招カザル来訪シャ~頼れる相棒は世界を喰らう者~   作:あったかお風呂

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昔日ノ残照

 遺跡による『継承』は失敗し、遺跡は沈黙した。

 あれ以来あの声が聞こえることもなく、『継承』の失敗によって遺跡は打撃を受けたようだった。

 それでも根本的な問題は解決していない。

 また時間が経てば遺跡は再び活動を開始する。

 遺跡が沈黙している今の内に対処のために動かなければならない。

 だが、遺跡のことをよく知る護人たちの内二人──アルディラとファルゼンは先の一件以降誰とも会おうとしない。

 二人にはまだ時間が必要だった。

 

 

 

 ベルフラウの自室にて本日の授業が行われる。

 椅子に座るベルフラウは机を挟んでアティと向かい合っていた。

 

「先日宿題で出した将来の夢の作文を提出してもらいましょうか」

 

「構いませんわよ!」

 

 どうやら自身満々らしいベルフラウを見てアティは内心首を傾げる。

 宿題の内容を伝えたときのベルフラウは嫌そうな顔をしていたからだ。

 少し意外に思いつつ、ベルフラウから紙を受け取る。

 

「それじゃあ、読ませてもらいますね」

 

 ベルフラウの作文を読み始めたアティだったが、読み進めるうちにその頬に朱がさしていく。

 

「あの……ベルフラウさん」

 

「あら、どうしましたの? 私の渾身の作文に感動してしまったのかしら?」

 

 腕を組んで胸を反らすベルフラウにアティは少し恥ずかしそうにおずおずと言い出した。

 

「これ……作文じゃなくて……ラブレターなんじゃ……」

 

「ラ、ラブレター!? 私が全力で書いた作文をラブレターですって!? 失礼にもほどがあるわ!!」

 

 激昂して椅子からたち上がったベルフラウは机に両手を付け、アティを睨む。

 アティはそれに一瞬怯むが、すぐに言い返す。

 

「私は将来の夢の作文を書いてきて下さいって言ったんですよ!? ラブレターを書いてきて下さいなんて一言も言ってません!」

 

「だから……! ラブレターなんかじゃないわ!! 作文よ!! 作文!!」

 

「そんなに作文だと言うのなら! 音読して発表してみて下さいよ!」

 

「臨むところですわ!!」

 

 売り言葉に買い言葉。

 ベルフラウはアティから作文の紙を受け取ると立ったまま声にして読み上げ始める。

 始めは怒りからか声を張り上げて読んでいたベルフラウだったが、だんだん顔が赤くなっていき、その声は小さく窄んでいく。

 聞いているアティも恥ずかしいのかベルフラウと一緒に顔を赤く染めていった。

 ベルフラウがか細い声で音読を終えると、そこには真っ赤な二つの彫像が完成していた。

 

「……ギィイイ?」

 

 

 

 しばらく部屋のオブジェと化していた二人だったが、ベルフラウが口を開いたことで部屋の空気が変わる。

 

「ねぇ、先生。いつまであの二人を待って日常ごっこを続けるつもりなの?」

 

「うっ……」

 

 アティにとってそれは耳の痛い話だった。

 二人に配慮して待っているが、時間がないことも解っている。

 遺跡が活動を再開するまでに動かなければならないのだ。

 あまり悠長にはしていられない。

 

「踏み込むことで相手を傷つけてしまうかもしれない。でもね、そこで迷っていたら大切なモノをなくしてしまうかもしれないのよ」

 

「ベルフラウさん……」

 

 何もしなくて後悔するよりも行動を起こして後悔するほうがましだと、ベルフラウは考えているようだった。

 

「先生失格ですね……。私は受け身になることで逃避していたのかもしれません」

 

 アティは椅子から立ち上がると、扉に手をかけた。

 そしてベルフラウを振り返り、笑顔を見せる。

 

「行きましょう。ベルフラウさん、イリ。私はもう迷いません!」

 

 機界集落ラトリクスにあるアルディラの自室前。

 閉ざされた機械の扉の前で必死に説得するアティをベルフラウは見つめる。

 無言を貫くアルディラに声をかけ続けるその姿に内心で激励を送り、胸の前で手を組む。

 やがて根負けしたのか、扉が開き少しやつれた表情のアルディラが姿を見せた。

 

「……全てを話すわ」

 

 

 

 アルディラが話たのはこの島の遺跡についてのことだった。

 莫大な魔力を引き出す施設と、様々な世界から様々な存在を喚び出す喚起の門。

 だがそれらを無色の派閥は廃棄した。

 施設も門も、彼らにとってはある目的のための副産物でしかなかったからだ。

 

「彼らの本当の目的はね……人の手で界の意志<エルゴ>を作り出すことだったの」

 

 アルディラの告げた無色の派閥の目的を聞いたアティとベルフラウは目を見開く。

 

「界の意志を……作る……?」

 

「そんなの、出来るわけが……」

 

 界の意志とはそれぞれの世界に宿ると言われる世界の意志。

 意識体と呼ばれる超存在であり、全てのものは界の意志から生じたと言われている。

 それを人の手で作り出そうなどと言うのだ。

 出来るわけがない、馬鹿しい。

 誰もがそう思うことを無色の派閥は本気で行おうとしていたのだ。

 

「世界の全てはエルゴと見えない力によって繋がっている。その力を彼らは共界線<クリプス>と呼んでいたわ。共界線を人為的に操作して、世界そのものを自由に操作しようとしていたの」

 

 人の意志が界の意志に成り代わろうとする。

 世界そのものに対する反逆であり、冒涜。

 

「ギシシッ! 不相応! 身ノ程ヲ知ラヌ愚カ者共!」

 

「……ええ、イリの言う通りよ。装置の制御中枢である『核識』となるために何人もの召喚師たちが実験に挑んだけれど、その負荷に耐えられなかったわ。あらゆる物から送られてくる莫大な情報の全てを同時に把握するなんて、現実には不可能だったのよ」

 

 万物とエルゴとを行き来する莫大な情報を処理する。

 それは人の身では耐えられないものだった。

 

「だから無色の派閥は廃棄を決めたんですね」

 

 アティは納得したように頷いたが、ベルフラウは違うようで疑問を口にした。

 

「なら、どうして島ごと廃棄したのかしら? 廃棄するのは施設だけでいいのではなくて?」

 

「……核識となり得た召喚師が一人だけ存在したからです」

 

 ベルフラウの問いに答えたのはいつの間にか現れたファルゼンの正体である少女だった。

 

「ファルゼン!?」

 

「ファリエル。ファリエル・コープス。それが私の本当の名前です」

 

 ファルゼン改め、ファリエルと名乗った少女に続いてカイルたち海賊一家が姿を見せる。

 彼らがファリエルを説得して連れてきたようだ。

 

「その人の名はハイネル・コープス。アルディラにとってのマスターであり、私の兄でした」

 

 ファリエルは語る。

 ハイネルは限られた時間ならば、『核識』となることが出来た。

 そして限定された個人がそれほどまでの力を持つことを恐れ、無色の派閥は彼と島を抹消しようとしたのだ。

 そして島を守るためにハイネルは島そのものを武器に戦ったのだ。

 共界線から送られる莫大な情報の負荷とも戦いながら。

 

「『碧の賢帝<シャルトス>』そして『紅の暴君<キルスレス>』。二本の剣によって力を封印された彼は敗北したわ」

 

 ファリエルに続いてアルディラがそう締めくくると、アティは今までのアルディラの行動の理由が理解できたようだ。

 

「遺跡を復活させれば、封印されたハイネルさんの意志も復活するかもしれない……ということですか?」

 

「そして私はそれを止めたかった。今のこの島こそが、兄さんの夢見た皆が共存する楽園だと思ったから。過去を知らずに生きる皆の暮らしを守るために」

 

 アルディラとファリエル、二人の願いは相反したものだ。

 どちらかしか叶えられない。

 そしてそのどちらかを決める鍵を持つのが魔剣の適格者であるアティだった。

 

「あなたが決めて頂戴」

 

「私たちはあなたの選択に従います」

 

「……封印をしましょう。遺跡を復活させるのはやっぱり、危険すぎます」

 

 アティが選んだのはファリエルの願い。

 つまり、遺跡の封印だった。

 そして、それを聞いてアルディラが黙っているはずもない。

 

「ふふふ……やっぱりね。封印なんて、絶対にさせないわ! 私はもう一度マスターと会うのよ!!」

 

「約束を破るつもり!? 先生の選択に従うって!!」

 

「私が護人になったのはあの人が帰ってくる場所を守るためよ! それが叶わないのならっ! この島も! 私自身も! 存在する価値が無いわ!」

 

 アルディラの叫びが鉄の床と壁に囲まれた空間に響く。

 涙と声と想いをまき散らす。

 

「どうしても封印を行うというのなら……! 私を壊しなさい! 壊して全部っ! 終わらせてよぉっ!」

 

「ギィィ。ソレガ望ミカ。良カロウ。我自ラガ誅殺ヲ……」

 

「それには及びません、イリさま」

 

 アルディラの叫びを聞いて進め出ようとするイリを制止してクノンがアルディラの前に進み出る。

 ──そして。

 クノンがアルディラの頬を張った。

 その音が響き、アルディラの目は見開かれる。

 ビンタされたアルディラは少しよろけながら頬を手で押さえた。

 

「いい加減にしてください! 生きて、幸せになって、この島を笑顔で満たしてほしい……あの方があなたにそう望んだのを忘れてしまったのですか!? あの方の意志を、あの方を愛しているあなたが踏みにじるというのですか!?」

 

「あ……」

 

「アルディラ様は私の主人なんですよ? あなたが居なくなったら私は……」

 

「ああっ……」

 

 機械人形であるはずのクノンがその目から涙を流していた。

 それを見たアルディラは自身の内から湧き上がる感情の波に耐えられない。

 

「ああっ……。あああああああああああああああっ!」

 

 叫び、泣き崩れる。

 鋼鉄の床が濡れていく。

 クノンは膝をつき、アルディラの後頭部に手を回して抱く。

 主従は二人でラトリクスに大雨を降らしていた。

 

「三人だけで、遺跡を封印しにいきませんか?」

 

 アルディラたちが泣き止むとアティが提案する。

 三人とはアティ、アルディラ、ファリエルのことだ。

 

「ええ……そうね。このまま放って置くわけにはいかないもの」

 

 未だに瞳に涙がにじむアルディラが肯定すると慌ててベルフラウが割り込む。

 

「ちょっと待ちなさいよ! 私も行くわ!」

 

 あんなことがあった後なのだ。

 現地でまたもめたりしないかベルフラウは心配していた。

 ベルフラウの瞳を見てその不安を感じ取ったアティは頷く。

 

「それじゃあ、お願いしますね。ベルフラウさんも、イリも」

 

「任せなさい! 私がちゃんと封印を見届けるわ!」

 

「ギィイ!」

 

 

 

 再び訪れた遺跡内部、識得の間。

 識得の間にたどり着いたアティはファリエルから封印についての説明を受けていた。

 

「制御板に碧の賢帝を突き刺して『止まれ』と強く念じてください。儀式の細かな部分は私たちが行います」

 

 アティの正面にあるロレイラルの技術で作られたであろう装置。

 制御板と呼ばれたそれを見つめるとアティは深呼吸をする。

 

「先生……」

 

「やります……!」

 

 ベルフラウの不安げな視線を受けながらもアティは覚悟を決め、抜剣する。

 碧の光が識得の間を照らすと、アティの右手には碧色に輝く魔剣が握られていた。

 

「もう一度、静かに眠って……」

 

 アティが輝く魔剣を制御板に突き刺そうとして──その動きが止まる。

 

「な……何? 体が……動かない!?」

 

 アティの意志に反して身体が動かないのだ……その身体に巻きついた魔力の糸によって。

 

「ギシッ! ギシシッ! 動ケマイ!」

 

 それを見て嗤うのはイリだ。

 

「なっ!? イリ!? 何をしたの!?」

 

 ベルフラウたちはアティの元に駆け寄ろうとして自分たちの身体が動かないことに気づく。

 

「私たちの身体にも……糸が!?」

 

 ファリエルの言葉を聞いてベルフラウも自身の身体を見下ろした。

 魔力の糸はベルフラウたち三人にも絡みつき、その動きを封じていたのだ。

 

「ギシッギシギシッ! コレヲ人質……ト言ウノダッタナ」

 

「人質……というからには何か要求があるんでしょう?」

 

 以前イスラが使った作戦から学習したのだろうか。

 イリはベルフラウたちを人質にとったのだ。

 この状況においてもアルディラは冷静にイリの意図を聞き出そうとする。

 しかしその頬には冷や汗が流れていた。

 それに気づいているのかイリはなおも嗤う。

 

「ギシシッ! 封印ナドサセルモノカ……! 扉ヲ開クノダ。遺跡ノ最奥ヘト続ク扉ヲ!」

 

 イリが指し示したのは閉ざされた扉。

 その扉がイリの言う通り、最奥へと続く扉なのだろうか。

 少なくとも、イリはそう確信しているようだった。

 

「……あの扉を開けばいいんですね」

 

 アティに巻きついていた糸が消え去り、アティは動けるようになる。

 ベルフラウたちは依然動けず、人質に取られたままだった。

 人質がいる以上、アティに出来るのは指示通り扉を開くことだけだ。

 アティが剣を掲げると閉ざされていた扉がゆっくり開いていく。

 ギシギシと嗤いながらイリはその扉の先に消えていった。

 

 

 

 扉を潜るイリを見つめるベルフラウの頭に渦巻いていたのは『どうして』という想い。

 それだけがベルフラウの思考を占め、ベルフラウは言葉を発することが出来なかった。

 ただ茫然とイリが扉の先に向かうのを見送ることしかできない。

 

 どうして。

 何故。

 ベルフラウの疑問に答えるのならば、それはベルフラウが間違いを犯したからに他ならない。

 ベルフラウがここに来たのがそもそもの間違いだったのだ。

 

 ベルフラウが封印に立ち会うことは必然的にイリが封印に立ち会うことになる。

 そうすればイリは我慢出来なくなる。

『ご馳走』を目の前にしたらイリは間違いなく土壇場で我慢できなくなる。

 封印によって、すぐそばにある『ご馳走』が食べられなくなることに耐えられなくなる。

 その内に荒れ狂う食欲を抑えられなくなる。

 アティの提案通り、三人だけで来るべきだったのだ。

 

 

 

 三人を縛っていた糸が消えてもベルフラウは茫然として動かないままだった。

 アティが肩を掴み、何度か揺さぶるとようやく気が付いたようで口を開く。

 

「先……生……イリが……」

 

「ベルフラウさん! イリを喚んでください!」

 

「……いやよ」

 

 イリと護衛獣の誓約を結んだベルフラウならイリを喚び戻せる。

 しかしベルフラウは首を横に振ったのだった。

 

「どうして!?」

 

「だって……怖いの。喚んで現れたイリが……私の知ってるイリでは無くなってしまっているんじゃないかって!」

 

 イリは今までアティたちに牙を剥いたことはあった。

 それでもベルフラウには手を出したことはない。

 しかし今回は違った。

 魔力の糸でベルフラウを縛り上げ、人質に取ったのだ。

 自身の目的のために。

 今まで起こした癇癪や感情の否定のための暴走ではない。

 自身の欲望のための計略、明確な裏切り。

 

 ベルフラウの瞳の端に涙が浮かぶ。

 あのイリからは何かに対する執着のようなものを感じられた。

 今まで見てきたイリとは何かが違う。

 自分の知っているイリとは別の存在であるかのように思えてしまった。

 ベルフラウにはそれが怖くてたまらなかった。

 やがて涙をポロポロと流したベルフラウは嗚咽を漏らす。

 

「イリ……どうしてベルフラウさんを裏切ったんですか……」

 

 アティは泣き続けるベルフラウに声をかけることが出来ずただそう呟くことしか出来なかった。

 

 

 

 アティは泣き続けるベルフラウを連れて海賊船へと向かっていた。

 そしてその帰路の途中で突然の嵐に襲われる。

 それはまるでこの島に流れ着く前、船で嵐に襲われた時と同じようだった。

 違和感を感じたアティが遺跡を振り返ると遺跡から空に向かって紅い光の柱が伸びていた。

 

「紅い……光……。一体、何が起こっているんですか……?」

 

 涙で濡れたベルフラウの頬を冷たい雨が叩く。

 激しい風をその身に受けながら、アティは新たな嵐の始まりを予感していた。

 

 




ベルフラウが特殊ルート入りの地雷選択肢を踏みました。
ベルフラウがついてこなかったら普通に原作通りです。

name イリ
class 護衛獣→共界線の捕食者

skill
全異常無効
全憑依無効
甲殻体(通常攻撃ダメージの70%を軽減する)
送還術(Cランク以下の召喚術を無効化する)
遠距離攻撃・誅殺(無属性の光で遠距離攻撃を行う)
動ケマイ(対象を行動不能にする)
   

動ケマイは憑依無効、異常無効にも通る行動妨害。
イズナ眼の誰にも効いて腐らないバージョン。

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