその声にアティは暖かさを感じ──。
その声とともにアティの視界の闇が晴れていった。
ビクともしない壁。
あらゆる手を尽くしても、障壁に罅の一つも入ることはなかった。
手札を使い尽くしたカイルたちの表情は絶望に染まっている。
ベルフラウの表情も絶望に染まり、その手を障壁に付け、縋る。
すぐ近くにいるのに手が届かない。
近いようで、途轍もなく遠い。
「いい加減に、目を覚ましなさいよ……」
ただ障壁に縋りつき、叫ぶ。
「使用人のくせにっ! 勝手にへばったりしないでよ!」
溢れる無力感と共に瞳から溢れる涙。
「約束したじゃない……なにがあっても、私の先生だって……!」
喪失の恐怖に体が震える。
「いやよっ! 帰ってきてよ! せんせぇえええええ!」
視界の晴れたアティの目には光の壁に縋りつく自身の生徒の姿が見えていた。
その叫びが聞こえていた。
だから。
放っておくわけにはいかない。
自分のために泣く生徒を。
自分のために叫ぶ生徒を。
「(私は……! あの子の先生だから……!)アアアアアアアアアアアアアア!」
アティの咆哮と共に障壁に罅が入る。
『回線……遮断!? システムダウン……。ば、馬鹿な!?』
障壁は甲高い音を立てて割れると、光の粒となって消えていった。
「先生……!」
力が抜けたのか、床に膝を付いて座るアティにベルフラウが走り寄る。
ベルフラウが思い切りアティに抱きつくと、アティはベルフラウの頭に手を載せた。
「ありがとう……。ベルフラウ、あなたのおかげで私は……」
「馬鹿っ! 馬鹿っ! 馬鹿っ!」
泣きすがるベルフラウの頭を撫でるアティの頬にも涙が流れる。
空いた左手でベルフラウを抱きしめるアティの元に少し遅れてイリが浮遊しながらも近づいてくる。
「イリ……。ありがとう。あなたですよね? あの昏い世界で聞こえた声は……」
涙を流したままイリに笑いかけるアティが真っ暗な世界で聞いた声。
あの声に聞き覚えがあった。
何度も己の感情を否定しようとした傲慢で孤独な声。
でもあの世界で聞いたその声はアティにとってとても暖かかった。
「ギィイ……勘違イヲスルナ……。我ハ……」
「ありがとうございます。イリ、ありがとう……」
イリは何と続けようとしていたのか。
涙を流すアティの感謝の言葉を聞くとイリは黙ってしまった。
『声』が沈黙したことで、アルディラが正気を取り戻す。
「憶えているわ。私が何をしたのか……」
自分が犯した罪を憶えているアルディラの表情は暗い。
「義姉さん。貴女は償えない罪を犯してしまいました。せめて……私の手で……」
「ギィイ! 断罪セヨ! 誅殺セヨ!」
アルディラにファルゼンとイリが近づき、アルディラは目を閉じて刑が執行されるのを待つ。
「待ってください!!」
そこに当の被害者であるアティが割り込む。
「アルディラはもう正気を取り戻しているじゃないですか!?」
「次がないと言えますか……!? また同じことが起きれば……! 次こそは……!」
「明々白々! 至極当然! 有罪確定! 贖ワセヨ!」
また同じような悲劇が繰り返されることを警戒するファルゼンとどうやら怒っているらしいイリと向かい合い、アティは叫ぶ。
「私は絶対に認めません! 命を奪って解決するなんて、そんなこと絶対に認めません!」
アティが叫んだのと、慌てた様子のフレイズが現れたのはほぼ同時だった。
帝国軍の介入を警戒し、遺跡入り口上空を見張っていたフレイズだったが案の定というべきか。
遺跡を目指して移動する帝国軍を見つけたようだった。
「そして現在帝国軍は……遺跡入り口付近にて白い異形たちと交戦しています!」
フレイズの報告を聞いたベルフラウたちは帝国軍と聞いて顔を顰め、白い異形と聞いて少しそれを緩めた。
「またそいつらか……帝国軍のやつら、よほど嫌われてるのか、恨まれてるのか……」
「もしかして……私たちを助けてくれているのかも……」
そう言うのは廃坑で直接助けられたアティだ。
ジルコーダたちの数に押されて殺されてしまいそうになったところを彼らに助けられたのだった。
「理由はともかく、早く行きましょう? 彼らだけに任せるのも悪いですもの」
アティと同じく彼らに助けられたベルフラウの提案に一同は頷き、識者の正門を目指すこととなった。
識者の正門の前には悔しげな表情のイスラがいた。
「こいつら……ビジュから聞いてはいたけど……」
兵士たちを率いて遺跡へと向かっていたイスラだったが、突然うけた妨害によって遺跡の中にすら入れずにいた。
「どうして僕の邪魔をするんだよ!?」
自身の目的が遠ざかるのを感じるイスラは歯噛みする。
不気味に体を揺らす白い異形達が自分をあざ笑っているようにイスラには感じられた。
「こうなったら……」
怒りで冷静さを失いかけたイスラは自身の切り札を切ろうとして──。
遺跡から出てきたベルフラウたちに気づく。
「……ここで君たちの登場か」
現れたアティの姿を見て理性を取り戻したイスラは深呼吸をして落ち着きを取り戻す。
「イスラ! てめぇ! どの面下げて現れやがった!」
「流石に君たちまで相手にする気は無いよ……撤退だ!!」
イスラの号令に従い、帝国軍たちは撤退していった。
その日の夜。
海賊船の甲板にてベルフラウはイリと星空を見上げていた。
「イリ……ありがとね」
「ギィイ?」
「私にはよくわからないけど、先生のこと助けてくれたんでしょう?」
イリは無言で頷く。
「だから、ありがとう。私の大切な人を助けてくれて」
「ギイイ……」
ベルフラウとイリが見上げる星空の無数の光がひたすらに美しい。
二人は横に並んでしばらくの間それを眺めていた。